大量の
「な、何なんだ……テメェはなんなんだよォォ、バケモン!」
黒の革ジャンにリーゼントの男がやけになったように叫ぶ。その声に佐天は歯噛みしたが、後ろで今も立ち上がれない二人の友人のためにあえて顔には出さない。
そんな中、リーゼントの男に近づく人間がいた。
「――久しぶりだなあ、蛇谷」
その男は佐天をここまで案内してくれた牛乳パックの男。彼の顔を見たリーゼントは幽霊でも見たかのように怯え、這う這うの体で逃げ出した。
「お嬢ちゃんたちを具合悪くさせてるのは、こいつだな。――よっと!」
牛乳パックの男が横の車のステレオからコードを抜くと、蹲っていた二人も頭を押さえながら何とか起き上がった。未だ調子が悪そうではあったものの、白井はそれでも
「助けてくれたことにはお礼を言いますわ。けれど、貴方は先程の黒妻と何らかの関係がありますのね? 申し訳ありませんが、支部でお話を――」
「必要ないわ、白井さん。報告は私の方からあげるから」
突然割り込んできた声に、白井が目を見開く。視線を巡らせると、そこにいたのは、固法先輩。何時もと同じ制服に
「――久しぶりだな、
「――黒妻先輩」
◇ ◇ ◇
因縁を感じさせる本物の黒妻綿流と固法先輩の邂逅。その場で問い詰めた三人ではあったが、当の黒妻は今回捜査協力者であり、しかも目の前から去っているため詳しい話は聞けなかった。その上固法先輩までも口を噤み、そしてしばらくの間彼女は
「――で、皆で聞きに行こうってことですか?」
佐天とインデックスは、ある日初春や御坂に呼び出され、固法先輩の学生寮の前にいた。話を聞くとここに来たのは、主に二人の好奇心によるもので、白井は我関せずの姿勢を保っているようだ。
「だって気になるでしょ!? 二人だって固法先輩のこと!」
「気になりますよね、佐天さん! インデックスも!」
成程、この二人が燃え上がっているのは事実らしい。もっともそんな二人の様子を見ても、佐天はあまり気が乗らない。
「……あの、やめた方がいいと思いますよ。何となく、先輩が出てこないのって、先輩にとって気持ちの整理が必要なことがあるんだと思いますし」
「……そうだね。懺悔を聞くのはシスターの役割だけど、立ち直るのは結局本人の問題だから、シスターには祈りと赦しを以って接するしか出来ないんだよ」
そんな反対意見をもってしても、二人は止まらず、結局固法先輩の自宅を訪ねてしまい、そして先輩の真実を知ることとなってしまった。
◇ ◇ ◇
「はあ…………」
固法先輩の自宅を訪ねて数日後、佐天は第十学区『ストレンジ』を一人で歩いていた。あの日、先輩が以前スキルアウトに属していたという事実を知ったとき確かにショックではあったが、それと同時に帰路での御坂の発言に同じくらい衝撃を受けた。
『――今の先輩は
「多分……そうやって割り切れないから、人間なんですよ……」
そうやって、過去と現在、切り離して考えられたらどんなにいいか。先輩の黒妻へと抱いていた想いは、恋愛感情だったのか、憧憬だったのか、今となっては分からない。分からないけれど、かつては宝物であったはずの過去の想いを、割り切れるほど人間は強くない。少なくとも、佐天はそんな経験は無いが、自分に割り切れるとは到底思えない。
(私だって……過去を忘れたいって、思うことが無い訳じゃないしね……)
左手で、右腕を抱き締める。この腕を失くしたあの日、一面に広がる朱に絶望したあの日は、今でも佐天を蝕んでいた。焔は今でも彼女にとって、忌むべき存在なのだから。
「けど……もし、先輩が立ち上がるんなら……」
過去に
今日は
「――ん。そろそろかな」
距離はあるものの、微かに聞こえるエンジンと走行音。大型の車両のように聞こえるし、多分
「よし。それじゃ――」
プン、という風を斬り裂く音が聞こえたのは、その瞬間だった。歩き始めようとした両脚がかくん、と落ちた。
身体に力が入らないのに、何か、身体の重さが減ったような気がした。何となく、音が聞こえた自分の右側を見ると――――。
――――そこにあるはずの右腕が、そこになかった。
「う――――あぁああああああああああ?!」
