とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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灰色にして『闇』、それが暗雲。



057 暗雲―ダーククラウド―

 

 その瞬間を、後ろから見ていた御坂美琴には正しく認識出来なかった。彼女が感じたのは、自身が常に周囲に張り巡らせている電波の探知網が、突如としてまるで空間ごと捻じ曲げられた(・・・・・・・・・・・)ように歪んだこと。そして次の瞬間には、人よりも一回りは大きい『何か』が、その空間の捻じ曲がりに跳ね飛ばされるように自分の頭上を高速で通過していったことだけを感じ取った。

 

『ガァアアアアアアアアアアアッ?!』

 

 衝撃による咆哮、コンテナにぶつかったことによる轟音、衝突で発生した土煙が、全て遅れてやって来た。ことここに至って、御坂が正気を取り戻した。振り返るとコンテナの中に純白の躯体が見える。あと一歩のところまで迫ったバンダースナッチ(さてん)が、突然の横槍によって吹き飛ばされたのだと理解した。

 

「――――まだ実験は継続中だよ。こんな中途半端なところで終了させられないな」

 

 その静かな声に再び振り向く。すると一方通行(アクセラレータ)の手前に、金髪の少年が姿を現していた。金の長髪を後ろで束ねた少年、現在のARMS計画の主導者、キース・グレイ。

 

「……()ンだ、テメェ?」

 

 戦いに水を差された一方通行(アクセラレータ)が、警戒心をむき出しにして尋ねる。そんな問いをキース・グレイはあくまで柔らかく笑みを浮かべて受け流した。

 

「本実験の協力者で、空間移動能力者(テレポーター)でもあるキース・グレイだ。次の実験場所と時刻に少し変更が出たため、君に直接伝えるように言われている」

 

 そう言って、懐から端末を取り出し、絶対座標と新たな時間を表示させる。それを確認し、一方通行(アクセラレータ)は一度溜息を吐いた後、再び目の前の少年を見据えた。

 

「ソイツはご苦労なこったな……けどな、今はあの訳のわからねェ敵と戦ってた最中なンだよ。そっちの邪魔しやがったことは、どうしてくれンだ?」

 

 敵意を全開に、一方通行(アクセラレータ)は少年へと話す。あるいは突如として自分の知覚範囲に現れた目の前の少年とも戦いたかったのかも知れない。それでもあくまでキース・グレイは、そんな敵意すらも受け流した。

 

「……ここで『超電磁砲(レールガン)』と戦うのは、実験の演算結果に多大な影響を与えかねない。それはあの白い怪物も同様だ。まさか君が負けるとは思わないが、再演算ということになってしまえば『絶対能力(レベル6)』に届かない可能性も出てくる。それは君も我々も望まないだろう?」

 

 そう柔らかく笑みを浮かべる少年を、しばらく睨みつけていたが、やがて興を削がれたのか、一度舌打ちをして少年に背を向けた。

 

「……後始末は、任せンぜ」

「了解した。彼女らに任せよう」

 

 不意にキース・グレイが御坂へと視線を向ける。いや、正確にはその後方(・・)へと。それに気づき、御坂が振り向くとそこには、何人、いや何十人もの御坂のクローンが出現していた。

 

「――――――」

 

 御坂の喉から、音にもならない叫びが這い上がって来た。目の前の少女たちは、かつて自分の犯したただ一度の間違いによって生まれてしまった現実(つみ)。形を持った自身の罪業を、突き付けられた思いだった。

 

 一方通行(アクセラレータ)がふわりと余りにも不自然な挙動で浮かび上がる。遠ざかる彼の背中をしばらく眺めた後、不意にキース・グレイが御坂へと振り向き、情報端末を投げ渡した。

 

「……消し去れると思うなら、やってみると良い。君自身がかつて犯した(・・・・・・)罪だ。好きにしたまえ」

「…………!」

 

 言葉を最後に、キース・グレイも去る。辺りにはしばらく片付け作業を行う、妹達(シスターズ)の作業音だけが響いていた。

 

 そして、そんな現場に、ようやく白井と上条がたどり着いた。

 

「こりゃ……!」

「何があったんですの!?」

 

 彼らの目の前に広がるのは、著しい破壊の跡。ひしゃげた車両とその下に広がる夥しい血痕。瓦礫と化したコンテナ群の中で気を失った佐天。それらを片付けようと黙々と作業を進める御坂美琴と同じ顔の少女たち。

 

 

 …………そして、そんな喧騒の中に、御坂美琴本人の姿だけは、終ぞ確認することが出来なかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 現場から去ったキース・グレイは、その肩に遺体収容袋(ボディバッグ)を抱え、空間移動をこまめに繰り返していた。今も空中に漂うであろう学園都市の滞空回線(アンダーライン)の監視網から逃れるためだ。

 

 いくつもの空間を飛び越え、キース・グレイはとある廃棄された研究施設を訪れていた。その施設は元々大きな製薬会社が利用していた施設ではあったが、現在は施設自体を破棄されており、一部を除いてアンチスキルのたまり場となっていた。

 

 キース・グレイは、アンチスキルがその施設を違法に利用するだけでなく、ご丁寧に水や電気などのインフラも整えてくれていたところに目をつけ、そこに便乗することにしていた。かつての研究施設の中でもとりわけ厳重に隔離された場所、空中に漂うナノマシンすらも遮断できる場所を探し、現在は使用されていない生物災害(バイオハザード)用の地下研究施設を当面のアジトとしていた。

