とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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一応この回までは、テレスティーナさん有頂天です……



035 水晶―クリスタル―

 

「急いで下さい、木山先生!」

「これが精一杯だ!!」

 

 ハイウェイを超高速で走りながら、交わされる会話。初春飾利と木山春生は、現在テレスティーナに収容された子供たちを追いかけ、移送先の施設へと向かっていた。その後ろをバイクにまたがった固法美偉と、警備員(アンチスキル)の車両に乗った御坂美琴、白井黒子、そして彼女らと同じ常盤台の婚后光子の合計三人が追いかけていた。

 何故ここに、風紀委員(ジャッジメント)である固法はともかく、無関係であるはずの婚后がいるのかというと、彼女が偶然にも春上と同じテレスティーナの息のかかった病院に入院していたことが原因だった。

 

「婚后さん! 確かに、春上さんが移送されるところを見たのよね!?」

「あら、御坂さん、わたくしのこの眼を疑いますの? この、婚后光子! このような事態に、他所様をかつぐような真似は致しませんわ」

「貴女は、いちいち偉そうですわね……」

 

 御坂からの問い掛けに扇子をパンと開く婚后に、白井が辟易したように呟く。退屈していた彼女が院内を散歩していた折、御坂たちがお見舞いに来ていた春上というらしい少女が、カプセルに入れられて駆動鎧(パワードスーツ)を着込んだ者たちに運び出されるところを偶然にも目撃したのだ。その後、直接『先進状況救助隊』とその付属施設に強制捜査に入った警備員(アンチスキル)と御坂らに合流し、今に至っている。

 

「婚后さんの証言の通りなら、春上さんが移送された時間は私たちの到着よりも三十分以上前……学園都市内の監視カメラの映像を見ても、問題の車両は第二十三学区の目的地に着いてしまっています。もしもそこからさらに移送されるようなことになれば、追いかけることは出来なくなります……」

「…………ッ!」

 

 初春の呟きを聞いて、木山もまた焦っていた。これを逃せば、子供たちは、自分の生徒たちは手の届かないところに行ってしまう。それだけは何としても防ぎたかった。そんな風に焦る彼女に、連絡用に通話中にしておいた携帯から、声が入る。

 

『――今は焦ったって、仕方ないじゃん。アンタは子供たちを確実に取り返して、安全に起こすことに全力を尽くすじゃん』

「っ、分かっては、いる……それにしても、意外だな。警備員(アンチスキル)は今回の件で、動いてはくれないと思っていたが」

『まー、その認識で間違ってないじゃんよ。実際、上層部からは圧力がかかっているからな』

 

 かつて、木山が木原幻生の元で行ってしまった『暴走能力の法則解析用誘爆実験』の時、警備員(アンチスキル)は動いてはくれなかった。今回の事件にしても、統括理事会の息がかかっている以上、警備員(アンチスキル)は動かないと思っていた。

 それでも、黄泉川や鉄装ら、一部の者たちは動いてくれた。

 

『……佐天の奴が、テレスティーナに撃たれて危篤状態って聞いたら、な。生徒(こども)に銃弾ブチ込む奴を、庇うような上層部なんて気にする必要ないじゃん』

「そうか……」

 

 彼女らは、個人の心情を優先して動いてくれた。上層部からの叱責も覚悟の上での彼女らの行動に感謝しつつ、木山はより一層アクセルを踏みしめる。

 

 そんな彼女らの前に、ハイウェイの合流から上がって来た『先進状況救助隊』のロゴを刻印した大型の車両が、何台も立ちはだかった。

 

「これは?!」

『恐らく敵の妨害じゃん! 鉄装、警備員(アンチスキル)全員に、フル装備で出撃を連絡! 何としても、木山たちを先に進ませるじゃんよ!』

『は、はいぃ!』

 

 全員が慌ただしく動く中、後方からも同様の大型車両が何台もやって来て道を塞ぎ、荷台からは駆動鎧(パワードスーツ)も出撃してきた。対する警備員(アンチスキル)側は、対能力者用のショック弾や盾など持ち出せるだけの武装しか持ってきていない。

