悲しみの向こうへ、バンドリ   作:娥乱 瞳

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9.BLACK SHOUT

「どうして……どうして貴方がここにいるの? 観月」

 

 信じられないものを見たような、毛嫌いしている存在に会ったような、そんな口調の言葉が投げかけられた。そこにいるのは紛れもなく氷川紗夜――自らの姉だった。

 

 今まさに帰路へつこうとしていた自分達の前には、姉さんを含む5人の姿が見える。ここはライブスタジオであり、受付のあるフロントへと入ってきたのは、姉さんの所属しているバンド、ロゼリアの面々であることは明白だった。

 

 もう少し帰るのが早ければ、あるいは遅ければ、丁度入れ違いになるかたちとなり、こうしてハロハピのメンバーとロゼリアが顔を合わせることはなかったかもしれない。でもそれは、考えるだけ無駄なイフの話で、真っ白になってしまった俺の脳内が、現実が、起こってしまった現状を突きつけてくる。

 

「……紗夜の知り合い?」

 

 姉さんのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、しばらく膠着していたお互いだったが、先に口を開いたのはロゼリアの内の、いかにも今時の女子高生風の派手な格好をした1人だった。

 

 姉さんは少し間を置いて「……今井さん、あれは私の弟です」と答える。

 

 それを聞いて、俺はもう後戻りは出来ないような、そんな気持ちになった。もし姉さんが知らないようなフリをしてくれれば、まだ間に合ったかもしれない……いや、それはただの逃避だった。最初に姉さんがこちらに声を掛けた時点で、知らぬ顔など出来るはずがない。

 

「確かに、言われてみれば似てるかも……」

 

 紫色の髪をツインテールにした、快活そうな少女がそう言う。先程今井さん、と言われた女の子も、他の子達も、自分たちのギターである存在の弟というのが気になるのか、こちらを凝視していた。

 

 俺達は三つ子であるから、容姿が似通ってくるのは当然だ。ここで出会っていなくても、俺の存在が露見されるのは時間の問題だったかもしれない。

 

 なんで俺は、こんなにも姉さんに会ってしまった事を恐れているのだろうか。

 

 ふと、隣りにいた松原さんに目がいく。松原さんには姉の事を、ただあまり仲が良くないとしか伝えていない。だから実際にどういう風なのか、とかどういう人物なのか、とかそういった詳しい事は知らないし、それは他のハロハピのメンバーも同じだ。けれど今この少しの時間だけで、ただの不仲以上の何かが、俺たち姉弟の間に横たわっているということを感じ取ったのか、松原さんの顔は僅かに強張っていた。

 

 奥沢さんも、何やら気まずいような、そんな顔をしている。

 

 視線をあちらに戻す。すると、鈍色の長髪をした、芯の強そうな女の子が口を開きかける。おそらくバンドメンバーの弟に挨拶でもしようと思ったのだろう。しかしそれは、どこか怒っているような歩幅でこちらへと向かう姉さんの行動によって遮られた。

 

 姉さんが、俺の目の前まで近づいて、歩みを止める。

 

 こころと薫と北沢さんは、そんな姉さんを不思議そうな目で見つめていた。当然だ。普通、ただの姉弟が顔を合わせただけで、こんなに緊迫した空気は醸し出されない。

 

「……なんで、貴方がここにいるの?」

 

 最初の言葉を繰り返すように、姉さんは俺に問い掛ける。

 

 ハロハピと、このメンバーと一緒にやっていく事を決めたから、このバンドの手伝いをしているから……頭の中では返す言葉が浮かんでいるのにも関わらず、俺の口は分厚い鉄の扉のように、開くことがなかった。

 

 何を恐れているのか。

 

 それは、姉さんが怒っているように見えるから。そして、俺はその理由を何となく察してしまっているから。

 

 それは、ハロハピの皆がいるから。姉さんという俺の弱みを、俺の悩みを、臆病な俺は知られるのが怖かったから。

 

 我ながらふざけていると思った。つい先程、ここが自らの居場所だと示してくれて、それを自分で受け入れたはずなのに、結局俺は、肝心な所で歩み寄ることができないのだ。姉さんのことを、知られたくなかったのだ。

 

 この時点で、俺はこの場から逃げ出したかった。しかし皮肉にも、俺の足をここに縫い付けているのは、逃げ出したい理由の半分である、ハロハピの存在だった。ここで逃げたら、これからもずっとそれが続くような気がした。けれど、俺は逃げ出さないだけで、この場を解決できるような強い人間ではなかった。

 

 姉さんは、押し黙っている俺だけを見たままだ。他のメンバーには目もくれようとしない。

 

「どうしてって、そんなの決まっているじゃない?」

 

 そんな俺を見かねたのか、口を挟んだのはこころだった。

 

