少し時を遡り、佐天たちが捕縛したアイテムの三人の様子を見に行っていた頃。
「――変ね」
御坂の姿は、昨晩襲撃し残していた一つの研究施設にあった。
「研究員の出入りが見えないし、内部の明かりも点いているように見えない……本当にここであってるの?」
『はい、そのはずです。当初の資料に記載された研究施設としては、ここが最後になります』
「そう……」
キース・グレイから提供された計画関係者の資料。それに従うのは業腹だが、御坂自身と初春できちんと裏は取ってあるし、何より一番の手がかりでもあった。もう一度施設の内部を双眼鏡で覗き見て気を引き締める。
「……でも、ここまで誰もいないと……やっぱり罠の可能性が高いわね」
「もしそうなら、俺の出番ってことだな?」
「いや、必ずしもそういうわけじゃ――あー、もう! なんで付いて来たのよ!!」
双眼鏡を覗き込んでいた御坂が、視線を横へと向ける。そこには同じように施設を覗き見る上条の姿があった。
「いや、何でって言ってもなあ……昨夜あんなことがあったばかりだし、また能力者が施設の防衛についている可能性もあるから、白井からも是が非でも付いて行けって話だったろ?」
「確かに、アンタの右手は能力に対しては反則みたいなもんだけど……それにしたって!」
「それにさ」
御坂の言葉を途中で切り、上条が微かに呟く。
「お前の妹が何人も犠牲になってるなんて聞いて、放っておけるわけないだろ?」
「…………!」
上条のその言葉に、思わず御坂が赤面する。顔を俯かせ、ゆっくりと深呼吸して動悸が治まるのを待ち、それからようやく施設へと突入した。
「――で、結果がこれか」
「データの最後は、施設の管理会社の破産宣告で終わってる……つまり施設は完全に破棄されたってこと?」
施設の内部は、拍子抜けするほどに何も無かった。警戒していた施設防衛の能力者はおろか、人っ子一人見当たらず、内部のデータを探ってみたらそれである。破産した会社に研究を維持できる余力がある訳はなく、常識的に考えれば研究は道半ばで頓挫し、ストップしたと言えるだろう。
データを一通り漁ってそこまで理解すると、御坂の膝から力が抜けた。
「………………はーーーーっ」
終わった。研究は止まったのだ。未だ計画の中で作り上げられた
――――勝ったのだ。
「よかったぁ…………」
そんな安堵しきった御坂を見て、上条もまたほっとしていた。最近の彼女は気を張り詰め過ぎなところもあった。佐天たちと合流してから、少しはそれも薄れたが、それでもいつかぷつりと切れてしまうのではないかと危惧していたこともあったのだ。
「……さて、いつまでもここにこうしているわけにもいかねえな。つぶれた会社に不法侵入したなんて理由で
「あー、そうよねー……
『あ、そっちは私がやっておきますよ。破産会社の資産や研究資料が何処に移ったのか、追跡調査は任せてください』
その後、初春に
御坂がベンチにどかりと座り、およそ乙女にあるまじき声を上げた。
「あ゛~~……」
「いや、気ぃ抜きすぎだろ……ジュースでも奢るから、気合入れ直せって」
「じゃー、『ヤシの実サイダー』をお願い……」
御坂の注文を受け付け、財布から紙幣を取り出して差し込む…………が。
「ん? あ、あれ!? 反応しない!? しかも、札も飲み込んだまま出てこない!!?」
「んー……?」
不幸だー!と叫ぶ少年の後頭部をぼんやりと見つめ、御坂がのろのろとベンチから起き上がった。
「あー……ここ紙幣飲み込んでも、出てこないことあるのよね。センサーが壊れてるみたいでさ」
「知ってたんなら、教えてくれよ! 何、何だ、何ですか! 俺のなけなしの二千円はこのまま戻ってこないという事なんですか!?」
「は……?」
にせんえん?二千円。何故目の前の少年は、そんな半端な金額を自動販売機に入れているのだろう。そんな中途半端な金額にするには、千円札を二枚入れるか、もしくは…………あ。
「え、なに、何何! もしかしてもしかすると、あの絶滅危惧種の二千円札!? もはやUMAか都市伝説並みに存在が危ぶまれてる、あの二千円札!!」
さっきまでの物憂げな様子はどこへやら、完全に復活し目を輝かせた御坂の姿がそこにはあった。
