とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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原作では『声』とされていた回。今回は結構なダイジェストです。


030 災害―テンペスト―

 

「…………!」

 

 初春と春上の上に電灯が倒れてきたまさにその時、佐天は裾がめくれ上がるのも気にせず、全力で駆け寄った。その甲斐あってか、本当にギリギリで電灯と二人の間に入ることに成功した。もはや反射のレベルで右腕が肥大化して三人を覆い隠す堅固な盾となり、佐天自身は来るべき衝撃に耐えるべく奥歯を硬く噛み締めた。

 

「ッ、…………………………? ん?」

 

 衝撃が、来ない。結構大きな電灯だったから、相当な衝撃が来ると思ったが。不審に思い、ARMSの陰からそろそろと様子を窺ってみた。

 

「無事みたいね」

 

 そこにいたのは、奇抜な紫色をした駆動鎧(パワードスーツ)を着込んだ一人の女性。『先進状況救助隊』隊長、テレスティーナ。それが彼女との初対面だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、死者や重傷者こそ出なかったものの、地震の起こった場所が悪く、多数に上った怪我人を病院に収容するため、かなりの時間がかかった。佐天自身は初春と共に、地震のショックで気絶してしまった春上の病院へと付き添い。白井と御坂もそれについて行きたがったが、常盤台の女子寮から無断で出歩いているため、急いで帰ることとなった。

 

「……春上さん、大丈夫でしょうか」

 

 収容された春上の処置を廊下で待っている間、不意に初春が呟いた。よく見ると、その瞳には不安な気持ちが揺れ動いており、その気持ちがつい口をついて出たのだろう。

 

「んー、大丈夫だって! 地震のショックで気を失ってるだけだって、あの救助隊の人も言ってたし!」

 

 その言葉は確かに、現場で彼女を診たテレスティーナのもの。多数の怪我人を診ていた彼女がトリアージを行い、意識が無い以外外傷も無さそうだと診断はしてくれていた。もっとも、救助隊の現場判断だけでは、初春の不安は募る一方ではあった。

 

「――終わりましたよ」

 

 春上の入った診療室から、看護師の方が出てくる。それを見て初春が息せき切って部屋に入り、主治医の先生に春上の状態を聞いた。

 

「あの! 春上さんの容態は――」

「大丈夫です。地震に遭って、精神的に過度のストレスに見舞われたのでしょう。外傷もありませんし、一般病棟に移れますよ」

 

 それを聞いて、一瞬初春は動きを止め、次にへなへなとへたり込んだ。

 

「ちょ、ちょっと、初春?!」

「あ、あはは、佐天さん……安心したら、腰が抜けちゃいました…………」

「…………まあ、良かったじゃない」

 

 少しばかり情けない初春に苦笑しながら、他の患者の治療の邪魔にならないよう、初春に肩を貸しながら佐天は診療室を後にした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 明けて翌日。風紀委員(ジャッジメント)177支部へと遊びに来た佐天は、机の上でぶー垂れていた。

 

「初春も自然公園に遊びに行くなら、誘ってくれてもいいのに~……」

 

 花火大会のこともあって、初春の様子を見に来てみたら本人は非番で、春上と一緒に遊びに行ったというのだ。春上の様子も聞きたかっただけに、来た意味が無かった。

 

「ん~~~~…………んん?」

 

 椅子の背を反らし、思いっ切り伸びをすると、部屋の隅で隠れるようにパソコンで調べものをしている白井と御坂の姿が映った。椅子から静かに立ち上がり、自然な感じで部屋を横切り、背後から忍び寄る。

 

「なーに、してるんですか、二人とも?」

「「うえっ!?」」

 

 年頃の女子中学生として少しばかりどうかと思える奇声を上げ、二人が一斉に振り向く。その二人の間から、パソコンの画面が盗み見れた。

 

「……? これって、春上さんの能力評価?」

 

 そこに書かれていた能力は、レベル2の『精神感応(テレパス)』。但し特記事項に書かれた、『特定波長下では例外的にレベル以上の能力を発揮する』という記載が、少しばかり不安を煽った。

 

 出かけていた初春と春上が、二度目の『乱雑開放(ポルターガイスト)』に見舞われたのは、それから間もなくのことだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――どういうことですか、白井さん」

 

 場所は、初春が搬送された病院。今回の『乱雑開放(ポルターガイスト)』に遭った当時、春上に変わった様子が無かったか聞いた白井に、初春が食って掛かったのだ。その様子に、白井は一度躊躇したものの、自身の見解を述べた。

 

「……あの花火大会の日、『乱雑開放(ポルターガイスト)』が起こる少し前に、彼女の様子が変わりましたでしょう? 今回の地震は、能力者のAIM拡散力場への人為的干渉によって、RSPK症候群の同時多発が引き起こされている可能性があります。もしかしたら、彼女が――――」

「春上さんが、犯人だとでも言いたいんですか!? 彼女がそんなことするはずありません!」

 

 初春の剣幕に、白井が少しばかりたじろぐ。佐天自身、こんな初春の様子は初めて見た。

 

「たとえ彼女に自覚が無かったとしても、彼女はレベル2の『精神感応(テレパス)』の中でも、少し変わった能力ですの。無意識下で何らかの干渉をしている可能性だって」

「『精神感応(テレパス)』が『乱雑開放(ポルターガイスト)』の引き金になる可能性はあるわ」

 