 俺は、助けられたような気分と、口を出してほしくない気分の半々だった。この後こころがどういった事を言うのかが分かってしまったし、それに対して姉さんがどういう態度をとるのか、薄々勘付いていたからだ。しかし、動かない俺の口は、流れてしまった現実を止めるすべを持たない。誰かが割り込んでこなければ、延々黙ったままだったと思う。

 

「……何故ですか? 貴方には関係のないことです」

 

「関係なくないわ! だって……」

 

 この先を言って欲しくない。けれど、止められない。姉さんはそれを知ったら、きっと。

 

「観月は、私たちの"バンド"の一員なんだから!」

 

 姉さんは、その言葉を聞いて初めて、ハロハピの面々を一度見回す。疑惑の芽は、確信という花を咲かせてしまった。

 

「……そういうこと」

 

 姉さんは、俺をもう一度見据える。俺は何かを言うべきなのに、姉さんを前にして、何も浮かばなかった。

 

「観月、もうこれ以上、関わるのはやめなさい」

 

 思った通りの言葉だった。姉さんは、俺が姉さんの打ち込んでいるものに首を突っ込むのを嫌う、そんな確信めいた結論が、俺の心の中を支配していた。

 

 どうして……と半ば分かりきった質問をしようとして、また口に出せなかった。単純に、姉さんの口から答えを聞くのが怖かった。

 

 代わりに口を開いたのは、またしてもこころだった。

 

「なんで、あなたがそれを決めるの? 決めるのは、観月よ!」

 

 姉さんの言葉はこころにとって、言外に『これ以上私の弟に近寄るな』と言われたようなもので、こころが憤りを覚えるのも無理はなかった。彼女は、そういう人間だから。

 

「だから、貴方には関係ありません」

 

 姉さんは、あからさまに突き放したような態度でピシャリと言った。

 

「あのー、いくらお姉さんだからって、それはないんじゃ……」

 

 こころと姉さんのやり取りを見かねたのか、奥沢さんが割って入る。一般的な観点で、一般的な意見を言うならば、真っ当なものだった。

 

 けれど、もうそれ以上はやめてくれ。

 

 こころも奥沢さんも、俺を守ろうとして、姉さんと話しているのが分かる。俺がバンドの一員だから。そして、彼女たちは優しいから。けれどその優しさが、今の俺にとっては毒だった。俺のような人間に向ける優しさなんて、あってはならないはずなのに。

 

 そして、その優しさは姉さんを刺激するだけなのに。

 

「……関係ないって、言ってるじゃない!」

 

 姉さんが、声を張り上げてそう言った。その声量に、思わずこころと奥沢さんも怯む。向こうで様子を窺うように黙っていたロゼリアの面々も、姉さんのこういう姿に戸惑いを覚えているようだった。

 

 姉さんは、続けざまに言葉を紡ぐ。

 

「観月……! これ以上、関わるのはやめて……! 近づいてこないで……! 私の居場所に入ってこないで……!」

 

 それは悲痛な叫びだった。姉さんは、泣いているような、怒っているような表情で。そんな姉さんの言葉は、誰から見ても分かる、完璧な拒絶だった。

 

「どうして……」

 

 思わず口が開く。口を開くにはもう遅すぎるタイミングだったが、はっきりと姉に拒絶された俺は、藁にもすがるような思いでそう口にしてしまっていた。

 

 答えなんて、分かりきっているのに。

 

「どうしてって、そんなの決まっているでしょ……!」

 

 それはきっと姉さんは俺のことが……

 

「観月、あなたが……!」

 

 姉さんは、右手を振り上げていた。目尻には、涙が溜まっているように見える。こんな状況にあっても俺は、そんな姉さんのことを綺麗だと思っていた。多分、数瞬後には俺の頬に鋭い痛みが襲ってくるのだと思う。けれど、それもいいような気がした。何もかもがどうでもいいような気がした。

 

「紗夜!」

 

「湊、さん……?」

 

 紗夜、姉さんの名前を呼ぶ声が聞こえた。気づけばロゼリアのメンバーが、姉さんと俺の周りに集まっていた。振り上げた姉さんの右腕は、『湊さん』と呼ばれた人の手に掴まれている。

 

 ロゼリアの人達は、狂乱したような姉さんの様子を、心配するように見守っている。

 

 ハロハピの皆は、姉さんと俺の様子を、困惑したように見つめている。

 

 湊さん、が視線を俺に向けた。何かを言っているのは分かったが、耳には入ってこない。その時の俺は、湊さんの瞳が、俺を責めているように感じた。

 

「……すみません、俺はこれで失礼します」

 

 俺は誰に向けたものでもないその言葉を言い残して、振り返らずにスタジオを出た。

 

 結局、俺は逃げ出した。

 

 日菜には、『今日は迎えに行けない』とだけ連絡した。

 

 家に帰って、死んだように眠った。

 

 とにかく、何も考えたくなかった。




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