ドラゴンハザード ~Dブラッド~   作:アニマル

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虐げられる少女

 掃除用具を手にして廊下を歩く少女がいた。くすんではいるが、それでも微かな輝きを放つ金色の髪。汚れてこそいるが、シミ一つない綺麗な肌。顔立ちはまだ十代前半位の幼さの残る物だが、将来は間違いなく類を見ない美しさになるであろう整ったものだ。

 

 ただ体つきについては、その幼い雰囲気に対して胸元こそそれなりに出ている物の全体的に少し細めだ。もともとそういう体型…という訳ではなく、偏った食事からくる栄養失調故の体型という感じだ。

 

 だが、歩く姿には全くと言っていいほど覇気がない。一切の光を灯さない赤と緑のオッドアイもあり、まるで心の壊れた意思なき人形の様だ。

 

 不意に廊下で二人の使用人と思しき女性とすれ違う。次の瞬間、

 

「酷い匂い。鼻が曲がりそう…」「全く、汚物の分際で屋敷を歩き回らないで欲しいわね…」

 

 自らの鼻を押さえながら露骨に少女に対して不快感を示す二人。しかし、少女の様子から察するに碌に水浴びもさせて貰えていないであろう上に、今まで厠の掃除をしていたのだ。体臭が酷くなるのも当然の事だ。

 

「おい! 邪魔だゴミクズ!!」

 

 唐突に投げかけられる乱暴な言葉。と、同時に少女の背中に衝撃が走る。無様に前のめりに倒れた後に、後ろを振り返る少女。そこには、いかにも悪ガキ…と言った感じの十歳くらいの少年が、舎弟と思しき子供達を連れて足を少女に向かって突き出していた。

 

「はっ! 本当にトロ臭い女だな! そんなだからいつまで経っても役立たずなんだよ!!」

 

 中々立ち上がらない少女に向かって更なる暴言を吐く少年。しかし、それでも少女は反応せず、取り落とした掃除用具を拾いながらゆっくりと立ち上がる。

 

「兄ちゃん! リディエル様達が帰ってきたぜ!!」

 

 その時、廊下の向こうから新たな少年が走って現れ、少女をイジメていた少年に向かって叫ぶ。

 

「うお! マジかよ!? おい、おめえらさっさと行くぞ! そんなウンコほっとけ!!」

 

 全くと言っていいほど反抗しない少女を口々に罵り手を上げていた少年の取り巻き達だったが、少年が廊下のむこうに走り出すと、慌ててその後を追いかけ始めた。

 

 程なくして、廊下の向こう側が騒がしくなる。釣られて少女もその方向へ歩みを進める。

 

 その先には、この屋敷の次女であり、武芸、魔術の両方に秀でた才媛であるリディエル・マーカスがいた。確か今日は、蘇ったばかりの邪悪なドラゴンの討伐に向かった筈だ。勇者の末裔として名を馳せるこの家には、何かとこんな感じの討伐依頼が押し寄せてくるのだ。

 

 戦闘用の鎧を着ているところを見るに、たった今帰還したばかりの様だ。しかし、リディエルの表情は不機嫌そのものだ。彼女は表情が表に出やすいタイプなので、恐らく討伐に失敗でもしたのだろうと推測できる。

 

 そんなリディエルが、ドスドスと荒い足音で少女の方に向かってくる。

 

「邪魔よっ! どきなさいっ!!」

 

 そして、少女を右手ではたき倒すリディエル。移動の邪魔にならないよう廊下の端っこにいたにもかかわらず、明らかにストレス発散の為にそんな行為に出るリディエルには、確かに性格の悪さが滲み出ていた。

 

 再び倒れる少女だったが、そんな少女を気にも留めずリディエルは速足で去ってしまった。

 

「…シデラ、大丈夫?」

 

 リディエルを追ってその従者達や先ほどの少年とその取り巻き達が去っていく中、リディエルの従者の一人が倒れた少女に向かって手を差し出す。

 

 しかし、少女はその手を取らず、ゆっくりと立ち上がった。まるで、お前の助けなどいらん…と言わんばかりだ。その意思を察したのか、従者は所在なさげに差し出した手を引っ込める。

 

「何かゴメンねシデラ。リディエル様、ドラゴンに見下されたと思い込んでてそれで」

 

「…早く追いかけないと怒られるよ」

 

 何とか少女と会話しようとする従者だったが、その涼やかで心地の良い声質から発せられる、さっさと行けとばかりの少女の言葉に従者は落胆する。視線こそ従者の方を向いてはいる少女だが、その双眸は明らかに従者を見ていない。

 

 暫くうな垂れていた従者だったが、やがて今は少女と会話するのは無理と考えたのだろう。心配そうに少女を一瞥だけしてから、リディエルの後を追った。そして、まだやらなければならない事がたんまりと残っている少女も、そんな従者を見送りもせずに従者とは反対側へ歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

 リディエルがドラゴン討伐に失敗してから二日が経過した。この日、珍しい事にこの屋敷の主…マーカス三姉妹の長女であるロゼリア・マーカスから少女にお呼びがかかった。

 

