とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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作中時間で一日二日の間の出来事です。あの激突まで、時間有りませんので……



058 半分―ハーフ―

 あの夜、コンテナ置き場で起きた事件について、風紀委員(ジャッジメント)177支部に翌日集合した面々は、その場に居合わせた佐天に詳しい状況を訊くことが出来た。けれど、その面々の中に、御坂の姿はどこにも無かった。

 

「……御坂さん、どこに行ったんでしょう」

「携帯にも、出ませんわ」

「それ以前に電源自体入れてないみたいなんですよね。携帯の現在位置を探れないかと、警備員(アンチスキル)のネットと警備システムに少し入ってみたんですけど、ぜんぜん追えなくって」

「いやそれ『少し』なんてレベルの話じゃねえだろ」

「むー、科学側の言葉は色々難しすぎなんだよ」

「……。打つ手なし」

 

 全員が額を寄せ合い、意見を出し合うが、現状御坂を探す方法は皆無と言っても良い。しかも連れ去られたというのではなく、本人が自ら痕跡を消しているのだから、追う方法は一切無いと言っても良かった。

 

「……仕方ありません。私が警ら活動の傍ら、街中で聞き込みを進めますわ。お姉様の行方が分かりましたらすぐに」

「大変よ、白井さん! 初春さん!」

 

 白井がとにかく動こうと席を立つと同時、風紀委員(ジャッジメント)の同僚である固法先輩が部屋へと駈け込んで来た。周囲にこの支部の所属で無い者がたくさんいると言うのに、今日は咎めるそぶりも無い。

 

「どうしたんですの? 固法先輩」

「そんなに慌てて……何かあったんですか?」

「慌てもするわよ! 隣の学区の製薬会社が運営する研究施設で、大規模な爆発があったの。詳細は分からないけど、事故の類ではなく能力者の襲撃によるものではないかと言われているわ。その上――」

 

 そこで固法は一度、言葉を切った。口ごもったまま周囲を見渡し、言葉を整理するように視線を彷徨わせる。そして、一度大きく息をつくと、その言葉を述べた。

 

「その上…………目撃者の証言によれば、襲撃者は『少女』。電気系統が最もひどく損傷していることから、大能力者(レベル4)以上の電撃使い(エレクトロマスター)が犯人なんじゃないか、って言われているわ……」

 

 固法の言葉に、その場の全員が絶句した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 固法の報せから、事態は一変した。そこから相次いで様々な研究施設や会社建屋への襲撃事件が起こるようになり、一連の容疑者は高位の電撃使い(エレクトロマスター)であるとされるようになった。当然、風紀委員(ジャッジメント)としても事態を静観するわけにもいかず、容疑者確保に向けて目撃者への聞き込みや証拠の採取・調査に動こうとした。

 

 ところが、どの事件現場に行っても現場は完全封鎖されて満足な調査が出来ず、また研究員など目撃者への聞き込みも全て断られるという徹底ぶりだった。おまけに佐天が知り合いの黄泉川の方に連絡を取り、警備員(アンチスキル)側の捜査状況を確認しようともしたが、そちらも統括理事会からの物言いがつき、捜査出来ていないとのことだった。まもなく風紀委員(ジャッジメント)本部にも同様の連絡が入り、捜査は完全に打ち切りとなってしまった。

 

「……間違いないわね。今回の襲撃犯は、御坂さん。そして襲われている研究施設は、国際法違反の人間のクローンなんてものを製造していた最悪の施設群ということよ」

「……やはり、固法先輩もそう思われますか」

 

 机の上に組んだ両手の上に、固法の額がぶつかる。彼女としても頭の痛い事態だろう。ことここに至って、白井たちも事態の全てを同じ支部の先輩である固法に隠し通すことは出来なくなった。そのため今回の経緯について、以前グレイが送り付けてきた資料の内容で捕捉しつつ説明することとなったのだ。

 

「でも、今のままだと解決策はほとんどないわ。肝心の御坂さんは見つからないし、その違法な研究施設を先に押さえようにも、上層部からの圧力でそれも不可能。今回の圧力を誰がかけたのか、と言う線から追って行く方法もあるけど……」

「恐らくそれが分かる頃には、お姉様が全ての研究施設を廃墟に変えていることでしょうね」

 

 そうなのだ。一連の事件に納得がいっても、解決はまるでしていない。御坂は今回の計画に関与した全ての研究施設を破壊するまで止まらないだろうし、止めてしまえば妹達(シスターズ)は皆殺しの目に遭う。そんな残酷な運命は、佐天たちにとっても一切許容できない事柄だった。

