ドラゴンハザード ~Dブラッド~   作:アニマル

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ドラゴンの血

 少女がドラゴンの住処にやってきてから二週間が経過した。その間、少女…名はシデラというらしい…は身の回りの世話に食事の用意にと甲斐甲斐しくドラゴンに尽くしていた。

 

 ドラゴンの方も満更ではないようで、最初の方こそ警戒心を中々解こうとはしなかったが、今では身の回りの世話についてはシデラに任せっきりになっている。流石に食事の方は、何を入れられるか分からないという事で警戒の心は残っているが。

 

 だが、そろそろシデラと分かれ今度こそ独りになろうとドラゴンは考えていた。もともと復活する前からそのつもりでいたし、体の方も不自由なく動かせる程度には回復してきた。

 

 なにより、いつまでもこの場にいると面倒毎に巻き込まれるのは目に見えている。先日もあのリディエルとかいう人間の放った密偵らしき者がこの住処を探りに来ていた。密偵本人は気づかれていないつもりだったのだろうが、ドラゴンにはバレバレだったのだ。

 

 恐らく、近日中に再びここを襲撃する為の確認として派遣されたのだろうが、実を言うと問題はそこではない。

 

 この密偵についてはシデラも気づいていたのだが、あろう事か彼女はドラゴンに仇なす者としてこの密偵を躊躇いなく殺そうとしたのだ。

 

 勇者として目覚めてからのシデラの成長は恐ろしいものがあり、既にこの洞窟に稀に発生する突然変異の魔物”ストーンゴーレム”をたったの一撃で倒せる程にまでなっている。そんな彼女だからこそ、もうその辺の人間の密偵など歯牙にもかけず嬲り殺せるだろう。

 

 勿論、人間の殺生をよしとしなくなってしまったドラゴンは慌てて止めに入ったのだが、同族の…しかも同じ場所に住んでいたであろう者を一切迷うことなく殺そうとするとは相当な壊れっぷりだ。

 

 ドラゴンは酔狂な者は人間だろうがそれ以外の種族だろうが好む傾向にあるが、精神的に壊れている者は必要としていない。組織としても破綻のきっかけになる可能性が一番高い種だし、個人としてもむやみやたらに厄介ごとを持ってくる面倒な人物になるのが分かり切っているからだ。

 

 そのシデラは今、背中に勇者の剣を担いだままドラゴンの身体を枕に眠っている。その安らかな寝顔を見るにドラゴンに全幅の信頼を寄せている様だ。一体何に於いてそこまで信頼されたのかドラゴンには一切分からないが。

 

 とにかく、こんな厄介な人間をいつまでも傍に置いておくつもりは無い。故に、シデラの寝顔を見つめながら、ドラゴンはどうやって彼女と分かれようかと思案し続けるのだった。

 

 

 

 

 

 翌日、そろそろこの場を立つ事とシデラと別れる旨を伝えたドラゴン。だが、

 

「嫌です! 貴方様と別れたくありませんっ!!!」

 

 シデラからの激しい拒否の言葉。そしてそのままドラゴンの顔にしがみついてくる。

 

「別にもう俺に纏わりつく必要も無いだろう。たとえ元の場所に帰れなかったとしても、既にお前は勇者としての力を得たんだ。人間の世界に戻りその力を使えば、富も名声も望むままだぞ?」

 

「人間は私に酷い事しかしてきませんでした。そんなところに戻りたくはないし、そんな者達から与えられる富や名声など今の私には必要ありませんっ!!」

 

 何とかシデラを説得しようとするドラゴンだったが、滅多に表情を変えないシデラが悲し気にそう叫ぶさまを見るに、彼女の意思も相当固い様だ。

 

(…出来ればこの方法は使いたくなかったが、仕方ないか)

 

 そんなシデラを見て、ドラゴンはある決意をする。そして、シデラの頬を舌で一舐めしてから口を開いた。

 

「…分かった。そこまで言うのならお前にも一緒に付いてきてもらおう」

 

 ドラゴンから許可を貰えた事で、一転して満面の笑みを見せるシデラ。こんな笑顔を見せるのはこの場所に来てから初めての事だ。それほど嬉しかったのだろう。

 

