とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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この題名だと、どっかの自由過ぎるガ○ダムが浮かぶ……!



061 隕石―ミーティア―

 

「…………!」

 

 突如として消失した右腕に歯噛みし、佐天は肘の辺りの傷口を押さえ付けた。激痛が彼女の思考を苛むが、それでも顔を上げ、前を見据える。

 

(痛い! 想像なんて及ばないぐらい、凄く、痛い……! けど、痛みは忘れなきゃ……。今は、『戦闘』なんだから……!)

 

 今までの彼女には、決して存在しなかった思考。良くも悪くも年相応の女子中学生に過ぎなかった彼女だが、『不思議の国』でかつての四人の先輩たちの戦いの記憶を目にしたことで、彼女は変わった。ARMSと共に歩むことの意味を考え、どんな運命にも負けないように自らを鍛えるようにもなった。そのため黄泉川先生には生兵法と分かっていても体術を教わったし、精神修養についても取り組むようになった。

 

 だから、彼女はこれくらいではへこたれない。冷静に、迅速に、今喰らった攻撃の正体を分析し始める。

 

(攻撃の瞬間……ほんのわずかだけど、アイツの方から風が吹いた感じがした。屋内で、空調も止まってるのに。風そのものが蛇みたいに曲がりくねっていたから、多分風を何らかの方法で操って腕を引き裂いた……!)

 

 佐天のその推測は、概ね正解だった。正確には、風は垣根の背中の翼の間から発生しており、その風自体が彼の能力という訳ではない。現在彼の背中に翻る翼の内、一対を形作っているのは、『接触した気体・気流を変質させ操作する』未元物質(ダークマター)である。それを使って、周囲の気流を操作して断層を作り出し、曲射して右腕を吹き飛ばしたというのが事の真相だった。

 

「……狙い通り、命中ー。どうだ? これでお前は戦う手段を失った。このまま捕まるか、それとも抵抗してダルマになるか好きな方を選べ」

 

 幸先よく右腕を吹き飛ばしたことで、機嫌を良くした垣根が少しばかり優越感に浸って語り始める。勝利を確信し、一歩、また一歩と距離を詰める。

 

 佐天は、距離が詰まるのを待っていた。

 

「っ、バンちゃん! お願い!!」

「ぁん?」

 

 佐天の叫びに眉を顰めた垣根の斜め前、足元に転がっていた右腕の先が、急速に佐天の元へと飛来した。肘の辺りからまるで触手のように伸び、そのまま互いに絡み合うように再生していく。

 

「こんのぉおおおおおおおおおおっ!」

「おお?!」

 

 そのまま横に薙ぎ払うように繰り出された攻撃を、垣根は大きく上に跳躍して躱す。そのまま背中の翼を羽搏かせ、天井近くに静止した。

 

「あれでも再生出来んのかよっ!」

 

 そのままの位置を維持しながら、垣根の翼から、再び気流の断層が形成される。今度の攻撃は、四つ。再生が右腕のみなのか、全身なのか確認するため、四肢を完全に胴体から斬り飛ばすつもりだ。

 

「おんなじ攻撃を、喰らうもんかぁああああああッ!」

 

 佐天は咄嗟に、右腕の爪先から発生する斬撃を数発、空中に連続して発射する。出力を調整され、速度に差が出た液体窒素の斬撃同士がぶつかり合い、猛烈な冷気によって正面に大量の水煙を発生させる。煙の中、見えぬはずの気流の軌跡が、はっきりと見えた。

 

「いくよ――――!」

「?!」

 

 断層の間をすり抜け、佐天が垣根と同じ高さまで飛び上がる。その時には右腕は弩を引き絞るかのように、大きく後ろに振りかぶられていた。咄嗟に、『気流操作』の翼で後ろへと下がろうとするが、その分その翼が逃げ遅れた。

 

「ぐ――――!」

 

 佐天の爪が、垣根の『気流操作』の翼を捕らえ、引き千切っていく。途端にバランスを崩した垣根は、そのまま地面へと墜ちていった。

 

「ハ――――、ハ――――…………」

 

 引き千切った翼を握りしめたまま、佐天もまた地面へと降り立った。ほとんど隙間ない攻撃を無理矢理に避けたため、張り詰めていた緊張が解け、肩で息をしていた。それでも何とか呼吸を整え、再び前を見据えた。

 

 落下の衝撃によって漂う土埃から現れた垣根帝督は、能面のような無表情だった。その背中の翼は一部引き千切られ、出てきた当初のどこか神聖な様子は見る影もない。彼は一切表情を変えることなく、淡々と言葉を紡ぎ出す。

 

「……コイツはよ、ただの暇つぶし(・・・・)を兼ねた任務だったんだよな」

 

 淡々と。朗々と。何の温かみも無く、只々のっぺりとした言葉が周囲に響き渡る。

 

