さて前回のフラグを……
「おい、何だよ、これ……」
『災害』に遭ったとき、人間はその事実を自分の中で受け入れるため、思考が停止してしまうことがあるという。上条当麻はそんな豆知識を、ただ漠然と思い出していた。
数時間前まで、日常を過ごしていた狭くとも愛着のある我が家が、見るも無残な瓦礫の山と化したのだ。補習で離れたのはほんの数時間前。帰ってみると魔術師という未知の存在とのバトルに発展し、高所から落ち、今ではこれである。それは思考の一つや二つ停止する。
確かに狭苦しかった。不便だとも思った。それでも我が家がこんな風になるなんて思ってもみなかった。
「まったく、やってくれたね……」
ふと、瓦礫の中心に炎が灯る。
そこには、土埃で服を汚し、額から一筋血を滴らせたステイル=マグヌスと、彼が誇る≪
「まさか、陣を敷いた建物ごと破壊してくるとは思いもよらなかったよ。おかげで、大した出力も出せやしない。こんなお粗末な王の姿を見せるなんて、過去最大の恥辱だよ」
見ると、確かに傍らのイノケンティウスは儚げで、姿が霞んで見えた。上条は知る由もないが、先程の倒壊で、核となるルーンの大半が使用不能となったためであった。
「だが、それも終わりだ。大人しく、彼女を――――」
「……なあ、アンタ。何であの時、この
場に痛いほどの沈黙が降りた。
指摘されたステイルは何も答えない。だが、唇を噛みしめ、必死に言葉を堪える沈黙が、何よりの答えだった。
「……アンタにも、アンタの事情があるみたいだな」
「黙れよ、能力者」
再びの沈黙。けれどその意味はまるで違う。沈黙をもたらしたのはステイルの発する夥しい殺気。空気が痛いほど緊張していく。
「――――そうだな。けど、どんな事情があっても、俺はアンタを否定するぜ。こんな
「ふん――来なよ、能力者」
轟!という音を立てて、渦巻く炎。その手に再び宿る炎剣。それを見て取って、上条当麻は駆けた。
「う、おおおおっ!」
一歩一歩踏み出す毎に、迫る王。振りかぶられた炎剣。それに対し、掲げられたのは、何の変哲もない、ただ一つの手の平。
(こんな右手、何の役にも立たねえけど――)
空気に触れているだけで自分の幸運まで根こそぎ消しているとか考えたくないけど。それでも右手はとても便利だ。
(目の前の、間違えちまった誰かを、思いっ切りブン殴れるんだから――――!)
剣を断ち切り、王を貫き、赤髪の神父に突き刺さった拳。芯に響くその音は、何よりの決着の証だった。
◇ ◇ ◇
響き渡った音、振りぬかれた拳。そんな光景を、佐天は遠くから眺めていた。右腕は既に戻り、着ていた服は落下によってボロボロになっていたが、それとは関係なく、どうしても他の誰かに近づくことが出来なかったのだ。
砕け散った瓦礫、倒壊したマンション。それら全てを引き起こしたのが、ほかならぬ自分だったのだから。
(――――――ダメだ、近寄れないよ……)
そう思い、その場から離れようと、思わず半歩下がった。だが、その時に崩れたわずかな石の音を、彼は聞き逃さなかった。
「佐天さん、だったか……?」
小さな疑問の声。だけれども彼女はその声から逃げられない。
「………………はい」
「手伝ってくれ。インデックスは重傷だ。すぐにでも病院に連れて行かないと」
それは分かる。上条の背中で今も細い息をしている少女は、今すぐ病院に連れて行かないと、命に係わるということも。
……それでも彼女は、二の足を踏んでしまう。
「…………いえ、病院へは上条さんが連れて行ってください。私は――――行けません」
左手で右腕を抱え込む。先程まで暴れまわっていた異形のソレ。全く制御の効かなかった腕が――何よりも恐ろしかった。
「――分かった。なら連絡先だけでも交換しよう。何かあったらすぐ知らせるから」
半ば強制的に携帯に入れられた新しい連絡先をじっと見つめる。血の朱に染まりつつあるインデックスを抱えた上条が遠ざかり、やがて見えなくなったころ、佐天はようやく家路に着いた。
その足取りは重く、道行きは暗かった。
