とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

14 / 91
今回、ついに……!



013 慟哭―ウェイリング―

「木山先生が、犯人だなんて……!」

 

 病院の一室、カエル顔の医者にその可能性を示唆された時、御坂美琴は歯噛みした。少し余人には理解しがたいところはあるが、あの先生がそんなことをする人間だとは思いもよらなかったのだ。

 

 レベルアッパー――その目的は、特殊な音楽ファイルによる脳波の画一化。異なる人間の脳波を一定に調律(チューニング)することによって、同一の電磁波間で擬似的なネットワークを作り処理能力を上げる、いわばクラウドコンピューティングにも似た理論だ。

 

 勿論、個々で異なる脳波を無理やり弄られたら、当人の脳に多大な影響が出る。意識が喪失したのはあくまで副次的な効果だったのだ。

 

「お姉様ッ!」

 

 カエル顔の医者と現状を確認していたところに、電話をかけていた白井が駆け込んで来た。

 

「木山春生の研究所に向かった初春と……連絡が取れませんわ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「それじゃ先生、佐天さんのことくれぐれもお願いします」

 

「私たちは現場と風紀委員(ジャッジメント)支部に向かいますわ」

 

 そう言って病院を飛び出した二人を見送り、カエル顔の医者は一つ溜息を洩らした。

 

(大人の責任を……子供たちに取らせるか)

 

 内心忸怩たる想いを抱えていたが、それでも彼はその事実から目を逸らしはしない。彼は、医者。何があろうと、何をしようと、患者を救う。それだけが彼の出来ることであり、信念。そしてそれこそが、『この学園都市を作り上げた』一人としての自分が負うべき責務だった。

 

 振り向き、歩き出したその歩みにはもう迷いはない。何があっても必ず救う。その想いとともに、彼は、彼女のいた病室の扉を開けた。

 

「――――――佐天君?」

 

 そこには空になったベッドと、窓から垂れ下がるカーテンだけが残されていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…はあ………は…………」

 

 ずりずりと、まるで自分のものでないような身体を引きずり、佐天涙子はガードレールに捕まりながら歩いていた。

 

「はは……何、やってんだろうな、わたし…………」

 

 確か、病院でぼんやりと意識が戻って、皆のところに行こうとしたら、木山先生が犯人で、初春が捕まったって話が聞こえて……気が付いたら病院を抜け出していた。

 

「でもさ……譲れない、よね」

 

 どんなに、倒れそうでも。どんなに、御坂さんが強くても。そう、どんなに大丈夫でも。

 

「だってさ………………『親友』なんだもん」

 

 初春飾利。自分にとって、一番の親友だと断言できる少女。その子に何かあったと聞き、いてもたってもいられなかった。本当にそれだけだった。

 

「それに……ッ痛…………場所は分かる(・・・・・・)みたいだしね」

 

 先程から彼女を襲う、頭痛。それが一定の方向に行くと、段々と強まっていくのだ。そして彼女は、何となくソレが、『原因』に近づいているせいだと気づいていた。

 

「はは……派手にやってるなあ、御坂さん……」

 

 視界の先には、すでにこの事件の最終局面とも言うべき光景が広がっていた。車両用の高架は落ち、ひっきりなしに電光が光る。間違いなく、最近友人となった御坂さんのものだった。

 

「グッ……初春を、見つけないと…………」

 

 そう呟き、再び歩き出した途端だった。

 

「あぐっ!? あ、あああああ?! ――――――え?」

 

 一際強い頭痛に、思わず叫び声を上げると、次の瞬間、彼女は見たこともない光景の中にいた。

 

『私が教師を、ですか?』

 

『ウム。君は確か教員資格を持っていたね?』

 

「――――木山先生?」

 

 場所は、どこかの部屋。そこで今よりも幾分か若い木山春生が、禿げ上がった老人と話し込んでいた。

 

『えー、今日から君たちに勉強を教えることになった木山春生だ。……よろしく』

 

(面倒なことになった……まあ、これも実験のためか。割り切って考えよう)

 

「これ……木山先生の、記憶」

 

