とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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白井VS絹旗、決着です!

そして、今回とんでもない事態に……!



063 珠玉―リア・ファル―

 佐天と垣根の激突に決着が着いた頃、同じ施設の上層部では。血だまりの中に突っ伏す白井黒子と、それを静かに見下ろす絹旗最愛の姿があった。

 

 瓦礫まみれの床の上に、口から吐き出した血だまりに沈んでいる彼女は、ピクリとも動かない。初見でこの現場を見た人間がいたら、それは殺人事件の現場と勘違いされかねないほど。しかしそんな中でも、対峙した絹旗は一切の気の緩みを許さない。

 

 やがて、血だまりの中で、力なく投げ出されていた細い指先が、ほんの僅か、ピクリと動いた。

 

「……超しぶといですね」

 

 絹旗がそんな呆れた声を投げかける中、その顔や頭に血を滴らせた白井がゆらりと立ち上がる。その眼は、まだ死んでいない。鍛えてはいるのだろうが、同年代に比べれば小柄で華奢な体躯をしながら、未だしぶとく食い下がる少女に、絹旗の内心にほんの僅か賞賛の気持ちが湧き上がる。

 

 かといって、仕事に私情は挟まない。

 

「悪いんですけど、私の任務は本来襲撃者(インベーダー)の撃退なんですよ。だからまあ殺害までは、超任務外、ですので。そのまま大人しく捕まってくれれば、その怪我も治療できると思うんですが」

 

 もっとも後の身柄は保障しかねる、とは思ったがそこまでは口にしない。これで終わるのであれば労力の無駄を省けるし、何より倒しても倒しても起き上がるゾンビとの戦いはさすがに疲れた。大好きなB級ホラーのヒロインたちのうんざり感を、実感した気分だった。

 

「……申し訳ありませんが、そう言う訳には参りませんわ」

 

 胸部を左手で押さえながら、右手で口元の血を拭う。白井の怪我は決して浅くはない。流石に下腹部への攻撃だけは空間移動(テレポート)で避けてはいたが、胃や食道など他の内臓には満遍なくダメージが徹っている。オマケにまともに入った胸部の一撃は、彼女の肋骨をいくつかへし折るだけの威力だった。

 

(さっさと終わらせて、彼女だけでも確保。その後、明らかに超能力者(レベル5)級の『空力使い(エアロハンド)』能力者がこっちに来る前に離脱…………超無理ゲーですね、これ)

 

 すぐにでも白井を倒すべく絹旗が腰を落とし、両膝に力を溜める。彼女がこうも急いでいるのは、施設全体に先程展開された『空力使い(エアロハンド)』の制御空間が原因だ。彼女を明らかにしのぐような制御範囲とその強度。同系能力の持ち主だからこそ、対峙せずとも自分をはるかに超すレベルの持ち主だと肌で感じ取れてしまった。麦野のような違う系統の能力ならまだしも、自分の窒素装甲(オフェンスアーマー)では壊滅的に相性が悪いと理解してしまった。

 

 だから彼女は、『襲撃者二名両方の撃退』を早々に諦めて、襲撃者一名を確実に『捕縛』。もう片方の確保については、メンバー全員合流の後、善後策を考えることに切り替えた。すぐさま次善の策に移れるのは、暗部を渡り歩いてきた彼女の経験ゆえだろう。

 

 開始の合図など無く、どん、と絹旗の足元で衝撃が爆ぜた。見る間に縮まる距離に、白井は空中へと金属針を転移させて応戦する。

 

「無駄ですよ」

 

 そんな一言と腕の一振りで、全ての針は弾かれて地に落ちた。頭上にいくつも転移させてきたコンクリート塊は、絹旗の窒素装甲(オフェンスアーマー)を突破できずに砕かれる。

 

 さっきから、こんな攻防の繰り返しだ。本来空間移動能力者(テレポーター)は、相手の防御力など完全に無視した攻撃が出来る。絹旗にしても、体内にさっきの金属針やコンクリートを転移されては無事では済まなかっただろう。それなのに、彼女は未だに無傷。

 

 すべては、白井の意図によるものだった。白井は、絹旗が直撃を避けられない場合でも、意図的に、攻撃を末端部に限って行っているのだ。どんな状況であろうと、誤って致命傷にならないよう、計算し尽くして攻撃を行っている。最初の対峙から、絹旗はそのことに気付けた。白井の攻撃箇所が手に取るように分かった。だから彼女は無傷で済んだのだ。

 

 そして白井のそれ(・・)は、絹旗にとって、どうしようもない甘さと映る。

 

「……そんな超甘えた根性で、こんなクソッたれの戦場まで来てんじゃねえですよ」

 