「ぐあー! そうです、そうですよ! コンビニに持って行っても嫌な顔されるし、ATMでも受け付けてくれないし、古そうなここでなら受け付けてくれるかと思ったんだよ!」
「あははははは! そりゃ機械もバグるわよ、あははははははは!!」
己が不幸を嘆き続ける少年を、腹を抱えて大笑いしながら眺める、学園都市有数のお嬢様学校常盤台中学の模範的生徒、御坂美琴の姿があった。
「よっし! それじゃあアンタの二千円札、私が取り返してあげましょう!!」
そうして、その数分後。
「不幸だ……」
膝一杯に大量のジュースを乗せて、頭を抱える高校生の姿があった。なんの事は無い。御坂が二千円札を取り戻そうとして行った行動は、自動販売機に高電圧の電流をブチ込むというものだったのだ。そして、出てくる大量のジュース。高校生にして、器物破損と窃盗の現行犯である。なお、魔術師との戦闘で学生寮を粉砕したり、違法な研究施設への不法侵入を行ったことについては、頭の隅に追いやっている。どちらも緊急避難的行動だったと、考えるようにしているのだ。
「アンタねえ、女に荷物持たせて一人だけ逃げてんじゃないわよ」
「いや、あれは単に共犯にされたくなかっただけと言うか……」
「元々アンタがお金飲み込まれたのが原因でしょうが。あ、それじゃあ『主犯さん』、ヤシの実サイダー貰うわよ」
「なんで俺が主犯になってんだ!?」
ベンチに並んで座り、ギャアギャアと言い合う男女。傍から見れば付き合っているように見えなくもないそんな二人に、不意に声をかけた存在がいた。
「――お姉様?」
◇ ◇ ◇
「……で、彼女に出会ってすぐに、止める間もなくお姉様が飛び出して行ってしまった、と」
時間は戻り、場所は
「無理もありませんわね……終わったと思った矢先に、出会ってしまったんですもの」
そう言って白井が視線を向ける先。部屋の隅に備え付けられたパイプ椅子に座っているのは、小さな黒猫を抱えた、御坂美琴と同じ容姿を持つ少女。ミサカ10032号を名乗る少女だった。あの後立ち去ろうとする彼女を、上条が止め、そのままここへと連れ込んだのだ。抱えている黒猫は、道すがら拾った。
彼女の言によれば、今も変わらず実験は継続されており、昼前にも実験の一つが終了したとのこと。
「計画を主導していた会社が破産したはずなのに、計画が変わらず実行される……どういう事なのか。初春、調べは付いていますわね?」
「あ、はい、白井さん」
そうして初春が出してきたデータ。それによれば、破産会社の抱えていた利権は昨夜のうちに大量の企業へと分散・移譲されており、実験についても同様。学園都市に点在する様々な企業がこの計画を遂行しようと協力関係を結んでいる状態だというのだ。
『昔のエグリゴリと一緒ね。利権があるところに群がった企業が、血生臭い実験を実行する
現在の状態を聞き、虚空に姿を生じさせたバンダースナッチがそう嘯く。アリスの記憶を体感し、酸いも甘いも噛み分けた彼女が一番状況への順応が早かった。
「いや、でもさ、バンちゃん。いくらなんでも早すぎない? 施設をいくつも潰していったのは、ここ数日のうちなのに、こんなに早く大量に、なんて……」
『別に、何も不思議じゃないわよ』
佐天の疑問にも、バンダースナッチに動揺は見られない。企業群が表示された端末の画面の向こうに、『真の敵』を見つけたように睨みつけた。
『破産会社も、この企業群も、表に出ているだけの
その言葉に、その場にいた全員が絶句する。学園都市、ひいてはそれを統治する統括理事会。この実験は一部の上層部の暴走などではなく、上層部全体が主導して行っている実験だと言うのだ。もはや一学生で止められる範囲を完全に超えていた。
『それだけの存在が行っている実験を、力ずくでも止める……生半可な覚悟では出来ないわ』
バンダースナッチの言葉が、静かになった部屋へと響く。後にはただ、重苦しい空気だけが残っていた。
御坂妹こと、10032号の登場です!本当はここで遭遇するのは、10031号だったはずなのですが、少しだけ改変が入りました。この後、怒涛の展開で最終決戦の舞台まで直行しますので、禁書原作と違ってここで出会わせないと、彼女に上条フラグが立たないというw
次回は佐天たちの覚悟と、出来れば各陣営の様子。そして、『彼』の現状が入れられればなあ……と思っています。