思わず喉から振り絞るように声が漏れると、頭を鷲掴みにされ、手足をひねり上げられ、地面へと組み伏せられた。
「ん――――? オイオイ、拍子抜けだな、バケモノ女?」
地面に顔をこすりつけているせいで狭まった視界を必死になって巡らせると、自分とかなり離れた場所、路地の出口に一人の男が立っていた。その男は顔の左半分に派手な刺青があり、人を見下したような嘲笑を顔に貼り付けた男だった。その周りにいるのは、艶消しの黒い装甲のスーツを全身に纏った者たち。全員同規格のスーツを身に着けているせいで、男女の区別もつかない。
佐天は知らないが、この目の前の男の名は、『木原数多』。学園都市の暗部において、一部隊を率いている男だった。
「なんだよ、オイ? せっかくバケモノの退治と解剖なんつう、科学者冥利に尽きる依頼が来たってのに、もう終わりか? もうちっとバケモノらしく暴れてくんねえか?」
「っ、うる、さいなぁ……そんなに暴れて欲しけりゃ――――」
「お?」
木原の疑問の声。それは、地面に無造作に転がった少女の右腕が紋様を浮かび上がらせ、震えだしたことによるものだった。キイイイ、という特徴ある高音が鳴り響く。
「――――やってやるわよ!!」
佐天の叫びに切り離されたARMSが呼応する。右腕は即座にARMS本来の姿へと変貌し、切断面へとくっついた。その拳に満身の力が宿る。
振り下ろされた拳にアスファルトは砕け散り、佐天はその爆発のような衝撃で拘束から脱出した。
「よくもおッ!!」
いまだふらつく足でよろめきながらも、体勢を変え目についた装甲スーツへ攻撃する。しかしその攻撃を、装甲スーツの全員が難なく避けていった。
「え?!」
佐天は急いで振り向くも、既に装甲スーツの者たちを追う事が出来ない。視界の中、足場にされたコンクリートが砕ける音が響くだけだ。
「ヒュ――――、惜しかったなぁ、バケモノ女。コイツ等は俺の抱える部隊の一つなんだが、少しばかり特殊な奴らなんだわ」
聞こえてくるのは、木原の軽々しい声。けれども、佐天にその声を気にする余裕は無かった。
「コイツ等は元々出身は
背中を斬り裂かれた。腕を斬り裂かれた。腿を斬り裂かれた。
「それが『
肩を、腹を、斬り裂かれた。周囲に飛び散った血飛沫が舞っていた。
「学園都市、統括理事会直属の暗部組織、通称『
赤い、朱い、紅い滴が舞い落ちる時、佐天の意識も消失していた。
べちゃべちゃ、と粘性の高い血の池を何の感慨も抱かずに歩き、木原は佐天を見下ろす。自己治癒能力が高いARMSでも、これだけやれば動けないだろうと確信していた。
「バケモノのお前さんには悪いがよ、統括理事会からのお達しでな。『グレイ』の小僧に渡す前に、何としてもお前の身柄を押さえろってことなんだわ。運悪かったな?」
わざと煽るように声を掛ける。何の反応もないことで、彼女の意識は確実に喪失したと、木原はほくそ笑んだ。
「……よし。そんじゃ回収だ。お前ら、手分けして――――」
「――――――――ふん」
幽かに聞こえた極寒の冷気を感じさせる声に、木原の背筋が凍り付いた。木原が咄嗟に飛び退るのとほぼ同時に、極寒の旋風が目の前に顕現した。
「学園都市? 統括理事会? そんなもの、私が知るわけがないでしょう?」
旋風の中から聞こえてくるその言葉には、さっきの少女の面影など少しもありはしなかった。そこにあったのは、人間では考えられない程凍てつき、冷え切った極寒の声。
「どうしても、連れて行きたいと言うのなら――――」
やがて、現れたその姿に、『
そこにいたのは、『女王』。その
「貴方たちの行先ごと、この世界を滅ぼしてあげるわ!!」
『彼女』こそ、かつて一人の少女が産み落とした世界への呪い。アリスの果てなき『絶望』は、今まさに世界へと降りかかろうとしていた。
遂に出てしまいました、『白・佐天』!まあ、中身はカツミを操ったり、東京のど真ん中で極寒の竜巻生み出したりした『彼女』なんですが。オリジナルARMSには、『アリスの感情の断片』と、そこから生み出された『ARMS自身の意志』が存在します。今回は『断片』の方ですね。
既に登場だけで、『黒犬部隊』に被害者出てます。彼女は佐天と違って、容赦とかありませんので。やはりサイボーグは雑魚キャラか……。