「ただし! 一つだけ条件がある」

 

 そんな中言葉を続けるドラゴン。

 

「お前は、俺の”血”についての言い伝えは聞いた事があるか?」

 

「…スペンサードラゴンの”血”。それは何物にも代えがたい劇薬であり毒物。しかし、その凄絶なる猛毒に耐えた者には神が如き”力”が与えられるだろう…というものだった筈」

 

「そうだ。そして、ここまで言えば俺の言う条件も分かるな?」

 

「―――その”血”に耐えて見せろ、という事ですね?」

 

 冷や汗を垂らしながら答えるシデラにドラゴンはコクリと頷く。そして、右手の指先をシデラの前に差し出した。

 

「お前の持つ勇者の剣なら俺の鱗も切り裂けるはずだ。その剣で俺の指に切り傷を付け、そこから出てくる俺の”血”を飲むがいい」

 

 ドラゴンの言葉にシデラは困惑気に視線をドラゴンに向ける。恐らく、ドラゴンに傷をつけるという行為が恐れ多いのだろう。

 

 しかし、ドラゴンから構わん、やれ…という視線が返ってきた事で、シデラの意思も固まったみたいだ。背中に担いでいた勇者の剣を右手に掴み、多少躊躇いながらも一気にドラゴンの指を切り裂く。

 

「…っ」

 

「ドラゴン様っ!」

 

 伝説にまで謳われたドラゴンの鱗をあっさり切り裂けた事にシデラは驚いていた様だが、ドラゴンが痛苦による微かな呻き声を上げると心配そうにドラゴンに詰め寄る。

 

「…気にするな。それより、さっさと俺の”血”を飲め」

 

 ドラゴンの言葉を受けて、シデラは視線を今しがた自分が切った個所に向ける。そこには、ドラゴンの”血”と思しき微かな赤が混じったどす黒い体液が滲み出ていた。

 

 その体液を一定量掬い取ったシデラは、何の躊躇いもなくその体液を一気に飲み干す。

 

「―――………? 味もしないし、何も起こりませんが…?」

 

 しかし、教えられた言い伝えに反し何も起こらない事にシデルは不思議そうに口を開きながらドラゴンに視線を向けた…その時だった。

 

 突然、シデラの右腕が燃え始めたのだ!

 

「なっ…!? あ、熱……っ!!?」

 

 あまりに唐突な事に、シデラは驚愕しながら必死に炎を消そうと右腕を左腕で払う。だが、明らかに通常の炎と違う漆黒の炎は、消えるどころがどんどんとシデラの身体を覆い始めていく。程なくして、シデラは全身を漆黒の炎に覆われてしまった。

 

「うあ、あ、熱い…っ! ぎ、あ、あああああっ!!!」

 

 漆黒の炎に焼き尽くされ、もだえ苦しむシデラ。そして、そんなシデラをじっと見つめるドラゴン。

 

 実は、言い伝えには二つの嘘があったのだ。一つは、飲んだ者を襲うのは毒などではなく、覆いつくした物が消し炭になるまで消える事が無い漆黒の炎である事。

 

 そして、もう一つは力など手に入らない事。ドラゴンが血を分け与えたのはこれで五度目となるが、そのいずれもが漆黒の炎に耐えられず絶命した。故に、実際に力が手に入るかどうかは確認できていないのだが、少なくともドラゴン自身はそんな物は手に入らないと思っている。

 

 そう、ドラゴンはここでシデラを殺す事にしたのだ。シデラが生きているとドラゴンに面倒毎が転がり込んでくるであろう事は想像に難くないが、何故かそれに加えて、彼女を生かしていると世界そのものが危ない気がドラゴンにはしたのだ。

 

 ドラゴンも昔は世界中で戦っていたが、それはあくまで人間のみを滅ぼすための戦いだ。世界が滅亡してしまうのは、今のドラゴンは勿論、例え昔のままだったとしても望む事ではない。

 

「……あ……が、が……ド………ド……ゴ…………様……」

 

 しかし、漆黒の炎におおわれて三分近くが経過したにもかかわらず、シデラはいまだ息絶えていない、どころか倒れてすらいない。文字通りその身を焦がしながら、それでも右手をドラゴンに向けて伸ばしてくる。

 

(信じられん! 俺の知っている中でも一番耐えた奴で二十秒ちょっとだというのに、なんという耐久力だ…!)