 

 八方ふさがりの現状。それを打ち破るように、初春が普段使う端末から、メールの受信を知らせる電子音が鳴り響いた。塞ぎこんだ気分を紛らわすように初春が立ち上がり、何の気なしにその内容を確認する。途端に、目の前に光明が差し込んだ。

 

「白井さん! このメール見てください!!」

 

 送られてきたメールに記されていたのは、今まで襲撃された研究施設同様、今回の計画に関係した研究施設の所在。施設の内部構造や、警備の人員・機械の配備状況。詳細な情報を彼らに提供した差出人は、やはり暗躍しているであろう『(gray)』の文字。

 

「どうする……?」

 

 上条が問いかけるのは、仕方のないことでもあった。恐らく差出人の意図としては、佐天たちまでもが施設の破壊に動くであろうことを見越してのものだ。かと言ってここで学園都市内の施設を大規模に破壊してしまえば、今度は自分たちが追われる側の犯罪者だ。まだ中学生の彼女たちにそれは、余りに過酷な現実だろう。

 

 もっとも上条としては、ここで尻込みしてくれた方が非常に有り難いのも事実だった。この施設群に向かって御坂だけでも連れ戻せば、その後自分一人で(・・・・・)施設をどうにか破壊したとしても、彼女らに責任が問われることは無いのだから。

 

 ただ、彼女らにとって上条の問い掛けは、『愚問』以外の何物でも無かった。

 

「当然! お姉様の確保と、違法な研究施設での証拠保全と、施設の排除に向かいますわ」

「いや、保全は難しそうですよ? ここは一つ、こんなふざけた計画を考えた奴らに対し、上層部含めて可能な限り損害を負わせる方向で!」

「初春も結構黒いよね……まあ、二度と再利用できないようにしつつ証拠も保全するってことなら、氷漬けにすれば何とかなるかな?」

「えー、佐天なら全部瓦礫にしちゃう方が早いんだよ」

「うん。それは。言える」

 

 全員が全員、友人との再会と、決して許せない相手に対して全力で抗うために動いている。これでは止まらないだろうと思い、上条は少しだけ溜息を漏らした。気炎を上げる彼女らを目にし、同じく年長者の立場で彼女らを見ていた固法は不意に立ち上がった。

 

「悪いけど、私はそういう訳にはいかないわね。一連の襲撃犯を追うのは風紀委員(ジャッジメント)の職務だし、これから圧力をかけた上層部を調査しなきゃならないもの。――ああ、そうそう。私が上層部の調査に当たっている間、この支部には監督する人間は(・・・・・・・)誰もいなくなる(・・・・・・・)訳だけど、端末とか資料とか勝手に使っちゃ駄目よ?」

 

 固法はそれだけ言い置くと、そのまま振り返らずに支部を出ていった。事実上の黙認。その場に残った全員が、止めないでいてくれた固法に深く感謝した。

 

「では! そうなると、やることは多いですわ。今回の施設への『立ち入り調査』には、何よりもスピードが要求されます。『調査』に赴くのは空間移動(テレポート)で一気に移動できる私と、研究員と施設の保全に高い適性を持つ佐天さんが良いでしょう」

「分かりました。潜入と撤退は白井さんですね?」

「それなら、情報処理とバックアップは任せてください。二人に危ないものなんて、一切近づけさせません!」

「おい、俺だって行くぞ。中学生の女子に全部頼るなんて、高校生男子としては情けなくなりますことよ?」

「殿方がいると空間移動(テレポート)出来なくなりますから、却下ですわ。それに私が運べるのは、せいぜい二人が限度です。お姉様を万一見つけたとして、連れ帰れなくなる可能性は極力避けたいんですの」

 

 そう言われると、上条はぐうの音も出ない。その右手の効果のせいで空間移動(テレポート)出来ない上条は、今回は完全に足手纏いだ。

 

「上条さんたちは、今回の事件の発端となった『絶対能力(レベル6)進化(シフト)計画』の資料や各研究施設の内情などを全て読み込んでおいてください。完全記憶能力持ちのインデックスがいれば見落としが避けられますし、今後この計画を根絶するには施設の破壊の他にも手段が必要になってくるかも知れません。お願いできますか?」

 

 初春の申し出に、上条、インデックス、そして姫神が首肯する。御坂を見つけられたとしても、計画そのものを止める代案が無ければ、恐らく彼女は止まらない。三人もまた今できる最大で、事件に協力するのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 場所は移り、学園都市内に存在する高級ホテルのスイートルーム。高級感漂う内装の一室にて、ベッドの上にTシャツに短パンのまま寝転がった御坂が目を開けた。

