「――んー、結局待ちぼうけするしかないってわけよねー」
一人天井を見上げ、呆としていた少女が何の前置き無しに呟いた。その少女の外見は、黄色人種には決して有り得ない白い肌と、見事なブロンドの髪から日本人ではないと一目で分かる。その服装も非常にフェミニンなもので、紅いベレー帽にブレザー、美脚をこれでもかと際立たせるミニのスカートと、彼女の魅力を一際高める代物だった。
そんな彼女がいるのは、どういうわけかぬいぐるみが降り積もった小山の上。そのぬいぐるみもすべて目と口をボタンと縫い目で表現された少女の姿で、なぜここまで同じぬいぐるみを揃えたのか、初めて見た者には理解が出来ないだろう。それらのぬいぐるみが、初見の相手を確実にあの世に送る『爆弾』だとは、悟ることも出来ないように。
彼女の名は、フレンダ=セイヴェルン。学園都市の裏組織、『暗部』の一つである『アイテム』に所属する構成員の一人だった。
『……まあ、超暇を持て余しているのは、こちらも同じですが。もう少し真面目にしてはどうです? 今回はこちらも、戦力半減せざるを得ない訳ですから』
「それよ、それ! 何で私らが襲われるって分かってる施設を同時に二つも防衛しなきゃならないワケ?! 片方他の『暗部』にやらせろっつーの!」
彼女が傍らの通信機で話している少女の名は、
彼女ら二人が、今回別れて行動している理由は、今回彼女らが受けた任務の内容による。その任務とは、『次の襲撃予測地点と考えられる二か所の研究施設を防衛せよ』というもの。襲撃は同時に起こる可能性が高く、その上どちらも研究内容の重要度はほぼ同じという話から、こうして戦力を分散する羽目になったのだ。
それと言うのも、今回の襲撃犯は分からないことが多すぎるせいだった。最初の方の連続襲撃犯は、高位の
ところがどういう訳か、途中から襲撃犯がもう一組増えたのだ。目撃者の話からすると、こちらは中学生くらいの少女の二人組。片方は
この二組の襲撃犯にどんなつながりがあるのかは知らないが、まず間違いなく情報を共有しているのは確実であり、まるで手分けするかのように、決して重複することなく手際よく襲撃しているのだ。そのため、今回襲撃予測地点の二か所を同時に分散して防衛することになってしまった。
フレンダにしてみれば、面倒くさいことこの上もない。『アイテム』は基本、一つの仕事を共同で行うことを想定されたチームだ。それをわざわざ分散するなんて、仕事持ってきた奴は何も考えてないんじゃないか、と真剣に思う。そんな戦力の逐次投入みたいなことするなら、片方は他の『暗部』にでも回せと愚痴をこぼしたくなった。
もちろん彼女も、自身の戦闘能力は『暗部』でも上位であると自負しているし、この程度の任務なら自分一人でも充分だとは思っている。それでも待機任務は、暇である。こんなことならどこぞのファミレスでお茶していたかった。こんな『ぬいぐるみを詰め込んだだけの機械室』なんてカビ臭いところには一秒だっていたくない。そんな愚痴をぐだぐだと連ね始めたところで――。
バツン、と外部供給の電源が何の前触れもなく
「――! 結局日頃の行いが良い奴が、勝つってワケよ!!」
『む? あー、
「氷結持ちとか、爆弾使いには無理! 電子回路も火薬も雷管も、皆一緒くたに凍らせる奴にどうやって戦えっての!」
『まあ、おかげでフレンダでも対応可能な相手ですが……フレンダ。貴女、麦野が言い出した『撃墜ボーナス』超狙ってますね』
「あったり、前でしょ! 結局世の中お金なワケよ! お金があればファミレスのパフェも、缶詰のサバの水煮も食べ放題なワケよ!」
『そこで市販のサバ缶が出てくる辺り、フレンダの超貧相な食生活に涙が出そうですが。いずれにせよ倒すんなら、手早くですよ。麦野も
「りょーかい! まあでも、噂の『第三位』じゃないんだし、大丈夫でしょ!」
……数十分後、
◇ ◇ ◇
時間は少し遡り、場所はフレンダが待ち受けていた施設とは別の場所。
「えー、時刻はフタマルサンマル。こちらチャーリー。ブラボー応答願いまーす」
『いや、なんなのいきなり……』
『佐天さん、この間洋画の特殊工作員もの見たって言ってましたっけ……』
「そもそも
路地の暗がりで息を潜めるのは、佐天と白井。携帯越しに御坂や初春とも連絡を取りながら、今夜襲撃する予定の研究施設の様子を窺っていた。
「いや、場を和ますウィットに富んだジョークじゃない? ずっと肩肘張ってたら疲れちゃいますって。ほら笑顔笑顔!」