 

 余りのしぶとさに流石にドラゴンの背に冷たいものが過る。だが、どうやら右手を伸ばしたのが最後の余力だった様だ。その手がドラゴンに触れる前に、遂にシデラは地面に倒れてしまった。と、同時に常時小さく輝いていた勇者の剣も、その輝きを失ってしまう。

 

 念のため、漆黒の炎が消えた後に、真っ黒になったシデラ”だったもの”の心臓付近に手を置いて確認してみるが、完全に止まっている。

 

(まさか…とは思ったが、どうやらこと切れたようだな。全く、最後の最後まで脅かしてくれる)

 

 シデラの死に内心安堵するドラゴン。中々倒れなかったシデラに、まさか耐えきられてしまうのかと最悪の事態すら脳裏を過っていたのだ。

 

 さて、もうここに用はない。そう判断したドラゴンは転移魔法で洞窟の外に一瞬で移動する。そして、視認阻害魔法を己に掛けながら、真夜中の空をその巨体で駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――ああ、お待ちくださいドラゴン様。私は、私はまだ生きています。

 

 どんどん…どんどんドラゴン様がここから離れていく。直ぐに追いかけたいけど、心臓すら止まっているこの体は全く動いてくれない。

 

 でも…大丈夫。ドラゴン様の”血”を分けて頂いたおかげか、何処にいようとドラゴン様の場所が手に取るようにわかる。身体さえ動くようになれば、即座に、すぐにでも、一瞬にしてドラゴン様の下へ向かえる。

 

 だから、寂しいけど今は身体が回復するまでの我慢の時。少しだけお待ちくださいねドラゴン様。動けるようになり次第、貴方様の下へ馳せ参じ―――。

 

「ちょっと!! あの畜生は何処へ行ったのよっ!!!?」

 

 ―――? この声は………リディエル姉さん?

 

「は、はっ! 恐らくどこか別の場所へ移動したのかと…」

 

「…ちっ、逃げられたか」

 

 体中を焼き尽くされた私だが、唯一使える耳を使って姉さん達の会話を聞き取ろうとする。そんな私の胸に、誰かの手が置かれた。

 

「リディエル様っ! この黒こげの人間ですが、まだ微かに生きておりますぞ!」

 

 そう言って、私の体に触れていた誰かは姉さんを呼ぶ。言われてみれば、心臓が微かに鼓動を打ち始めていた。この調子なら、回復できるのもそう時間はかからないかもしれない。

 

「……こいつ、もしかしてシデラじゃない?」

 

「……い、言われてみれば確かに」

 

「シ、シデラ………っ!」

 

 あまり興味なさそうな姉さんの声と、少しくぐもった従者らしき者の声。そして、その後に聞こえた悲痛な叫び。最後のはもしかしてリンかな? リンも来てたんだ。

 

「そうだ! こいつならあの畜生がどこに向かったか分かるかもしれないわね。そうと決まれば一旦こいつを連れて町に帰るわよ」

 

 ―――さっきから姉さんが口にしている畜生とは、もしかしてドラゴン様の事なのだろうか?

 

「お、リディエル様! シデラの背中に勇者の剣がありますぞ!」

 

「ふん、慌てて逃げて持っていくのを忘れたってところかしら? 見てなさいよあの畜生! 新しい根城を見つけ次第、今度こそぶち殺してあげるわ! 勿論、前に受けた雪辱を何十倍にも返した後でねっ!!」

 

 ―――ドラゴン様を………ぶち殺す?

 

「さあ、用意はできた? ならさっさと帰るわよ」

 

 この姉さんの言葉の直後、誰かに私は担がれる。どうやら私を連れて町に戻る様だが、丁度良い。私も町に用が出来たところなのだ。

 

 ドラゴン様、申し訳ありませんが、そちらへ向かうのは少し遅れそうです。

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