「ただ、仲介屋から面白い標的がいるからって告げられて……、ちょうど良く『第四位』とも競合してたから、ちょっかいをかける意味も込めて……、オマエの確保自体は物のついでみたいな物だったんだがよぉ……」

 

 佐天が口内の唾をごくりと嚥下する。口の中がからからに乾いていた。それはきっと彼女が、周囲で増し始めた緊張感を感じ始めているから。目の前の言葉の羅列が何を意味するのか知っているから。

 

 『嵐の前の、静けさ』だと。

 

もう(・・)いい(・・)。オマエは、ひき肉にして送り付けてやる」

 

 垣根の背中に、純白の徒花(あだばな)が咲き誇った。敵を消滅せずにはいられない暴虐の化身を目にし、佐天もまた、右手の中の千切れた翼を硬く固く握りつぶす。ARMSが翼の破片を取り込み、『未元物質(ダークマター)』の要素まで内包し、生まれ変わる。その表面にわずかに、翼のように折り重なった波状の紋様が浮かび上がる。

 

 佐天の右腕が、接触した気流に干渉し、自在に掌握し始めた。

 

「――――――だから、なんだよ?」

 

 今度は、前兆は何もなかった。佐天の身体を撃ち貫いたのは、垣根の翼から突如として伸びた『電撃』。それも御坂の電撃とは程遠い、どこか赤黒い有り得ないような色をした電撃だった。

 

「あ、んた…………『気流、操作』の能力じゃ…………!」

「あ? あー、勘違いしてたのか。いいぜ、教えてやる」

 

 垣根の背中に、翼が広がる。その翼の全て、その羽根の全てが、それぞれ異なるチカラを帯び始める。

 

「この俺様の能力名は、『未元物質(ダークマター)』。その本質は、何かを操作することじゃなく、有り得ない物質を生成する(・・・・・・・・・・・・)こと。力の続く限り、思いつく限り、異なる性質・能力を持った物質を永遠に生成できる。つーまーりー……」

 

 純白の翼を広げながら、垣根が悪魔のようにニタリと笑った。

 

「俺様の能力は、無限の多様性(・・・・・・)を持っているのさ」

 

 電撃が奔った。火炎が迸った。氷柱が貫いた。閃光が閃いた。酸毒が蝕んだ。およそ考え得る限りの攻撃が、驟雨のように降り注いだ。数えるのも馬鹿らしい、圧倒的な暴力の海が、佐天を飲み込もうと空間を埋め尽くしていく。

 

「くっ!」

 

 無論、佐天もやられるばかりではない。攻撃のいくつかを右手で受け止め、引き裂き、少しづつ、少しづつ攻撃の耐性を付けていく。

 

 だが、所詮は焼け石に水。バンダースナッチだけではなく、ARMSの全ては、一度経験した攻撃には対応し、自ら取り込んで力に変えるという圧倒的な『無限の進化性』を保持している。しかしながら、ARMSの持つその性質は、あくまで生物が本来持つ『環境適応性』の延長でしかなく、一度は経験しないと『進化』出来ないという弱点もまた持っているのだ。

 

 『無限の多様性』によって、常に攻撃の先手を取れる『未元物質(ダークマター)』の垣根帝督。『無限の進化性』によって、適応できるが常に後手に回る『ARMS』の佐天涙子。どちらが有利かなど、言うまでも無かった。

 

 やがて、攻撃によって断続的に起こっていた轟音は、ピタリと治まった。音が聞こえなくなったわけでも、場所が移ったわけでもない。単に、攻撃の必要が無くなった(・・・・・・・・・・・)から、音が治まっただけだ。

 

「………………ぁ……」

 

 瓦礫の中に半ば埋まりながら、佐天がわずかに声を漏らした。圧倒的な暴力の前に、遂に対処しきれなくなり、佐天は膝をつくことになった。今、彼女が認識出来るのは、額から滴る血液で赤く濁った視界と、己の心中に響く家族の『声』だけだった。

 

『(佐天涙子! 佐天涙子! しっかりしなさい! ホラ、ちゃんと意識を保って!)』

「(あー、うん……大丈夫、だよ…………まだ)」

 

 本当は意識がすぐにも吹き飛びそうだったが、少しだけ強がる。もっとも、身体ごと共有しているバンダースナッチにはモロバレだったが。

 

 紅く染まった視界の中に、悠然と歩きながらこちらへと近寄って来る少年の姿が映る。恐らくこのまま半死半生の彼女を、どこかの研究施設へ送り届けるつもりだろう。それだけは、佐天も、バンダースナッチも避けたかった。

 

『(…………こうなったら、仕方ないわね。『切り札』を使いましょう)』

「(あー……『アレ』? でも、練習でも一度も成功してないよ?)」

『(それでも、可能なはずよ。成功させた二人は、確かにいたんですもの。ここから逆転するには、もうそれしかないわ)』

 

