とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

56 / 91
055 喪失―ロスト―

 カツ、コツ、と硬質な音を立てて、少女は路地を歩いていた。表通りとは違い、建物と建物の隙間を縫うように存在する路地には何者も近づけない。空高くから人々を柔らかく照らす月明かりも、最先端の科学の街で未だ息づく人々の良心でさえも。

 

 カツ、と不意に足音が止まる。足音の主であった少女が、路地の先に目的の人物を見つけたからだ。

 

「――これより、第9982号実験を開始します。準備はよろしいですか、とミサカは確認を取ります」

 

 少女の呼びかけには答えず、薄暗く闇が凝った路地の中にあって、なお病的な純白を保った少年は、口元を三日月の形に引き裂いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『送られてきた資料が正しければ、そもそもの発端は、学園都市に存在する『超能力者(レベル5)』が『絶対能力(レベル6)』に届きうるか、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』で演算を行ったことですわ』

 

 その場にいた全員が、足を早め先程まで一緒にいたミコの行方を追う。その間にも音量を大きくした携帯端末から流れる白井の言葉を聞き逃さないよう注意していた。

 

『演算の結果、『絶対能力(レベル6)』に届きうるのはたった一名(・・)のみであると判明。通常の実験では能力の向上まで250年はかかるその人物に、超能力者(レベル5)第三位、御坂美琴お姉様との戦闘を128回用意。用意された戦場に128回投入して……………………お姉様を128回、殺害(・・)すれば進化(シフト)するという演算が出たそうですわ』

 

 端末ごしの白井の口調に苦渋が混じる。それだけ彼女は御坂を慕い、想っているという証拠だろう。しかし、白井が知ってしまった真実には、未だ続きがあった。

 

『……ですが、お姉様と同様の『超能力者(レベル5)』を128人も用意するのは、ほぼ不可能です。そこで演算を行った科学者たちは、凍結予定だった『量産型能力者(レディオノイズ)計画』に目を付けたのですわ』

 

 再演算の結果、『超電磁砲(レールガン)』の劣化コピーと言える彼女らでも、想定された異なる戦場で、『二万回』の戦闘を行えば『超能力者(レベル5)』に届かせ得ると判明。そのためこれらの演算を行った科学者たちは、直ちにその狂った計画を実行に移したのだ――。

 

『現在に至るまで、実に…………9981回の実験が繰り返されていますわ。それら実験の敵役として製造(・・)された妹様は、その実験の回数だけ、『処分』されたものと……』

 

 走り続ける御坂の口元から、バキリと固い音が鳴った。噛み締めすぎた奥歯が軋り、口の中に鉄臭い味が広がる。これは、自分がしたこと。かつて自分が提供してしまった遺伝子情報によって、産み落とされた妹達が、地獄のような実験のただ中にいる。許せるものではなかった。

 

 そんな彼女の横で、奇妙に静かな少女がいた。佐天涙子。明るく天真爛漫で、情に厚い彼女にしては意外なほど冷静に、白井へと問いかけた。

 

「――白井さん、それで次の実験場所は、この先で合ってるんですね」

 

 尋ねる彼女らの行く先に見えてきたのは、周辺の区画に比べれば少しばかりくたびれたビル群。開発計画の狭間にあって、再建が遅れているビルの間に位置する路地が彼女らの目的地だ。

 

『え、ええ。メールが正しければ、その位置だと――』

「わかりました」

 

 短く告げられた佐天の言葉と共に、周辺に特徴的な高音が鳴り響く。途端に隣を走っていた御坂が、突如として現れた電磁波に顔をしかめる。上条が驚きに目を瞠ると、そこには頬に幾何学的な紋様を浮かび上がらせた佐天の姿があった。

 

「ふッ!」

 

 気合と共に、一気にスピードを上げ、並走していた二人を置き去りにする。目的地は言うまでもなく、実験場所の路地。

 

「おい?!」

「佐天さん!」

 

 二人の制止も一切聞かず、佐天は一足先に路地へとたどり着いた。しかしそこは静まり返っており、とても戦闘を伴う実験が行われているようには見えない。

 

「…………」

 

 訝しみながらも、今度は慎重に周囲の異常を逃さないようゆっくりと進んでいく。やがて路地を曲がった先で、そのつま先にコツ、と固い物が当たった。視線を下げた先、彼女が見つけたのは、先程までミコが頭に付けていた筈の砕けたバイザーだった。

 

「……!!」

 

 予感が全身に奔り、右腕を瞬時に変形させ、真上のビルの壁面を掴む。伸長させた腕を急速に元に戻し、彼女は一気にビルの屋上へと躍り上がった。そのまま周囲の風景に目を凝らす。

