とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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佐天がいることで、原作イベントに既に差異が……!



053 命名―ネーミング―

 

 その場に集う誰一人、声が出なかった。目の前にいる少女は、確かに御坂美琴のクローンの一人なのだろう。その容姿、その体格、どこを取っても同一人物と見紛うほどだったのだ。

 

 沈黙を破り、重苦しい空気を払拭すべく、ごくりと喉を鳴らした上条が口を開いた。

 

「……間違いないな。コイツもビリビリのクローンか。なんか本人より美人な感じもするけど」

「待ちなさい。アンタ、待ちなさいよ、コラ? どこをどう見たら、私よりこのコの方が美人とか見える訳? どっからどう見ても同じ容姿でしょうが。違いなんかないでしょうが。それともアンタには妹キャラが問答無用で姉より美人に見える補正でもかかってるのか、オラ?」

「ちょ、待て、御坂! ビリビリいってる、ビリビリいってる! いや、そういう意味じゃなくて、なんか見た感じ本人と違って清楚な感じがして、がさつな印象がないなぁ、とかぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁぁぁ?!」

 

 真横で繰り広げられる御坂(トム)上条(ジェリー)のいつもの電撃追いかけっこを無視して、佐天は目の前の少女を注視する。確かに見た目は横にいる御坂とうり二つだ。しかし、それ以上に、エリーよりも完成されたクローンなのであろうと、佐天に確信させる要素があった。

 

(確かに、この娘から、御坂さんと同じ電気の感じがするんだよね……)

 

 そう、彼女は御坂と同じ『電撃使い(エレクトロマスター)』の能力を秘めている。それも御坂が普段無意識に発している『電波』と極めて近いものを纏って。エリーもその能力は持ってはいたが、目の前の彼女はより御坂のソレに近づいた印象があるのだ。

 

 ふと、彼女がその小さな口を開いた。思わずその場にいた三人が身構える。エリーと違って正面からの遭遇だし、この後どう接すればいいのか、全員が全員こんな経験値など積んではいない。だからこそ、彼女の言葉に思わず身構えてしまったのだが――。

 

 

「ミャ――――――」

 

 

 第一声は、日本語ですらなかった。

 

 全員彼女の言動に面食らいながらも接触を試みる。詳しく聞けば、子猫が木に登ったまま降りられなくなったとのこと。とにかく降ろすために助力を、と言われたのだが。

 

「って、今、そういう状況じゃないでしょうが! アンタ、ホラ、アレでしょ。私のクローンなんでしょ!?」

「――お姉様は、あの生物が地面に叩きつけられても構わないと? その結果生命活動に甚大な傷害が発生しても構わないと仰るのですね」

(うわあ……)

 

 上条の言う通り、妹に突っかかるがさつな姉と、清楚で落ち着きのある妹の図が出来上がっていた。その辺りには深く触れないことにして、いよいよ枝からずり落ち始めた子猫救出のために動くことになった。街路樹にもそれなりの高さがあるので、最初は誰かが台になって手を伸ばすことも考えたが、ここにいるのは一名を除いて年頃の中学女子。そうそうスカートの中が見えることはしたくない。そのため、結論は一つだった。

 

「……まさか、この年齢になって、木登りとは」

「うっさいわね、そんなことより早く登んなさいよ」

「ファイトです、上条さん」

「ミャーと鳴く生物、先程よりさらに5mm程傾きました。このままでは地面に叩きつけられるまで間が無いものと思われます」

 

 唯一の男子だった上条が街路樹によじ登り、枝から子猫を確保。その後地面に降りることにした。

 

「っ、よっ、と……ん、届かねえな……っと、お――――……」

 

 しかし、彼女らは間違えていた。今木に登っているのは、自他ともに認める不幸な少年で。

 

「ん――――と――――――――おわっ?!」

 

 そのくせ、女性関係の運勢だけは、振り切れていそうな少年だった。

 子猫を支えていた細い枝は、新たに体重をかけた上条を支え切ることは無く、中途でポキリと折れた。とっさに伸ばしていた右手で子猫の小さな体躯を抱え、地面に叩きつけられることが無いように身体の上になるように抱え込む。

 

 ……結果として、真下にいた御坂との激突は避け得ない状態となった。

 

「ぐぁッ! むぐっ!?」

「――――!? ――――――!!」

「お姉様と男性の血圧・体温上昇。果たして生物は大丈夫なのでしょうか。とミサカは問いかけます」

「うわぁぁぁ…………」

 