 

「私たちも出るわよ、黒子!」

「はい、お姉様!」

「乗り掛かった舟です。この、婚后光子も力をお貸ししますわ!」

 

 そうして、戦闘が始まった。雷撃や銃弾が飛び交い、空間を飛び越えた金属針(ニードル)が突き刺さり、噴射点を設定された駆動鎧(パワードスーツ)が宙を舞う。数では先進状況救助隊が勝るが、高レベルの能力者を擁する警備員(アンチスキル)側が優勢で、後少しで突破できると言う時に、ソレは起きた。

 

 閃光が奔り、警備員(アンチスキル)の車両が宙高く跳ね飛ばされ、遅れて音が襲ってきた。そのよく見慣れた(・・・・・・)威力・光景に、御坂と白井が絶句した。

 

「な?!」

「今のは、お姉様の!」

 

 空を舞っていた車両が再びハイウェイに落下した辺りで、全員が我を取り戻す。閃光の大元を視線でたどると、そこには他の駆動鎧(パワードスーツ)と比べて、数倍は大きい機体があった。全体が直線的な造形で形作られており、その胴体の中心、人間でいえば首から胸にかけての辺りに、以前御坂たちが見た、けばけばしい紫の駆動鎧(パワードスーツ)が組み込まれていた。

 

「ったく、役にも立たねえカスどもだなぁ? こんなクソガキどもなんざ、とっとと縛り上げて飼育檻(ケージ)にぶち込むだけなのによお!」

 

 紫の駆動鎧(パワードスーツ)から響くのは、今回の首謀者、テレスティーナ=木原=ライフラインの声。全員が視線を鋭くする中、テレスティーナは巨大駆動鎧(パワードスーツ)の上から、その変型して開いた傘の骨のようになった左腕を見せびらかす。

 

「どうだぁ、『超電磁砲(レールガン)』? コイツは書庫(バンク)に載ってるお前のデータを参考にして作成した、テメエの能力の完全コピー。中々の威力で、チビっちまったんじゃねえか? ぎゃはははは!」

 

 もはや隠す必要などないと言わんばかりに、テレスティーナは本性を全開にして悦に入る。その様子に曲がりなりにも面識があった黄泉川らは絶句するが、構わず彼女は続けた。

 

「にしても、お前らには感謝しなきゃいけねえよなぁ……お前らのおかげで、あのクソジジイが残した実験動物(モルモット)どもが手に入った。おまけに、あの春上とか言う、私の長年研究してきたテーマにぴったりな能力者まで見つけてくれたんだからよぉ!」

「春上さんをどうするつもりなんですか!」

 

 春上の名前が出たことで、車の陰で戦闘を避けていた初春が飛び出す。慌てて隣にいた木山が彼女の肩を掴み押し留めた。

 そんな二人を見ながら、優越感に浸るテレスティーナは懐から、一つの物体を取り出した。ガラス容器の中に保管されたソレは、赤い結晶のように見えた。

 

「あのガキの『精神感応(テレパス)』能力を使って、コイツと共振させるのさ――あの幻生(ジジイ)が私から抽出した、『最初の暴走能力者の脳内分泌物質』、通称『ファーストサンプル』とな」

「! それが、『ファーストサンプル』だと!?」

 

 ファーストサンプル。それは木山が作ろうとしていた枝先たちを安全に起こすワクチンプログラムに必要不可欠なもの。どうしても行方の知れなかったそれが目の前に現れ、木山もまた動揺した。

 

「コイツとあのガキの能力を組み合わせることで、あのガキは私の長年の研究テーマそのものとして生まれ変わる。ようやく私の理論が正しいことが立証されるってわけさ」

「……なんなのよ。アンタ、何がしたいってのよ!」

 

 御坂は、目の前の女が許せなかった。訳の分からない実験のために、春上も枝先も連れ去られ、佐天は今も生死の境をさまよっている。この女が、何のためにあんなことをしたのか、どうしても知りたかった。

 それに対し、テレスティーナは終始口元を歪ませながら告げた。

 

