佐天や上条の件で何度も世話になった病院の一室。薄暗い病室の中、ガラスで仕切られた別室からの光だけが部屋を照らしていた。木山に従ってここまでついて来た御坂は、奥の別室を覗き込み自分の隣の木山へと尋ねた。
「――この子たちが」
「ああ。私の教え子たちだ」
そもそもどうして二人が一緒に行動しているのか。元々は行方の知れない子供たちを見つけるため、御坂が以前木山の記憶で見た研究所に忍び込んだのが原因だった。何か手がかりでもないかと侵入してみたものの、研究所は既に廃棄された後。機材の類も運び出されて何も残っていなかったのだが、たまたま同じような理由で研究所に忍び込んでいた木山に出くわし、ここまで付いて来たという訳だ。
そして、ここにはもう一人立ち会う人物がいた。
「でも、さっきの話は本当なの? この子たちを起こそうとすると――」
「ああ。『
御坂の言葉に答えたのは木山ではなく、彼女にこの施設を提供した人物。この病院の院長でもあるカエル顔の医者その人だった。
彼がこの件に関わった理由は、余りに単純。『
「だが、子供たちを救う段階に至って問題が発生した。この子たちの意識が覚醒に向かうと、RSPK症候群の同時多発が引き起こされ、地震に極めて似た震動が起きてしまう……そうならないようにするには、現在私が研究開発中の特別なプログラムを使って覚醒させるわけだが、完成にはあと一つ、『ファーストサンプル』と呼ばれるものが必要なんだ」
「『ファーストサンプル』……?」
「……木原幻生の行った『暴走能力の法則解析用誘爆実験』で使用された、暴走能力者の脳内の分泌物質を採取して凝縮・精製した結晶体、だ。その中でも、最初の被験者から抽出された結晶体は、その後に作られた結晶体の大元と言えるものであり、それさえあればすぐにでも皆を起こすためのプログラムを完成させることが出来る」
その後に数多作られた劣化コピーではない、唯一の
「もし見つからなかったら、どうするの?」
「…………例え『
「大丈夫、ですよ」
会話の途中、病室の外から響いた声に驚き三人全員が入口の方へと振り向く。そこから入って来たのは三人にとって良く知る人物だった。
「佐天さん?」
「あ、御坂さん、スイマセン。実は、駐車場の入り口で二人を見かけたもんで」
「……君まで来ていたのか。いや、それより、さっきの言葉はどういう意味だ?」
木山の表情は険しいものだった。その視線に臆することなく、佐天は言う。
「さっきの話からすると『ファーストサンプル』さえ見つかれば、『
「……これ以上無関係な人間を巻き込むというのか? 正直、関心しないが」
「大丈夫です。元々初春の所に引っ越してきた春上さんの友達が、枝先さんって言う今回の被害者の一人だったんです。初春自身今回の事件を解決するんだって張り切ってますから、事情を話せば自分から力を貸してくれますよ」
「い、いや、しかし……」
それでも木山の表情は優れない。それはそうだろう。彼女にとって子供たちを目覚めさせることは、自らに課せられた罰のようにも感じていたのだから。
そこに声を掛けたのは、彼女と相対した御坂美琴だった。
「――アンタさ、子供たちを取り戻すためなら、『手段を選ばない』んじゃなかったの?」
「!」
「『ファーストサンプル』さえ見つかれば、より安全に、しかも確実に子供たちを起こすことが出来るんでしょ。誰かの手を借りたくない、って言うのはやっぱりアンタの我が儘よ」
「…………」
御坂の言葉にしばし木山が俯いて考え込む。やがて決意したのか顔を上げ、歩み寄って握手するために、御坂と佐天へと手を伸ばし――
「残念だけど、そういう訳にはいかないわね?」
突然の闖入者によって、その手は握られることなく宙を彷徨った。
全員が部屋の入り口へと振り向く。そこには紫色の
「……誰だ。君たちは?」
「『先進状況救助隊』隊長、テレスティーナです。申し訳ありませんが、この子達は我々が預からせていただきます」
「なに?!」
「心配はいりません。我々『先進状況救助隊』には専門の研究機関が併設されています。子供たちは我々の元で覚醒へと導けるでしょう」
「一体何の権限あってそんなことを……!」
「既に統括理事会の許可も得ています。――連れていけ」
テレスティーナの命令とともに、『先進状況救助隊』の
「またお前たちは……私の元から子供たちを奪うのか!?」
「何度も申し上げますが、これは既に決定したことですので、貴女一人が抵抗したところで被験者は全てこちらで保護させていただきます」
