演奏が終わる。バンドの練習として一通りの曲の合わせを終えたロゼリアの面々は、皆一様に疲労感を示している。しかしその中で1人だけ、他とは違った様相を呈する者がいる。それはロゼリアのギター担当、氷川紗夜だった。彼女は演奏が終わった後も、何かを思い詰めたような険しい表情をしている。
「……紗夜、大丈夫?」
そんな紗夜に声を掛けたのは、ボーカルである友希那だった。見れば、友希那だけでなく他の3人も、普段と比べると明らかに調子の出ていないギターを心配するように目を向けている。紗夜を除くメンバー全員が、ギターの音だけがどこか遠くで鳴らされているような、そんなズレを感じていた。誰が見ても紗夜が本調子でないのは明らかだった。そして、その原因も明らかだった。
「……問題ありません。続けましょう」
しかし紗夜は、友希那の「調子が悪いのだから休め」という言外の主張を無視して、そうキッパリと言い切った。練習の続きを促すように脅迫的にギターを持ち直す彼女は、まるで張り詰めた弦のようだった。その鋭利さは、少しメスを入れられれば簡単に切れてしまう……
自らを追い詰めるようにギターを持つ彼女を見て、他の面々は口ではなく態度で彼女を諌めることにしたようだ。このまま練習を続けても、良い結果にならないのは明白である。紗夜以外のメンバーは、楽器を構えることもせず、ただ彼女の方を向いて、演奏をする意思が皆無だと示す。
バンドとは、1人でやるものではない。彼女だけがやる気でも、他がそうでないのならいくら待っても意味がない。一向に始まらない演奏に沸を切らしたのか、周りの表情を見て諦めたのか、遂に紗夜も楽器を持つ手を緩め、物憂げな表情でどこかを見つめる。
しばらくの沈黙を経て、意を決したように口を開いたのはリサだった。
「あのさあ……紗夜と弟くんって、何があったの?」
あまりに核心を突く質問に、紗夜も他の皆も一瞬、身体が強張った。
スタジオのフロントにて、紗夜とその弟が言い争い――一方的に紗夜が糾弾しているようだったが――をしたのは周知の事実だった。そして、その時の紗夜が明らかに普通ではないというのも、皆感じていることだった。
その後紗夜は一言も言葉を発することなく、練習場所についてから、話しかけるな、何も聞くな、といった風にひたすらにギターだけに注力していた。当然、そんな状態でギターを我武者羅に演奏し続けても本調子であるはずがない。ただ、紗夜の様子に気圧されたのか、先程友希那が声をかけるまで、紗夜に何かを言う者はいなかった。そして、そんな緊張した様子からいきなり本題に入ったリサの言動は、この場をさらに圧迫するのに十分だった。
「皆さんには――」
紗夜が、勢いに任せるように口を開いた。が、その口の動きは最後まで言葉を紡ぐことなく停止する。何かを言いかけて、すんでのところで思いとどまったようだ。
彼女の言いかけた言葉を、皆何となく同じように想像していた。それはきっと、紗夜が少し前に弟を庇うように割って入ってきた少女たちに言ったものと、同じ言葉なのだろう。『関係ない』というその言葉を、言いかけて踏みとどまった。
それは紗夜がロゼリアのメンバーに対してそう言ってしまうのを憚ったということで、彼女が自分たちに対して心を僅かにでも開いているということでもあった。それを感じて、場の空気は少し和らぐ。誰にでも冷たい態度をとるような彼女が、そう思っているというのはメンバーにとっては純粋な嬉しさをもたらした。
言葉を言いかけたまま、沈黙したまま悲痛な表情をしている紗夜を思いやってからか、友希那が声をかける。
「紗夜……別に責めているわけじゃないけれど、貴方がこんな調子では、出来るものも出来ないわ。だから今日はこれで解散にしましょう」
「……ごめんなさい、皆さん」
紗夜は深々と頭を下げた。紗夜は、今度こそ素直に従うことにしたようだった。伏せられたその顔は、またしても怒っているような、泣いているような、そんな様子だった。友希那が、さらに言葉を紡ぐ。
「貴方がもし必要な時は、私が……いえ、私達が力になる。だから、少しでも相談してくれると嬉しいわ」
差し伸べられた言葉に、紗夜がハッと顔をあげる。そこには、4人がいた。紗夜のことを、心から思っているであろう4人の優しい表情が存在した。
「あこも、紗夜さんの力になれるかなあ?」
「あこちゃん、なれる……と思うよ……! わたしも、頑張る……」
「燐子もあこもこう言ってるし、アタシも友希那も同じ気持ちだからさ。まあ、家庭の事情に首を突っ込んでほしくないかもしれないけど……」
紗夜は、自分には余りにも温かすぎる場所だと思った。しかし、それに心が絆されていくのも感じていた。
「ありがとう、ございます……」
自然と感謝の言葉が出たことに紗夜は自分でも驚く。
彼女たちはこんなにも、自分なんて存在に手を差し伸べてくれる。だから、紗夜は自分も少しは成長しなくてはいけないと思った。
「今はまだ……自分でも分からないんです……だから、ごめんなさい」
この言葉が、今の彼女が表現できる最大限だった。それでも、紗夜の気持ちは伝わったのか、メンバーは皆一様に暖かい笑みを浮かべている。
「んじゃ、とりあえず解散にしますかー!」
「りんりん! 帰ったらログインしておいてね!」
「うん、わかった……」
人まずは一件落着――あくまでロゼリアの中ではだが――ということで、各々思い思いに帰りの準備を進める。リサは紗夜へと何か話しかけていた。紗夜の表情が柔らかいのをみるに、流石姉御肌といったところだろうか。
友希那は、紗夜が少しは落ち着いた様子になったのを見て安心してから、早めに準備を終えたので、皆の支度が済むまで思考に耽ける。
紗夜にああは言ったものの、やはり彼女とその弟の関係性が気になるのもまた本心だった。
紗夜の口ぶりから、弟にバンドという活動へと踏み入ってこられたくないというのは分かったが、だからといって普通はあそこまでの反応を示すはずがない。そして、弟の方も弟の方だった。いくら姉だからといって、同い年でもあるというのに、あそこまで怯えを見せるものなのだろうか。彼は、最後の最後まで、一緒にいた他の子達に会話を任せて、ギリギリまで実の姉と喋ろうとしなかったのである。
そして何より、彼が去り際に自分に見せた、あの縋るように見える瞳が気がかりだった。何となく、彼を放っておいたらいけないような気が、友希那の中で大きくなり始めていた。
(弟さんの方に話を聞くのは……やっぱりダメよね)
もし実行して、そしてそれが紗夜に露見したら、確実に軋轢が生まれるであろうことは想像に難くない。やはり、紗夜が自分から話す時を待つべきだろうか。
そうこう考えている内に、他のメンバーも帰る身支度を終えたようだった。
友希那は、幼馴染であるリサもきっと同じような事を考えているだろうから、あとで改めて相談してみようと一旦思考を打ち切って、スタジオのドアへと手を掛けた。
――ドアが開く。
が、友希那は全く力を入れていなかった。友希那は一瞬、ドアが勝手に開いたように感じる。しかし、当たり前ながらここのドアは自動開閉などではない。ということは、開いたドアは外から誰かが入ってきたことを表していた。
「お姉ちゃん。やっぱりここにいたんだ」
そう言ってドアの前に立つ少女は、眼の前にいる友希那の事など見えていないかのように、ただ一点を凝視していた。
短い上に文章がぎこちないと思いますがご容赦ください。
全てシュガビタがフルコンできないのが悪いんです。