ドラゴンハザード ~Dブラッド~ 作:アニマル
パウムの術によりあらゆる事に抵抗が出来なくなっている二人の女性…修道女の方が二ドリーで、ローブを着ている方がデーネという名前らしい…に、ドラゴンは次々と質問をぶつける。その結果、現状がかなり不味い事が判明した。
まず、この二人が現在拠点とする国家であるシカイドルフ王国により、既に今ドラゴンのいる樹海…メディウムの樹海の大半は管理されているという事だ。ドラゴンの記憶が確かなら、昔のメディウムの樹海は人間は勿論、並みのエルフやドワーフ等ではたちまち方向感覚がマヒし、そのまま餓死してしまう死の森、無限回郎とまで言われていた人跡未踏の難所だった筈なのだが。
そしてその管理を完璧なものにするために、王国の兵士を始め傭兵や冒険者などを雇い樹海を開拓させているそうだ。二ドリーやデーネ、そしてシデラが殺した二人の男…重装備の方がソダックで精悍な顔つきの方がカーリウスという名前だったらしい…も、開拓の報酬に釣られて来国した冒険者のパーティだそうだ。
更に不味いのがその報酬内容だ。”金”という人間達の間でのみ通用する通貨が大量に配布されるのは勿論だが、それに加え、樹海の奥地に目撃情報が上がった”ダークエルフ”を隷属する権利ももらえる…という内容だ。
報酬になるという事は、それだけ希少価値があるという事だ。つまり、ダークエルフという種の絶対数が大幅に減少しているのだろう。
加えて、隷属出来るという事は最早ダークエルフという種族に、人間に抗う力がないという事も示している。本来なら、訓練された人間の兵士が十人束になってかかっても、特に訓練していない素のダークエルフすら倒せない。
恐らく、今もその基礎的な実力差自体は変わっていないのだろうが、人間の圧倒的な繁殖力をもってしての人海戦術を用いられれば、基礎的な不利など物ともせず蹂躙されてしまうのだろう。
そして、どうやらこの絶対数の不足はダークエルフのみに留まらないそうだ。二ドリーとデーネに質問している時にパウムが補足説明をしてくれたのだが、それによるとエルフ、ドワーフ、ホビット、オークの四種はその数を昔の十分の一近くにまで減らし、ドラゴン、エンジェル、セイレーン、サイキック、ライカンの五種に至っては、絶滅危惧種として逆に人間に保護…という名目で隷属させられる立場にいるらしい。
これらの種族は、全てその昔スペンサードラゴンと共に人間と戦った種族だ。それが今では、抗う事すら許されずに隷属させられている。どうやら、もうこの世界は人間の一種勝ちになっている様だ。
「オズオール様を知らぬダークエルフの子供たちの中には、このような状況に各種族をおいやったオズオール様を、自分勝手な弱者と憎み蔑む者までいるそうです。本当に嘆かわしい事です…」
沈痛な面持ちでそう漏らすパウム。という事は、スペンサードラゴンは若い世代には人間に限らずほぼすべての種族から忌避されていると考えて相違ないという事だろう。
「…あの、ずっと気になっていたんですけど、オズオールというのはドラゴン様のお名前ですか?」
そんな中、不意にシデラがドラゴンとパウムに向かって質問する。
「そうだ。既に俺一体しかいないとはいえ、スペンサードラゴンというのはあくまでドラゴンの一種であり、俺自身の名はオズオール・ウィスカという名だ」
「オ、オズオール様っ! なにも、こんな人間どもにオズオール様の家名までお教えする必要は」
「別に隠す事もあるまい。それに、ウィスカの家名はもう何千年も前に埋もれている。今更昔の資料を掘り返したところで、ウィスカの名前など出る筈も無し。昔の大戦の時にすら、俺はこの家名を一番信頼していたパウム以外には名乗っていないのだからな」
ドラゴン…オズオールの名乗りにパウムが慌てて止めようとするが、どこか遠い目をしながらパウムを窘めるオズオール。その姿には少し哀愁が漂っている。
「…い、一番信頼……。えへ、えへへ………」
そして、一番信頼しているというオズオールの言葉に、パウムもまた嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「―――あの」
そんな二人を見てシデラがオズオールに向かって再び何かを聞こうとしたのだが、
「思い出したっ! オズオールと言えば、遥か昔数多の種族を率いて人間達を滅亡寸前にまで追い込んだというドラゴンの名前だっ!」
「え…っ!?」
シデラの言葉を遮って、デーネがオズオールを指差しながら大声で指摘する。その指摘にデーネの隣にいた二ドリーも驚愕の視線をオズオールに向けた。
「だったらどうだというのだ人間。あと、気安くオズオール様の名を口にするな」
直後、パウムが不機嫌そうにデーネと二ドリーを威嚇する。その姿にはかなりの威圧感があり、この二人を震え上がらせるには十分なものだ。先ほどまで子供の様に表情が変化していたのであまり分からなかったが、やはりオズオールの配下筆頭の称号は伊達ではないという事だろう。
「く…っ! せ、せめて魔術を使えればこの窮地を脱出できる可能性があるというのに、まるで自分の身体ではないかの様に身体も魔力もコントロールできない…!」
パウムの威嚇を受け、デーネは必死に身体を動かそうしている様だが、その意に反してデーネの身体は微かに震えるのみで一向に動く気配がない。そしてそれは二ドリーも同じらしく、デーネ同様必死にもがいている様だ。
「ド…オズオール様、この二人どうするんですか?」
「…む、そうだな。せっかく生け捕りにしたのだから、何か利用できないかと考えているのだが…」