「決まってんだろうが。『レベル6』の作成だよ」

 

 その言葉に全員が息を呑む。レベル6。それは学園都市の設立にかかわる永遠のテーマ。研究者にとっては、確かに求めるべき先なのかも知れない。しかし、そうして息を呑んでいた全員が次に信じられない言葉を聞いた。

 

「そう、レベル6。『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの』! あの春上とか言うガキは、今回の実験であのガキどもの頭の中の現実(パーソナルリアリティ)を使って、生まれ変わるのさ! ――まあ、その過程でガキどもが暴走状態のまま覚醒すりゃぁ、この用済みの街も消し飛ぶがな」

 

 その言葉に、警備員(アンチスキル)は即座に行動を決定。ありったけの弾丸をテレスティーナの乗る巨大駆動鎧(パワードスーツ)へと撃ち込む。

 

「全員総攻撃!! 何としてもあのクソッたれな女を止めるじゃんよ!」

 

 そんな黄泉川の言葉に、全員が攻撃の手を強める。ここにいる警備員(アンチスキル)は、黄泉川と同様、子供たちの身を案じて上の命令を無視した者。これから多くの子供が住む街を消し飛ばすと聞いて、許せるわけが無かった。

 

「バァアアカ! テメェらゴミどもが、これから栄光を手にする私の邪魔しようなんて、百万年早えんだよぉ!!」

 

 言葉と共に、テレスティーナは部下どもに総攻撃を命令する。そうして自身もまた左腕の複製品の超電磁砲(レールガン)を、今度は密集する警備員(アンチスキル)のど真ん中に撃ち込んでやろうとした。

 

 

 そんな時、戦場に一片の雪が舞い降りた。

 

 

 ゴォキィイッ!!という豪音と共に、テレスティーナや御坂達全員を囲うように、巨大な氷が壁となって現れた。何の前触れもなく、気温が急激に下がることも無く、突如出現した氷塊に全員が絶句する中、戦場全体に咆哮が轟いた。

 

 

『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――ッ!!!』

 

 

 その姿を見た御坂らは、それ(・・)がなんなのか、一瞬分からなかった。それは、以前に知っていた姿から、余りにも様変わりしていたから。

 

 身体の造形に、ほとんど変化は無い。だがその全身は、半透明の水晶状の結晶体へと変化しており、まるで純粋な氷を削り出したかのような芸術品めいた肢体へと変わっていた。またそれだけでなく、結晶体の内部に神秘的な青い光を湛えており、幻想的な印象を抱かせた。そして何より、空中を突き進んでいく傍から、すれ違った水蒸気が空中で凍り付き、あたかもダイヤモンドダストを身に纏っているようなそんな光景が広がっていた。

 

 だが、わかる。少なくとも初春だけは、真っ先に彼女が誰か分かった。

 

「佐天さん……?」

 

 初春が早くも涙ぐむ中、敵方であるテレスティーナは、ここに来てようやく焦燥を露わにした。

 

「なんで、あのバケモンが……!」

 

 テレスティーナが言葉を失う中、氷水晶(アイスクリスタル)の化身へと変化した神獣(バンダースナッチ)は、彼女と対峙するように、御坂達の目の前に背を向けて降り立った。

 

 

「たっだいまー、みんな! 佐天涙子、完全復活して戻りました!!」

 

 

 生死の境から戦場へと舞い戻った佐天。その以前と変わらぬ明るい声に、初春達は歓声を上げるのだった。

 




佐天、完全復活!覚醒した新能力の片鱗が、少しだけ見えてます。

バンダースナッチの同調(シンクロ)モードは、ジャバウォックとの対比にしてみました。向こうが溶岩だったので、イメージ的には氷の純結晶(岩くらいの大きさの奴もあるそうです)を考えました。内部の青い光は、アリスのイメージです。

さて、今回佐天さんも表に出てきてるせいで、いきなり襲い掛かるのではなく、先に逃げ場を塞がれたテレスティーナさん……次回は金網電流デスマッチならぬ氷壁凍結デスマッチが始まります(笑)

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