悲しみの向こうへ、バンドリ   作:娥乱 瞳

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ハッピーシンセサイザを聞くとどうしてもあの大物youtuberの顔が脳裏にチラつくのが腹立たしいですね。


11.Determination

 部屋の外に現れた少女を見て、紗夜は一瞬驚愕の顔を浮かべたあと、険しい表情を作る。対照的に、紗夜の事を『お姉ちゃん』と呼んだ少女は笑みを浮かべていた。

 

 弟の次は妹か、と友希那は少女を見ながら考える。今日はどうしても、紗夜に縁がある日のようだった。それが良いものなのかどうかを置いておくとして。

 

 紗夜は、僅かに逡巡するような素振りを見せたあと、突然の来訪者に止まった場の雰囲気を良しとしなかったのか、言葉を返す。

 

「……わざわざここに来るなんて、一体何の用かしら、日菜」

 

 少女――日菜は、若干高圧的な姉の態度にも怯むこと無く表情を崩すことはない。

 

「とりあえず、入ってもいいよね?」

 

 日菜はそう言うやいなや、返事も待たずに練習場所のこの部屋へと入り込む。突如乗り込んできて明らかにアウェイであるというのに、一切気にしていないようだった。ロゼリアの視線が自らに集中しているというのに、日菜の瞳には姉しか映っていないようだった。

 

 ドアの前には、遠慮がちにこちらを窺っている二人の少女がいた。桃色の髪をした少女――丸山彩と、プラチナブロンドの少女――パスパレのメンバーである白鷺千聖(しらさぎちさと)だ。日菜とは違って、ロゼリアというバンドメンバーが勢揃いしている内輪の空間に足を突っ込むつもりはないようだった。常識を弁えているのなら部外者としてはそれが当然なのだが。

 

 日菜は一直線に姉の方へと歩みを進めていた。

 

 そして、紗夜と日菜が、姉と妹が対峙する。ロゼリアの皆は、先程似たような場面を経験したばかりなので、今度は一体どうなるのかと、固唾を呑んで二人の様子に目を向ける。日菜についてきたらしき少女たちも、場の雰囲気が剣呑としているのを感じ取ったのか同じようにしていた。

 

「……何で来たの? 日菜」

 

 紗夜は、ついさっきの質問を繰り返す。口調は相変わらず冷たい。しかしそこに、弟との会話で見せたような刺々しさはなかった。どちらかと言えば、それは呆れ混じりといった風だった。

 

 妹である日菜の方も、そんな姉に対して特に気にする素振りを見せない。それを見て、いつもこうなのだろう、と紗夜の性格を少しは把握している面々は思った。

 

 一先ずは何もなさそうな様子を感じ取ったのか、場の空気は弛緩する。そもそも、姉妹兄弟と出くわしたくらいで、弟との騒ぎのように異様な空気感が醸し出されるのがおかしいのだ。

 

 日菜は、質問には答えず疑うように、興味深そうに姉の顔をまじまじと見つめていた。しばらくして、今度は日菜が呆れたようにため息を吐いた。同時に顔に浮かんだ嫌悪感を隠そうともしない。そのせいで、また場が緊張する。

 

「あのさあ……お姉ちゃん、本当にあたしが何で来たか分からないの?」

 

 そう言われた紗夜は、目を反らし言葉を詰まらせる。心当たりがあるのだ。しかし、それを口には出したくないがための沈黙。友希那は、何となく察しがついた。紗夜と日菜と、弟の関係性にはっきりとした答えを得ていないため確信には至っていないものの、これから何の話題が出るかというのは、予想できた。

 

 返事をしない紗夜を追い立てるかのように、日菜が続けざまに口を開く。

 

「あたし、結構思いつきで行動することも多いけど、今までお姉ちゃんの練習邪魔しに来るとかはしなかったでしょ? でも今日はわざわざここまで来たんだよ。どういうことか本当に分からない?」

 

 紗夜は顔を俯かせ、未だに返事をしない。それを見ていたあこは、普段の紗夜とは乖離した様子に疑問を浮かべる。いつも通りの彼女であれば、ピシャリと言葉を返すように思えたからだ。まるで、先程の弟が妹に代わり立場が逆転したかのようだった。

 

 さらに日菜が続ける。

 

「今日さ、本当は迎えに来てくれるはずだったんだよね……お兄ちゃんが」

 

 最後の単語が出た瞬間、紗夜が身体を強張らせる。今日この日、ロゼリアの中では解決したはずの問題で、紗夜が一番話題にしたくなかった事だった。ロゼリアの面々も同様に、終わったはずのものが蒸し返されたことで、紗夜ほどではないが身体を緊張させた。触れてほしくないという本人の言もあり、ロゼリアの中で紗夜の弟の話題は本人の前でしばらく禁句だという暗黙の了解が出来上がった直後である。