そんな二人を冷ややかに見つめていたシデラだったが、不意に二人に背を向けオズオールに二人の処遇を尋ねる。しかし、どうやらオズオールもその処遇についてまだ考えている最中だ。と、その時だった。
「…そ、その背中に背負っている剣…。も、もしや貴女は…!?」
シデラが背中に担いでいる剣を見た二ドリーが、先ほどのデーネにも負けない程の大声で驚嘆の声を上げながら、食い入る様にシデラの顔を凝視する。
「お答えくださいっ! もしや貴女は希望の町『ヒロウェイズ』の生き残りではありませんか!? いえ、その剣…勇者の剣をお持ちという事は、勇者の末裔であるマーカス家ゆかりの方では…!?」
「…あれが勇者の剣? …ホントなの二ドリー?」
「間違いありません! 小さい頃に父上に『ヒロウェイズ』に連れて行ってもらった時に、一度だけですが見た事があります! お願いします、貴女の…貴女のお名前をお聞かせくださいっ!!」
怪訝そうに眉をひそめるデーネを尻目に、必死にシデラの名前を聞き出そうと懇願してくる二ドリー。対するシデラは、オズオールに視線で名乗って良いか問いかけ、少しの思案の後オズオールも頷いた。
「―――シデラ・マーカス」
「ああ、やはりマーカス家の方! スペンサードラゴン復活の報を受け間もなく滅ぼされてしまった『ヒロウェイズ』…町の全てが灰となっていて、勇者の末裔であるマーカス家の生存も絶望的だと思われていたのですが、まだ神は我らを見捨ててはいなかったのです!!」
シデラが名乗った途端、感極まったように声を張り上げる二ドリー。身体さえ自由に動くのなら、今にも天に向かって祈りを捧げそうな勢いだ。
「シデラ様! どうか私達を貴女様のお仲間にお加え下さい! 貴女様がいてくれればこの窮地も脱出できましょう! そして、共にスペンサードラゴンを打倒し」
「うるさい。それ以上その煩わしい口を開くようなら、この剣をその口に叩き込むよ」
興奮しながらシデラに向かって捲し立てる二ドリーだったが、その言葉を遮るようにシデラが感情の無い声色で二ドリーを一喝し、尚且つ剣を背中の鞘から引き抜きニドリーの口の真ん前に突き付ける。
「………シ、シデラ様?」
「勘違いしないで。あの町は私が私の独断で滅ぼしたの。今の私の主であるオズオール様に逆らおうとしていたんだから、当然だよね?」
シデラの行動が理解できないのか、頓狂な声でシデラの名を呼ぶ二ドリーに、シデラは冷淡な表情のまま『ヒロウェイズ』の一件と自分の現状を二ドリーに告げる。
「―――シ、シデラ様が『ヒロウェイズ』を…? な、何を言って」
シデラの言動に、二ドリーはますます混乱していく。しかしシデラは容赦しない。
「勇者の末裔である事に増長した姉たちと、その従者達は私がこの剣で切り殺したし、残った町の住人は、漆黒の火種を町の要所数か所に植え込んでからの一斉着火で、一気に焼き払ったの。一時間くらい燃やし続けてたから、生き残りなんていないと思うけどね」
「…漆黒の炎? ハッ、馬鹿な…。あの
シデラの残酷な告白に、真っ青な顔色で呆然と佇む二ドリー。代わりに、今度はパウムが嘲笑を浮かべながらシデラの言葉を指摘する。だが、
「そんなの知らないよ。オズオール様の血を飲んだから出来るようになったんじゃないの?」
「―――………な……なん、だと…?」
パウムを横目で見ながらのあっけらかんとしたシデラの返答。しかし、その単純な内容はパウムに多大な衝撃を与えるには十分な内容だったようで、途端に身体を大きく震わせながら、かすれた声を上げるパウム。
そして、体と同じく震える右手でシデラを指差しながら、パウムは視線をオズオールに向けた。
「オ、オズオール様……。まさか……まさかこの小娘……オズオール様の”
大量の冷や汗を垂らしながらのパウムの質問に、オズオールも一滴の冷や汗を垂らしながらもゆっくりと首を縦に振り、
「―――完全に想定外だった」
と付け加える。
「馬鹿な…馬鹿なっ! あの試練に挑んだのは妾の記憶では三人! いずれも完全に生物の範疇を逸脱した者どもでしたが、誰一人として十秒も持たなかった正に決死の試練なのですぞっ!?」
「俺の記憶では更に二人増えた五人だが、それでも二十秒が限界だった。だが、信じられない事にシデラはこの試練を三分近く耐えきったのだ」
「…さ、三分…? まさか…な、何かの間違いでは」
「俺が目の前で見ていたのに間違いも何もあると思うか?」
オズオールの肯定に、過去の事例まで持ち出して必死に噛みつくパウムだったが、その事例を大幅に上回る記録を出された上に、パウムが最も信頼するオズオールに確認したと言われてしまえば、もうパウムは絶句するしかない。
その時、不意にシデラは二ドリーに突き付けていた剣を背中の鞘にしまい、オズオールの巨体に自分の身体を擦りつけ始める。
「オズオール様の血を飲んだことにより、私はオズオール様の眷属となった。今ならどこにオズオール様がいようと手に取るようにわかる。まさしく一心同体…オズオール様、一生お慕いしております―――」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、それでもご満悦な表情でそう宣言するシデラ。その様子に、デーネと二ドリーは絶望の表情を、オズオールもなんとも言えない微妙な雰囲気を醸し出し、
「くっ…! ば、化け物め……っ!!」
唯一シデラに悪態を吐くパウムだったが、その歪んだ表情からしてシデラに委縮しているのは明らかであった。