とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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復帰一回目の投稿です!



022 微風―ウインド―

 佐天が異変を感じたのは、しばらく経ってのことだった。走行中のバスから何気なく外の景色を見ていたら、歩道側を走る変わったロボットを見つけたのだ。

 

(――犬型の、ロボット……?)

 

 学園都市に配備されている様々なロボットは、ほとんどがバケツのような円柱型をしている。警備や清掃など用途は別れているが、形状は似ているのだ。動物型のロボットはあまり見たことが無かった。しかも何故かゾウのように鼻が長い。

 

「何かの実験かな?」

 

 特に危険とも思うことなくそれを眺めていたが、不意に自動運転のバスの目の前に、道を塞ぐ形で無人自動操縦の乗用車が急停止した。

 

「きゃ!?」

 

 バスに内蔵された緊急停止装置で事なきを得たが、佐天は急な挙動に耐えられず座っていた座席から転げ落ちてしまった。

 

「あ、痛たたたた……」

 

 床にぶつけてしまった膝を摩りながら、何とか立ち上がる。バスも目の前の乗用車も衝突自体はしていないようで、その事実にほっとした佐天だったが、昔交通事故で死にかけた身の上としては、停止したバスの中に閉じ込められている現状は余り好ましくもなかった。どこか不安を感じ、左手で自分の身体を抱き締めるように、ぎゅっと右腕をつかむ。

 

 異変を感じたのは、それからだ。

 停止したバスの扉がひとりでに開き、さっきの犬型のロボットが数匹、入って来た。

 

「え?」

 

 警備員(アンチスキル)でも来ない限り、自動操縦のバスの扉が開くわけがない。そう考えていたのに扉は開き、その上、侵入してきたロボット犬は、何故か自分ににじり寄ってきていた。

 

「…………」

 

 その雰囲気に良くないものを感じ、座席から立ち上がってバスの後部へと後退る。先頭の犬は、四匹。二体が通路に陣取り、もう二体は座席のヘッドレストの上。アンバランスな足場を苦にせず、ひょいひょいとあまりに気軽に近寄って来る。

 

「……はあ」

 

 ここ最近、どうにも殺伐としたことばかり起こる。やっぱりARMSのせいなんだろうか?と内心愚痴ってから、ちらりと左手側から近寄るロボット犬に狙いを定めた。

 

「下手に壊して、後で請求されたくないのよね……!」

 

 ARMSを一気に起動させ、左手側の犬の胴体を右手で掴む。そのまま左側のガラス窓へと投げつけた。バシャン!と大きな音を立てて砕けた窓へ、身体を滑り込ませた。

 

「修理代は、犬の飼い主にツケといてね!」

 

 バスの中に、そんな捨て台詞を残した。後で風紀委員(ジャッジメント)の「読心能力者(サイコメトラー)」とか出てきた時に、言い逃れするために。この辺り、彼女も怒られ慣れてきたのかもしれない。

 

「っと、やっぱり追って来るんだ……」

 

 目の前には窓から放り投げられた犬が一匹。さらにバスから三匹。外で待機していたのが三匹。計七匹が佐天を中心に円を描くように取り囲んでいた。

 

「私を狙ったのか、それとも御坂さんとか、インデックスが狙いなのか。全然分からないけど、大人しくやられたりなんかしないわよ!!」

 

 威勢よく啖呵を切り、解放した右腕を盾のように構える。油断なく構えているようで、実は彼女は内心焦りを抱えていた。

 

(ヤバイなあ……。多数の相手となんて、戦ったことないのに)

 

 元々彼女は数週間前まで、一般の学生として暮らしてきたのだ。かなりおてんばだったこともあって運動神経は良いが、戦闘の経験など無い。これだけの複数と戦った経験など、路地で屯するスキルアウトが精々で、本職とは戦ったことなどないのだ。

 

 今回は、それが仇となった。

 

「……ッ、今逃げるんなら、私は追わな、あ痛?!」

 

 未経験の多数との戦闘についつい弱気な発言をしようとしたところで、後頭部に衝撃を受けた。慌てて振り返ると、ロボット犬が空中でトンボを切って着地するところだった。

 

「っ、この――あた! 痛た!?」

 

 怒りに任せて向かおうとしたところで、今度は側面、次は下と、あちこちから攻撃を受けた。この犬はどうも攻撃力は低かったみたいだが、ロボットの鼻が、脚が、容赦なく身体のあちこちを打ち据えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――なんだ、こいつ。『T:GD(タイプ:グレートデーン)』だけで決着ついちゃいそうじゃないか」

 

