とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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今回の投稿とともに、第16話の題名を『親友―ベストフレンド―』に改めました。第4話と被っていたのに、今更気が付いた……



026 贈与―プレゼント―

 

 ――――夢を、見ていた。

 

 地面は真っ赤に染まっていた。リノリウムの床は、踏み場もない程、『赤い液体』で染まっていた。

 

 ――夢を、見ていた。

 

 手や足が、明後日の方向に向いた、奇妙な『人形』が置かれていた。それらは全てしとどに濡れ、虚ろな眼窩を晒していた。

 

 ――夢を、見ていた。

 

 ふと、傍らの『人形』に視線を合わせた。手足が機械で出来た夥しい数の『人形』の上に、ちょこんと置かれた、華奢な『人形』は――――。

 

 ――夢を、見ていた。

 

 

 ――『初春飾利』の、『死体』だった。

 

 

「ああ゛ぁああぁぁあああああああああああああああああああ――――――――――――ッ!?」

 

 自らの叫びの中、佐天涙子は現実へと帰っていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 事件の後の佐天の生活には、なんら変わったところは見られなかった。いつものように、初春やインデックスたちと街へ繰り出し、遊ぶ日々。

 

 ある日訪れたゲームセンターで、御坂はついにその話題に触れた。

 

「――あのさ、佐天さん。結局あの日、第十学区で起きたのは何だったの?」

 

 その話に、ビクリと佐天の肩が震えた。結局御坂は、あの日第十学区で何が起きたのかは分からなかったのだ。彼女が見たのは、ビッグスパイダーの顛末のみであり、あの日『竜巻』の根元に行っても、辺り一面に響いた爆発音と、何かが激しく燃えたと思しき痕跡があるだけだった。

 

 一体何が起きたのか、その詳細を知るであろう目の前の少女はずっと口を閉ざしたままであり、今日直接聞いてみることにしたのだ。

 

「……………………えっと、ちょっとしたトラブルですよ。ビッグスパイダーとは別口の、ありふれたトラブルです」

 

 佐天はそれしか言わない。けれど御坂にはその笑顔が、どう見ても作り物のように見えた。ただのトラブルであんな痕跡が残るわけがない。ただのトラブルで、警備員(アンチスキル)に統括理事会から圧力がかかって、捜査が中止になるわけがないのだ。

 

 だから彼女は、一度開いたその口を止めることが出来なかった。

 

「そんなわけないじゃない。ちゃんと本当の理由を――――」

「ストップなんだよ、みこと」

 

 その追及を止めたのは、横で聞いていたインデックスだった。

 

「今回のこと……るいこは話したくなくて話さないわけじゃないんだよ。ただ、るいこは『今は話せない』。だから、そっとしておいてあげて……」

「う……でも、気になるじゃない。一体何があったのか」

「私は、るいこを信じてるんだよ!」

 

 インデックスの言葉に、御坂が一歩下がる。佐天への信頼に置いて、目の前の幼い少女に、負けたような気分になったのだ。

 

「……そうですね。私も佐天さんを信じます。話せるようになったら、話して下さいね」

「まあ、仕方ありませんわ。本来、風紀委員(ジャッジメント)としてはこんなことを言ってはいけないんですけど。統括理事会絡みとなると厄介ごとの匂いしかしませんし、しばらく待ってあげます」

 

 初春も白井も、インデックスの言葉に譲歩し、佐天が何時か話してくれるまで事件の真相を追及しないと決めた。御坂もまた二人に続いて、少しばかり渋々であったが頷いた。

 

 その後、ゲームセンターからの帰り道、御坂たちとは別れ佐天とインデックスは第七学区への道を二人で歩いていた。

 

 しばらく歩き、ある交差点でインデックスが呟いた。

 

「――それじゃ、私はとうまの新しい寮に帰るね?」

 

 今インデックスの住んでいるのは、佐天の寮ではない。あの第十学区での事件の後、佐天は寮へと帰り着き、部屋にいたインデックスに縋るように泣いた。そして泣き止んだ後、この寮からしばらく離れるように言われ、インデックスはそれを了承したのだ。

 

「ゴメンね、インデックス……」

「うーん、大丈夫だよ。とうまはゴハン作るのあまり上手くないけど、それでも前に野宿してた時に比べれば」

「そうじゃなくて、さ……あの事件のこと、何も話さないでくれたでしょ?」

 

 インデックスには、事件の概要だけは話したのだ。正体不明の集団に襲われ、戦闘中に自分がARMSに乗っ取られたこと。そして、その戦闘の結果――――容易には口に出来ない『罪』を負ったこと。

 

「気にしなくてもいいんだよ。懺悔を聞くのは、聖職者の務めだもん。それを他人に告げたりしたら、天罰が下るんだよ」

「…………ありがとう」

 

 佐天の口から素直に感謝の言葉が漏れ、事件以来久しぶりに心からの微笑が漏れた。

 

「にしても、またるいこの意思を乗っ取ったのかー……その時、あーむずは何か言ってなかった?」

「え? えっと……」

 

