ドラゴンハザード ~Dブラッド~ 作:アニマル
「起きろ! 起きろシデラ!!」
「…う……う、うん…?」
ぐっすりと眠っていたシデラに掛かるオズオールの声。その、太く力強い声色にシデラの意識は深い眠りからゆっくりと覚醒していく。
そして、まずシデラが気付いたのは、昨晩はオズオールの身体を枕にして眠っていた筈なのだが、いつの間にか地べたに寝そべっていた事。そして、
「…起きたか。早速だが出立の準備をしろ」
そうシデラに指示を出す目の前の人物。銀色の短髪に、男か女か判別がつかないが幼く可愛らしい顔立ち。背丈もシデラより少し低く、見た目の年齢は十代前半と言ったところだ。
当然、シデラはこんな人物は知らない。そして、今までのシデラならこんな正体不明の人物の指示など絶対に聞きはしないだろう。
「―――分かりました」
しかし、シデラは不気味なほどにあっさりと銀髪の人物の指示を受け入れた。
「やけに素直だな。もっと反発されるかと思ったが…」
そんなシデラを不思議そうに眺める銀髪の人物。その幼く儚い見た目に対して、声質はかなり低く重い。対するシデラは微笑を浮かべながら口を開いた。
「オズオール様に反発なんてしませんよ」
「…なんだ、もうバレているのか」
シデラの言葉に、銀髪の人物…オズオールはつまらなさそうに呟く。
「姿形は変わっても、オズオール様の雰囲気はそのままですからね。それに、昨日も言いましたが私とオズオール様は一心同体になったのです。たとえどの様な状態だろうと、私がオズオール様を見間違えるなどありえません」
「………。やれやれ、本当にとんでもない奴が眷属になった物だ」
変わらず微笑を湛えたまま、自信満々に言い切るシデラ。その様子にオズオールも苦笑を漏らす。
「ですが、なぜその様な貧相な姿に…? 人に化けた理由自体は、人間の町か都市に赴く為に目立たない様にする配慮だと想像できるのですが…」
不意に笑みを消し、真顔でオズオールにそう尋ねるシデラ。声色から、心底不思議そうにしているのがひしひしと伝わってくる。
「ニドリーの奴に見繕って貰ったのだが、変か?」
「変…というか、オズオール様には合っていないというか…」
「ふぅむ、合っていないか…。しかし、俺からしたら人間などその殆どが貧相の極致にしか映らんから、この姿が貧相と言われてもイマイチピンとこないな…」
シデラからの問いに、しかしオズオールも困惑しながら己の姿を何度も見直す。先ほど口にした通り、オズオールからすれば人間などどれも似たり寄ったりだ。故に、自分に合っていないと言われてもどのような姿が自分に合っているのかなど見当もつかない。
一方、シデラは不服そうに頬を少し膨らませていた。どうやら、オズオールのこの姿が気に入らないようだ。
「二ドリーって、昨日殺しそこねた四人パーティーの内の一人でしたよね? 私が何故オズオール様をその様な姿にしてしまったのかを聞いてきます。今、何処にいますか?」
「朝食の準備の為に一時出掛けている。デーネとパウムも一緒だ…そのうち戻ってくるだろう。しかし、一体何をそんなに怒っているんだ? そんなにこの姿が気に入らないのか?」
「…だって、オズオール様のお姿はもっと威厳のある渋い方が良いにきまってるもん…。なんだって、こんな幼さの残る線の細い少年の様なお姿に…。もし下らない理由だったら絶対に許さない…」
微かな殺気すら感じる視線で周囲を見回すシデラに、二ドリー達の居場所を教えるオズオール。その際、やたらに怒っているシデラにその理由を問い質すが、シデラは明確には答えずブツブツと呟くのみだ。しかし、今二ドリーに危害を加えられるのはオズオールとしても困るので、
「…聞くのは構わんが、頼むから脅すまでで止めてくれよ。絶対にそれ以上はするな」
と、釘をさすのだった。
