とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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それでは、いよいよ始まります……!



052 幻像―ドッペルゲンガー―

 

 本日の天気、快晴。体調、極めて良好。されどコンクリートを炙る熱気により、極めて不快。メチャクチャ、不快。

 

「……………………あっっづ~~~~……」

 

 燦々と降り注ぐ日光と、コンクリートの輻射熱で、佐天は溶けかけていた。どこか適当な喫茶店にでも入って、ノドごし爽やかなコーラかもしくはメロンフロート、さらに言えばかき氷でも食べたい気分だった。

 

 先日の騒動から数日、本日の日付は8月15日。佐天は、先日の騒動で得た情報の場所へと向かうべく街を歩いていた。

 

 あれから、各種精密検査のためにカエル顔の先生の病院に収容されたドリーの妹は、身柄の安全が正式に決まるまであの病院で引き取ることとなった。もちろん自身の元で彼女を保護したい食蜂などは反対もしたが、彼女自身統括理事会などの上層部に影響力のあるコネクションを確保しているわけではなく、その辺りもカエル顔の先生が行ってくれることとなった。そのため、反対した食蜂自身はしばらくの間あの病院に頻繁に出入りし、彼女の安全を守ることとなった。

 

 同じく彼女の身柄を心配していた警策については、さらに複雑なことになっていた。何せ彼女、先日の事件よりも以前に学園都市に向けてテロを仕掛けようとした罪で逮捕され、オマケに書類上は収容先の少年院で『病死』している。元犯罪者兼死者という状況で、現在は存在しない人間ということだ。その能力や資質を見込んで幻生にスカウトされた訳だが、その幻生も敗北後捕縛され、今は食蜂保有の施設の中である。

 

 そのため、警策についてもカエル顔の先生が身元引受人になって、病院預かりの『保護観察処分』に出来ないか掛け合うとのことだった。白井が元犯罪者という事でごねるかとも思われたが、「残念ながら、死人を捕まえる規則の類はありませんの」と言って目を瞑ってくれた。

 

 そうそう、ドリー妹の正式な名前も先日ようやく決まった。当初、御坂美琴の妹であることから、その名前のもじりがたくさん出されたが、それら全てに食蜂が強硬に反対。何でも「ドリーの妹にぃ、御坂さんに似た名前付けるなんてお断りよぉ」だそうだ。

 

 ではどうするかとなった訳だが、意外なことに、採用案を出したのは当の本人だった。自分はドリーの妹だから、それにちなんだ名前が良いというリクエストが出された。そこで、『ドリー(Dolly)』の妹だから、アルファベット順でDの次のEを付けて、『エリー(Elly)』というのが彼女の名前となった。ちなみに、苗字はまだ決まっていない。『御坂エリー』、『食蜂エリー』、『警策エリー』の三つが出そろった辺りで、病室だけではなく建物そのものが空前絶後の能力バトルで崩壊仕掛けた為、保留と相成った。『エリー』の退院後、病院から遠く離れたどっかの学区で続き(・・)が行われることになっている。

 

 そんなわけで先日の騒動については、一部保留もあるものの一応の決着を見たわけだが、新たに持ち上がったのは、キース・グレイが騒動の間に示唆した『御坂美琴のクローン計画が未だに存在し、製造(・・)され続けている可能性』である。

 

(何よりも決定的な『証拠』、か……)

 

 何はともあれ、確認しないことには動きようもない。そのため今回、キース・グレイの真意を確かめるべく動くのは、佐天の他に御坂、上条の三人である。本当は白井も来たがったが、風紀委員(ジャッジメント)177支部の方で外せない用事が入っており、指定された日時に赴くのが難しかったのだ。そのため、何かあれば初春経由で連絡を入れ、応援に駆け付ける流れとなっていた。

 

 ところで、確認のために指定場所に行くことになっている佐天たちであるが、どうして佐天だけ一人で現場に向かっているかと言うと――――――――単純に、佐天の老婆心のせいだった。

 

「むふふふふ……それに、し・て・も~♪ 向こうは色っぽい展開になってたりするのかな~」

『(……少しばかり悪趣味じゃない?)』

『(あ、あはははは…………)』

 

 本当は午前中に近くのファミレスに集合して、三人全員で向かうことになっていたのだが、当日になって佐天だけすっぽかした。当然理由は、上条と御坂を二人っきりにするためである。ついでに今日の様子を詳しく聞いて、食蜂にも面白おかしく伝えるつもりであった。上条争奪戦の傍観者だから出来るおせっかいだが、被害を被るであろう上条の事を思うと、バンダースナッチもユーゴーも、苦笑いしか出てこなかった。

 

「いやいや、これも友人を心配する純粋な親切心だって。あ、二人とも? 合流した時にお互いが気恥ずかしそうにしてても、下手に突っついちゃ駄目だよ? 男女間はデリケートだし、まずは私が言葉巧みに聞き出すから☆」

