とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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ムスペルヘイムを守る炎の『番人』、それがスルト。



064 炎人―スルト―

 

 突如として戦場に現れた正体不明の二人組。そんな闖入者に対して最も早く行動を開始したのは、『スクール』の構成員の少女だった。その長袖の袖口に隠した銃口が、赤髪の少年の眉間へと向き直り、プシュ、とわずかな音を立てて発射された。

 

 常人ならば、確実に致命の一撃。しかし、彼女の目の前にいる人物は、尋常の少年ではなかった。

 

「――――『灰は灰に(Ash to Ash)』」

 

 言葉と共に、少年の手に焔が燈る。その焔は、少年の顔のすぐ前で揺らめき、飛来した凶弾を苦も無く焼き尽くした。

 

 そして、もう一つの種火が宿る。

 

「『塵は塵に(Dust to Dust)』――――『吸血殺しの紅十字』!」

 

 そうして顕現するのは、焔の波濤。十文字に交差する炎の津波が、『スクール』の三人へと迫って来る。

 

「……っ!!」

 

 それを防いだのは、円形ゴーグルの少年。すんでのところで彼の能力、大能力者(レベル4)の『念動能力(テレキネシス)』によって炎の侵攻を防ぐことが出来た。そのまま彼は周囲の小石を操作し、炎を迂回させて攻撃を加えてくる。

 

「――――『七閃』」

 

 小石は決して相手に届くことなく、その全てが斬り裂かれて地に落ちた。パラパラと音を立てて落ちていく小石の前に立ちはだかったのは、大太刀を携えた少女。神裂の鋼線(ワイヤー)攻撃『七閃』が、何よりも強固な城壁として攻撃を許さなかったのだ。

 

「……これはこれは。とんでもなく厄介ねえ……」

 

 先の二人の攻撃とその結果を見て、前に進み出る少女。『心理定規(メジャーハート)』。そう呼ばれる少女が口元に笑みを浮かべながら、ステイルと神裂へと平然と近寄った。

 

「……? これは……?」

 

 最初に異変を感じ取ったのは、神裂。目の前の少女は、敵方だ。そのはずだ。だと言うのに、様子がおかしい。どういうわけか、目の前の少女を攻撃する気が萎えていく。まるで目の前にいるのは敵ではなく、天草式のかつての仲間や、あの白い少女がいるかのように。

 

 そんな神裂の様子を見て、少女はほくそ笑む。これこそが彼女の能力、『心理定規(メジャーハート)』。相手との心理的な距離感を自在に操る能力。『敵対』だったはずの距離を、神裂やステイルが『親愛』を向ける相手と同じくらいの距離へと変えた。通常ならば、それだけで打つ手なし。目的の為なら、愛する相手だろうと殺せる人間でも無ければ対抗手段などありはしない。

 

 しかし。

 

「……『世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ』」

 

 戦場に、朗々たる詠唱が響き渡る。その詠唱に合わせ、まるで舞い散る花弁のように、何かの記号を書かれたカードが周囲へと散らばり、地面と言わず壁と言わず貼り付いていく。その詠唱は、学園都市の住人たる『スクール』の面々には、まるで意味が分からない。それでも彼女らは、裏世界で曲がりなりにも生きてきた直感が、最大の警鐘を鳴らすのを感じた。

 

「『顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!――――≪魔女狩りの王≫イノケンティウス!!』」

 

 顕れたのは、炎の巨人。近づくだけで肌を焼かれそうな圧倒的な存在が、倒れ込んだフレンダと滝壺のすぐ後ろに発生した。

 

「……よく勘違いされるんだけど、僕が最も得意とするのは、炎を前面に押し出した『攻勢』ではなく、『守勢』……つまりは『防衛戦』なんだよね」

 

 そう嘯き、次に『心理定規(メジャーハート)』へと視線を向ける。

 

「成程、僕にとって君はかけがえのない大切な人であるように感じてしまっているよ(・・・・・・・・・・)。ただまあ、問題は無い。僕らの目的は、情報源となる人物の確実な確保。そして、この≪魔女狩りの王(イノケンティウス)≫は、実は『自動制御』が出来る代物でね……」

 

 その言葉に呼応するように、炎の番兵は空へと吼えた。

 

「『情報源であるその二人に、近づく人間を焼き殺せ』と命じた――さて。君の妙な能力は、自律して行動する、人間以外の存在にも効くのかな?」

 

 ステイルの言葉を聞き、彼女も歯噛みする。精神干渉に過ぎない彼女の能力は、当然機械やただの物理現象には弱い。今の話が本当なら、この炎の巨人には彼女の能力が一切効かないことになる。一応今の話がブラフという可能性もあるが、それを確かめるためには、自分で巨人へと近づく以外に方法が無く、もし駄目なら焼き殺されることになる。そんな危ない橋を渡る訳にはいかなかった。

