とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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すべては、動き出す――――


014 邂逅―エンカウンター―

 それが起きた時、御坂美琴はただ呆然とすることしか出来なかった。

 たった今、眼前で友人を失った少女が絶叫を上げた時、辺りに響き渡る高音の振動音とともに、最高位の『電撃使い(エレクトロ・マスター)』たる彼女だけが感じた膨大な違和感に圧倒された。

 

(電……磁波…………!? それも、とんでもなく重く、強大な……!)

 

 まるで、超能力者(レベル5)の自分すら足元にも及ばない、とんでもない存在感。それが、目の前の絶叫を上げ続ける少女からまき散らされていた。

 

 

 変化は、突然だった。

 

 

 まず、彼女の体躯が軋みとともに、肥大化した。腕は太く、背は高く、どんどんと大きくなっていった。爪も伸びた。爪は、まるで虎か熊のように鋭く、どんな動物よりも力強かった。口には乱杭歯が備わり、耳まで裂けていく様は、どんなホラーよりも恐ろしかった。

 

「……………………佐天、さん?」

 

 変化が終わった時、あの、笑顔の似合う向日葵のような少女はどこにもいなかった。そこにいたのは、純白の獣。見る者全て、触れる者全てを、魂まで凍てつかせるような純白に彩られた獣だった。

 

『…………我は、そんな名ではない』

 

 獣が、不意に口を利いた。その声が、まるで佐天(かのじょ)に似つかわしくなかったことと、純粋に口を利けることの両方に、御坂は驚いていた。

 

『我が名は、神獣(バンダースナッチ)! ――すべてを滅ぼす、『滅びの獣』なり!!』

 

 その言葉と同時、純白の獣は鋭い爪持つ右腕を、斜めに振り下ろしていた。

 

 ――――胎児は、5つの肉片へと別れた。

 

「……………………は?」

 

 一瞬遅れて、胎児であった肉片は、音を立てて地面へと墜落した。それだけではなく、その後ろにあったバイパスの破片までもが降り注いだ。

 

「え? ええ?? た、倒したの!? こんなに早く?!」

 

 だが、その疑問に純白の獣は答えない。胎児であった肉片が落下した場所を見据えるのみだ。

 

「……え」

 

 不意に、胎児の分かたれた眼球が一つ、浮かび上がった。耳が、手が、骨が、肉が、次々と浮かび上がった。それらは渦を巻き、治まったところには再び元の胎児がいた。

 

『ヒュ――――――オオオオオオッ!!』

 

 空に響き渡る、咆哮。自分の攻撃が効いていないというのに、まるで意に介さず、純白の獣――バンダースナッチは、胎児から伸びる触手の一本を掴んだ。

 

『がああああああああっ!!』

 

 そのままバンダースナッチは、信じられないようなパワーで胎児を振り回し、バイパスから離れた場所へと放り投げた。

 

『我は、バンダースナッチ――――』

 

 投げつけた胎児に向かい、背中から空気を放出して、跳びつく。そして、空中でその太い両腕を交差させた。

 

『我が母『アリス』の意思の元、全てを終わらせる、『滅び』なり!!』

 

 両腕を広げた瞬間、氷雪を孕んだ暴風が顕現した。それは、天までも屹立し、ありとあらゆるものを凍てつかせる巨大な旋風だった。

 

「キャア!」

 

 人が飛ばされるほどの暴風。その中で御坂は、電磁力で体勢を整え、巻き上げられていた木山春生も回収した。

 

「う……」

 

 いまだ朦朧としているようだが、反応があり、彼女が生きていることにほっとした。

 

 戦場に目を向けると、バンダースナッチと名乗った純白の獣は、その圧倒的なパワーと、身に纏う氷雪で胎児を追い詰めていた。明らかなワンサイドゲーム。胎児に再生能力が無ければ、あっという間に決着がついていただろう。

 

 御坂美琴は、そんな戦場に見惚れていた。だから気が付かなかった。

 

 

「――――――素晴らしいじゃないか」

 

 

 自分のすぐ近くに、唐突に見知らぬ少年が生じたことに。

 咄嗟に、前髪から電撃を奔らせ、少年を攻撃する。少年は実にゆったりとした動作で、後ろに飛び退さった。

 

「ふふ、いきなりひどいじゃないか?」

 

「……アンタ、誰なの?」

 

 その余裕ぶった笑顔が、無性に御坂の癇に障った。こんな混沌の場で、落ち着き過ぎていることが、すでに異常だった。

 

「ホラ、眠り姫を助けてあげたのは僕だよ?」

 

 そう言って、少年が身を逸らした先、そこにいたのは、頭にいくつもの花飾りをつけた、もう会えないと思っていた少女だった。

 

「初春さん!?」

 

 状況など考えず、御坂は少女の元へと走った。軽く手に触れる。……暖かい。脈がある。生きている!