 

「ちょっと、佐天さん、急ぎ過ぎよ!」

 

 電磁力で屋上まで登って来た御坂が追従する。それには反応せず、変わらず周囲の風景にのみ注視する。

 

 ――そうして、遠くで上がる爆炎に気が付いた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ――これで……。

 

 ミコは、爆発の中へと消えた実験対象に、僅かに安堵した。実験対象の能力は妹達(シスターズ)には知らされていないが、これまでの戦闘経験から周囲にバリアのような特定の力場を作り出すものと判断した。そのため、地雷を仕掛けた貨物置場へと誘いこみ、逆転の一手としたのだ。大地に足をついて移動している以上、足の裏までは能力が発動していない。それで対象は沈黙する。

 

 ――そのはずだった(・・・)のだ。

 

「――残念(ざァんねェん)

 

 煙の中から現れた実験対象に足を掴まれ、容易く組み伏せられた。そのまま握り締められた太ももから、ブチブチと筋繊維が千切れる音が聞こえてくる。

 

「手前ェの推測は、何から何まで的外れなんだよォ!」

「――――――――!!」

 

 太ももの中間で無造作に引き千切られた左足が、まるでマネキンの手足のように放り捨てられた。痛みに歪む視界を必死になって対象に合わせ、渾身の電撃を飛ばす。

 

「?! ――――!!」

 

 電撃が自分の身体へと帰り、視界も意識も一瞬飛びそうになる。明滅する意識の中、目の前を安っぽい金属で出来た丸い缶バッジが横切った。

 

「―――ぁ、―――――――――ぅ――」

 

 まるで力の入らない身体を地面に投げ出し、ミコは身体中の痛みで辛うじて意識を保っていた。もはや焼けるようだという表現でも足りない、圧倒的な痛みと喪失感に支配された左足。電撃で焼かれた全身の痛み。それでも彼女はわずかに残る力を振り絞って、緩慢な視界を手繰り必死になってソレ(・・)を探した。

 

 ずり、ずり、とミコは血の跡を残しながら地面を這いずっていく。やがて地面に落ちていたソレを掴むと、ゆっくりと自分の髪に刺さっていたもう一つのものも抜き出した。

 

 御坂からもらった缶バッジは、地面に転がったことで僅かにへこみが見られた。佐天からもらったヘアピンは、雪の結晶を象った装飾が僅かに焦げ臭かった。それでもミコは、その二つの贈り物を、大切そうに、大事そうに、ぎゅっと胸の前に抱え込んだ。

 

(――ああ、そうか。と、ミコは確信を持ちます……)

 

 次第に彼女の周りには、影が濃くなっていく。それはまるで彼女の運命を象徴するかのようだった。

 

「これが、『愛おしい』という感情なのですね、と、ミコは――――」

 

 彼女の呟きは、轟音と共に降り注いだ巨大な貨物車両によって遮られた。その音に何の感慨も抱かなかった実験対象であって『純白』の能力者は、自身が産み出した惨劇には目もくれず明後日の方向へと歩いていく。

 

「今日の実験、終了ォ――――。こんなんで本当に『絶対能力(レベル6)』に成れンのかね…………あ?」

 

 歩き出した彼の足を止めたのは、目の前に大量に降り注いだ電撃と、突然貨物をいくつも斬り飛ばした凍てつく斬撃の雨だった。視線を攻撃の元へと向けると、其処には先程の対戦相手と同じ顔で雄叫びを上げて突っ込んでくる少女と、もう一人誰かいた。

 

 見たこともない少女だった。長い黒髪を風に任せ、降り注ぐ月の光の中を、一直線に突っ込んでくる。その少女の頬には見たことも無い幾何学的な紋様が浮き出ており、口からは乱杭歯も見て取れた。

 

(――力が…………!)

 

 その少女、佐天は内なる声に今こそ声を大にして応えた。

 

(力が、欲しい!!)

 




御坂ミコ、退場――キースの介入により、この事件は原作の通りに起こってしまいました。次回は怒りに燃える御坂と佐天コンビによる対一方通行戦です。

御坂ミコは当初から、この妹達編におけるカツミポジションを担っていただく予定でした。そのため、この事件は、避けては通れなかった……。まあ、『完全な』カツミポジションであるとだけ言っておきましょう。

―4月24日追記―
ここで次回・次々回の投稿について。GWにつき、帰省する可能性が出てきました。そのため、最悪二週間も期間が空いての投稿になるかも知れません。もし投稿無ければ帰省しておりますので、ご了承ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。