 佐天はその状態を見て、思わず目を覆った。枝が折れてしまったことで、激突までは、まあ予想が出来た。しかし、目の前の状況は、どうすればこうなるのか、一切予想が出来ないことだった。二人で激突する際に、片方が暴れたのか両方かは知らないが、とにかく手足がもつれた状態となっていた。しかもどんな落ち方をしたのか、上条の顔は御坂のスカートの中にあって、猫を抱えていない左手は、しっかり御坂のささやかな胸部を鷲掴みにしている。御坂の太腿は上条の顔を挟んで逃がさないようにしているようにも見えるし、上条はアゴを使って巧みに御坂がスカート内に履いていた短パンをずり下げているようにも見えるし、もうどうなってこうなったのか、てんで分からない。

 

 とりあえず、今は。さっと上条の手から黒い毛色の子猫を奪い去り、クローンの子と一緒に一気に距離を取る。

 

「――――――――――――!!!」

「あんぎゃぁぁああああぁぁ!!?」

 

 極大の雷撃から逃げるのが、何より最優先だった。

 

「ハァ――――ハァ――――、それでアンタは、私のクローンってことでいいのよね?」

「(ガフガフガジガジ)はい、その通りです、お姉様」

「………………アイス、食べ終わってからでいいわよ」

 

 足元で右手以外黒焦げのカタマリと化した男子高校生を無視しつつ、御坂が尋ねる。その間中彼女は、佐天が奢ったアイスに懸命に齧り付いていた。とりあえずコーンはともかく、アイス本体は齧るのではなく舐めるものだと教えるべきだろうか?あっという間に食べ終わり、今はアイスに含まれるミルクがどうの、コーンがどうのと論評をぶち上げる彼女を見ると、次第に佐天も御坂も毒気が抜かれていった。

 

 その内、なおも追及する御坂に対して、長ったらしいアルファベットと数字を認証コードとして聞いてきたが、佐天にはとても覚えきれなかった。なので、先程から気になっていたことを聞いてみる。

 

「そーいえば、さ。御坂さんの妹さんの名前はなんていうの?」

「私の認識名称、という意味でしょうかとミサカは聞き返します。このミサカの認証は個体番号(ナンバー)で行われており、ミサカの番号は9982号ですとミサカは返答します」

「!!」

「…………」

 

 9982号。それはつまり彼女と同じクローンが少なくとも9000人以上いるということだ。もう彼女こそがキース・グレイの告げた確たる証拠で間違いなかった。だけどその内心の動揺を、目の前の彼女には悟られたくない。そのため表情を見るからに歪めている御坂を横目に、全く別のことを口にした。

 

「んー、でも番号そのままっていうのは、なんかなー。よし! ここはひとつ、私が付けてあげるよ!!」

「…………え。いえ、ミサカには必要ありませんとミサカは――」

「遠慮しないの!! ん~~、そうだな~~、御坂さんの妹だから……」

 

 少しばかり大仰に悩み、ぽんと手を打って彼女に名前を贈った。

 

 

「よーし! 君の名前は、今日から『ミコ』ちゃんだ!! はい、決定!」

 

 

 御坂の妹、御坂ミコとの、これが本当の初めての出会いだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「はぁ~~~~、お姉様は今頃大丈夫でしょうか……」

 

 風紀委員(ジャッジメント)177支部で、白井は報告書作成のために座っていた端末の前に突っ伏していた。

 

「大丈夫ですか、白井さん?」

「あんまり大丈夫じゃありませんの……大体、なんでこんなに未確認情報が多いんですの? 裏取りから報告書の作成まで、一苦労ですの」

 

 初春が持ってきたカフェオレに口をつけ、今までまとめた報告書を見返す。そこに記されていたのは、最近第七学区を中心に起こる謎の騒音や閃光についての通報の報告書だった。中には爆発音や銃声らしきものも混じっているとのことで、現場検証にも行ってみたが、全て空振り。何一つ痕跡は見つかっていなかった。

 

「ん~~、でも最近人目につかない路地が騒がしいのは事実かも。私も外に出た時に、爆発音くらいなら聞いたことがあるんだよ」

「私も。ある」

 

 177支部備え付けの茶菓子をつまんでいた、インデックスと姫神もまた頷く。当たり前のようにいて茶菓子を消費していく二人に白井が頭痛を堪えていたところ、端末からメールの受信を知らせる電子音が鳴った。

 

「あら? 差出人は――――――――『(gray)』?」

 




ミサカ9982号改め、御坂ミコ命名回。『命』を『名』付けて、彼女自身との本当の出会いを果たしたかったんです。おかげで長くなりましたが……

名前はひねりも何もなく、御坂の下の名前を切っただけ。他の候補はアナグラムで作った『トミコ』『コトミ』などでした。

177支部の方は完全に今後のフラグですね。『実験』の痕跡全部消しても、音や光は完全に消しきれませんから。そしてまた何かしでかしたグレイ……!

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