大きな門を抜けると、豪邸であった。
そんな某雪国が舞台の有名小説に倣ったような感想が出てきてしまう。ちなみに、俺はつい最近まで勘違いしていたが、あの有名な一説に『そこは』を入れるのは間違っていたらしい。危うく学の無さをお披露目してしまうところだった。閑話休題。
あの日――というかつい昨日なのだが――は、カフェでバンド活動手伝いへの参加表明をした後、各々軽い雑談を済ませて解散の運びとなった。後々活動予定を決めると、こころ――そう呼ぶように本人から言われたので素直に従った――が宣言して。ちなみに今日は何かをするなどと言われた覚えはない。がしかし、今日の朝スマホを覗いてみると、新着メッセージが一件。『今日の一時に最初のバンド活動をするわ! 集合場所は〇〇よ!』とだけ。いきなりすぎるが、そんな所がこころらしい。
今日は相も変わらず姉さんは出掛けていて、日菜も朝早くからパスパレの活動へ行ってしまった。そして他に予定も無かったので、こんな急な呼び出しに応じるのは俺だけなんじゃないかと思いながらも、集合場所へ向かった。
結果から言えば、見事にこころ以外の全員が集合場所に勢揃いしていた。皆暇なのか、何だかんだバンド活動にやる気があるのか。勝手に推測するに、その両方だろうとは思う。こころには、やはり人を惹きつける才能があるのだろう。
集合場所には、こころの知り合いだという謎の黒服の人達がいて、こころの家に案内してくれると言う。少し着いて行くのが怖かった。けれども、北沢さんや薫が有無を言わせずついて行ってしまったので、残りのメンバーもなし崩し的に連行。
そして、たどり着いたのが今で、この豪邸である。
「デカすぎ……」
思わずそう呟いてしまう。お金持ちといっても、限度があるのではないだろうか。まるで一国の主でも住んでいそうな白亜の豪邸が鎮座している。宮殿と言ってもいいかもしれない。
「これは……すごいな」
そう呟く薫も、普段の飄々とした王子様的態度は成りを潜め、素直に驚嘆を覚えている。他の三人も、同様の驚いた反応を示していた。ただ北沢さんは、驚きよりも好奇心が勝っている様子ではあるが。
驚きのあまり立ちすくんでいると、正面のこれまた豪勢な扉が開き、中から出てきたのは、他でもないこころだった。
この家に住んでいるのだから当たり前なのだが、普通の人が普通に来客をもてなすように、態度は毅然としている。
「なんで、皆そこにいるのかしら?」
心底不思議そうに首を傾げている。
「なんで、ってそりゃあ大きすぎでしょこの家……」
奥沢さん、ナイス発言だ。全員の言いたいことをズバリと指摘してくれた。
「まあ、普通のお家よりは少し大きいかもしれないわね……まあ、そんなことより、みんな早く入ってきて!」
どう考えても『少し』の範疇には収まらない気がしたが、入ってしまえば気にならなくなるかもしれないし、俺含めた5人は促されるままに豪邸へとお邪魔することにした。奥沢さんは案の定、「少しって……」と呟きながら呆れていた。
当然、家の中も豪勢だった。見たこともない絵画や調度品などが、完成された彩りを見せている。ただ、ずっと豪華っぷりを気にしていても落ち着かないので、こういうものなんだと諦めて、現状を受け入れることにした。
こころ宅の一室で、ハロー、ハッピーワールド!――略してハロハピのメンバーは、今後の活動について話合っている。
「やっぱり、バンド活動といえば目標が大切だと思うの!」
「それはそうだね……偉大なる物事を遂行するには、大いなる目標が不可欠だ」
「……はぐみ、そういうの好きかも!」
「うーん、どういう目標がいいかしら?」
……話し合いと言っても、殆どは薫、こころ、北沢さんの三人――奥沢さんの言葉を借りるならば三バカ――が好き勝手に喋っているだけである。こちらも松原さんと奥沢さんの三人なので、意外とバランスは取れているかもしれない。こちらはこちらで、色々と話し合いという名の情報交換をしたいと思う。