「いえ、一人じゃないですよ?」
木山とテレスティーナの会話に割り込んできたのは、佐天。その腕のARMSは既に開放され、鋭い爪を
「ちょ、佐天さん!?」
「キミは……いいのか? ここで私に味方するとなると、学園都市の上層部を敵に回す可能性も……」
「いいんです。さっきの話でどうしても納得できないことがありますし」
「あら、何かしら?」
そう言って佐天はテレスティーナを見据える。その瞳は鋭く、まさしく『敵』を射抜くような眼だった。
「私たちの会話、どこから聞いてたのか知りませんけど……聞いてたなら分かるはずですよ。既に覚醒させるためのプログラムまで出来ているって言うんなら、現状もっとも安全に子供たちを起こせる可能性が高いのは木山先生のはずです。それを無視して貴方方に預ける根拠がないじゃないですか」
「あら、そのプログラムにしても未完成だと聞いたけれど?」
「それでも子供たちの安全を考えたら、ここに収容したままでもいいはずです。研究員がいるって言うんなら、派遣すれば済む話ですし。子供たちをわざわざ研究所なんかに搬送する根拠を教えて下さい」
「うーん、そうねえ……」
そうしてテレスティーナはやや考え込むかのように、片手を顔の前へと翳した。佐天は油断なく、その挙動に注目していた。
「
ごく短い命令。それと共に、周囲の
「な!? ちょ!」
「え?!」
「何!!」
「むぅ……」
四人を捕らえた網は、化学繊維によって作られた強靭なもの。すぐさまARMSや電撃で脱出を試みたが、一度や二度の攻撃ではビクともしない。
「バァアアアアアアアカ! 調子乗ってんじゃねえぞ、ガキどもがよおッ!!」
四人を捕らえた瞬間、テレスティーナの様子が豹変した。余りの様子に全員が声を失う。
「ま、こんな状態でも『
テレスティーナの指示に従い、佐天の身体は
「あ゛、あぁあああああああああああああああああああ!?」
「ッ、痛、ァッ!?」
「どおだあッ? 特製
笑いながらテレスティーナは、
そこに、先に別室を確認していた隊員が戻って来た。
「『木原』隊長、収容準備整いました。いつでも搬送可能です」
「あー? よーし、お前らは奥にいるガキどもを順次搬送。そっちが終わり次第、こっちのガキどもも収容だ。精々貴重~な
「……!! 待て! 『木原』だと!?」
初めて聞いたテレスティーナの苗字に、木山が反応する。その苗字は、かつて。
「そ~よぉ? 私の名前、『テレスティーナ=木原=ライフライン』。お前の恩師の『木原幻生の孫娘』よ~? ぷっ、ぎゃはははははは!」
「…………ッ!」
目の前の女の正体を知り、ようやく木山にもすべてが見えた。子供たちが、自分の大事な生徒たちが、今また『木原』に狙われているのだと。必死になって網から逃れようとするが、テレスティーナはそれをあざ笑うかのように目の前を横切り、佐天の前で止まる。
「…………ぁ……ぐ……」
「チッ。やっぱ聞いてた通りか。『ARMS』は一度でも喰らった攻撃なら、『進化』して対応出来る。次にもう一度取り押さえようにも、今度は電撃も大して効かなくなるらしいしな。――――実験に使えねえんじゃ、いらねえや」
そう言って腰の後ろにマウントされていた銀色のアサルトライフルを取り出す。ARMSのつけ根、右肩の骨に狙いを定めると――
ぱん、と引き金を引いた。
放たれた弾丸は、佐天の右肩で止まり、肉の中に食い込んだ。
「ゥ――グッ?!」
その途端、佐天の苦しみ方が変わる。まるで身体中に流れる異常を、吐き出そうとするように。全身を巡る焔を、掻き毟るように。
「私の研究テーマではないけれど……有史以来、最も人類の生命を奪い取ってきた代物だそうよ?」
「が、あ、あああ!?」
「そう、それは――――」
熱から逃れるように、異常を吐き出すように、佐天の服が引き千切られ、白い獣の姿へと変わっていく。顕れた獣の表情もまた、苦悶に満ちていた。
「――――『毒』よ!!!」
ひび割れた獣の苦悶。部屋に響き渡る咆哮を聞き、テレスティーナは邪悪に口角を吊り上げた。
テレスティーナ女史、フラグ回収の回。もうね、ここまでテンプレなゲスい悪役だといっそ清々しいです。網でとっ捕まえて電流攻め、果ては弾丸ですよ!当初不意打ちで一発撃ちこむだけだったはずが、テレスティーナが勝手に動き、悪役っぷり全開になりました。
さて、テレスティーナは果たして助かるのか!?