紫電が舞い、銀光が走る。帯電させた電撃を身に纏った銀白色の金属は、ありとあらゆる形をとって襲い掛かった。水溜りからイルカが跳ね、宙を蝶が舞い、足元をクマノミが走り抜ける。そのすべてが常人を昏倒させるか命すら危ぶむ電撃を孕んでいるのだ。彼女をこの場に抑える役割を持った者たちは、完全に防戦一方だった。
「あー、もう! ちょっと容赦なさすぎじゃない!? 流石に避けるのが疲れてきたー!!」
「ホラ、余計なこと言ってないで、避けなさいよ! 次、来るわよ!」
主にトゥイードルダム・トゥイードルディの攻撃に晒されているのは、右腕にARMSを展開した佐天と警策。『
「ハァ――――…………ハァ――――…………」
戦闘が始まって三分と保たずに体力が切れ、壁際にもたれて死にかけていた。
「いくらなんでも体力なさすぎよ?! アナタ何のために残ったのよ!?」
「ま、まあまあ、警策さん。食蜂さんもあの有名なレベル5の一人ですし、私たちには考えもつかないような考えとか狙いがあるんですよ…………きっと」
「ハァ――――…………余計、な…………ハァ――――…………フォロー、はぁ……嫌、いよぉ…………」
そんなことを言い合う間にも、攻撃は苛烈さを増す。それでも彼らには反撃することは出来ない。目の前にいるのは、ドリーの妹なのだ。その想いが、戦いたくないと言う意識が、攻撃の手を鈍らせていた。
その上、佐天はそれだけではない。
(まさか、私の爪で攻撃したら、治らない可能性がある、なんてね……)
先日現れたユーゴー・ギルバートとバンダースナッチの思念体。彼女らと御坂達を引き合わせて仲を取り持った後、自宅に帰った佐天は二人に気になっていた事柄を聞いていた。
自身に移植されたARMSのことと、十年前に起こったという四人のオリジナル移植者、つまりは『先輩』たちの事を。
その質問を向けられた二人は、佐天の意識をバンダースナッチに記録されたかつての景色へと誘った。バンダースナッチによって作り出された擬似的なアリスの世界、『不思議の国』の中で佐天は四人の少年の記憶を追体験した。
『
そうして得た情報の中で、佐天が恐れたのは、かつて魔獣がその爪に宿していた『ARMS殺し』のこと。バンダースナッチと表裏のように存在する魔獣に宿っていたその力は、ARMSですら殺傷しうるものだった。自分の爪にもそんな恐ろしい力が宿っていたらと思うと、怖くて爪で攻撃することが出来なかったのだ。
「(使えるのは、外殻を使った防御と、拳での打撃技のみ、か……)……ホント、縛りプレイにも、程がある、よねッ!!」
振り回した右腕で、向かってきた巨大なシャチを弾き飛ばす。壁に衝突した流体金属はそのまま形を崩して壁に貼り付き、床に滴ってそこからまた機敏に蠢いていた。
「…………いやー、こりゃ打つ手なしですねー」
「ホントね。食蜂があの状態じゃ『
『
◇ ◇ ◇
一方そのころ、佐天たちが戦う実験室の遥か上層では。
「う~~~~ん、素晴らしい!! 計測機器に問題が無ければ、あの実験体は常にレベル4前後の電撃を纏っている! 移植前は他の個体に比べても能力が余りに弱く、レベル1が精々だったと言うのに! ひょひょひょひょひょ! これはもう、キース君に頼んで更なる追加発注を…………!」
一人の科学者が狂喜乱舞していた。彼がいるのは、地下実験室で行われる様々な実験を観測できる『観測室』。全ての元凶である木原幻生は逃げるでもなく、身を隠すでもなく、この一室で送られてくるデータに喜び奇声を上げ続けていた。
木原幻生の戦闘能力は、それほど高くはない。むしろ低いほうだし、この場合敵に見つかれば生死はともかく実験自体中断されるのだから、本来身を隠すのが常識だ。だと言うのに、彼が未だにここにいるのは、単に実験室から送られてくる未知のデータに、彼の科学者としての『好奇心』が抗えなかったと言うだけだった。観測される未知に、未踏の領域に、彼はよだれを垂れ流しながら一つも逃すまいとのめり込んでいた。