 佐天が襲われた現場から遠い工業地帯。そこに停車された大型トレーラーの中で、馬場というその少年は嘆息していた。彼がいるトレーラーはただの車ではない。内部のありとあらゆる場所に学園都市の技術を集めた電子機器が設置されており、彼が誇るロボットたちの『移動指揮車』となっていた。そのトレーラーのモニターの前に座り、彼は佐天の歯ごたえの無さに溜息を吐いていた。

 

「こんな平凡な女一人に本気出すまでもなかったかもな……まあ、いいや。やれ、『T:MQ(タイプ:モスキート)』! その女が気を取られている隙に、眠らせて俺の前まで連れてこい!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「っ、う゛っ、っ……」

 

 その頃、戦闘は一方的な姿を見せ始めた。フットワークが軽い犬の形をしたロボットと、どちらかといえばパワー重視の佐天。しかも複数での『狩り』も考慮した、効果的な連携。佐天が反撃に出ようとすると、側面や後方から攻撃を受け、反撃が当たらない。戦闘を開始してからずっとそれが続いていた。

 

(ああ、もう! 私は御坂さんみたいに、後ろに『目』が付いてるわけじゃないっての!!)

 

 自分の死角からの攻撃に苛ついて、思わず内心で愚痴る。現状に辟易しながら思い出したのは、あの雷の頂点を極めた友人の姿。

 

 以前、出会い頭に初春のスカートをめくり、そのままのテンションで御坂さんにもセクハラをしようとしたことがあった。初春との会話中に、死角を突いたにも関わらず、結果は惨敗。それに納得いかずどうして防げたのか聞いてみた。

 

「ああ、私は常に微弱な電磁波を周囲に放出しているの。その電磁波の反射波を感知することで周囲の空間を把握してるのよ。その気になれば磁力線だって目で見えるしね」

 

 多分、彼女だったら、こんな状況当たり前みたいに越えていくだろう。目で見なくても、彼女自身の『電撃使い(エレクトロマスター)』の能力で。

 

 何度も何度も身体に攻撃を受け、次第に脳裏に宿ったある『思いつき』に、色がつき、形がつき始めた。

 

(ぐっ……こんな時に、御坂さんみたいに――――)

 

 

 ――――周囲が分かる『目』があれば

 

 

 その『思いつき』に応えるように、佐天の頬にARMSの紋様が浮かび上がった。

 

 思考から浮かび上がった意識が捉えたのは、右前方に飛び上がった犬の姿。そして、それとは正反対、左下になぜかいる(・・)と感じた存在。

 

 咄嗟に右前方の犬をARMSで払いのけ、右に二歩動く。開いた空間を後ろから一匹の犬が駆け抜けていった。

 

「――――え?」

 

 信じられなかったのは、佐天自身。今、何故か全く目を向けていない方向からの攻撃を、躱せた。どうやったのか自分でも分からない。だけど視線を上げた彼女は、どういうわけか周りが全部見える気がした。

 

(わかる…………)

 

 周囲にいるのは七体の犬。正面の奴は、首を高く上げこちらの意識を引いている。それとは逆に側面や『後ろ』の奴は、地面に伏せるように体勢を低くし、こちらの隙を伺っている。そして、他の『何か』も見えていた。

 

(? なんだろう、コレ……。虫か何か? でも、この動きは……)

 

 さっきから、周囲を小さな『何か』が飛び回っているのだ。それだけなら、蚊とか蠅だろうと気にも留めないが、動きがすごく不自然なのだ。

 

 試しに佐天は身体ごと大げさに振り向いてみた。周囲の犬は、それに合わせて意識を引く係と、隙を伺う係が交替したが、飛び回る『何か』は、常に死角を押さえるように動いている。上を向いたら下に逃げ、下を向いたら上に逃げ、後ろを向いたら回り込む。明らかにこっちの視界を把握した動きだ。

 

(とにかく小さな『何か』も触らない方がいいよね。それにこれだけわかるなら……)

 

 当面の方針を決め、思考に没頭していると、後方で隙を伺っていたロボット犬が頭上へと飛び上がった。落下の力で威力を底上げするために。

 

 しかし、周囲に響いたのは肉を打つ打撃音ではなく、硬い装甲を引き裂く破壊音だった。

 

「――――カウンターも、簡単よね」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「っ、な、なんなんだ。何なんだよ、これぇぇぇっ!」

 

 モニターに囲まれたトレーラーの中、馬場は一つのモニターに映る戦闘に、金切り声を上げた。映っていたのは、一人の少女。先程まで彼の誇る『T:GD(タイプ:グレートデーン)』に、翻弄されていたはずの少女だ。

 

 明らかに勝ちだった。どう転んでも、逆の結果など有り得ないと確信した。だというのに、目の前の状況はなんだ?