 

「……家に帰ってからで、いいでしょう」

 

 紗夜がようやく口を開いた。それは当然湧き出てくる疑問だった。姉妹であり同じ屋根の下に住んでいるのだから、わざわざここまで来て話す必要はないように思える。

 

 その言葉を聞いて、日菜は苛立ちを加速させた。

 

「家には今お兄ちゃんがいるからダメに決まってるでしょ!? 家であたし達が話してるのに気づかないわけがないし、それをお兄ちゃんは自分のせいだって考えるから……だからダメ。そんなことも分からないの? ……まあ、お姉ちゃんは分からないか」

 

「……日菜!」

 

 紗夜はこれ以上妹に口を開いてほしくなかった。だから、遮るように名前を呼ぶ。それに対抗するかのように、日菜は姉を口撃する。

 

「お姉ちゃん、何したの?」

 

「……私は」

 

「私は……なに? 何もしてないはずないよね!? だって迎えに来てくれないって言うから、お兄ちゃんに電話したら、電話越しのお兄ちゃん、絶対おかしかったし……お兄ちゃんがああいう風になる原因なんて、お姉ちゃんくらいしかないでしょ? ……いけど」

 

 日菜がまくし立てるように言葉を紡いでいく。最後ひとりごつように何かを言ったが、誰の耳にもはっきりと届かなかった。

 

 紗夜は妹の言葉をこれ以上聞きたくなかった。他の人間も、この場の誰かが日菜を止めるべきだと感じていたが、日菜の怒りの剣幕と、姉妹間の問題であるという事がそれを躊躇させていた。ロゼリアよりも日菜に親しいはずの彩と千聖も、今まで見たことのない日菜の様子に足が踏み出せなかった。パスパレにいる時の彼女は、こんな風に負の感情を露わにすることなどなかったのだ。

 

「……まあ、大体察しはついてるよ。どうせまた、お兄ちゃんを突き放したんでしょ」

 

 日菜は兄から話をきいて、今日がハロハピの初ライブだということも知っていたし、姉が今日ここで練習を行うことも知っていた。二人が鉢合わせすることも、予想がついていた。そして、姉がどういう行動を取るのかも。ただ、そうなってほしくないとも思っていた。それが有り得ないとも思っていたけれど。

 

 紗夜は、日菜の言葉の一つ一つが、自分も責め立てているものだと理解していた。そしてそのやり取りがこの場にいる者に聞こえてしまっているという事実が、他者に自分の心の弱い部分に指を入れられたような不快と悲痛を綯い交ぜにした感情を延々と呼び起こさせる。

 

「日菜、もう……」

 

 やめて。しかしそれが言葉になることはない。日菜は姉の懇願を無視して口を開く。

 

「あたし、お姉ちゃんがずっとそうしているのは百歩譲って別にいいよ」

 

 紗夜は言葉を失う。『ずっとそうしている』というのが何を指すのかが分かってしまった。紗夜の最も気づかれたくなかったモノに、妹は気づいていた。頭の中が真っ白になる。もしこの場でそれを言われてしまったら、自分はもう生きていくことができないとすら思っているのに。

 

「でも、それでお兄ちゃんが傷つくのはもう耐えられないから……あ、別にお姉ちゃんが嫌いとかじゃないんだ。あたしはお姉ちゃんも好きだからね」

 

 ようやく日菜の表情が緩む。そこにあったのはいつもの日菜だった。しかしそれも僅かですぐに元に戻る。

 

「……あたしはもう我慢しないことにしたんだ。言いたいのはこれで終わり……あ、それと今日はできれば帰ってきてほしくないかなー」

 

 そういうと日菜はようやくこの場にいる他の面々に目を向ける。だがそれも少しばかり一瞥しただけに留まり、さっさと入ってきた方へと戻る。

 

「あ、彩ちゃん、千聖ちゃん。お姉ちゃん達練習はもう終わったみたいだから、もう帰ろ?」

 

 呼ばれた二人は、慌ててロゼリアへ頭を下げてから、日菜を追いかけて行った。実を言うと二人の目的は、日菜の姉が所属しているというバンドの演奏を生で拝見することだったのだが、当然この状況からそんなことを言い出すほど無神経になれない。今は自分たちのグループメンバーである日菜のほうが重要なのは言うまでもない。

 

 3人が去った場には、嵐の去った静けさだけが残った。




本当はもっとハロハピに出番があるはずだったんです
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