 

 稼働していないエレベーターシャフトを一瞥し、空間座標を演算して直接地下へと降りていく。空間移動(テレポート)から元の次元に復帰した時、そこには先客がいた。

 

「……遅かったわね」

 

 そこにいたのは、高校のブレザーの上に白衣を纏ったギョロ目の少女。彼女の名は、布束砥信。長点上機学園の生徒にして、学習装置(テスタメント)の研究者。かつて『超電磁砲量産(レディオノイズ)計画』に関わっていた少女だ。

 

「……それで首尾は?」

「ああ。この通りさ」

 

 そう言ってキース・グレイが肩に担いだ遺体収容袋(ボディバッグ)を床に置き、その口を開ける。そこにいたのは、陶磁器のように白く土気色の肌をした御坂ミコの『遺体』。それを見て中から漂う血臭(・・)に一瞬顔をしかめた布束だったが、すぐに表情を戻し、彼女の口元へと手をやり――――

 

 

 ――――弱弱しくはあるが、確かに未だ続く御坂ミコの呼吸を確認した。

 

 

「……Soon,奥の培養カプセルに入れてちょうだい。両脚(・・)が太腿から完全に消失してるし、治療するにもこれ以上血液などの内容物が漏れ出したら助けられるものも助けられないわ」

「わかった。両脚喪失に関する彼女の精神的ケアは任せていいかな?」

「ええ」

 

 キース・グレイの問いに布束は短く答え、そのまま御坂ミコの身体を培養カプセルに運び入れるのを手伝う。最後に飛び散った血で汚れてしまった彼女の頬を一撫でし、カプセルの蓋を閉じた。

 

「それにしても……どういうつもりであんな行動を?」

「? どういうつもり、というのは?」

「So......私が貴方と共に行動しているのは、『妹達(シスターズ)』を助けるためよ。それなのに、盗聴器で聞いていた範囲ではあるけれど、貴方全く逆の行動をしたじゃない」

 

 布束は元々、妹達(シスターズ)の皆を一個の人間として見てしまったがゆえに実験を離れた人間だ。何とか自身に出来る範囲で実験を妨害しようと私財を投げうち、マネーカードをばら撒いてもみた。それでも止められずどうしようかと迷っているうちに、キース・グレイが接触を図って来たのだ。

 

 彼が提示したのは、対等の取引。すなわち彼に協力する代わりに、実験を途中で中止させるというもの。だと言うのに、彼は今回中止の絶好の機会を棒に振った。あろうことか実験を行う一方通行(アクセラレータ)側に協力したのだ。

 

「大体、ここを出発する時点では、御坂美琴(オリジナル)達に実験へ介入させ、そのまま中止に追い込む(・・・・・・・・・・・)って言っていたじゃない。一体どういうつもりか、説明を――――」

 

 そこまで述べたところで、布束は言葉を切った。目の前のキース・グレイがこれまで見たことも無い表情をしていたからだ。それはまるで、自分の言動の矛盾に初めて気が付いて(・・・・・・・・)驚愕しているかのようだった。

 

「………………………………あー、いや……そうだ。現時点で実験を中止するのは、それなりにリスクを伴う。それはあまり、得策ではない。なに、いずれ必ず実験は中止させるし、その間に可能な限り妹達(シスターズ)も救う。実験終了後の彼女らのケアも当然行う。この施設を見てもらえれば分かるだろう?」

 

 そう言って少し大げさに手を振り回す彼の周りへと、視線を移す。そこにはたった今御坂ミコを収容したカプセルと同じものがいくつも置かれ、その中に彼女と同じ容姿を持つ少女たちが一様に眠り続けていた。

 

「……そうね。これまでの実験で処分されるはずだった一桁から9000番台の妹達(シスターズ)約100人。あくまで蘇生処置が間に合ったコたちだけだけど。これだけ救っているところを見なければ、信じられなかったわね」

「いや、君の懸念はもっともだ。だけどこちらも実験の中止と並行して、僕が生涯をかけて取り組んできた『計画』の完成がかかっている。そのあたりの調整もあるんだ。察してほしい」

 

 そう言ってキース・グレイは、布束から視線を外す。しかし、布束はそんな彼を見て、不安を消すことが出来なかった。それは果たして、彼が矛盾した行動をとったが故か。これまで散々学園都市の底すら知れない闇に触れてきたが故か。それとも――。

 

「……………………なぜ、僕は……泣いているんだ……」

 

 ――――それとも、キース・グレイ(かれ)のそんな呟きと、その眼から流れ続ける涙を見たが故か。

 




御坂離脱、そして御坂ミコの消息が判明する話でした。それとは別に、最後にとんでもなく巨大で不穏なフラグが……今までの言動の矛盾は、すべてこのフラグへと集約されます。

この後の展開、多分ARMS原作を読み込んだ人なら分かってしまうかも知れません。『とある』の方しか詳しく読んでいない読者様もおりますので、どうかネタバレはソレが出るまで極力控えて頂けると幸いです。

御坂ミコのもう片方の脚は、死亡の偽装と『ある目的』のためにグレイに切断されました。これで彼女が歩けなくなるということもありませんので、読者諸氏はご安心ください。

次回以降、施設強襲編です。御坂とは完全に別行動、それゆえ超電磁砲本編には出なかった強敵に佐天が遭遇します!

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