 そこに飛び込んで来たのは、その場の誰のものでもない声。佐天が視線を巡らせると、そこには先日花火大会の時に出会ったテレスティーナという女性が立っていた。

 

「……でも、『乱雑開放(ポルターガイスト)』ほどの規模でRSPK症候群の同時多発を引き起こすとなると、それこそレベル4以上の能力が必要になる。レベル2ならほとんどその可能性は無いと思うけど」

 

 その言葉に初春がほっと息を吐く。その横で佐天は、どこか納得いかない視線をテレスティーナに送っていた。

 

「念のため、ちゃんと調べた方がいいかも知れないわね」

「え?!」

 

 そう言うとテレスティーナは懐から携帯を取り出し、どこかへ連絡を取り出した。

 

「私だ。被災者を一名、本部の研究所へ送る。表に車を一台回すように。――――潔白を証明するためだと思いなさい。大丈夫、ウチには専門のスタッフが揃っているから。悪いようにはしないわ」

 

 納得いかない初春に、そう言って諭す。それは、どこを取っても疑念など抱かない光景のはず。

 

「……それで、そっちの黒髪の子は、どうして私をにらんでいるのかしら?」

 

 その言葉に御坂・白井・初春の三人が振り向き、ぎょっとなった。初春の腕を抑え落ち着かせようとしていた筈の佐天が、何故かテレスティーナの事をじっと睨んでいるのだ。

 

「…………お詳しいん、ですね」

「? なにかしら?」

「RSPK症候群の同時多発だとか、AIM拡散力場の関係だとか……それに『精神感応(テレパス)』との関係ですか? こんなに詳しいなんて、もしかしてそっちが専門分野だとか?」

 

 佐天の疑問は、何故テレスティーナがここまで事情に詳しいのか、ということだった。『先進状況救助隊』は、白井に聞いたところによると、『警備員(アンチスキル)』の中の一組織でしかない。『警備員(アンチスキル)』の構成員は、全員が現役の教職員であり、彼女の専門がそっち関係だと言うのならそこまでおかしなことでもないかも知れない。

 

 けれど現場に一番に到着出来て調査や計測も自由にできる立場の彼女が、『都合よく』その専門家であり、その上彼女の率いる救助隊本部には、『救助』に直接関係しない専門のスタッフが揃っているだなんて展開は、やはり違和感があった。

 

 そう思い、佐天が変わらず睨んでいると、やがてテレスティーナが苦笑し、マーブルチョコを差し出してきた。

 

「おひとつ試してみる? 今日のラッキーカラー」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「でも、良かったわよね。何でも無くて」

 

 あの後、『先進状況救助隊』で調べてもらったところ、結果はシロ。春上の能力は通常レベル2相当であり、ある特定の誰かからの『受信』に限って距離も障害物も関係なくなるというものだった。『発信』出来ない以上、AIMへの干渉など不可能だ。

 

「ほら、だから言ったじゃないですか」

「わたくしはただ……」

 

 春上の疑いも張れて初春は上機嫌だが、疑う形になってしまった白井としては居心地が悪い。そんな二人の様子に内心溜息を吐いていたが、佐天にはまだ気がかりなことがあった。

 

(春上さんは受信専門で、あの時私と同じ『声』が聞こえていた。だったら『乱雑開放(ポルターガイスト)』を引き起こしているのは……!)

 

 自分と春上だけに聞こえた『声』こそが、原因だろうという確信が佐天にはあった。だけど、彼女の耳に残る苦し気な助けを求める『声』が、そのことを皆に告げることを躊躇わせた。

 

(あの『声』が、本当に助けを求めているんだとしたら…………誰かが、声の主に無理に働きかけて、この状況を作り出していることも考えられるんだよね)

 

 だとしたら、声の主は犯人じゃないことになる。むしろ助けなければいけない相手だ。そう考えると、誰が直接の犯人か吊し上げるようなこの場では言いたくなかった。

 

 そして、春上の意識が戻ったのは、その日の夕方になってのことだった。

 

「ごめんなの、初春さん。私また……」

「大丈夫。大丈夫ですよ、何も心配いりませんから」

 

 意識の戻った春上を初春が気遣う。やがてぼうっとしていた春上が胸元に手をやり、途端に慌てた顔になった。

 

「あ、ペンダントならここにありますよ」

 

 そう言って初春が懐から預かっていた彼女のペンダントを差し出す。象嵌の綺麗な古風なペンダントだった。

 

「大事な、ものなんですよね」

「うん……友達との思い出なの……」

 

 そう言って春上がロケット・ペンダントの蓋を開く。そこには少し古びた一枚の顔写真が入っていた。

 

「「――え!?」」

 

 その写真を見た佐天と一緒に、ペンダントを後ろから覗き込んでいた御坂が叫ぶ。彼女の驚愕の表情に、佐天はこの写真の人物が誰なのか確信した。

 

 

「――――『枝先(えださき)絆理(ばんり)』ちゃんって言うの」

 

 

 枝先絆理。かつて見た木山春生の記憶の中で、人体実験に利用された少女だった。

 




二度目の乱雑開放、終了です。既にこの時点で、佐天がテレスティーナを疑ってます。まあ、原作佐天より修羅場潜って疑り深くなった成果ですかね。

次回、いよいよ事態が動き出します。順調に死亡フラグへと向かうテレスティーナェ……

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