 言葉と共に繰り出される、渾身の右。テレフォンパンチもいいところだが、目の前の相手は既に避けるだけの体力もない。だからこれで充分だと、繰り出された止めの一撃は――

 

 ――フラフラの棒立ちから、突如として寝そべるように(・・・・・・・)体勢を変えた(・・・・・・)白井に避けられた。

 

「――は?」

 

 予想外の事態に、一瞬思考が停止する。白井はその一瞬を逃さず、伸ばされた右腕にかぶりつき、身体を反転させながら関節を取ろうとしてきた。

 

「っ、どうやって?!」

空間移動能力者(テレポーター)は、別の場所に飛ぶだけが能じゃありませんわ! 同一座標で身体の方向を変えるくらいお手の物です!」

 

 右手を振り回し、白井を引きはがそうとする絹旗の声に、白井が応える。つまり彼女はあの瞬間、直立の身体が地面と平行になるように同じ地点に空間移動(テレポート)したのだ。下手をすれば至近距離にいる絹旗の身体に混ざり込んでしまいかねないが、それでも彼女は躊躇なくそれを行い、そして賭けに勝った。

 

 そのまま白井は右腕を振り回す動きに任せ、風紀委員(ジャッジメント)で培った制圧術を応用し、右へ左へと振るわれる腕の力に逆らわずに受け流し、身体を腕へと巻き付けていく。

 

「ああもう! 超厄介ですね!」

 

 ついにたまりかねたのか、絹旗が左腕まで使って白井を引きはがそうとする。白井の背中側の衣服を掴み、ぐいと引っ張り下ろす。しかし、そうすることは、白井にとって完全に『計算通り』だった。

 

 引っ張り下ろされる力に逆らわず、白井の両足がついに地面に降り立つ。そこは、絹旗の懐。絹旗までの距離は、数十センチも無い距離。白井の唇に、笑みがこぼれる。そしてその右の掌に、光も音もない、空間系能力者以外には一切探知も出来ない、球状の『力』が発生した。

 

 その瞬間、絹旗の背筋に悪寒が走った。白井の『力』を感知したわけではなく、暗部を潜り抜けてきた者特有の『勘』のようなものだったが、それでも彼女は最大の危険度を感じ、全力でその場から後退しようとした。しかし、そうするにはすべてが遅すぎた。

 

「ガッ――――――――?!!」

 

 衝突の瞬間、絹旗の身体全体を振動と衝撃が貫いた。纏っていた筈の窒素装甲(オフェンスアーマー)を見事に突き抜け、身体の芯へとダメージを与えた。自身を覆い尽くす窒素の殻が無ければ、彼女は年齢相応の少女でしかない。肺の中の空気を全て吐き出し、彼女の意識は白く染まっていく。

 

 床にその身を横たえた絹旗を見下ろし、白井は自らの右手へと視線を移す。

 

「……あれだけ訓練したというのに、今出来るのはたったこれだけ……。我ながら、少しばかり無様ですわね」

 

 彼女が使ったのは、掌の内側だけの『空間振動』。かつて彼女がキース・グレイの空間操作を目の当たりにして、犯人制圧用にアレンジして作り上げた技だった。普段自分を基準点として空間座標を決定し演算している為に、どうしても広範囲に広げることが出来ず、未だに限定的にしか使えない代物だが、空間系能力者以外は当たれば漏れなく昏倒する威力。遠距離攻撃として飛ばすことも出来ないため、どうしても近づく必要があったのだ。

 

「けれど、『不殺』は私の甘えではなく、覚悟そのものですわ。勘違いしないでいただきたいですわね。まあ、聞こえていないかも知れませんが」

 

 反応が返ってこないのを確認し、白井の膝から力が抜ける。壁に背をつき、そのままズルズルと腰を下ろした。

 

「……お姉様は大丈夫でしょうか」

 

 視線を上げ、虚空を見つめる。視界の中の壁の向こうに、白井は御坂がいるであろうもう一つの施設を透かして見ているようだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「ちょちょい、っと! 本当に大丈夫なワケ?」

 

 白井が心配している、御坂が突入した施設裏の駐車場。そこで一人の金髪の少女が、傍らのもう一人の少女を気遣っていた。金髪の少女の名前は、フレンダ=セイヴェルン。そして彼女に抱えられるように支えられている少女の名は、滝壺理后。

 

 彼女らは先程まで、目の前の施設内部に侵入してきた御坂美琴と交戦状態にあった。当初は爆弾を使ったブービートラップで優勢に立っていたフレンダだったが、トラップをことごとく潰されて敗北。危ういところをちょうど駆けつけてきた滝壺と、チームのリーダーである麦野沈利にバトンタッチし、窮地を脱したのだ。その後しばらくは滝壺の能力である『能力追跡(AIMストーカー)』と、麦野の持つ学園都市第四位の能力、『原子崩し(メルトダウナー)』のコンボで終始優勢に立っていた。だと言うのに、リーダーの麦野が一方的に、フレンダと滝壺に撤退を命じたのだ。

 

(見るからに具合悪そーな滝壺を気遣ったとか……イヤイヤイヤ、結局そんなワケないっての!)