 

「よかった……」

 

 ほっとした途端、御坂は足から力が抜けた。その体勢のまま視線だけ少年を見据える。

 

「……初春さんを助けてくれたのは、感謝するわ。だけど分からないことがある。アンタは誰で、目的は何?」

 

「……その疑問に答えてあげるのはやぶさかじゃないけれど、向こうはいいのかい? そろそろマズイよ?」

 

 その言葉に振り向くと、胎児の方が凄まじい姿に変わっていた。もはやただの肉のカタマリのようで、氷を、炎を、電撃を、雨あられと降らせていた。だがそれも、純白の獣には一切ダメージがない。

 

「……どこがマズイのよ。佐天さん、あっさり勝っちゃいそうじゃない」

 

「まだ彼女を、『佐天涙子』と呼ぶんだね。――まあ、それはともかく、彼らの後ろの建物が見えるかい?」

 

 戦場のほど近く。確かに金網とフェンスに覆われた施設が見えた。

 

「あそこは、『原子力実験施設』でね。このまま二体の戦闘が激化すると、巻き込まれる可能性が高い」

 

「ハア!?」

 

 佐天(バンダースナッチ)も胎児も、周りを一切考えない戦いをしている。このまま戦場が移動すれば、確かに施設に影響が出ることも考えられる。

 

「じゃあ、どうすんのよ! 佐天さんも、胎児も止めなきゃ……!」

 

「……ふふ。まあ、そのために僕が動いたんだ。君は安心して――」

 

「君は……なぜ、ここにいる?」

 

 そう聞いたのは、未だに電撃のダメージが抜けないのか、危なげな足取りの木山。その表情には、目の前の人物への警戒が現れていた。

 

「ふふ、久しぶりですね、木山先生。木原翁のところで会った以来ですか?」

 

「……もう一度聞く。君は、なぜ、ここにいる?」

 

 再びの質問。それに対しても、彼はただ笑みを深めるだけ。

 

「その疑問を満たしてあげてもいいんですが――――今はそれどころでもないんですよ。僕の長年の≪計画(プログラム)≫が今日この時、転換期を迎えたんですから」

 

「……あの少女の、『怪物化』のことか。やはり、君はあの現象について何か知っているな」

 

「ふふふ……」

 

 その言葉にも薄く笑みをこぼすだけ。傍で見ていた御坂の方が、先に業を煮やした。

 

「ちょっとアンタ! アレは何なの?! どうやったら止まるの!」

 

 コインを一枚、前に突き出す。『超電磁砲(レールガン)』。彼女の代名詞であり、切り札。そんなとんでもない能力(チカラ)の前でも、彼は変わらない。変わらない。その姿は、まるで。

 

 

 ――――まるで、目の前の少年は、更にとんでもない『怪物』であるようにも思えた。

 

 

「――まあ、僕としても『実験場』が無くなるのは困るからね。心配しなくてもいい。アレは、僕が止めてくる」

 

「ふざけないで!! アンタに何が――」

 

「――それじゃあね、『超電磁砲(レールガン)』」

 

 次の瞬間、少年は消え失せた。まるで最初からいなかったかのように。

 

「『空間移動能力者(テレポーター)』!?」

 

「そうらしいな。そんな能力を持っていたとは知らなかったが」

 

 ◇ ◇ ◇

 

同刻。幻想猛獣(AIMバースト)神獣(バンダースナッチ)が迫る、原子力実験施設内部。

 

「……こんなところで、どうする気だ?」

 

 言葉を発したのは、金髪にアロハシャツの少年、土御門元春。その視線の先には、先程まで外にいたはずの少年がいた。

 

「なに、さっき言った通りだよ。学園都市(ココ)が無くなるのは、僕にとっても困るからね。及ばずながら、協力するさ」

 

「よく言う――だったら何のために、バイパスから(・・・・・・)初春とか言う(・・・・・・)少女を運び(・・・・・)わざわざ(・・・・)佐天涙子の近くに(・・・・・・・・)寝かせた(・・・・)?」

 

 土御門の示唆した事実。それはつまり、あの時の事は、一つの偶然も無かったということで。

 

「さっきも言っただろう? 転換期だよ、転換期。まあ、焦れてきていたのは否定しないけどね」

 

「……それで、結局どうやって止めるんだ? お前もあの白いのに対抗して、変身でもするのか?」

 

 それには答えず、懐から一つの物体を取り出す。そこにあったのは、一つの音楽プレイヤー。

 

「何の真似だ?」

 

「――土御門。突然だが、ARMSの秘密をいくつか教えておこう」

 

 何の脈絡もない話。そんな風に聞こえる話題を出しながら、少年はイヤホンを耳に着ける。

 

「ARMSは、個体ごとに、異なる性能はあるが、いくつか共通する能力もある」

 

「オイ。一体何の話を……」

 

