とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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事情があって少し遅れました!



048 鏡像―ミラー―

 ――最初は、ただメンドくさいって、印象だったのよねぇ。

 

 幼少期、才人工房(クローンドリー)で能力開発に勤しんだ食蜂は、ある日、同じ施設にいる少女に引き合わされた。その子の名前は、ドリー。研究員たちは先天的な症例を抱えていて、特殊な器具を身体に取り付けないと生きられないとか言っていた。その時の食蜂は、その子に別段興味も抱かなかったために、その話を素直に信じていた。

 

 食蜂が彼女と話すとき、触れ合う時、食蜂はドリーの友達を演じていた。『みーちゃん』と言う名前のドリーの友人は、ずっと前にドリーの身体の器具を見て、会いに来なくなったと訊いた。その話も研究員の話を鵜呑みにしたのだから、やがて真実を知った食蜂は当時の自分を殴り飛ばしてやりたい気分だった。

 

 研究員の話を信じ、『みーちゃん』を装いドリーを騙す日々。そんな毎日だと言うのに、何時しか食蜂は、余りに無邪気で裏表のないドリーに本当の意味で心を許せるようになっていった。

 

 そんな毎日が終わってしまったのは、突然のこと。いつものようにドリーの個室に遊びに行った日の事。話をしながらゴミ箱にゴミを投げ込んで遊んでいたら、突然ドリーが倒れてしまった。苦し気に歪められたドリーの顔、身体中に掻いた冷たい汗――――そして、患者衣の襟口から垣間見えた金属器具と、その周りに浮かぶ幾何学紋様。

 

 必死に呼びかけ、周囲に助けを呼ぶ。彼女の半生で、あの時程慌て取り乱した時は無かった。そんな彼女に対し、ドリーはなだめるように優しく微笑んで、耳元にそっと囁いた。

 

「――――ね、ほんとの名前、おしえて?」

 

 自分の偽装が気付かれていたことに驚愕するが、ドリーが変わらず浮かべる優しい笑みに、胸を締め付けられた。そうして食蜂は、わずかな間でも共に時間を過ごした大切な『ともだち』にその名前を告げた。

 

「……食蜂――――食蜂、操祈(みさき)よぉ…………」

 

 告げられた名前を受け取り、ドリーは一度、は、と短く息を漏らし、そして、笑った。

 

「そっか…………じゃあね、みさきちゃん」

 

 …………ドリーとは、二度と会うことは無かった。

 その後、ドリーが収容先で亡くなったと聞かされた。食蜂は研究員がこれまで語ってきた内容、研究自体の目的、その全てに疑問を抱き、予め用意しておいた『仕込み』を使い、研究員全員を洗脳下においた。自身の能力を悪用されない環境は作ることが出来たが、それでもかつて出来たような大切な『ともだち』は、もう二度と出来ることは無かった。…………ドリーは、自分の小賢しい能力など打ち破ってくれた、最初で最後の本当の『ともだち』だったから。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 紫電が、舞う。

 リミッターを外されたことによるARMSの強制解放。たちまちドリーの妹の小さな身体は、増大するARMSの金属質の肌に覆われていく。全てが渦を巻くように広がり、またその表面から電撃が迸っていた。

 

 全ての変化が終わった後、目の前にある物体に、その場にいる全員が息を呑んだ。

 

「銀白色の……液体金属?」

 

 彼女が変貌したのは、水銀のような流体を保つ金属。その表面に細かな幾何学模様が浮かんでいるが、それ以外はどこか見覚えがあった。つい数時間前、襲われたとある能力に、余りにもそっくりだったから。その能力者が、警策がふらりとドリーの妹だった液体金属に語り掛けた。

 

「…………ドリー?」

 

 次の瞬間、その声に反応したかのように液体の表面がぷくぷくと泡立った。そうして弾けた泡沫から湧きたつように、全く別の形状へと変化していく。

 

 現れたのは、巨大な銀色のイルカ。表面に電撃を帯電させたそれが、もっとも近かった警策に襲い掛かる。

 