「――――――もう、やだよ……」
暗くなった歩道に、涙が落ちた。瞼の裏に、自分が紙のように引き裂いたコンクリートの建物が映り、決して離れようとはしなかった。
「私は……こんな腕じゃなくて、もっとフツーの
たどり着いた寮のマンション、明かりのない部屋、誰もいない室内は、まるで自分の空っぽの心みたいだった。
「う……ううう…………」
のろのろと起き上がり、半ば習慣でメールソフトを立ち上げ、チェックする。メールの送り先は見たこともない相手。けれどもその中身については、見覚えがあった。その
「――……? これ……」
『作成者:UNKNOWN 曲名:Level Upper』
◇ ◇ ◇
佐天とインデックスの再びの邂逅から数日後、
「まったく無茶しすぎですよ、白井さん。痕が残るかもしれませんよ?」
「……仕方ありませんわ。よりにもよってスキルアウトの恐喝を目撃してしまったんですもの。しかも
痛々しい包帯を巻かれながら、初春に対して気丈に返す。
「……レベルアッパー、どの程度広がってるんでしょうか」
使い終わった薬品を元の場所に戻しながら、何とはなしに訊く。その顔には、不安が色濃く出ていた。
「モノ自体は普通の音楽ファイル、容量はそれなりですけど、今回それは関係ありません。当初は完全な無料ソフトとして配布されていた以上、現在高値がついていても抑止力にはなりませんわね。既に数千を超えるユーザーがいるはずですわ」
「そうですね……」
顔を悲痛に歪め、医療キットをしまい終わったときだった。
ガタン!とドアの向こうが大きく鳴った。
「……うい、はる…………」
「え――佐天さん?!」
入ってきたのは、佐天涙子だった。だが、その様子がおかしい。顔色は蒼白で、唇は紫色でカサカサ。具合が悪いのは明白だった。
「ど、どうしたんですか!? 病気なら寝てなきゃダメですよ!」
だが、彼女はその呼びかけには答えず、涙目で、その手に持った物を差し出した。
「ういはる……ゴメン…………」
「――! これ――……」
それは、レベルアッパーを表示した音楽プレイヤーだった。
◇ ◇ ◇
「佐天さんが倒れたって!?」
御坂が駆けつけた室内。そこでは白井と初春、そして彼女の診断を行ったカエル顔の医者が揃っていた。
「――結論から言うと、彼女が今すぐどうこうなるわけではないんだよね? 他の大勢の患者と違って、彼女は意識の喪失までは至っていない。レベルアッパーの使用は数日前という話だから、他の患者を見るにすでに意識を失っていてもおかしくないんだがね?」
「……つまり、いつ意識を失ったっておかしくないってことよね?」
そう言って、強く拳を握り締める。不甲斐なかった。学園都市最強の
「――お姉様、今はやるべきことがありますわ」
「……ええ。そうよね。一刻も早く犯人を見つけ出して、佐天さんも皆も元に戻してあげないと」
「私、佐天さんのプレイヤーを木山先生のところに持って行きます!」
誰もが慌ただしく動く中、カエル顔の医者だけは、静かに、ベッドに横たわる佐天を見ていた。
(佐天君…こんなモノに手を出すほどに…………)
もはや猶予はないかもしれない。何としても、例え腕を切り離して新しい腕を作ることになっても、彼女を治す。それが彼の意思だった。
――だが、彼は知らなかった。
猶予などとうに無くなっていたことを。なぜ、佐天一人だけが、意識を失わないのか。その理由を。そして、彼らも佐天自身も、知らなかったのだ。つい数日前、佐天が極低温の右腕の軌道を、『生身』の左腕で変えていたという事実を。それら二つの要因が、実は同じものであることなど、このときは誰も知らなかったのだ。
――――
というわけで、前回のフラグは左腕でしがみついていた描写でした。キース・シルバーもそうですが、高熱のレーザーや極低温の液体窒素なんか連射してたら、その腕もとんでもない温度になりますよ……それで無事な佐天。ARMSファンなら、この先『何』が待ち受けているかわかりますね?
次回は木山戦。今回は投稿が早かったですが、次回はどうなるかな?