それが起きた時、御坂美琴はただ呆然とすることしか出来なかった。
たった今、眼前で友人を失った少女が絶叫を上げた時、辺りに響き渡る高音の振動音とともに、最高位の『
(電……磁波…………!? それも、とんでもなく重く、強大な……!)
まるで、
変化は、突然だった。
まず、彼女の体躯が軋みとともに、肥大化した。腕は太く、背は高く、どんどんと大きくなっていった。爪も伸びた。爪は、まるで虎か熊のように鋭く、どんな動物よりも力強かった。口には乱杭歯が備わり、耳まで裂けていく様は、どんなホラーよりも恐ろしかった。
「……………………佐天、さん?」
変化が終わった時、あの、笑顔の似合う向日葵のような少女はどこにもいなかった。そこにいたのは、純白の獣。見る者全て、触れる者全てを、魂まで凍てつかせるような純白に彩られた獣だった。
『…………我は、そんな名ではない』
獣が、不意に口を利いた。その声が、まるで
『我が名は、
その言葉と同時、純白の獣は鋭い爪持つ右腕を、斜めに振り下ろしていた。
――――胎児は、5つの肉片へと別れた。
「……………………は?」
一瞬遅れて、胎児であった肉片は、音を立てて地面へと墜落した。それだけではなく、その後ろにあったバイパスの破片までもが降り注いだ。
「え? ええ?? た、倒したの!? こんなに早く?!」
だが、その疑問に純白の獣は答えない。胎児であった肉片が落下した場所を見据えるのみだ。
「……え」
不意に、胎児の分かたれた眼球が一つ、浮かび上がった。耳が、手が、骨が、肉が、次々と浮かび上がった。それらは渦を巻き、治まったところには再び元の胎児がいた。
『ヒュ――――――オオオオオオッ!!』
空に響き渡る、咆哮。自分の攻撃が効いていないというのに、まるで意に介さず、純白の獣――バンダースナッチは、胎児から伸びる触手の一本を掴んだ。
『がああああああああっ!!』
そのままバンダースナッチは、信じられないようなパワーで胎児を振り回し、バイパスから離れた場所へと放り投げた。
『我は、バンダースナッチ――――』
投げつけた胎児に向かい、背中から空気を放出して、跳びつく。そして、空中でその太い両腕を交差させた。
『我が母『アリス』の意思の元、全てを終わらせる、『滅び』なり!!』
両腕を広げた瞬間、氷雪を孕んだ暴風が顕現した。それは、天までも屹立し、ありとあらゆるものを凍てつかせる巨大な旋風だった。
「キャア!」
人が飛ばされるほどの暴風。その中で御坂は、電磁力で体勢を整え、巻き上げられていた木山春生も回収した。
「う……」
いまだ朦朧としているようだが、反応があり、彼女が生きていることにほっとした。
戦場に目を向けると、バンダースナッチと名乗った純白の獣は、その圧倒的なパワーと、身に纏う氷雪で胎児を追い詰めていた。明らかなワンサイドゲーム。胎児に再生能力が無ければ、あっという間に決着がついていただろう。
御坂美琴は、そんな戦場に見惚れていた。だから気が付かなかった。
「――――――素晴らしいじゃないか」
自分のすぐ近くに、唐突に見知らぬ少年が生じたことに。
咄嗟に、前髪から電撃を奔らせ、少年を攻撃する。少年は実にゆったりとした動作で、後ろに飛び退さった。
「ふふ、いきなりひどいじゃないか?」
「……アンタ、誰なの?」
その余裕ぶった笑顔が、無性に御坂の癇に障った。こんな混沌の場で、落ち着き過ぎていることが、すでに異常だった。
「ホラ、眠り姫を助けてあげたのは僕だよ?」
そう言って、少年が身を逸らした先、そこにいたのは、頭にいくつもの花飾りをつけた、もう会えないと思っていた少女だった。
「初春さん!?」
状況など考えず、御坂は少女の元へと走った。軽く手に触れる。……暖かい。脈がある。生きている!
「よかった……」
ほっとした途端、御坂は足から力が抜けた。その体勢のまま視線だけ少年を見据える。
「……初春さんを助けてくれたのは、感謝するわ。だけど分からないことがある。アンタは誰で、目的は何?」
「……その疑問に答えてあげるのはやぶさかじゃないけれど、向こうはいいのかい? そろそろマズイよ?」
その言葉に振り向くと、胎児の方が凄まじい姿に変わっていた。もはやただの肉のカタマリのようで、氷を、炎を、電撃を、雨あられと降らせていた。だがそれも、純白の獣には一切ダメージがない。
「……どこがマズイのよ。佐天さん、あっさり勝っちゃいそうじゃない」
「まだ彼女を、『佐天涙子』と呼ぶんだね。――まあ、それはともかく、彼らの後ろの建物が見えるかい?」
戦場のほど近く。確かに金網とフェンスに覆われた施設が見えた。
「あそこは、『原子力実験施設』でね。このまま二体の戦闘が激化すると、巻き込まれる可能性が高い」
「ハア!?」
「じゃあ、どうすんのよ! 佐天さんも、胎児も止めなきゃ……!」
「……ふふ。まあ、そのために僕が動いたんだ。君は安心して――」
「君は……なぜ、ここにいる?」
そう聞いたのは、未だに電撃のダメージが抜けないのか、危なげな足取りの木山。その表情には、目の前の人物への警戒が現れていた。
「ふふ、久しぶりですね、木山先生。木原翁のところで会った以来ですか?」
「……もう一度聞く。君は、なぜ、ここにいる?」
再びの質問。それに対しても、彼はただ笑みを深めるだけ。
「その疑問を満たしてあげてもいいんですが――――今はそれどころでもないんですよ。僕の長年の≪
「……あの少女の、『怪物化』のことか。やはり、君はあの現象について何か知っているな」