『…………』
そんなある意味場にそぐわない佐天の軽い口調に、眉を顰める者はいない。この場にいる白井も、携帯の向こうの御坂も初春たちも内心分かっていた。佐天が
「ほーら! これが終われば、自由になった
『それって、『この戦争が終わったら、俺結婚するんだ……』って奴ですか?』
「思い切り死亡フラグですわね。縁起でもない」
『…………』
いつも通りの風景。佐天がふざけ、初春がツッコミ、白井がたしなめる。あえていつもと同じ雰囲気を出している彼女らに、御坂は心が温かくなるのを感じた。
『……ありがとう』
御坂のそんな小さなお礼。その言葉に佐天と白井も一度口元を緩ませると、再び研究施設を見据え唇をきつく噛み締めた。
「それじゃ、そろそろ……」
『うん……』
「ええ……初春!」
『はい、白井さん! 第十三次突入作戦開始です!』
数百メートル離れた場所で、研究施設の照明と監視カメラの電源が一斉に落ちた頃、こちらでも二人の突入作戦が開始した。
視界が一瞬で切り替わり、再び目に入ったのは清潔感溢れる白色のリノリウム。白井の
二人の姿に気付いた研究員たちが、途端に騒ぎ出す。
「おい、あの野球帽被った奴らは……!」
「噂の襲撃犯か!?」
「ッ、全員重要資料の回収急げ! 資料の纏めが終わったらすぐにも――」
騒ぎ立てる周囲に構わず、揃いの黒い野球帽で変装した佐天が右腕のARMSを解放。そのまま研究員の頭上数センチに、斬撃をぶち込んだ。
「ヒィッ……!」
斬撃が起こした轟風と、壁が砕ける衝撃音が響き渡り、重要資料を回収しようとしていた研究員たちは、皆金縛りにあったように動かなくなった。そんな彼らの様子を見て、二人がニッコリと笑い語り掛ける。
「お前たち資料持たない。置いたまま逃げる。オーケイ?」
「なんでカタコトですの。まあいいですわ。どうしても資料を持ったまま逃げたいと仰るのでしたら、この研究施設ごと氷漬けにして
凶暴な笑みを見せる二人に、元々戦闘員でも無い彼らは絶望的な顔で首を縦に振る。そのまま取るものもとりあえず、全員が彼女らの侵入した正面玄関ではなく裏手の通用口から逃走し始めた。研究員たちがある程度逃げるのを数分待って、行動を開始する。
「さて、これで施設を凍らせながら進むだけですね」
「ええ。こちらは問題なさそうですが、未だ今回の計画主導者が何もしてこないのが気になります。お姉様が心配ですし、早々に施設の凍結と破棄を終わらせて、向こうに――――」
そう二人で、会話している時だった。
「オイ、遊びに来たのにもう帰るのかよ?」
聞いたことのない男の声が周囲に響いた。次の瞬間、佐天が斬撃を叩き込んでも罅が入るだけだったコンクリート製の壁が、粉々に砕けた。辺り一面に重量感あるコンクリートの破片が飛び散る中、一緒に吹き飛んできた十二歳前後の少女が床へと四肢を投げ出す。
「~~~~ッ! ああ、もう! 超聞いてないですよ!!」
痛みに顔をしかめるも、額から滴る赤い滴に目もくれず、少女は吹き飛んできた壁の方を睨みつける。少女の視線を追って佐天たちも壁の方を向いた。
そこにいたのは、何の変哲もない茶髪の一人の少年だった。どこかホストのような遊び慣れた印象を受ける少年だが、夜の街やファッションが多様な街にでもいればそこまで違和感を覚えないだろうそんな少年。むしろ顔立ちについては、イケメンの部類に入るだろうそんな少年。
異様だったのは、少年の背中だった。そこには人間が決して持ちえない器官があった。『空へと羽搏く』ためにかつての人々が追い求めた器官。科学万能の現代ですら、宗教画や空想の世界で必ず目にする機会のある器官。
そこには、いくつも折り重なった白い『翼』があった。
「…………学園都市の頂点、
七人の
……そして、今まさに激突が迫ろうとしている、研究施設群があるビル街の屋上では。
「さっ、てと。襲撃犯は二組…………どっち行くか」
長袖の前開き服を肩にかけるという独特のファッションセンスを持つ、もう一人の
激闘第一ラウンドは、ていとくんと絹旗に決定!三勢力入り乱れての三つ巴と相成りました。そして、フレ/ンダはアホの子で癒し。はっきりわかんだねw何とかサバカレーのイベントも入れたいが……
ここで垣根が第一ラウンドなのは、実は現時点での佐天にとって、彼の能力が極めて『天敵』に近いからだったりします。詳しいことは次回。
そして思い切り横槍入れそうな削板サン。もうこの人、作者にも予想できないレベルで暴走しそう……