 

 画面の中、少女は右腕を横に振り切る。振り終わって硬直した少女の頭に、死角から一体の『T:GD(タイプ:グレートデーン)』が襲い掛かる。それに対し、一度も視線を向けなかった少女は、わずかに首を傾げるだけで躱し、未だ空中にいた『T:GD(タイプ:グレートデーン)』の胴体に爪を埋め込んだ。

 

 さらに、その攻撃を見た他の一体が地面から音もなく忍び寄り、さらには『T:MQ(タイプ:モスキート)』も二体、足元に忍び寄っていた。完全な死角。彼女はそこで負け、地面に倒れる。それこそが馬場が望む未来予想図だった。

 

 そんな予想図は、爪を埋め込まれたまま横薙ぎの鈍器にされた『T:GD(タイプ:グレートデーン)』に阻まれた。

 

「なッ…………!」

 

 送り込んだ機械端末計四体との通信が途絶した。これで『T:GD(タイプ:グレートデーン)』と『T:MQ(タイプ:モスキート)』それぞれ二体ずつが破壊された。画面の中ではさらに他の機体も数を減らしていく。

 

「なんだよ、この女はッ!?」

 

 今のは明らかに、『T:MQ(タイプ:モスキート)』を一緒に狙った動きだった。普通の人間なら気にも留めない昆虫大のロボットを、どうやって認識したと言うのか。それも視線を向けることなく。

 

「くそ、くそッ! 天才の俺に……こんな女が……!」

 

 モニターに映る、最後のロボットが破壊された。それを視界に納め、悪態と共にキーボードを殴りつけた。

 

「くそ、低能の凡俗の分際で……! 待ってろ、あんなメスガキじゃ敵わないような機体で今――」

「いやー、そいつはやめてくれねえかなあ?」

 

 汚らしい罵倒は、不意に響いた声に切り裂かれた。その声に背筋を凍らせると、首筋に冷たく硬い感触がゴリ、と押し当てられた。

 

 銃口だ。

 

「あのガキな、今度は俺の方で浚ってこいって、指示出てんだわ。日時も指定されてる。統括理事長(アレイスター)直々の命令でな」

 

 ゴリゴリと、まるで話を脳みそにねじ込もうとするかのように、銃口を押し込まれる。首を縮こまらせた馬場は、生きた心地がしなかった。

 

「お前さんについては、『佐天涙子』という標的(ターゲット)も見つけてくれたことだし、上からも役に立つから生かしておけって言われてんだわ。だから今後あの女に関わってこないなら、見逃すぜ。どうだ?」

「は、はい……」

 

 ようやくそれだけ喉から絞り出すと、ゆっくりと銃口が首筋から離された。

 

「よーし! これで余計な死体の始末もしなくてすむな。今から俺はここから去るが、お前さんは今から5分、目を瞑って開けないこと。俺の姿を追わないこと。もし一瞬でもこっちを見たら、その頭を吹き飛ばす。いいな?」

「……!」

 

 必死になって両目を瞑り、更に両手でその瞼を押さえる。後ろの気配がいなくなっても、足音が聞こえなくなっても、しばらくの間、馬場はその体勢のまま、動くことが出来なかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――んー、終わったのかな?」

 

 最後のロボット犬と、小さな『虫』を叩き潰した後、しばらくそのままARMSを起動させて身構えていたが、何事もなかった。相手も諦めたかと考え、ふうっと詰めていた息を吐く。

 

「って、うわ、こんな時間。早く帰らないと、インデックスが飢え死にしちゃうじゃない」

 

 腕時計を見ながら、その場から走り去る佐天。彼女は時間と前しか見ずに、その場を去った。だから、全く気付かなかった。

 

 

 ――――地面で今も渦巻く、ほんのわずかな『つむじ風』に。

 




馬場戦、終了です!さて、この話、既に完全体に至っている佐天に足りなかった『多対一』の戦いでもあります。そして、彼女自身の『能力』の前兆が……

実際問題、彼女のARMSは『完全体』でしかも『広域散布型』。『攻撃力』も『効果範囲』もあり過ぎて、そこを強化しても大して強化にならないんです。『防御力』も、再生があると意味有りませんし。

そういうわけで、彼女の能力は『弱点』を補てんする能力へと進化します!『女王』の視力も、『水の心』も、武士なみの『反射神経』も無い彼女には、絶対必要な能力です。

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