ドラゴンハザード ~Dブラッド~ 作:アニマル
町の入り口を目指して歩く少女。町人とは幾度となくすれ違うが、薄汚れた少女の事を奇異や侮蔑の視線で見下す事はあっても話しかけたりする者は皆無だ。
特に侮蔑や嘲笑の囁きがよく耳に入る。少女自体は屋敷から一歩も出た事が無いにもかかわらずここまで貶められるのを見るに、どうやらマーカス三姉妹…そして既に故人だが三姉妹の父であったディスト・マーカスが少女の事を悪く言っていたのだろう。実質この町はマーカス家が仕切っているので、そういう情報操作は容易い筈だ。何故そんな事をしたのかは謎だが。
程なくして町の入り口に到着した少女。そこには、二日前リディエルに突き飛ばされた時に手を差し伸べてくれたあの従者がいた。
「―――シデラ。……その……」
少女の名を口にする従者ではあったが、その後の言葉が続かない。
「未練がましいのは男らしくないよ、リン。さっさと私の事は忘れよう?」
何かを喋ろうとしては結局口を開けずに俯く、という行為を繰り返す従者…リンに向かって少女は冷淡に告げる。
「…っ! で、でも、俺はまだお前が……!」
それでも何とか食い下がろうと、大きな声で己の気持ちを伝えようとするリンだったが、少女はもう話す事は無いとばかりに視線をリンから外した。
「貴方は好きな女の子より権力を選んだ。そして私は今から死にに行く。これでこの問題はお終いだね」
何の感情も籠っていない声でそれだけ言ってから、町を出て行く少女。その後姿を、リンは悔恨の表情でいつまでも見続けるのだった。
「―――と、いう訳で私はこの場に捧げられました」
(…また変なのが来た)
突然現れた人間の少女に、ドラゴンは内心ため息を吐く。なにやら生贄云々などとこの少女は口にしたが、そもそもどういう意味での生贄なのだろうか? 眷属としての生贄ならば、余程酔狂且つ実力を持った者でなければ使えたものではないし、食用としての意味だったとしてもこんなやせ細った人間など不味くて食えたものではない。
「どうやってここまで来た? 道中には雑魚だがそれなりの数の魔物がいた筈だが…」
「生贄として道中で死なれては困るという事で、魔除けの香をいくつか持たされましたのでそれを使って道中の魔物は回避しました」
ふと疑問に思った事を訪ねるドラゴンに、少女は淡々と答える。
確かに少女の身体からは魔物が嫌がる香りが微かに漂っている。だが、それ以上に、
(単純に臭すぎる…!)
あまりに酷い少女から発散される臭いに思わず顔を顰めるドラゴン。恐らく長い間洗われていないであろう少女自身と少女の着ているボロボロの服。そして、臭気を漂わせる汚物が集まる場所ばかりにいたであろう汚れ以外の匂いが合わさり、何とも表現しにくいがとにかく酷い体臭を生み出している。
(普通生贄と言えば弱者が強者の機嫌を取るものなのだから、人身御供なら少しでも外面をよく見せるために身を清めるのが普通なのだが…。送り込んだ奴が常識を知らないのか、それともただ単に俺がこんな不浄な物で喜ぶ馬鹿な畜生だとでも思われてるだけなのか…)
と、考え込みかけたドラゴンだったが、今はそんな事より目の前の少女を適当に追い払う方が先だと判断する。どっちみち今のドラゴンに人間など不要なのだ。
何の感情もなくドラゴンを見つめている少女に向かって、ドラゴンはその大きな口を開ける。次の瞬間、ドラゴンの口から激しい炎が少女に向かって襲い掛かった!
一瞬にしてその炎に全身を飲み込まれてしまった少女。だが、
「―――………あ、あれ?」
炎が止むと、そこには飲み込まれた筈の少女が火傷一つなく姿を現した。死を覚悟して目を閉じていたのであろう少女は、炎が止んだ後でも自分が生きている事に戸惑った様子を見せる。
「とりあえず、お前にこびりついていた汚れや臭いの元は全て焼き払ってやった。後は勝手に……っ!?」
困惑気に自分の身体を見つめている少女に、ドラゴンは今の炎ブレスの効果を簡単に説明した適当に後に追い払う…つもりだった。汚れが取れた後の少女の顔を見るまでは。
(…似ている……あの時俺に止めを刺したあの女―――勇者に…)
汚れの全てが取れ、暗い洞窟の中でも希望の光が如く黄金に輝く金色の髪。目、鼻、口という顔を形成するパーツが全て均等且つ可愛く見えるに丁度良い大きさに揃い、肌自体も髪と同じく輝いているかの様な美しさ。総じて人外の…いや、生物として最高級の美しさを醸し出している。
唯一ドラゴンの記憶にある勇者と違う点は、勇者は両目ともに淡い緑色の瞳だったが、目の前の少女は淡い緑と濃い赤というオッドアイだというところ。とはいえ、それ以外は瓜二つと言っても過言ではない。
「………?」
ドラゴンにじっと見つめられ、不思議そうに首を傾げる少女だったが、対するドラゴンは深く考え込む。