「ふふふ……」
その言葉にも薄く笑みをこぼすだけ。傍で見ていた御坂の方が、先に業を煮やした。
「ちょっとアンタ! アレは何なの?! どうやったら止まるの!」
コインを一枚、前に突き出す。『
――――まるで、目の前の少年は、更にとんでもない『怪物』であるようにも思えた。
「――まあ、僕としても『実験場』が無くなるのは困るからね。心配しなくてもいい。アレは、僕が止めてくる」
「ふざけないで!! アンタに何が――」
「――それじゃあね、『
次の瞬間、少年は消え失せた。まるで最初からいなかったかのように。
「『
「そうらしいな。そんな能力を持っていたとは知らなかったが」
◇ ◇ ◇
同刻。
「……こんなところで、どうする気だ?」
言葉を発したのは、金髪にアロハシャツの少年、土御門元春。その視線の先には、先程まで外にいたはずの少年がいた。
「なに、さっき言った通りだよ。
「よく言う――だったら何のために、
土御門の示唆した事実。それはつまり、あの時の事は、一つの偶然も無かったということで。
「さっきも言っただろう? 転換期だよ、転換期。まあ、焦れてきていたのは否定しないけどね」
「……それで、結局どうやって止めるんだ? お前もあの白いのに対抗して、変身でもするのか?」
それには答えず、懐から一つの物体を取り出す。そこにあったのは、一つの音楽プレイヤー。
「何の真似だ?」
「――土御門。突然だが、ARMSの秘密をいくつか教えておこう」
何の脈絡もない話。そんな風に聞こえる話題を出しながら、少年はイヤホンを耳に着ける。
「ARMSは、個体ごとに、異なる性能はあるが、いくつか共通する能力もある」
「オイ。一体何の話を……」
「その中の一つは、著しい『再生能力』。まあ『自己保存』と『恒常性の保持』とも言えるかな」
「…………」
そんな話の中、少年が聴く音楽。土御門にはその内容に覚えがあった。
「……ああ。だからARMS移植者には『
「それは、
少年が今も聴いているレベルアッパーを、全否定するような台詞。しかしそれを聞く土御門は、その話しぶりにどこか悪寒を覚えていた。何か、とんでもない
「ただね――――――――
その言葉と同時、部屋中に共振が響き渡った。
「! お前!」
「ARMS移植者は、ある一定のレベルに達すれば、自身の共振も、自己保存能力も、その性能の全てを自己の意思一つで制御出来る。『
「だけど相手は、一万人の意思を孕んだネットワークだぞ! お前が行ったところで、呑み込まれるだけじゃ……!」
「やれやれ、まだ分かっていないんだね、土御門」
苦笑とともに、軽々と言い放つ。
「こっちは、60兆個の体細胞――――『ナノマシン』のネットワークだよ? 負けるはずがないじゃないか」
◇ ◇ ◇
同刻。原子力施設外縁部。御坂と木山は初春に肩を貸し、戦場から離れたフェンス部分に横たえていた。
「……さっきのヤツ、アンタの知り合いなの?」
「……例の実験施設にいた時、一度だけ会ったことがある。統括理事会に対し、ある特異な論文を発表し、『実証』したことで有名な天才少年としてな」
振り返ると、未だに胎児と純白の獣の戦いは続いていた。完全に蚊帳の外である。
「特異な論文って……?」
「……『戦闘用ナノマシンの進化可能性と人類の人工進化可能性』――――そう銘打たれた論文の中で、発表されていたナノマシンこそ、彼女に移植されている『ARMS』だ」
「! まさか……!」
「ああ。君の友人も、知らずに移植されたのだろうな。ヤツの研究成果ともいえるあの、ARMSを」
その言葉に、御坂はもう一度戦場を振り返る。空に向かって高笑いをする純白の獣。それが、誰かも分からない奴のせいで……?
「……誰なの。アイツは一体誰なの?!」
「……ああ。ヤツの名は――――」
『ギィ!?』
不意に、胎児が悲鳴を上げた。異変に気づき、二人が目を向けると、胎児の背中の肉が、徐々に徐々に、盛り上がってきていた。
『ギ、ギィィィ? faev苦dg羨rvwp!? avf@sf痛orusu死c殺uanqrweau死n死c……――――』
ボコボコと音をたてて、肉が泡立ちながらせりあがる。肉はやがて、融けてくっつき、溶けてはくっつき、やがてヒトの顔らしいものを背中一面に描き始めた。
「うそ…………でしょ……」
「ありえん…………」
呆然と見守る先、その顔は有り得ないほどに巨大だったが、その造形は――――――確かに先程の少年だった。
『あ、はは、はははは、はははははははははははははははは――――――――!』
胎児の背中に浮き上がった、巨大な顔。それは、心底可笑しそうに、愛おしそうに、佐天さんが姿を変えた獣を見据えた。
『初めまして。そして、『
だけれど、遠目にも確認できた、その眼。その眼は、どこか爬虫類のような無機質さを感じさせた。
『――――僕は、『キース・
異なる世界、異なる時間。隔たれた宿敵は、こうして再びの邂逅を果たしたのだった。
ついに、遂に、宿敵邂逅!!いやあ、長かった……
しかも、今回彼が明かした能力やら情報だけで、盛大にフラグが立っています。彼は自ら明かしている通り、『ARMS世界のキース』です。しかもカラーネームは『灰色』で、『空間移動能力者(テレポーター)』で、一万人の意思すらものともしない『器』を持ったARMS移植者……もう、ほとんど答えですねww
次回、『神獣』VS『キースIN幻想猛獣』!!怪獣映画みたいになってきたな……
次回投稿には時間がかかるかもです!