俺が口を開こうとする前に、奥沢さんから質問が飛んできた。
「あの、氷川さん。OKしちゃって良かったんですか? まだいまなら間に合うかも……」
OKというのは、こころの誘いを受けたことだろう。間に合うというのは、バンド活動参加の辞退ということだ。察するに、奥沢さんはまだバンド活動に積極的ではないらしい。といっても、今日の集合を聞き入れた時点で、奥沢さんはこれからもこころ達と関わっていく事になると思う。なんとなく、そんな気がする。
「まあ、俺はたまにあるバイト以外、やること無いし。それと、なんとなくこころといると楽しいと思うよ」
「そうですか……」
昨日松原さんから『RINE』――日本国民殆どと言ってもいいほどの人数が利用しているメッセージのやり取りをするアプリである――で聞いた話によると、奥沢さんには一緒に活動を辞めないか、と持ちかけられたことがあるらしい。無論、ここにいるということは有耶無耶で終わってしまったということなのだが。一人では辞めづらいのだろう。そして、今度は俺を誘おったが残念な結果に終わってしまった、と。
ただ、勝手に奥沢さんの様子から判断すると、心の底から辞めたい気持ちは無いように思う。三バカ呼ばわりしているものの、そんな三人の事を、呆れながら楽しんでいるような、そんな感じだ。きっとまだ、迷っているだけなのだ。
「そういえば、ミッシェルはどうしたのかしら?」
こころ達の話し声が聞こえてくる――突然、部屋の扉が開いた。入ってきたのは黒服の人達である。いきなりで少し驚いたが、この人達にも慣れるしかないだろう。こころと関わっていく限り、切っても切れない存在に違いない。
黒服の人達は、まっすぐに奥沢さんのところまで来ると、何かを耳打ちする。それを聞いた奥沢さんは、嫌々といった雰囲気を出しながら、黒服の人達に連行されていく。ちなみに、こころ達三人は、この一連の流れに気づかぬまま会話を繰り広げている。
奥沢さんが連れて行かれたので、当然話し相手は松原さんだけの二人っきりだ。
「松原さん、奥沢さんどうしたの?」
何かやらかした訳ではないと思うが、気になるものは気になる。
「ええっと、それは色々と事情が……」
松原さんから話を聞く。
「……なるほど」
どうやら、奥沢さんはミッシェルというクマのキグルミの中身をしていて、そのミッシェルとやらが正規のバンドメンバーらしい。さっき聞こえてきたミッシェルというのはこの事か。ただ、いつまでもキグルミ姿なわけにはいかないので、奥沢さんはミッシェル代理という形でバンド活動に参加しているのだ。さっきのはミッシェルのキグルミを装着するために出ていったのだ。ちなみに問題なのが、三バカ達は、ミッシェルの中身が奥沢さんだということに気づいていないことなのだが。
「美咲ちゃんも気にしてないみたいだけど……」
本来ならば色々と面倒なことになりそうだが、これで問題ないのがハロハピクオリティなのだろう。本人がいいと言っているならば、俺から特に首を突っ込むこともない。こういうのも、有りだと思う。
これで謎が一つ解けたので、もう一つ質問をする。
「昨日聞きそびれたんだけど、松原さんは何でこのメンバーに?」
「……私、本当はドラムの機材を手放す予定だったんだけど、その途中にこころちゃんに呼び止められて……それで、気づいたらここに……」
一旦言葉を区切って、松原さんは慌てて訂正するように言う。
「あっ、で、でも! 嫌々っていうわけじゃなくて……私にも、出来ることがあるなら、やってみたいなって……何となく、だけど。私、昔から引っ込み思案で……」
つまり、本人が変わりたいと思ってこの活動に参加しているという事か。松原さんとはバイト先以外で付き合いがなかったが、意外な一面を知った。バイト先でも、ネガティブ思考とまではいかないが、積極性に欠けるのが玉に瑕だとは少しだけ思っていた。これも、こころのおかげなのだろうか。