 記憶を追うように、場面は切り替わる。途切れ途切れに。

 

(子供は嫌いだ……)

 

『木山先生さよーならー!』

 

『全く、廊下走るなって、何度言えば――』

 

(すぐ悪戯するし……)

 

『へへー、引っかかったー!』

 

『コラ、男子!』

 

『ああ、大丈夫。暑いし、乾かしとけば……』

 

『わー! こんなところで脱がないで!!』

 

(デリカシーないし……)

 

『せんせー、彼氏いないんだろ?』

 

『……いないよ』

 

『へへ、俺が彼氏になってやろうか?』

 

『大きなお世話だ!』

 

(人の都合考えないし……)

 

『――ぬかるみで転んだのか? 私の家はすぐそこだが、風呂を貸そうか?』

 

『ホント!?』

 

(社交辞令だったのに……研究の時間が無くなってしまった)

 

『ねー、せんせー』

 

『何だ?』

 

『せんせーの実験が成功したら、私もすごい能力者になれるのかな?』

 

『……君は高位の能力者になりたいのか?』

 

『んー、なんていうかねー。私たちは学園都市に育ててもらってるから、すごい能力者になって、この街の役に立ちたいかなー、って』

 

『……そうか』

 

(子供なんて……)

 

『少しチクッとするぞー。……怖くないか?』

 

『んーん! 先生の実験だもん。怖くなんてないよ』

 

(子供……なんて……)

 

『被験体5番、7番、12番、意識レベル低下! ダメです、これ以上――』

 

『とっとと非常用の薬液を投与しろ! このままじゃ、被験者たちが――』

 

『あー、いい、いい。浮足立ってないで、記録を取りなさい。……よくやってくれた、木山君。君にはこれからも期待してるよ』

 

(――――――――!)

 

「はっ!」

 

 記憶の中の声にならない叫びとともに、佐天は現実に引き戻された。視線の先、ほんの十数メートルのところに、御坂と木山がいる。

 

「い、今のは……」

 

「……ふ、『暴走能力の法則解析用誘爆実験』。それがあの日行われた実験の名称だった。表向きの目的とは別に、被験者の能力を意図的に暴走させ、その法則を解析する、それが真の目的だったのさ。――――あの子たちを、使い捨ての実験動物(モルモット)にしてね」

 

「人体……実験……。で、でも、それならそれこそ、警備員(アンチスキル)に――」

 

「23回。……あの子たちを目覚めさせるため、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請し、却下された回数だ。統括理事会が主導していた実験なんだ。上が動くわけがないさ」

 

 ああ、そうか。と佐天は納得していた。だから、この人は一生懸命だった。だからこの人は、こんな方法に手を染めた。あの子たちを救うために。……だけど。

 

「もう、やめてください!!」

 

 叫んだ。叫ばずにはいられなかった。

 

「佐天さん!?」

 

「君は……確かファミレスのときの子か」

 

 左手で、ガードレールを握りつぶしながら(・・・・・・・・)身体を起こした。知らず身体中に力が湧いていた。

 

「こんなことしたって、こんな手段とったって! 何人もの犠牲の上に、あの子たちが戻ったって! あの子たちが喜ぶわけないじゃないですか!」

 

「――! 君に何が分かる!!」

 

 ふらつきながら、彼女が立ち上がる。ああ、分かってる。引けないことも。自分じゃ分かってあげられないことも。

 

「あの子達を救うまで……負けるわけにはいかないんだ! 例えこの街の全てを敵に回しても!」

 

「だったら、私が『滅ぼして』あげます! 貴女と、子供達に『絶望』を与えるものを、すべて! だからもう――」

 

「!? ――――きみ、その顔は」

 

「え?」

 

 木山先生の反応に疑問を持ち、傍らの御坂に目を向ける。彼女もまた驚愕していた。

 

 

「佐天さん………………その顔の、『紋様』は」

 

 

 その言葉に、近くの水溜りに顔を写す。そこには、頬に幾何学的な『紋様』が浮かび上がった顔があった。

 

「なに、これ…………」

 