 

 あのコンテナ置き場での事件の後、彼女は寮にも帰らず、グレイにもたらされた情報の施設を片っ端から破壊して回っていた。白井たちが知ったのはあくまで氷山の一角に過ぎない。そうして限界まで能力を使い、動けなくなる直前にとりあえずの拠点に選んだホテルに帰り着き、仮眠をとったのだ。

 

「…………体力、能力とも何とか回復……もうすぐ夜だから、ここからが本番……」

 

 本当は彼女も仮眠など取りたくはなかった。一刻も早く自分の妹達をこんな馬鹿げた計画から解放してやりたかった。しかし昼間に動き過ぎたのか、どの施設も警備が厳重になり始めており、やむなく人目に付かない夜まで仮眠をとることにしたのだ。

 

 そうして、床に投げ捨ててあった野球帽で簡単に変装すると、すぐさまホテルを駆け出し次の標的(ターゲット)へと向かうことにした。

 

(…………私、馬鹿なこと、してるかな)

 

 これだけやってしまえば、自分は今後学園都市からは完全に追われる身だろう。常盤台に戻ることも、みんなの所に戻ることも出来なくなるだろう。それは、分かっていた。分かっていて、それでも御坂は、こんな残酷な計画(うんめい)を許せなかったのだ。

 

「(全部終わった後、黒子にでも捕まるなら私は――)――……ぅん?」

 

 全力で走っていた彼女は、不意に違和感を感じた。自分の進行方向で、いきなり街の一角の街灯が一斉に消えたのだ。それもちょうど、自分が向かっていた施設がある辺りを中心にして。不審に思い、そこからは見つかる可能性を出来る限り排除して、監視カメラや警備ロボを一つ一つ混乱させながら進んでいった。

 

 目的の施設を目の前に収め、ようやく彼女は何が起きたのかを悟った。

 

「これ…………」

 

 眼前の施設は、真っ白な霜に覆われていた。真夏だというのに、全く溶ける様子もなく、完全に凍り付いている。それだけでもおかしいと言うのに、施設の壁はなにかの『獣』に引き裂かれたような巨大な『爪痕』がいくつも残っていた。それほどの惨事だと言うのに、内部の研究員と思しき者たちは大した怪我もなく、身一つで車両に乗り込んで逃げ始めていた。

 

「…………」

 

 ここに至って、彼女は襲撃を始めてから一切顧みなかったゲコ太形の携帯の電源を入れた。着信の留守番電話は確認せず、直近のメールを確認する。最新のメールは三件。差出人は、白井、初春、佐天の三人。

 

 送られてきたメールに記されていたのは、皆のそれぞれの言葉で、簡素だけれど確かに気持ちを届ける文章。

 

『私たちも協力しますわ!!』

『水臭いですよ、御坂さん』

『一人で抱え込まないでください。みんなで半分こです』

「…………黒子。初春さん。佐天さん。みんな……」

 

 路地の暗がりの中、御坂は携帯の画面を覗き込み、蹲る。しばらくの間、彼女の携帯には、ぽつ、ぽつ、と温かい雨が降り注いでいた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 しかし、施設と計画の破壊を目論む彼女らを、学園都市の『闇』は決して許そうとはしない。

 

「研究施設の連続襲撃犯の迎撃ねぇ……」

 

 刃のように鋭い視線の少女に率いられた、四人の少女たちが。

 

「まぁ、ブッ潰せばいいってことだな?」

 

 ホスト風の茶髪の少年に率いられた少年少女が。

 

「こんな短期間に、あちこちで喧嘩するとはスゲェ気合だな! どんだけ気合入った奴なのか、会ってみてえな!」

 

 日章旗みたいな服装の少年が。間もなく彼女らの前に現れる。

 




という訳で、次回以降の激突フラグ建設の回。ルナティックモードの名にふさわしく、レベル5第二位、第四位、第七位のオンパレードです!第六位は原作でもイマイチ不明のままですので。

固法先輩は黙認と言う形で、戦線離脱。今後はエピローグくらいしか出てこないかも……彼女は結構好きなキャラなんですが、白井たちを監督する立場なんで出番が難しいんですよね。

上条、インデックス、姫神は、資料調べと初春の手伝いと言う形で参加できず。まあ、上条は一方通行戦で頑張ってもらうので、それまでは見せ場があんまり無かったり……。移動手段が空間移動だと、彼は自動的に留守番になるんですよね。

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