 とはいえ、屋敷中…いや、下手をすれば町中から厄介者扱いされている身だ。まず間違いなく碌でもない要件だろう。かといって、行かなければマーカス姉妹の従者達に殴り回された後に強引に引きずり込まれるのが見えているので、行く以外の選択肢はないが。

 

「シデラです」

 

「―――入りなさい」

 

 約束の時刻きっかりに指定された部屋の扉をノックする少女。返ってきた声には隠しもしない明らかな嫌悪の感情が含まれている。

 

 少女が部屋に入ると、奥に三人の女性が机に座って待ち構えていた。対して正面に眼鏡をかけた見るからにきつそうな女性。その左に表情も気だるげで服装もだらしない色々と軽そうな女性。そして、右にリディエルだ。

 

「貴女と長時間話などしたくないので手短に用件を言います。ドラゴンを抑える為の生贄になりなさい」

 

 部屋に入って早々眼鏡の女性から少女に下される死刑宣告。理由も分からず理解すら許されないあまりに理不尽な仕打ち。しかし、

 

「はい、分かりました」

 

 少女の表情に変化はなく、ただ淡々と返事をするのみ。

 

「…あのさぁ、もうちょっと喜んだらどう? アンタみたいな何の役にも立たないごく潰しが、偉大なマーカスの名を継ぐ私達の役に立てるんだよ?」

 

「薄汚い妾の子には過ぎた役割ね」

 

 そんな少女が気に食わなかったのか、軽そうな女性が不機嫌そうに苦言を漏らし、それにリディエルも同調する。

 

「はあぁ~ぁ…。大体リディエル姉貴がドラゴンをぶっ殺してくれてればこんな面倒な事にならずに済んだのよね~…。あ~これからの事を考えるとメンドクサ~…」

 

「黙れミルアっ! それ以上言ったら如何にアンタでもタダじゃ置かないわよっ!!」

 

 しかし、続く軽そうな女性…ミルアの頭を擦りながらの言葉にリディエルが激昂する。ものすごい勢いで立ち上がり、いまにもミルアに殴りかかりそうなその様子から、まだまだリディエルはドラゴンに対する激しい怒りを心の内に燻ぶらせている様だ。

 

「お~怖い怖い。でも、その直情的でわっかりやすい性格直した方が良いと思うけどね~」

 

 しかしミルアは一切怯まず、更にリディエルを煽る。

 

「こ、このっ…!」

 

 ついにはリディエルは机から身を乗り出し、ミルアに殴りかかろうとした。が、

 

「お止めなさい」

 

 静かに、しかしよく響く声で眼鏡の女性が二人を止める。その威圧的な声色に、リディエルはミルアを睨みながらも席に着いた。

 

「さっすがロゼリア姉貴、大物感出てるぅ~。これも家名の誇りって奴かなぁ~?」

 

 だがミルアは怯まない。今度は眼鏡の女性…ロゼリアに向かって茶化すような言葉をむける。しかし、

 

「プライドのプの字もない俗物に茶化される筋合いはありません。後、こんな脳筋で遊んでいないでさっさとドラゴン対策を立てて下さいませんか? 生贄だけでは根本的解決になっていないのは、常日頃から参謀を自称しているミルアには分かっている筈でしょう? それとも、作戦立案は不可能ですか? なら、貴女も貴女の目の前にいる脳筋と一緒の役立たずですね」

 

 逆にロゼリアにズケズケと毒舌を吐かれてしまい、今度はミルアが歯噛みしてロゼリアを睨み付ける。と、同時に『脳筋』『役立たず』と罵られたリディエルもロゼリアを睨んでいる。どうやらこの姉妹はかなり仲が悪い様だ。

 

「それと」

 

 リディエルとミルアの怒りの視線を難なく受け流しながら、唐突にロベリアは手元にあった片手で持つのが難しそうな程の分厚い本を手に取る。

 

 そして、その本を姉妹の口喧嘩を黙ってみていた少女に向かって投げつけたのだ!

 

 不意を突かれた上に信じられない程の速さで飛んできた本に、少女はまともに反応する事も出来ず額に本が直撃してしまう。帯を使って閉じるタイプの本だったため空気抵抗を殆ど受け無かったのか、少女が後ろに弾き飛ばされてしまったところを見ても、かなりの威力が合った様だ。

 

「下郎の分際でいつまでこの部屋にいるつもりですか? その不愉快な顔は見ているだけで吐き気がするんです。用は済んだのですからさっさと出て行きなさい」

 

 血が流れている額を抑えながら、激痛に呻いている少女に向かって冷徹に言い下すロゼリア。そして、

 

「ほんとにね~。アンタがいると物理的にも臭いし、雰囲気的にも辛気臭くてかなわないのよね~」

 

「その薄汚れた血を床にこぼさないでよ。もしこぼした場合は、アンタの舌で舐めとってもらうわ」

 

 ロゼリアに続き、ミルアとリディエルも嫌らしい笑みを浮かべながら少女を言葉でいたぶる。普段は仲が悪そうな姉妹だが、こういう時だけは息が合うらしい。

 

 ハッキリ言って、立つのも辛いほどの痛みではあったが、このままいつまでも床でもがいていると更なる叱責を喰らいそうだと呻きながらも判断した少女は、必死に立ち上がり額を押さえたままヨロヨロと退室するのだった。

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