「…………『ARMS』」

 

「え?!」

 

 答えたのは木山春生。その顔は蒼白だった。

 

「そうか……君もまた、学園都市の『絶望』の中に――――――――ッグ?!!」

 

 急に彼女が苦しみ出した。それと同時に。

 

「!? こ、これ……ARMSが発動するときの、振動……?」

 

「ぐ、あ、ああ! そう、か。レベルアッパーを使用した、ARMS移植者の君の『共振』が、『起爆剤』、に。『虚数学区(AIM)』、が……ッ、ぐ、う゛ああああッ!!」

 

 辺りに響き渡る共振の中、ソレは誕生した。

 

「…………は?」

 

「……何、これ」

 

 ソレは、胎児だった。巨大で、歪で、半透明で、存在感が希薄で、だけど確かに胎児だった。そして。

 

 

『キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!!』

 

 

 ソレは、産声を上げた。

 

「きゃあ!?」

 

「無差別攻撃?!」

 

 産声とともに、ソレは辺り一面に、電気を、炎を、氷を降らせた。たちまち辺りが、先程の比ではないほどに荒れ果てる。

 

 

「佐天さん!!」

 

 

 そんなところに、バイパス上の木山の車で気絶していた初春が駆け込んできた。

 

「何で佐天さんがここに!? いや、その前に何なんですか、アレ!?」

 

「初春! いや、今それどころじゃ――――」

 

 そう言って胎児に振り返り、ゾッ(・・)と悪寒が走り抜けた。胎児は、一点を見つめている。新たに、この場に侵入(はい)り込んできた、彼女(・・)を。

 

 

「初春! 逃げてぇ!!」

 

「え?」

 

 伸ばしたその手を、特大の火球が焼き尽くした。

 

 

「う…………」

 

 爆風に押され、重度の火傷を負った腕を抱えながら、よろよろと立ち上がる。初春の安否を確かめようと、彼女がいた場所へと目を向ける。

 

「うい……はる…………?」

 

 そこには、ただ焼け焦げ、砕け散った地面と、めくれ上がったコンクリートがあるだけだった。

 

「……………あ」

 

 その声に意味はない。それは、ただ、詰めていた息が口から漏れただけ。

 

「……ああ…………」

 

 止まっていては、いけない。動かなければ、いけない。そんなこと(・・・・・)、もうどうでもよかった。

 

「あああ………………」

 

 だって、たった今、一番の親友は、目の前で…………

 

「ああ…あああ……」

 

 

 殺された(・・・・)

 

 

「あああ゛あああああァああああああァッ!!!」

 

 

 世界に――――――共振(・・)という名の『産声』が響き渡った。

 

 

 これが……『喪失』。これが…………『悲しみ』。これが………………『絶望』。

 

 

『――――力が、欲しいか!!』

 

 

 その声は、今までにない程、はっきり聞こえた。

 

『我が名はバンダースナッチ――』

 

 それは、重く、呪詛のように――

 

『我が名は、バンダースナッチ!』

 

 ありとあらゆる絶望を含んで――

 

『我が名はバンダースナッチ!!』

 

 自分自身(・・・・)の喉から出ていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そうして、意識は堕ちていく。

 

 どこまでも、どこまでも。

 

 目の前に広がるのは、茫漠たる白一色の世界。

 

 そして、どこまでも巨大なソレ(・・)が――――

 

 

『力が欲しいなら――――くれてやろう!!』

 

 

 ニタリ、と獣の笑みを浮かべた。

 




この小説を投稿し始めて早一年以上、ようやくここまでこぎ着けました。ゴメンよ、初春……『カツミポジション』というフラグがあったから……

しかーし!次回投稿は明日予定!全てがひっくり返る、驚天動地の真実が明らかに!そして、真実の戦いが動き出す……

……こういう大きい風呂敷って、広げるの難しいな

-追記- 11月30日

本日ランキングを見てみたところ、日間12位にこの小説が……!もんのすごい遅筆で待たせてたのに、皆さん、応援ありがとうございます!
次の話の投稿は12時予定です!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。