「木山先生が、犯人だなんて……!」
病院の一室、カエル顔の医者にその可能性を示唆された時、御坂美琴は歯噛みした。少し余人には理解しがたいところはあるが、あの先生がそんなことをする人間だとは思いもよらなかったのだ。
レベルアッパー――その目的は、特殊な音楽ファイルによる脳波の画一化。異なる人間の脳波を一定に
勿論、個々で異なる脳波を無理やり弄られたら、当人の脳に多大な影響が出る。意識が喪失したのはあくまで副次的な効果だったのだ。
「お姉様ッ!」
カエル顔の医者と現状を確認していたところに、電話をかけていた白井が駆け込んで来た。
「木山春生の研究所に向かった初春と……連絡が取れませんわ」
◇ ◇ ◇
「それじゃ先生、佐天さんのことくれぐれもお願いします」
「私たちは現場と
そう言って病院を飛び出した二人を見送り、カエル顔の医者は一つ溜息を洩らした。
(大人の責任を……子供たちに取らせるか)
内心忸怩たる想いを抱えていたが、それでも彼はその事実から目を逸らしはしない。彼は、医者。何があろうと、何をしようと、患者を救う。それだけが彼の出来ることであり、信念。そしてそれこそが、『この学園都市を作り上げた』一人としての自分が負うべき責務だった。
振り向き、歩き出したその歩みにはもう迷いはない。何があっても必ず救う。その想いとともに、彼は、彼女のいた病室の扉を開けた。
「――――――佐天君?」
そこには空になったベッドと、窓から垂れ下がるカーテンだけが残されていた。
◇ ◇ ◇
「…はあ………は…………」
ずりずりと、まるで自分のものでないような身体を引きずり、佐天涙子はガードレールに捕まりながら歩いていた。
「はは……何、やってんだろうな、わたし…………」
確か、病院でぼんやりと意識が戻って、皆のところに行こうとしたら、木山先生が犯人で、初春が捕まったって話が聞こえて……気が付いたら病院を抜け出していた。
「でもさ……譲れない、よね」
どんなに、倒れそうでも。どんなに、御坂さんが強くても。そう、どんなに大丈夫でも。
「だってさ………………『親友』なんだもん」
初春飾利。自分にとって、一番の親友だと断言できる少女。その子に何かあったと聞き、いてもたってもいられなかった。本当にそれだけだった。
「それに……ッ痛…………
先程から彼女を襲う、頭痛。それが一定の方向に行くと、段々と強まっていくのだ。そして彼女は、何となくソレが、『原因』に近づいているせいだと気づいていた。
「はは……派手にやってるなあ、御坂さん……」
視界の先には、すでにこの事件の最終局面とも言うべき光景が広がっていた。車両用の高架は落ち、ひっきりなしに電光が光る。間違いなく、最近友人となった御坂さんのものだった。
「グッ……初春を、見つけないと…………」
そう呟き、再び歩き出した途端だった。
「あぐっ!? あ、あああああ?! ――――――え?」
一際強い頭痛に、思わず叫び声を上げると、次の瞬間、彼女は見たこともない光景の中にいた。
『私が教師を、ですか?』
『ウム。君は確か教員資格を持っていたね?』
「――――木山先生?」
場所は、どこかの部屋。そこで今よりも幾分か若い木山春生が、禿げ上がった老人と話し込んでいた。
『えー、今日から君たちに勉強を教えることになった木山春生だ。……よろしく』
(面倒なことになった……まあ、これも実験のためか。割り切って考えよう)
「これ……木山先生の、記憶」
記憶を追うように、場面は切り替わる。途切れ途切れに。
(子供は嫌いだ……)
『木山先生さよーならー!』
『全く、廊下走るなって、何度言えば――』
(すぐ悪戯するし……)
『へへー、引っかかったー!』
『コラ、男子!』
『ああ、大丈夫。暑いし、乾かしとけば……』
『わー! こんなところで脱がないで!!』
(デリカシーないし……)
『せんせー、彼氏いないんだろ?』
『……いないよ』
『へへ、俺が彼氏になってやろうか?』
『大きなお世話だ!』
(人の都合考えないし……)
『――ぬかるみで転んだのか? 私の家はすぐそこだが、風呂を貸そうか?』
『ホント!?』
(社交辞令だったのに……研究の時間が無くなってしまった)
『ねー、せんせー』
『何だ?』
『せんせーの実験が成功したら、私もすごい能力者になれるのかな?』
『……君は高位の能力者になりたいのか?』
『んー、なんていうかねー。私たちは学園都市に育ててもらってるから、すごい能力者になって、この街の役に立ちたいかなー、って』
『……そうか』
(子供なんて……)
『少しチクッとするぞー。……怖くないか?』
『んーん! 先生の実験だもん。怖くなんてないよ』
(子供……なんて……)
『被験体5番、7番、12番、意識レベル低下! ダメです、これ以上――』
『とっとと非常用の薬液を投与しろ! このままじゃ、被験者たちが――』
『あー、いい、いい。浮足立ってないで、記録を取りなさい。……よくやってくれた、木山君。君にはこれからも期待してるよ』
(――――――――!)