 

 滝壺は額に脂汗を浮かべ、唇は渇ききり、目に見えて体調が悪そうだった。しかしながらそんな理由で、麦野が仲間を気遣う訳がない。あの女はそんなタマじゃない、とフレンダは確信していた。

 

「……ま、結局命令された以上、ここから一刻も早く撤収が一番なワケよ。ホラ、さっさとクルマ回して。誰か滝壺を運び入れるのに手を――」

 

 そこまで、言って。彼女は自分の周りが、妙に静かになっているのに気が付いた。

 

「!?」

 

 プシュ、と空気が抜けるような音と共に、彼女の両足に()が空いた。力の抜けた足が二人分の体重を支え切れずに揃って地面に転がる。横倒しになった視界に、赤いピンヒールの靴と、軍が使いそうな無骨なブーツ、それと男物のスニーカーが映った。

 

「――あなた達が、『アイテム』の構成員ね?」

 

 詰問を投げかけたのは、ピンヒールと同じ赤いナイトドレスを纏った少女。彼女の通称にして能力名は、『心理定規(メジャーハート)』。学園都市の暗部組織『スクール』の構成員であり、垣根の仲間である少女だ。

 

「あなた達に、このままもう一つの襲撃場所に向かわれるのは、非常に困るのよ。向こうに邪魔が入らないようにしておけって言うのがウチのリーダーの命令だし……それに、将来敵性戦力になり兼ねない相手となると、この場で放置と言う訳にもいかないの。ごめんなさいね?」

 

 そんなことを言いながら、赤いドレスの少女は警戒も気負いも特になく、無造作に近寄って来る。その横を固める土星の輪のようなゴーグルの少年も、髪を頭の両後ろで短めに縛った少女も全く恐れが無い。分かっているのだ。フレンダにも、滝壺にも、もう身動き一つする力が残っていないと。戦闘の疲れと、両脚の出血。薄れゆく意識の中で、近づいてくる少女の掌に、フレンダがギュッと目を閉じた。

 

 

「――――――――少し、待って貰えるかな?」

 

 

 フレンダと滝壺の窮地を救ったのは、その場の誰でもない声だった。少女の手が遠ざかるのを感じ、フレンダは瞼を薄く開いて、声のした方向を盗み見た。

 

 そこにいたのは、奇妙な服装をした二人組だった。片方は、全身黒一色。西欧人特有の高い身長を、真っ黒なゆったりとした服装で包んでおり、その間から見える手には大きな指輪をいくつもつけていた。髪型は真っ赤な長髪で、突き出る耳には大量のピアス。右目の下にはバーコードの刺青を刻んでおり、皮肉気に歪められた口元には煙草をくわえていた。

 

 もう片方の人物も、また奇妙。服装そのものは一般的なTシャツにジーンズだが、Tシャツは片側で大きな結び目を作られており、ヘソが丸出しになっていた。オマケにジーンズも太腿のかなり際どい位置で切断されており、もはや彼女のプロポーションを際立たせる用途にしか役立っていないという代物。そのくせ靴はウエスタンブーツを履き、腰にはウエスタンベルトで日本刀を差し、顔立ちは凛とした日本美人という本当に良く分からない女性だった。

 

「ここ最近この街に、妙に殺気と死臭が満ちている件で、そこの二人にはいくつか聞きたいことがあるんだ。まあもちろん、キミ達にもだけどね?」

 

 そう言って赤髪の男が、懐から奇妙な図形と記号が書かれたカードを取り出す。すると彼の目の前、虚空に炎が迸った。

 

「また首を突っ込んでいるかもしれない、彼女のために――――詳しい事情を聞かせて貰おうか?」

 

 イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属、『魔術師』ステイル=マグヌスと『聖人』神裂火織が、暗部組織『スクール』の面々と対峙した。

 




なんと、ステイルと神裂が参戦。おかげでフレンダと浜面の嫁が助かりました。

今回白井が使ったのは、手のひらサイズの『空間振動』。一々テレポートの演算をしている彼女では、現状これが限界です。レベルが上がれば、グリーンや崖と同じことも出来るでしょうが。彼女の努力の成果であり、珠玉の逸品には、アンサラーと同じケルト神話から、戴冠石にして聖なる石の名前をあてはめてみました。いかがでしょう?

ちなみにスクールの三人目の少女、原作超電磁砲には登場していましたが、単行本派の人達のため、名前も詳細も出さず。多分次回、ほとんど一瞬で勝負つきます。

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