自分から変わりたいという気持ち……俺にはそれが足りない。だから、いつまでも姉妹のお荷物。もしかしたら、俺がバンド活動の誘いを受け入れたのは、自分の中に松原さんと同じような変わりたい気持ちを持っていて、それをこころに刺激されたからなのかもしれない。
松原さんに、何となく勝手な親近感を覚えた。
「そういう気持ち、大事だよね……少なくとも、俺はそう思う」
「そ、そうかな? えへへ……」
そうこうしていると、またしても扉が開く。しかし入ってきたのは黒服の人達ではなく、ピンク色のずんぐりとした熊のキグルミ――奥沢さんが中にはいったミッシェルだった。
「あら、ミッシェル!」
こころが、いの一番に反応する。黒服の人達が入ってきても気が付かなかったのに、ミッシェルはすぐ知覚する辺り、流石というか何というか。
「ミッシェルー! はぐみ、またモフモフしたい!」
「ミッシェル、君は遅れてやってくる……そう、さながら救国の英雄のようにね……」
「はいはい、ミッシェルですよー」
こうして実際に奥沢さんINミッシェルの光景を見てみると、この三人なら気づかなくても有り得なくはないと思った。
北沢さんとミッシェルが少しばかりじゃれついた後、こころがミッシェルに問いを投げかけた。
「ミッシェル! バンドの目標がまだ決まらないの……何かいい考えはないかしら?」
「うーん、私はそういうのはちょっと……」
ミッシェルは、しばらく唸って考える素振りを見せたが、思いつかないようだった。
「うーん……ミッシェルもダメなのね……あ、そうだわ!」
するとこころは、ミッシェルから目を離して、こちらに目を向ける。
「観月はどう? あなたなら、何かいい考えを持っていそうだわ!」
やはり、俺に順番が回ってきた。目標と言われると難しいが、サポート役を引き受けた手前、真っ当な考えを言っておきたい。
このメンバーの目標。全員の共通点は、こころに惹きつけられたやってきたという点だ。そうなると……
「じゃあ、こころがいつも言っていることは? 俺にも言ってた」
「私がいつも言っていること……観月にも言った……」
こころは少し顔を俯けて考えると、やがて天啓を得たかのように顔をシャンと上げて、目をキラキラとさせる。
「……『世界を、笑顔に!』 ピンと来たわ! みんな、バンドの目標はこれにしましょう!」
こころは5人を見渡して、確認を取る。しかし、ここにいるメンバーは全員こころに集まってきたようなものだ。答えなど分かりきっている。
「世界を、笑顔にか……素晴らしい目標じゃないか! やがて壮大な軌跡を描く私たちに相応しい……」
「世界を、笑顔に……私にも、できるかな……でも、出来たら、いいと思うな……!」
「はぐみも超いーと思う!」
「まあ、いいんじゃないですかね」
「俺も、それに一票で」
みんなの答えを聞くとこころは、花の咲くような笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、これに決まりね! 次は何を決めようかしら……」
「ねえねえこころん! 『ハッピー!ラッキー!スマイル!イエーイ!!』って掛け声、どう!?」
「はぐみ! それは素晴らしいわ! これで掛け声も決定ね!」
北沢さんの思いつきで、トントン拍子に掛け声が決まっていた。まあ、異論はない。特に俺は、実際に舞台に立つわけではないから、言う機会も殆どないだろう。ミッシェルの中で奥沢さんが微妙な表情を浮かべているきがするが、気の所為に違いない。
「ところで……」
先ほどとは打って変わって、こころが悩ましげな顔を浮かべる。
「どうしたんだい、こころ?」
「……バンドって、何から始めればいいのかしら?」
この後、黒服の人達がどこからともなく現れて、どこからともなく楽器の準備を完成させた旨を伝えに来たり、意外とみんな演奏がうまくて単純に驚いたり、ミッシェルが突然消えた騒ぎになったりしたが、穏やかに一日が終わった。
☆4美咲をゲットしました。嬉しい。
でも今一番欲しいのは☆4日菜です。