とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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骨折から全快!

調子が出るまで不定期更新ですが、調子出次第週一更新へ移行します!

なにせ暇だったから、最終章までプロット完成させてるので……


011 爪撃―クロウ―

 その光景を見たとき、上条当麻には、なにが起きたのか分からなかった。

 

「触れてもいない炎を、引き裂いた……?」

 

 それを為したのは、視線の先、更なる異形と化した右腕を持つ少女。蒼白な顔色で、地面に半ばめり込んだ右腕を抱える佐天涙子という名の少女だった。

 

(けど、一体どうやって……?)

 

 先程自分が間近で感じたあの魔術師の炎は、尋常な熱量ではなかった。あの腕から爆風なり衝撃なりを起こしたとしても、消えることなどないほどに。ここは、学園都市。だからこそ、炎に干渉する能力も存在するだろうが、それでもタネ(・・)は必要だ。では、そのタネは何なのか。

 

 そこまで考えて、上条は気づく。廊下中に響き渡る程の轟音を立てて、空気を内側の吸気口から吸い込む『右腕』と、その爪から滴り落ち、床に『霜』を降りさせる『透明な液体』に。

 

「……! 空気を――いや『窒素』を取り込んで、『液体』に変えて圧力で撃ち出したのか?」

 

 それが、答え。『液体窒素』は、様々な科学実験にも用いられる極低温の液体。それ故に、科学の最先端である学園都市の住人、上条当麻も一般的な知識までは知っていた。そして、空気はその約8割が窒素であることも。

 

 だけど、それは答えの半分(・・)でしかない。そのことに気づいたのは、この場にいるもう一人の少年。

 

(液体状の窒素だと……? それでは、今の状況が説明できない! そんなもの、僕の≪魔女狩りの王(イノケンティウス)≫なら、近づくだけ(・・・・・)で消し飛ばすはずだ!)

 

 液体窒素は通常、窒素が蒸散する時の気化熱で物体を冷却する。それが可能なのは、窒素が気化する温度が常温より遥かに低いためだ。表面はおろか、周辺温度すら鉄の融点に届く≪魔女狩りの王(イノケンティウス)≫の前では、まず確実に近づくまでに気体へと戻る。その意味で、ステイルの認識は正しかった。

 

 二人の認識は、それぞれの科学と魔術の見地から言って、『非常に正しい』。だからこそ(・・・・・)気付かない(・・・・・)。もう半分の答えは、すでに目の前にあって(・・・・・・・・・・)、彼らがその靴で踏んでいる、液体とともに飛び出した『ガラス状の粉末』だなどとは。

 

 不意に、彼らの目の前、異形の腕の少女が動きを見せた。ゆっくり、ゆっくりとその純白の腕が上がっていき、爪がギラリと輝く。

 

「――悪いが、そこまでだよ」

 

 その動きに真っ先に動いたのは、赤髪の少年、ステイル。見ると、彼の立ち位置がわずかに変わっており、佐天とインデックス、そして上条当麻を繋ぐライン上に移動していた。

 

「君は随分アレにご執心のようだったからね。さすがにこの位置取りならさっきのような攻撃は出来ないだろう?」

 

 目の前の少女は答えない。ただ廊下に響くのは、彼女の腕が大気を取り込む吸気音だけだ。

 

「それともまさか、このまま彼女もろとも僕を――――」

 

 話を続ける赤髪の少年の背筋に、ゾクリ(・・・)と悪寒が走った。

 

 次の瞬間、彼が生きていられた(・・・・・・・)のは幸運だった。あるいは、長く魔術という暴力渦巻く世界で生き残った故だろうか。

 

 なぜなら、転がるようにその場を飛びのいた瞬間、彼のいた場所が、音もなく凍てつく斬撃に引き裂かれたのだから。

 

「ッ?! しまった!?」

 

 自分がいた所より、はるか後方を振り返る。その声には焦燥が見て取れた。必死になって『彼女』の姿を探す。

 自分の後ろで、攻撃にさらされたはずの少年と少女は無事だった。咄嗟に少年が彼女を抱え、横に転がったのだ。地面に叩きつけられたのも、少年のみであったことを位置から悟り、「ほっと息を吐く(・・・・・・・)」。

 

 

「――――い、や」

 

 

 ほんのわずか、少女の小さい声が響いた。床に転がっていた二人の少年が振り返ると、そこには高々と掲げられた異形の腕と、ボロボロと大粒の涙を流す佐天の姿。

 