「その中の一つは、著しい『再生能力』。まあ『自己保存』と『恒常性の保持』とも言えるかな」

 

「…………」

 

 そんな話の中、少年が聴く音楽。土御門にはその内容に覚えがあった。

 

「……ああ。だからARMS移植者には『幻想御手(レベルアッパー)』は効かないんだったな。多少は体調不良になるようだが」

 

「それは、佐天(かのじょ)のコトだろう? 本来完全に覚醒したARMSには、あんな物は一切効かない。脳波の調律といえども、排除するだけだよ」

 

 少年が今も聴いているレベルアッパーを、全否定するような台詞。しかしそれを聞く土御門は、その話しぶりにどこか悪寒を覚えていた。何か、とんでもない事態(コト)が進行しているような――――

 

 

「ただね――――――――繋がれないわけじゃない(・・・・・・・・・・・)んだよ?」

 

 

 その言葉と同時、部屋中に共振が響き渡った。

 

「! お前!」

 

「ARMS移植者は、ある一定のレベルに達すれば、自身の共振も、自己保存能力も、その性能の全てを自己の意思一つで制御出来る。『幻想御手(レベルアッパー)』に自身の共振を合わせ、そのネットワークに接続するくらいは造作もないさ」

 

「だけど相手は、一万人の意思を孕んだネットワークだぞ! お前が行ったところで、呑み込まれるだけじゃ……!」

 

「やれやれ、まだ分かっていないんだね、土御門」

 

 苦笑とともに、軽々と言い放つ。

 

「こっちは、60兆個の体細胞――――『ナノマシン』のネットワークだよ? 負けるはずがないじゃないか」

 

 ◇ ◇ ◇

 

同刻。原子力施設外縁部。御坂と木山は初春に肩を貸し、戦場から離れたフェンス部分に横たえていた。

 

「……さっきのヤツ、アンタの知り合いなの?」

 

「……例の実験施設にいた時、一度だけ会ったことがある。統括理事会に対し、ある特異な論文を発表し、『実証』したことで有名な天才少年としてな」

 

 振り返ると、未だに胎児と純白の獣の戦いは続いていた。完全に蚊帳の外である。

 

「特異な論文って……?」

 

「……『戦闘用ナノマシンの進化可能性と人類の人工進化可能性』――――そう銘打たれた論文の中で、発表されていたナノマシンこそ、彼女に移植されている『ARMS』だ」

 

「! まさか……!」

 

「ああ。君の友人も、知らずに移植されたのだろうな。ヤツの研究成果ともいえるあの、ARMSを」

 

 その言葉に、御坂はもう一度戦場を振り返る。空に向かって高笑いをする純白の獣。それが、誰かも分からない奴のせいで……?

 

「……誰なの。アイツは一体誰なの?!」

 

「……ああ。ヤツの名は――――」

 

『ギィ!?』

 

 不意に、胎児が悲鳴を上げた。異変に気づき、二人が目を向けると、胎児の背中の肉が、徐々に徐々に、盛り上がってきていた。

 

『ギ、ギィィィ? faev苦dg羨rvwp!? avf@sf痛orusu死c殺uanqrweau死n死c……――――』

 

 ボコボコと音をたてて、肉が泡立ちながらせりあがる。肉はやがて、融けてくっつき、溶けてはくっつき、やがてヒトの顔らしいものを背中一面に描き始めた。

 

「うそ…………でしょ……」

 

「ありえん…………」

 

 呆然と見守る先、その顔は有り得ないほどに巨大だったが、その造形は――――――確かに先程の少年だった。

 

『あ、はは、はははは、はははははははははははははははは――――――――!』

 

 胎児の背中に浮き上がった、巨大な顔。それは、心底可笑しそうに、愛おしそうに、佐天さんが姿を変えた獣を見据えた。

 

 

『初めまして。そして、『久しぶり(・・・・)』だね。バンダースナッチ――――』

 

 

 だけれど、遠目にも確認できた、その眼。その眼は、どこか爬虫類のような無機質さを感じさせた。

 

 

『――――僕は、『キース・グレイ(灰色)』。ARMS計画の提唱者、悪魔の科学者キース・ホワイトの、『最後の息子』だ』

 

 

 異なる世界、異なる時間。隔たれた宿敵は、こうして再びの邂逅を果たしたのだった。

 




ついに、遂に、宿敵邂逅!!いやあ、長かった……

しかも、今回彼が明かした能力やら情報だけで、盛大にフラグが立っています。彼は自ら明かしている通り、『ARMS世界のキース』です。しかもカラーネームは『灰色』で、『空間移動能力者(テレポーター)』で、一万人の意思すらものともしない『器』を持ったARMS移植者……もう、ほとんど答えですねww

次回、『神獣』VS『キースIN幻想猛獣』!!怪獣映画みたいになってきたな……
次回投稿には時間がかかるかもです!

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