 

(潮時か……)

 

 引き時を考え、アイコンタクトで仲間に合図を送る。傍らの少女がスモークグレネードを投げつけ、円形ゴーグルの少年がその煙を急速に拡散させた。

 

「……フン」

 

 ステイルが炎で発生させた上昇気流で煙を散らせると、そこには『スクール』の面々の姿はなく、イノケンティウスに守られるフレンダと滝壺だけが残されていた。

 

「神裂、そこの二人の応急処置を頼めるかい?」

「ええ、分かりました」

 

 今も足から出血するフレンダと、何らかの体調不良を抱えているらしい滝壺の手当てを同僚へと任せ、ステイルは周囲に警戒しつつ、紫煙を吐き出した。

 

「……ん?」

 

 紫煙の向こう、聳え立つビル群の上空に、奇妙な物体が見えた。それはビルの屋上から屋上へと、ピョンピョンと跳び移るかのように近づいてくる黒い影だ。誰かを抱えているらしいその影が近づくにつれ、正体を察してステイルは苦笑した。

 

「――さて。彼女らは、どんな説明をしてくれるのかな?」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 翌日。風紀委員(ジャッジメント)第177支部にて。

 

 そこには前日までとは大きくかけ離れた人物が集合し、人口密度が上がっていた。その面々を見て、本来この支部の先輩であり責任者である固法美偉は、額を押さえ、はあぁ、と重苦しい溜息をついて外の空気を吸いに行った。

 

「さて、そろそろ今回の一件について話を始めようじゃないか」

「そうですね」

「イヤ待て。その前に、何でお前らがこの街にいるんだよ?」

 

 上条が問いかけた人物であり、この妙な空気を作り出している元凶、ステイル=マグヌスと神裂火織は軽く肩を竦めた。

 

「先日のアウレオルスの一件で、彼が学園都市の住人と思しき何者かに殺されただろう? あれは本来は非常に不味い状況なのさ」

 

 現在魔術勢力と科学勢力は、可能な限り明確な住み分けを行うことで微妙な緊張関係を保っている。すなわち科学側は科学側で、魔術側は魔術側で、独自の秩序体系を築くことで、相互不干渉に近い状態にしてあるのだ。

 

 だと言うのに、あの日、元『ローマ正教』の錬金術師であるアウレオルス=イザードは、科学側である学園都市の住人に殺された。自分たちで粛清を行いたかったであろう魔術側最大勢力『ローマ正教』からすれば、とても受け入れがたい事態であるはずだ。アウレオルスが生きて魔術側の勢力に引き渡されるか、あるいは魔術側の誰かが止めを刺したのならばここまでの事態にはならないのだ。

 

「幸い、目撃したのは僕一人だったからね。対外的には彼は、ウチの重要人物である禁書目録(インデックス)の誘拐を目論み、あまつさえ実行したため、僕が灰も残さず焼き殺したことになっている。とは言え、ローマ正教(むこう)も馬鹿じゃない。いずれは気付くだろうさ」

「……そうなった際に下手人を押さえておき、全面戦争に至らないようにすると言うのが、上層部(うえ)の意向です。相手は『黄金錬成(アルス=マグナ)』に至っていた錬金術師を、正面から打倒しうる存在。ステイル一人では戦力に不安があるという事で、私が派遣されました」

 

 そのため二人で街の様子を探っていたところ、あちこちで血生臭い戦闘の跡が発見された。科学的には感知できないレベルであろうが、魔術的な処置が行われず、彼ら二人には容易に分かった。

 

「……そうして色々と探っていったところ、インデックスのお目付け役であるはずの君たちが、次々と施設を襲っていると分かったわけさ」

 

 目当ての人物であるキース・グレイこそ見つからなかったものの、目と鼻の先で現在進行形で騒動に首を突っ込んでいる知人。放っておけるものではなかった。

 

「まあ、そう言う訳で……」

「一体この街で何が起こっているのか、聞かせて貰えますか?」

 

 そうして語られる互いの事情。ステイルと神裂もまた、学園都市の闇の一端を垣間見るのだった。

 




ステイル、神裂の合流完了!いや、実は前回のアウレオルス死亡、魔術サイドにしてみれば、相当ヤバかったという話。

これで戦力的には上条勢力が豪華にはなりましたが、二人は基本的に一方通行には直接手出し出来ません。聖人パワーで殴り倒せば、全部終わる気もしますが……

次回はフレンダ尋問回……下手な回答したら、『フレ/ンダ』が原作よりも早く来てしまう可能性がある……?

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