「や、め……てええええええッ!!」

 

 『嵐』、だった。ありとあらゆる方向に斬撃が飛び、たちまち壁や床、天井に暴虐の爪痕を残す様は、まさに天災のソレ。そんな中、決して体力面で優れていないステイルと、人一人抱えた上条が生き残れたのは、ひとえにそれまで魔術と能力、二つの異能の世界で生き抜いた経験と、それともう一つ。

 

「止まって! お願い、止まってえッ! このままじゃ、皆死んじゃうじゃない……!!」

 

 半狂乱になりながらも、左手一本で必死になってしがみつき、ギリギリのところで攻撃の方向を変えている彼女の行動があったからだ。

 

「――っ、≪灰は灰に≫」

 

 詠唱とともに、ステイルの手に炎剣が生じる。逃げ回りながらも少年は解決策を模索し、一番容易なものを選び取っていた。

 

「無制御状態の能力か、厄介極まりないね。……悪いが、禁書目録にもしものことがあっても困るんだ。原因の君を『殺して』事態の解決とさせてもらうよ」

 

 そう言って前へと進む。先程とは密度も圧も比べ物にならないほどの炎剣によって、自身に迫る攻撃はすべて撃ち落とすつもりだった。解決策としては最良のものだったろう。

 

 予想外だったのは、後ろの少年のこと。後ろで人一人抱えながら避け続ける少年が、体力的に限界だったということだ。

 

「! うわっ?!」

 

 何度目かの、放たれた一撃。自分は何とか避けたが、後ろの少年は避けたときに足がもつれ、抱えていた禁書目録を――――『彼女』を廊下の手すりから、放り投げてしまった。

 

 宙を舞う『彼女』、4階建て、地面、情報が駆け巡り、地面でザクロのように爆ぜる彼女を幻視した。

 

 

インデックス(・・・・・・)!!」

 

 

 気づけば、大声で叫んでいた。『あの日』喪失(うしな)い、再び呼ぶことは無いと思っていた、ずっと昔に教えてもらった彼女の名を。手すりから必死になって手を伸ばし、彼女を引き戻そうとする。その姿を、薄ぼんやりと意識を取り戻した彼女が、見た。

 

 

「――い……、や…………」

 

 

 彼女の返答は『拒絶』。その事実に一瞬硬直した彼の横を、全力で駆け抜ける少年がいた。

 

「う、おおおおおおッ!」

 

 少年はそのままの勢いで手すりを飛び越え、空中でしっかりと彼女を腕の中に抱え込んだ。せめて少しでもクッションになるようにと。

 

「ッ、チィッ!」

 

 それを見たステイルは、咄嗟に炎剣を爆発させた。爆風にあおられ、空中にいた二人の姿はすぐ近くの街路樹へと突っ込んだ。バキバキと太い枝がいくつも折れる音が聞こえ、やがて、柔らかい地面に重い物が落ちる音が聞こえた。どうやら無事に着地したことを悟り、ほっと息をついた。

 

「あ、ああ、あ………………」

 

 絶望した声が響く。その声に振り向くと、彼女は二人が消えた手すりを凝視し、泣きじゃくっていた。恐らく位置関係から、二人が無事軟着陸したことは分からなかったのだろう。

 

 そして、その絶望に呼応するように、右腕が巨大化していく。何かが、浮かび上がる。

 

 

『――――クッ』

 

 

「?!!」

 

 瞬間、ステイルはその右腕に、恐ろしい獣の顔が浮かび上がったように見えた。

 

 だが、それを思考する暇もなく、振り下ろされた右腕は、彼らがいた4階建てのアパートを、壁も天井も床も、全て一息に引き裂いてしまった。

 

「い、やあああああ…………――」

 

 崩れていく視界の中、少女の悲痛な叫びだけが木霊していた。

 




はい、というわけで、バンダースナッチ第二形態は、『空気中の窒素を液体化して、高圧で放つ能力』でした。ちなみに炎でも蒸発しない理由は、圧縮した時に、『ナノマシンも混ぜて放っているから』です。まあ要は、ナノマシンから離れた途端に液体窒素が蒸発して、周囲の熱を奪い取るわけです。仕組み自体は水鉄砲と大して変わりません。もっとも圧力によっては、オリハルコン製のAMスーツも貫けます!

実は今回の話、第二形態への移行だけではなく、今後に向けたフラグも少し仕込んであります。気づく人はいるかな……?

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