 その言葉に佐天があの時の記憶を引っ張り出す。人格が入れ替わった影響なのか、外の事は少し夢うつつだったが、確かに言われた言葉があった。ARMSを宿す者は、いくつもの屍の上に立っていると。

 

(あれって……前にもARMS絡みで沢山の人が死んだ、ってこと? でも、やっぱりこれだけはインデックスにも言えないし……)

 

 佐天が言い淀んでいると、再びインデックスが目を瞑って語りだした。

 

「私は、ステイルやかおり達から聞いただけなんだけど、私の時に出てきたあーむずって、まるで全てを滅ぼしてやる、ってくらいの剣幕だったんだよね?」

「うん……そうみたい……」

「ん~~……」

 

 その返事にインデックスは腕を組み、考え込み、やがて告げた。

 

 

「――――たぶん、あーむずは、たくさんたくさん、哀しい出来事に出会ってきたんだね」

 

 

 その予想外の言葉に、佐天は数秒動きを止めた。

 

「…………え?」

「だって、そうでしょ? 私はまだ見たこともない、美味しいご飯がたくさんあるこの世界が滅ぶことなんて望んでないんだよ。他の人だって、そう。ちょっとシスターとしては駄目だけど、お金とか権力とか、恋人とか、家族とか……楽しいものや嬉しいものが、この世界ではちょっとの努力で手に入るんだから、普通は誰も滅ぶことなんか望まないんだよ」

「まぁ……そう、よね……」

 

 その言葉に佐天も頷く。普通は『滅び』なんか望まない。じゃあ、なんでだ。

 

「それでも『滅び』を望む人がいたとしたら……………………それはきっと、とっても哀しい出来事に遭って、全てに『絶望』してる人しかいないんだよ」

 

 その言葉に、佐天は深く考え込む。今まではARMSの心情なんて、考えることも無かった。けれど今は、どうしてもインデックスの言ったことが気になった。

 

(あの()――――――何があったんだろう?)

 

 思い浮かぶのは、自分の身体を乗っ取った白い髪の少女。彼女の過去に思いを馳せるが、答えが出ることは無かった――――今は、まだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――ああ、お前から贈られた品物は、さっき私の手元に届いたよ」

 

 無機質な機器で埋め尽くされた研究室の中、一人の女性が電話口に固い口調で答える。彼女の名前は、テレスティーナ=木原=ライフライン。悪名高い『木原』の一族の一人であり、かつて木山春生に絶望を抱かせた木山幻生の孫娘だ。

 

『それは良かった。テレスティーナ女史の計画次第だが、件の彼女が関わって来る可能性がある。万が一に備えて、彼女への対抗手段は必要だろう?』

「佐天涙子、か……」

 

 それはテレスティーナにとって、予測不可能の異常存在(イレギュラー)。彼女の手元には学園都市の能力者を残らず無力化する『キャパシティダウン』があるが、彼女だけはそのシステムが効かない。だと言うのに、彼女は回収対象である『春上衿衣』のクラスメートで、親友は回収対象のルームメートだ。関わってこないと思う方がおかしい。

 

 しかし、それとは別に、テレスティーナには一つ腑に落ちないことがあった。

 

「…………なんで、私にこんな物を? 確かに対抗策は必要でしたが、元々佐天涙子はそっちの被験体だったと聞いていますが?」

『まあね。本来はもう少し様子を見るつもりだったけど、彼女の進化のスピードから予定が変わった。その結果が、そちらに渡した『弾頭』ということさ』

「けっ、お前の言う『人工進化』とやらが手に負えなくなったから、始末を他人に任せようってか? こっちは、とんだただ働きだな」

『素が出てるよ、テレスティーナ女史』

「ちっ……」

 

 一応罠の可能性も考えて、『弾頭』の中身は確認している。これを撃ちこみさえすれば、佐天涙子はその体内のARMSごと、チリとなって消えるだろう。彼女の科学者として優秀な頭脳は、その確信を確かに導き出していた。

 

『まあ、そのトランクの中身は、労働を強いるこちらからのせめてもの贈り物(プレゼント)だ。遠慮なく受け取ってくれないかな、テレスティーナ女史』

「貰うモンは貰っとくさ、キース・グレイ」

 

 そこで会話は終わり、電話は切れた。

 

「ふん……」

 

 受話器を電話に戻し、傍らの無人のデスクへと向き直る。その天板に置かれたジュラルミンのトランクに触れ、暗証番号の入力とともに、一気に蓋を開いた。

 

 テレスティーナが開いたトランクの中。そこには分解された巨大なフレームのライフルと、数発の鈍色に光る弾丸が収納されていた。

 




黒犬部隊編後始末と、色々なフラグが立つ今回。インデックスのおかげで、佐天とバンダースナッチに和解フラグが……!

そして、巨大過ぎるフラグを抱えたテレスティーナさん。ARMS世界で、トランクに詰められたライフルと特殊な『弾頭』って、一つしかないんですよ……。総員、テレスティーナ女史の冥福を祈り、敬礼ッ(ビシッ)!!

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