「あぶなっ!」

 

 無防備だった警策を、横から佐天が掻っ攫う。寸でのところで躱されたイルカは地面に衝突した瞬間、まるで海中に沈んだように形を崩し、再び銀白色の水溜りへと変化した。

 

「どうなってんだ?!」

「分かるわけないでしょ! なんで私のクローンのはずの彼女がARMSなんて使えるのよ!!」

 

 突然の状況の変化に動揺する上条や御坂が叫ぶが、この場にいる者たちには答えなど出せない。その答えの持ち合わせがあるのは、これ(・・)を仕込んだ人間だけだった。

 

『ふーむ、ふむふむ。やはりドリー君の『記憶』と『意識』に引っ張られたか。いやー、非常に興味深い結果だねぇ』

 

 場違いなほど呑気に響いた幻生の声に、全員の敵意が向かう。とは言え、先程まではこちらの声も聞こえていたようなので、全員が現状把握のために声を荒げた。

 

「アンタ、あの子に一体何したのよ!?」

『最初の待機状態は不定形の液体、そこからイルカ、クマノミ、クリオネ……おお、今度は蝶か? 通常時の素体形成と形状変化は、すべて彼女が体験した『記憶』から行われていると考えるべきか……』

「ちゃんと答えて頂けます?! お姉様の妹様に一体なにをしたんですの!!」

『んん? おお、すまんすまん。どうも研究に没頭すると、意識が近視眼的になってしまってのー』

 

 全員がそんな幻生の声に苛立ちを募らせるが、そんな場合でもない。会話の途中でも銀白色の液体金属は絶えず形を変えて襲い掛かってきているのだから。

 

『君らも大体は分かっておるのではないかね? その子は超能力者(レベル5)第三位御坂美琴の体細胞クローンであり、同時にARMSの移植者でもある。そうなるように『ARMS適正因子』を組み込んであるからね』

「アンタ……!」

『で、そうした理由なんだが……以前キース・グレイ君から、ARMS移植によって本人の持つ能力や資質を引き上げられると聞いていたもんでな。御坂君の劣化コピーに過ぎない彼女の商品価値を高めるために、彼から提供された新型のARMSを移植した』

 

 兵器利用か、実験台か。どちらにせよろくでもない理由で為された実験の結果が、今目の前にある現状という訳だ。

 

「だったら! だったら、なんでこの形に……!」

 

 そこで叫びを上げたのは、警策。その声は悲痛な色を湛えていた。それはそうだろう。イルカも、クリオネも、蝶も、彼女には覚えがあったのだから。全部、子供の頃に自分が能力で遊ぶ時、好んで作り出していた対象だった。

 ドリーの前で、作って見せていた対象だった。

 

『ふーむ、この形状になった理由……キース君に聞いた話だと、今回は素体形成に余計な手を加えずに様子を見たいと言っておったし、新型のARMSは中の人間(・・・・)の影響が多分に現れると言う話が一番の原因かな』

『…………待ちなさい。あなた達、まさか……』

『おお、君がバンダースナッチ君か? 流石に気付いたかね?』

 

 そこで、一息。

 

 

『彼女のARMSのコアに、ドリー君本人の人格と記憶を焼き付けただけだよ』

 

 

 幻生がなにを言っているのか、その場の人間はすぐには理解できなかった。理解できたのは、かつてのエグリゴリをよく知るバンダースナッチとユーゴー、そして10年前に起こった戦いの顛末を二人から詳細に聞かされていた佐天だけ。

 

『本来、量産化を考えたARMSには人工的に調整したAIが仕込まれるそうだが、その子のARMSはまったく逆の発想で生み出されたものでな……。簡単に言えばあらかじめドリー君に中身が空っぽのARMSを移植しておいて、彼女の臨終の際にその人格も記憶もコアへと呑み込むように出来ておったとか。だがそうなると今度は、コアと移植者の間で意思の齟齬が生まれてくる。ソレを極力減らすために、ネットワークで記憶を共有しておった妹に移植する運びとなったのだよ』

 