(もし本当にこいつが勇者の生まれ変わりとかそういう類の者なら、まだ力に目覚めていない今の内に始末してしまうのがやはり最善か…? いや、しかし昔ならともかく今は出来れば人間は殺したくない。もしただそっくりなだけで赤の他人だというのなら完全に殺し損だ。…どうしたものか―――)
迷うドラゴンだったが、ふと手元に勇者の剣がある事を思い出した。
「…おい、小娘。ちょっとこの剣を持ってみろ」
そう言って、勇者の剣を少女に渡すドラゴン。もし本当に少女が勇者の生まれ変わりなら、少女が剣を持てば勇者の剣は何らかの反応を示す筈だ。反応が無ければ生まれ変わりではないという事。
「あ、この剣はリディエル姉さんが良く帯剣していた物ですね。確か、遥か昔に貴方様を貫いた勇者の剣で、常々姉妹の中で一番武芸に優れている自分がこの剣を持つに一番ふさわしいと豪語していました。そういえば、貴方様に奪われたと言っていたましたね」
やはり大した感情を見せずに少女が呟くが、その内容の内のリディエルという言葉にドラゴンが微かに反応する。確か、少し前にここに攻め入ってきた人間達の長らしき人物もそんな名前だったとドラゴンは記憶している。
「お前はあの女の関係者なのか?」
「―――そうですね。一応半分は同じ血が流れる姉妹です。ただ、リディエル姉さんを含めた上三人は本妻の子だったのに対し、私は下賤な母から生まれた不純な子ですけど…」
ドラゴンの問いに答えながら、只でさえその見た目に反し光を宿して居なかった瞳が、ますます闇に沈んでいく。どうやらかなり複雑な過去がある様だ。尤もドラゴンはそんな過去には興味はないのでこれ以上は聞かないが。
「…おい。沈むのはお前の勝手だが、それはこの剣を持ってからにしろ」
「あっ…。そ、そうですね。申し訳ありません」
急かすドラゴンに少女は慌てて差し出された剣の柄を両手で掴んだ…その直後だった。
突然剣の刀身が眩いばかりに輝きだす。そしてその輝きはどんどんと強さを増していく。まるで、やっと己の真の主に出会えたと歓喜するように。
更に、その輝きに呼応するかのように少女の身体も輝きだした。
「わ、わわ、な、何ですかこれ…!? な、何だか力が湧いて来るような…!?」
あまりに唐突な事に少女は驚きを露わにしている。今まで殆ど感情を見せなかった少女だが、どうやら完全に感情が死んでいた訳では無いみたいだ。
しかし、ドラゴンからしたらたまったものではない。ここまで激しく勇者の剣が反応したという事はもう間違いはない。目の前の少女は勇者の生まれ変わりかそういった類の者だろう。と、同時に力にも覚醒してしまったようなので、まだまだ本調子には程遠いドラゴンには荷が重い相手である事も間違いない。最悪、この場で再び滅せられる危険すらある。
(くう…っ! か、確認を優先するあまりついうっかりやってしまった…! 長い間滅せられていたせいか少し日和っていたのかもしれん…。こんな事ならさっさと殺していた方が良かったか…。いやいや、過ぎた事は仕方がない。今はそれよりこの後どうするかだ!)
内心冷や汗を浮かべながら、まだまだ動かし辛い身体で目の前の少女に対して身構えるドラゴン。だが、
「―――あ、あの、私はやはり食べられてしまうのでしょうか?」
持っていた剣を丁寧に地面に置き、ドラゴンに向かってそんな事を聞く少女。
「…戦うつもりではいるな。本調子ではないとはいえ、こんな所で滅せられたくはないからな」
「―――はあ…? 一体誰が貴方様を滅するのですか? ここには誰もいませんが…」
不思議そうに辺りをキョロキョロと見回しながらドラゴンに訊ねる少女。その表情を見る限り、冗談などではなく本気で言っている様だ。
「寝ぼけるな。勇者の剣に適合した貴様以外誰がこの俺を滅せられるというのだ」
「私? いえ、私は生贄としてここに捧げられただけですので…。それに、私如きが貴方様に歯向かったところで虫けらの如く縊り殺されるのがオチだと思いますが…」
警戒しながら少女を指摘するドラゴンだが、当の少女は真顔で自分に勝ち目はないと口にする。
「…貴様は今、勇者の力に目覚めた自覚は無いのか?」
「何らかの力が漲ってくるのは感じますが、そんな付け焼刃で貴方様に勝てるとは到底思えないのですが…?」
ドラゴンの質問に、しかし少女は疑問形で返す。どうやら、少女はドラゴンはその昔この世界を荒しまわった頃の力…つまり全盛期の力を変わらず保持していると勘違いしている様だ。実際は、当時の五分の一程度の力しか出せず、全回復にはまだまだ時間が掛かりそうなのだが。
「―――生きて帰りたくないのか?」
不意にドラゴンの口から出た言葉。何故なら、昔勇者とその一行と戦った時、彼女とその仲間達は口々に誓いを立てていたのだ。勝って、そして全員必ず生きて帰るぞ! と。だが…、
「…生きて帰ったところで、私を待ってくれる人なんていません」
何の感情もなくそう呟いた少女。その、ドラゴンの記憶の中にいる勇者とあまりに違い過ぎる少女の姿に、ドラゴンは警戒する事も忘れて少女を見つめ続けるのだった。