こころの豪邸へ最初に行った時から、早くも一週間ほどが過ぎていた。
この一週間は、とにかく目まぐるしく日々が過ぎていったように思う。何が原因とは言わずもがな、ハロハピのバンド活動補佐である。何と言ってもバンドリーダーは、あの行動力の塊といっても過言ではないこころである。しかし、主に忙しさを感じていたのは、初のバンド演奏に向けて奔走していた、俺と奥沢さんと、松原さんのように思うが。
一つ疑問なのだが、なぜ北沢さんはソフトボールのキャプテンを努めながらで、何故あんなのにも元気でいられるのか。無論、薫とこころの無尽蔵な気力も不思議ではあるが。とにかく、忙しくはあったものの、何かのために一生懸命になるというのは、悪い気はしなかった。
奔走したおかげで、小規模なライブハウスとはいえ、初めて観客を前にしたちゃんとしたライブを行える目処が立った。
制服のポケットに入れているスマホのバイブレーションが作動する。確認してみると、奥沢さんからだった。
『奥沢美咲:色々ご迷惑をお掛けして、すみませんでした、氷川さん。おかげでなんとか、ライブ、できそうですね』
彼女は礼儀正しい人間だと思う。この一週間の間に、ハロハピ関連で色々とメッセージのやり取りをしていたが、文面だけでもそれが伝わってくるのだ。表面上は面倒が嫌いそうにしているが、蓋を開けて見れば、気遣いがしっかりとしていて、やる気もあって心優しい女の子だと思う。ただ単に、彼女はちょっとした照れ屋なんだろう。ベクトルは違うものの、そういう点では松原さんと似通っていると思う。2人がハロハピの中では、よく一緒に行動しているのも頷ける。
「氷川ー」
ご迷惑といっても、自分は補佐として活動したに過ぎず、本来なら自分一人でやるべきだった物を奥沢さんに手伝ってもらったようなものだ。『全然気にしないで。むしろこちらこそありがとう』と返信する。
するとすぐに返事が帰ってきた……のではなく、今度は松原さんからだった。松原さんも、何かとバイト関連に加えてバンド活動でも何かと気配りをしてくれているので、お世話になっている。
スマホをタップしてメッセージを確認――「氷川ァー!」
自分の苗字を呼ぶ一喝。
目標をポケットにいれてロックボタンをスイッチ。
慌てて正面を見据える。そこには、呆れと怒り半々といった表情の教師がいた。完全に意識はハロハピで、スマホを弄り倒していたものの、そう――今は授業中なのである。これが終われば放課後の、ラスト時限の十分前である。だからといって気を抜きすぎていた。
「氷川、何してるんだ?」
「すみません、少しボーッとしていました」
取ってつけたようなバレバレの言い訳をすると、教師は明らかに納得はしていないが、「そうか、授業に集中しろ」と言って、授業の続きに戻った。高校教師なんて、一部の、俗に言う面倒くさい教師を除けば、こんなものだ。
これが終われば解放されると自分を元気づけて、残りの時間をこなす。今日も、ハロハピの活動があるのだ。
鐘の音が、授業終了の合図として機能する。ようやく今日の学校が終わったという開放感を噛み締める。そそくさと教材を片付けて、下校の準備をする。そして、しばらく待つ。
後は簡単な帰りのホームルームを終えたら、晴れて学校から解放されるのだが、担任の教師が遅い。廊下の喧騒が大きくなってきたということは、もう下校となったクラスがあるという事だ。学校という環境にはよくある事だ。授業時限の終わる時間は学年共通でも、担任のクセによって、ホームルームが伸びて、クラスごとに下校する時間が異なってくる。
授業中だった故に確認できなかったメッセージをスマホで見ようとしたところ、隣りの席に座っていたクラスメートが話しかけてきた。
「氷川、スマホいじってて注意されるなんて、珍しいな」
「ちょっと気抜いてたよ」
「あれが国語のゴリ山だったら最悪だったぜ。授業終わっても説教コースだ」
前の席に座っている奴も、会話に加わってきた。
「たしかに、氷川ってそんなにスマホいじってたっけ?」
「もしかして、彼女か?」
2人の目線が厳しくなる。俺の通っている高校は、男子校だ。当然女子と接する機会など共学と比べたらガクンと下がる、下手したら無い。そして当然、このクラスメート2人も、彼女などいなかった。だから、女子の話題となると必然的に皆が一様に過剰な反応を示す。