 佐天も、頭では分かっていた。ARMSの『完全体』以外では、練習中の『切り札』は本当に最後の手段だ。それが通じなければ、現状目の前の相手に通用するものは無くなるだろう。発動の為、何か機会でもあれば――――そう考え、心の準備を整えるうち、垣根が佐天の足元へとたどり着いた。

 

「…………一応、足くらいはもいでおくか」

 

 再び翼が広がり、佐天の両足へと狙いを付ける。迎撃のため、右腕が僅かに強張った瞬間、佐天は確かに声を聞いた。

 

 

「――――――――――――――――『すごい、パーンチ』!」

 

 

 とてつもなく、場違い且つ緊張感に欠ける名称と共に、目の前が天井ごと一気に崩壊した。得体の知れない衝撃に巻き込まれるのを恐れ、垣根が大きく飛び退った場所に、上空から衝撃と共にその少年が降り立った。

 

「倒れた女に追い打ちかけようったぁ、根性が足んねぇな!」

 

 その少年は、まるで時代遅れの暴走族のような出で立ちだった。日章旗のような模様が入ったTシャツを身に着け、白の特攻服を肩にかけていた。額に白のハチマキを巻き付け、その短い黒の髪を翻していた。彼の名は、削板軍覇。学園都市七人の超能力者(レベル5)の第七位。世界最高の『原石』とも呼ばれる少年だった。

 

 その登場は、その場の誰に対しても完全な予想外であり、同時に、二人にとっての最大の好機でもあった。

 

((――今!!))

 

 心を合わせた佐天とバンダースナッチが、全身のARMSを励起させ、室内を高音の共振が満たしていく。次第に彼女の両頬に、ARMS特有の紋様が浮かび上がり始める。

 

「(このまま同調を続けていけば、完全体には至れる……! けど、今必要なのは!)」

『(バンダースナッチ(わたし)の力じゃなく、佐天涙子(あなた)自身の力! だから、必要なのは!)』

「(全てを飲み込むほどの、私自身(にんげん)の器……!)」

 

 かつて、オリジナルARMSを移植した四人の少年少女がいた。その四人は過酷な運命の中、時に絶望し、時に抗い、運命と言う名のプログラムに打ち勝っていった。そして、その四人は、遂にはプログラムでも想定していない更なる進化を遂げていった。ある者は、ARMSの皮膚も神経も全て受け取り、『剣の主』となった。ある者は、ARMSの『審判』を拒絶し、己が矜持に従い、最後まで自分自身の『目』で見届けようとした。ある者は、閉じ込められていた白いアリスを救い、外の世界へと誘った。

 

 そして、魔獣(ジャバウォック)を移植された少年は、魔獣(ジャバウォック)の全てを飲み込み、人間のままで完全にその力を制御するまでに至った。

 

 今、彼女たちが求めているのは、かつてその少年――――『高槻涼』が至った場所。佐天涙子のままで、神獣(バンダースナッチ)の力を完全に制御する境地。けれど、『飲み込む』のではない。彼とは全く違う道程で、同じ場所まで至ろうとしている。

 

 

『(私の、すべて! 貴女に、託す!)』

「(うん! 飲み込むんじゃない――――託されたもの、全部受け止めるんだ!)」

 

 

 それが、二人の絆の形。『友』ではなく、『家族』として歩むと決めた二人だから、『全てを託し、そして受け止める』という答えとなった。

 

 高音の共振は、やがて人間の耳の可聴域すら超越した。キィ――……ンと、もはや耳が痛くなりそうな静謐な音の中、ゆっくりと彼女が起き上がる。

 

「……こっから、反撃よ。さっきの分、万倍にして返すから!!」

 

 暗闇の中、彼女の純白の髪(・・・・)が翻った。

 




『原石型隕石』削板が天井からダイナミックに登場ォーッ!そして、佐天は高槻と同じ領域へ……!削板の登場が、本当に少年漫画の主人公みたいだwいわゆる出番待ちからの見開きページ登場とか。

垣根の能力が『天敵』であった要因。戦術学でいえば、垣根は多様性によって常に攻勢、戦術的行動が可能であり、佐天は進化の必要から常に防勢、対処的行動を強いられるという状況です。イニシアティブと言い換えてもいいですが、相性が最悪に近いんです。勝利のためには、イニシアティブを奪い取るだけの切り札が必要です。

佐天が今回至ったのは、高槻がカリヨンタワー上層にて、白いアリスの導きで至っていた境地。ジャバウォックの全てを飲み込み支配した、高槻自身の力と同じ領域です。もっとも佐天たち二人は『家族』なので、『託して受け止める』という二人の協力あってのものになっています。

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