結局、オズオールはニドリーの提案に従い、シカイドルフ王国に赴く事に決めた。パウムからの反対はあった物の、現在の情勢を他人の情報だけでなく己の目で確かめてみた方が良いと考えたのだ。
と、同時にシデラのお目付け役を二ドリーに頼まれたというのもある。シカイドルフ王国自体は広大な領域を持つ強国だが、その首都リグラドの広さはヒロウェイズより少し広い程度なのだそうだ。つまり、ヒロウェイズを一夜で焼き尽くしたシデラがその気になれば、リグラドもヒロウェイズの二の舞になってしまう可能性があるという事だ。そうならない為の役割なのだろう。
とはいえ、シデラをここまで厄介な人物にしてしまった一因はオズオールにもあるし、どちらにしろシデラにオズオールと離れる意思がない以上は面倒を見ざるをえない。また暴走からの凶行に走られて、一番困るのは間違いなくオズオールなのだから…。
そんなこんなで朝食を終えて、準備も手短に早速シカイドルフ王国へと歩を進める一行。オズオールの右に未だ不機嫌そうなシデラ、左にそこはかとなくご機嫌なニドリー、その後ろを警戒顔のパウムとデーネがついて来るという様子だ。
「シデラ、まだ怒っているのか? 理由ならニドリーから聞いただろう?」
「………別に怒ってません」
微かに頬を膨らませているシデラに声を掛けるオズオールだったが、返って来たのは明らかに不機嫌そうな否定。勿論、朝のオズオールの容姿についての事を未だに引きずっているのだ。
ニドリー曰く、確かに似合っているのはシデラの言う通りの容姿だが、ただでさえ威厳と誇りを持つオズオールがその様な完璧な姿をしていては、街中で目立って仕方がない…という理由で今の姿の方がいいと提案したそうだ。
確かに今はオズオールもあまり目立ちたくないので、目立たなくて済むならそちらの方がいい。が、残念ながらこれだけではシデラを納得させることが出来なかった。
だが、ここに更にニドリーが付け加える。そんな目立つ姿では悪い女がハエのように寄って来る…と。オズオール自身が人間を殺すのを忌避している以上、貴女も堂々と殺す事は出来ない。なら、こういう女が近づいてくるのは避けるべきではないか…? と。
これにはシデラも「…っ!?」と言葉を詰まらせる。そう、シデラの理想のオズオール像は渋くカッコよく威厳に満ちているが、これをその辺の有象無象の女共が放っておく訳がない。
「いたずらに威光を振りまいては、どのような輩が近づいて来るのかわかったものではありません。オズオール様の真のお姿を知っているのは私達だけでよいではありませんか…。ね、シデラ様」
「……………………。オズオール様がそれで良いと言うなら…」
慈愛の笑みを浮かべてシデラを説得するニドリーに、シデラはオズオールを一瞥し、彼が頷いたのを確認したのち、渋々といった感じで首を縦に振った…と言うのが、朝食時の出来事だ。
「ふん…。あの化け物の機嫌を損ねれば即座に殺されるかもしれんと言うのに、よくもまああんな口八丁でごまかしとおせたものだ」
「なんだかんだ言って、ニドリーの奴結構肝が据わってるからね…」
シデラの機嫌を何とか直そうと頑張るオズオールを笑顔で見つめるニドリーを睨みながら吐き捨てる様に口を開くパウムに、デーネも溜め息と共に言葉を紡ぐ。
「自分の性癖を満たすために命を賭けるとは、酔狂なのか只の馬鹿なのか…」
「あ、やっぱりわかる?」
「舐めるな。今の姿のオズオール様をみるあの怪しい目つきを見れば、奴が”そういう性癖”を持っていることくらいわかる。あの小娘は騙せても、妾の目はごまかせん。はっ、悪い女か。明らかに奴の事ではないか。一丁前に修道服など着おって、猶更質が悪いわ」
ぶつぶつと文句を言い続けるパウムに、しかしデーネもこの辺りはニドリーの悪い癖と認識しているのか、特に反論する事は無かった。