『(……最悪ね)』

『(……頑張ってください、上条さん、御坂さん……)』

 

 そんな風に脳内会議を展開していると、件の男女の声が通りの反対側から大きく響いて来た。

 

「――だぁああああっ!? また出なかったー!!」

「おい、もうやめとけよ。出ないもんは出ないって」

「…………ん?」

 

 やたらと大きな声で――しかも一向に佐天が望んだような色っぽい展開になどなっていないと分かる声で、二人の居場所を察した佐天は、道路を挟んだ反対側に目を凝らしてみた。些か売れなさそうな小売店の目の前に、昔懐かしいガチャガチャの筐体が置いてあった。その筐体の前で、小さな子供たちに混じって一心不乱にガチャガチャを回し続ける某名門お嬢様中学の二年生と、それを諌めようとする少しばかり情けない高校生の姿が。

 

「……………………なにやってんですか」

 

 二人の視認から、状況の把握までしばらくかかった。ついでに状況を把握してから、向こう側に近づこうとする足にやたらと重い倦怠感も伴ったが、とにもかくにも事態の収拾のため、道路を横断して二人に近づく。その辺りで先にこちらを視認した上条に、期待されるような視線を向けられたが、おかげで肩まで重くなった。

 

 はぁ、と一度嘆息して、意を決して声をかけようとすると、先んじて御坂の声が辺りに響いた。

 

「当たったぁぁぁあああああああぁぁぁぁ!!」

 

 御坂が天に掲げたのは、緑色の缶バッジ。翼が生えたカエルのデフォルメキャラ――御坂御用達の『ゲコ太』によく似たキャラが描かれた缶バッジだった。

 

「やった、やったぁぁぁぁ……………………あ」

 

 感涙に咽び泣いていた彼女がふと顔を上げると、そこには待ち合わせをしていた友人の姿。途端に御坂の顔が、鮮やかな朱に染まる。

 

「ち、ちがっ、違うのよ?! これは、そう! これは、子供たちに出してあげてただけで!!」

 

 その後御坂は終始慌てふためいていたが、たくさん出してしまった缶バッジを周りの子供たちに分け与えてその場はお開きとなった。もちろんカエルの缶バッジだけは、御坂のポケットの中である。

 

「全くいい大人が、あんなムキになってどうすんだよ」

「だから違うって言ってんでしょ!? ホラ! いいから向かうわよ!!」

「はは、そうですね。向かいましょう御坂さん」

 

 未だに真っ赤な御坂をなだめつつ、指定された場所へと向かう。時間としては、もうそろそろ。場所はこの先の何の変哲もない道路の真ん中だ。

 

「それにしても……こんな普通の道路で?」

「まあ指定されたのは確かにそこだ。けど、証拠っていったい何なんだろうな」

「馬鹿ねぇ、アンタ。グレイ(アイツ)は証拠に『会わせる』って言ったのよ。だから、もしかしたら――――――――」

 

 そこで、不意に御坂の言葉が途切れた。不審に思って佐天と上条が彼女へと振り返ると、彼女は驚愕の表情で固まっていた。そのまま視線を真っ直ぐに前方へと向け、突然走り出した。

 

「え!? 御坂さん!」

「おい、どうした!?」

 

 驚いて二人もまた御坂を追いかける。狭い路地を一本抜け、夕暮れ時、太陽の中に立ち尽くす御坂の背中に追いついた。その肩に手をかけ、話しかけようとした時、前方にいるそれ(・・)に気付いた。

 

 夕暮れの傾いた太陽の中、街路樹の横にその少女は立っていた。その少女は、仕立ての良いサマーカーディガンと、茶色のミニスカートを組み合わせた制服を身に纏っていた。その少女は、およそ少女に似つかわしくない機能的でごついフォルムのゴーグルを付けていた。その少女は、普段彼らが目にしている少女と同じ顔で、しかし一度も見たことが無い機械的で静謐な表情を浮かべていた。

 

 

 その少女は、御坂美琴とまるで同じ顔かたちをしているのだった。

 

 

 時刻は、薄暮。『逢魔が時』。古来より『魔が差す』と伝わる時刻に、学園都市の闇の結実は、こうして佐天たちの前に姿を現したのだ。

 




というわけで、ミサカ9982号登場です!インデックスに次ぐ食いしん坊キャラでいい味なんですよね、彼女……

ドリー妹の名前は『エリー』に決定。苗字は誰か譲らない限り、決定することがありません。一応後日譚としては、約束してた『海』に三人で行って、上条と合流。『御使堕し(エンゼルフォール)』に巻き込まれると言うところまでは考えました。けど……上条視点だと、多分美人どころの三人が、とんでもない人たちと入れ替わるんだろうな……肌色の多い眼福な光景が、誰得なガチムチ映像とかになったりするんだろうな……!

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