……そのため、部屋のすぐ近くに迫っていた二人の少女には、終ぞ気付いていなかった。
「……どうですの、お姉様」
「……確かに、あの部屋に地下の実験室の各種データが送られてる。しかも現在進行形で、観測機器を操作するフィードバックがある。あの部屋に誰かいるのは、間違いないわ」
白井にそう答えて、御坂は廊下の隅に設置されていたLANのコネクタからケーブルを引き抜いた。二人がここにたどり着いたのは、先程部屋を出る前に聞こえてきた木原幻生の声が、彼女らの様子を正確につかんでいるように感じたため、あの部屋を監視できる部屋を施設の設計図から探し出したのだ。そうしたところ、今廊下の先にある観測室が、最もその条件に適していたので急行することになった。ちなみに御坂はここまで白井のテレポートで飛んできたが、上条は徒歩なので少し遅れていた。
「……それじゃ、行くわよ!」
「はいですの、お姉様!」
互いに油断なく頷きあい、部屋へと迫る。
――二人の身体が、地面へと倒れ込んだ。
「「……………………ッ?!!」」
慌てて起き上がろうとするが、手足に力が入らない。身体が起こせない。頭が回らない。景色が歪み、猛烈なめまいがした。朦朧とする意識の中、突然原因に気付く。
(……息ッ………………『呼吸』、がッ…………!?)
肺まで空気を吸い込んだと言うのに、一向に気分が戻らない。むしろ悪化していく景色の歪みに、『空気』こそが原因だと気付いた。リノリウムの床を爪で引っ掻き、何とか体勢を変えようとしていたところ、唐突に部屋の扉が開いた。
「んー、君らはどうも能力ありきで考えるせいか、策謀とか駆け引きとかには疎いところがあるねー。この部屋の入り口と周辺の廊下は、『
シュコー、と特徴的な呼吸音を立てて酸素マスクごしに会話する幻生を、御坂達は親の仇のように睨みつけた。酸素とは、本来生物にも有害な猛毒である。純度100%の酸素を吸ってしまえば、どんな生物であろうと身体を形作る細胞がやられて死に絶える。この廊下は、そんな有毒ガスが充満していたのだ。
(ぐ、こ、の……!)
(お、お姉、様……)
激しい頭痛とめまいに、複雑な演算を必要とするテレポートなどは不可能だし、その上、電撃を飛ばせば激しく燃焼する恐れもある。完全な八方ふさがりだった。
そして、二人の後ろで重いものが倒れるような大きな音が聞こえてきた。朦朧とする視界をなんとか後ろへと巡らせると、右手を前に突き出したまま廊下に倒れ込むツンツン頭の少年の姿があった。
(なん、で…………)
「お、『
そう気軽に話す幻生は、やがてコツコツと硬質な足音を立てて近づいてくる。何をする気なのか。このまま逃げるつもりなのか。立ち上がりたいのに、三人の身体は棒になったように動かない。
やがて、御坂のすぐ隣にたどり着いた幻生がしゃがみ込み、彼女へと手を伸ばし――。
横合いから割り込んだ、『衝撃波』に吹き飛ばされた。
「ひょーーーーーーっ!!?」
間抜けな叫び声を上げて吹き飛んでいく幻生を視界に収めながら、全員がそれを成した人物を注視する。
「『レプリカントARMS』の順調な実験、ご苦労様です。木原博士」
ARMS計画の主導者、キース・グレイがそこにいた。
キース・グレイ登場回、終了です!そして、前回格好良く残ったのに、壁際で死んでるしいたけェ……。
今回は途中まで幻生の作戦勝ち。電撃もテレポートも封じてしまえばただの女子中学生ですからね。上条にしても間接的に発生した現象までは消し飛ばせませんし。
今回幻生の口調をより原作に近くしてあります。以前までのジジイ口調に違和感ありましたので、以前の分にも修正入れておきます。