「はっ!」
記憶の中の声にならない叫びとともに、佐天は現実に引き戻された。視線の先、ほんの十数メートルのところに、御坂と木山がいる。
「い、今のは……」
「……ふ、『暴走能力の法則解析用誘爆実験』。それがあの日行われた実験の名称だった。表向きの目的とは別に、被験者の能力を意図的に暴走させ、その法則を解析する、それが真の目的だったのさ。――――あの子たちを、使い捨ての
「人体……実験……。で、でも、それならそれこそ、
「23回。……あの子たちを目覚めさせるため、『
ああ、そうか。と佐天は納得していた。だから、この人は一生懸命だった。だからこの人は、こんな方法に手を染めた。あの子たちを救うために。……だけど。
「もう、やめてください!!」
叫んだ。叫ばずにはいられなかった。
「佐天さん!?」
「君は……確かファミレスのときの子か」
左手で、ガードレールを
「こんなことしたって、こんな手段とったって! 何人もの犠牲の上に、あの子たちが戻ったって! あの子たちが喜ぶわけないじゃないですか!」
「――! 君に何が分かる!!」
ふらつきながら、彼女が立ち上がる。ああ、分かってる。引けないことも。自分じゃ分かってあげられないことも。
「あの子達を救うまで……負けるわけにはいかないんだ! 例えこの街の全てを敵に回しても!」
「だったら、私が『滅ぼして』あげます! 貴女と、子供達に『絶望』を与えるものを、すべて! だからもう――」
「!? ――――きみ、その顔は」
「え?」
木山先生の反応に疑問を持ち、傍らの御坂に目を向ける。彼女もまた驚愕していた。
「佐天さん………………その顔の、『紋様』は」
その言葉に、近くの水溜りに顔を写す。そこには、頬に幾何学的な『紋様』が浮かび上がった顔があった。
「なに、これ…………」
「…………『ARMS』」
「え?!」
答えたのは木山春生。その顔は蒼白だった。
「そうか……君もまた、学園都市の『絶望』の中に――――――――ッグ?!!」
急に彼女が苦しみ出した。それと同時に。
「!? こ、これ……ARMSが発動するときの、振動……?」
「ぐ、あ、ああ! そう、か。レベルアッパーを使用した、ARMS移植者の君の『共振』が、『起爆剤』、に。『
辺りに響き渡る共振の中、ソレは誕生した。
「…………は?」
「……何、これ」
ソレは、胎児だった。巨大で、歪で、半透明で、存在感が希薄で、だけど確かに胎児だった。そして。
『キィィィヤ゛ァァァァアアアア!!!』
ソレは、産声を上げた。
「きゃあ!?」
「無差別攻撃?!」
産声とともに、ソレは辺り一面に、電気を、炎を、氷を降らせた。たちまち辺りが、先程の比ではないほどに荒れ果てる。
「佐天さん!!」
そんなところに、バイパス上の木山の車で気絶していた初春が駆け込んできた。
「何で佐天さんがここに!? いや、その前に何なんですか、アレ!?」
「初春! いや、今それどころじゃ――――」
そう言って胎児に振り返り、
「初春! 逃げてぇ!!」
「え?」
伸ばしたその手を、特大の火球が焼き尽くした。
「う…………」
爆風に押され、重度の火傷を負った腕を抱えながら、よろよろと立ち上がる。初春の安否を確かめようと、彼女がいた場所へと目を向ける。
「うい……はる…………?」
そこには、ただ焼け焦げ、砕け散った地面と、めくれ上がったコンクリートがあるだけだった。
「……………あ」
その声に意味はない。それは、ただ、詰めていた息が口から漏れただけ。
「……ああ…………」
止まっていては、いけない。動かなければ、いけない。
「あああ………………」
だって、たった今、一番の親友は、目の前で…………
「ああ…あああ……」
「あああ゛あああああァああああああァッ!!!」
世界に――――――
これが……『喪失』。これが…………『悲しみ』。これが………………『絶望』。
『――――力が、欲しいか!!』
その声は、今までにない程、はっきり聞こえた。
『我が名はバンダースナッチ――』
それは、重く、呪詛のように――
『我が名は、バンダースナッチ!』
ありとあらゆる絶望を含んで――
『我が名はバンダースナッチ!!』
◇ ◇ ◇
そうして、意識は堕ちていく。
どこまでも、どこまでも。
目の前に広がるのは、茫漠たる白一色の世界。
そして、どこまでも巨大な
『力が欲しいなら――――くれてやろう!!』
ニタリ、と獣の笑みを浮かべた。
この小説を投稿し始めて早一年以上、ようやくここまでこぎ着けました。ゴメンよ、初春……『カツミポジション』というフラグがあったから……
しかーし!次回投稿は明日予定!全てがひっくり返る、驚天動地の真実が明らかに!そして、真実の戦いが動き出す……
……こういう大きい風呂敷って、広げるの難しいな
-追記- 11月30日
本日ランキングを見てみたところ、日間12位にこの小説が……!もんのすごい遅筆で待たせてたのに、皆さん、応援ありがとうございます!
次の話の投稿は12時予定です!