彼女ではないが女子関連ではある。事情を説明すると明らかに面倒事になるので、適当に濁す。
「いや、彼女じゃないよ。友達」
「本当かぁー? お前だけ抜け駆けしてたら昼飯驕りだからな」
「はあ、彼女欲しいわ……なんで女子校が近くに2つもあって、俺たちは彼女が出来ねえんだ!」
よくある男子高校生の会話をこなしながら、担任を待つ。それにしても遅い。そして、心なしか廊下の喧騒が、先程よりも一段と大きくなっているようだ。まるで何かを騒ぎ立てるように。
すると、教室後ろのドアから、おそらくは連れ小便から帰ってきたであろう二人組が、何やら興奮した様子で教室へ入ってきた。そして、まるで先触れのように声を挙げる。
「おいおい、お前ら聞いたか?」
俺の席はクラスの最後列である。当然話していたクラスメートも後ろの席で、こいつらの声に反応するのも俺たちだった。さっき話していた一人が「どうした?」と聞き返す。
「隣のクラスの奴らから聞いたんだけどよ……」
「うちの学校の校門に、花女の女子がいるんだってよ!」
花学とは、花咲川女子学園の略称だ。姉さんの通っている学校だ。しかし、男子校の前に女子校の生徒が赴くなんて、自殺行為なんじゃないだろうか。餓えた獣の檻の前に生肉を置くようなものだ。襲われこそしないものの、好奇の目線に晒される事間違いない。控えめに言って、バカか、余程の物好きだ。
「マジで? なんでいんの?」
「てか何人よ?」
「二人組だってよ! しかもかなり可愛いらしい」
何も考えずに、女子というだけで舞い上がっているクラスメートに横槍を入れる。なんだか、アホらしいのだ。
「別に女子生徒がいたところで、どうせ俺らには関係ないし……」
「なんだよ氷川、分かってねえな! そこから始まるラブストーリーだってあるんだぜ? ラブストーリーは突然にって知らねえの? てか、あるわ。 てか、これ俺のラブストーリーじゃね? 運命来ちゃった感じ?」
「お前てかてかうっせえよ。ローションでも付けてテカっとけ」
クラスメートが微妙なツッコミを入れるが、テンションの上がった男子高校生には面白かったらしく、ゲラゲラと笑っている。
「まあ、氷川は可愛い妹がいるから、それで満足なんだろ」
「確かに。俺もかわいい妹が欲しかったわ……俺の妹なんて、干からびたキノコみたいな顔してるぜ」
「干からびたキノコって、流石に可哀想でしょ……」
今のは少し面白かったかもしれない。しかし、日菜が干からびたキノコになった想像をしたら、途端に面白くなくなった。
特に話したわけでもないのだが、日菜はアイドル活動をしているので、クラスメートも日菜の存在をしっている。そしてコアなアイドルオタクというのは何処にでもいるもので、ソイツに問い詰められたせいで、俺がアイドルの兄だというのは学校でそこそこ知れ渡っていた。
「それにしても、早く担任こねえかな? 帰っちゃう前に俺も見たいわ。 花女の子たち」
「だよなー! おせえよアイツ」
「そういえば花女といえばさー……」
また話題が女子生徒の話題に戻る。というか、似たような話をループしている。要約すれば、全て『彼女欲しい』に収まる内容だ。話してても仕方がないので、松原さんからのメッセージを確認することにした。すると気が付かないウチに、奥沢さんからもメッセージの返信が来ていた。
にしても、一応は気になる。ウチの学校の前にいる女子生徒なんて、一体どこの誰なのだろうか。まあ、俺には関係のないことなのだが。
『奥沢美咲:そういって頂けるとありがたいです。
あと、なんか成り行きで氷川さんの学校行くことになりました。ごめんなさい』
『松原花音✿:迷惑だったらごめんなさい。花女は早く終わったから、観月くんの学校に迎えに行ってみたいんだけど、いいかな?』
思わず二度見。内容は寸分違わなかった。全てが繋がった。
クラスメートとは途中までは一緒になる。ということは、校門へと一人きりで、誰にも見られず辿り着くのは困難だ。一人で早々と帰るのも不自然だし、ただでさえ今は某女子生徒2人に男子生徒の不躾な視線が集まっている。そして、後からグチグチと言われるか、そしてその場で鉢合わせして言い訳をするか。そして、ここで導き出される最良の選択肢は――
「ごめん。校門の二人組、俺の知り合いだった」
五人分の昼食代が消える運命になった。
パスパレイベ来ますね。
イベント報酬は日菜ちゃんがいいです。