 オリジナルと呼ばれた四体のARMS。それらにはアリスの欠片とも言うべき意志が宿っており、そのために制御も困難な代物だった。それを克服するため、後に続くアドバンストやモデュレイテッドと呼ばれる種類は、戦闘用に調整したAIが組み込んであった。

 

 しかし最後期に発生したモデュレイテッドARMSは、通常の状態ならば高い再生力と戦闘能力を誇るものの、一度完全体に至ってしまえば二度と戻れぬ欠陥品。ただ大規模破壊に使う兵器としてならば問題にもならないだろうが、人間社会で使うには余りに使い勝手の悪い代物となってしまった。その上、性能面で比べても百体近くいてオリジナル一体に勝てない劣化品。性能面から言ってもアドバンストの方がまだ優れているという有様だった。

 

 キース・グレイは、恐らくモデュレイテッドの余りの性能の悪さに、逆転の発想に至ったのだ。すなわちAIではなく人格を、人間(ヒト)の『意志』をARMSに組み込もうと。その上でARMSと移植者が同調しやすいように、ドリー姉妹を実験台に選んだのだ。記憶も経験も共有する双子。恐らくこれ以上の実験台は、いなかったに違いない。

 

 ドリー姉妹の現状は分かった。だが、まだ目の前の暴走を止める手段が分からない。歯噛みしつつ攻撃を避け、幻生との会話を引き延ばす。

 

『これが新型のARMSという事は分かったわ! でもそれならなんで私たちに襲ってくるの! 完全体に覚醒したところで、中身がドリーなら襲う理由なんてないでしょう!?』

『あー、バンダースナッチ君、それは通常の状態ならばと言うのが前提だね。彼女は今現在、コアに強制的に叩き込まれたプログラムで、ワシの管理下にある』

「プログラム……? って、なんのですか」

『『幻想御手(レベルアッパー)』。君らもよく知っているんじゃないのかね?』

 

 ようやく合点がいった。つまり目の前の暴走ARMSを実質操っているのは、木原幻生本人。ならば彼を探し出すのが現状の打開につながるという事だ。

 

「御坂さん、どう分担します?!」

「このARMSのパワーに対応できるのは佐天さんだけでしょ! 後は同じ能力持ちの警策さんね! 私は、向こう!」

「私もここに残るわぁ。どこにいるかも分からないジジイを探してられないしぃ」

「向こうは以前の木山先生と同じ多才能力(マルチスキル)の可能性がありますわ! もっともお姉様と私の黄金コンビならば負けるはずもありません!」

「能力相手だっつうんなら、俺も向こうだな。移動は走りになるけど、こんな状況だし急いで見つけねえと」

 

 簡単にチームを分け、互いに頷く。佐天が飛ばした液体窒素の斬撃に、御坂が電撃を当て、部屋の中心を冷気の煙で覆う。監視カメラからも見えなくなった一瞬で、上条・御坂・白井の三者が部屋から飛び出す。

 

「それじゃあ、向こうが見つけるまで粘りますか……」

「……まあ、その子の中にドリーがいるっていうんなら、仕方ないか」

「…………本当にねぇ」

 

 佐天・警策・食蜂。それぞれがそれぞれの想いを秘め、目の前のARMSへと立ちはだかった。

 




今回は幻生の長話……否、新型ARMSの説明回でした。

新型ARMSは、モデュレイテッドへの反省点から作られたARMSという設定です。後々出てきますがちゃんと種類名も設定しました。一度なったら解除も出来ないなんて、兵器としても欠陥品ですしね……。しかも弱いし。

トゥイードルダム・トゥイードルディの基本形状は、そのまんま警策の『液化人影(リキッドシャドウ)』。但し形状変化出来るのは、かつてドリーに見せていたイルカとかの形だけです。ドリーの電撃使いの能力は、レベルこそ上がっていますが、帯電することにしか使われません。ARMSの能力アップを活用するキャラは、また今度。

それと次回ですが、来週所用により、投稿できなくなりました。そのため、次回投稿は再来週予定です。

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