とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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ちなみに作者は腕士郎も好きだし、ヒロインでは桜が一番好き。HFマダー?



067 運命―フェイト―

 

「――結局、御坂さんはどこに行ってしまったんでしょう?」

 

 バンダースナッチからの衝撃的な推測の後、衝撃を受けて沈黙する皆の中で、初春が話題を変えるように呟いた。

 

『さてね。けど、彼女もこの事実に気付いてるはずよ。そして、学園都市全体が敵なんだとして、それでも彼女がこの実験を止めるつもりなんだとすれば――――取り得る手段は、そう多くない』

 

 ◇ ◇ ◇

 

 すっかり暗くなった街並み。完全下校時刻を迎え静けさを増す街の一角で、彼女もまた同じ結論に至っていた。

 

「……敵は、学園都市、かぁ…………たった一日で、よくもこれだけ集めたモンよ……」

 

 データ参照のために入り込んだアクセスポイントで、御坂美琴はまるで力が抜けたようにずりずりと壁によりかかり、へたり込んだ。新たな実験参加企業は、数百にも上っている。これを自分たちだけで全て潰して回るなど、事実上不可能だ。

 

「――いや、潰しても無駄なのか」

 

 この手回しの速さといい、恐らく潰してもまた増やすだけなのだろう。最初から気付くべきだった。学園都市は、常に衛星軌道上の監視衛星で見張られており、警備員(アンチスキル)は犯罪者の追跡のためにそのデータを参照することすらある。佐天に名付けられたあの娘のように、密閉されていない操車場や屋外で行われていた実験が、衛星に見つからないわけが――

 

 ――そこまで考えて、気付いた。

 

「――――あ」

 

 思いついたのは、本当にわずかな光明。この実験を止められるかもしれない最後の可能性。……けれど。

 

「…………」

 

 それをしてしまったら、もう後戻りが出来ないのは確実で。それに関わってしまったら、みんなまとめて捕まるしかないと分かった。これが最後のターニングポイントだと分かった。

 

 だから、彼女は。

 

「――――」

 

 無言のまま、彼女は決してみんなの元に帰ることは無く、闇の中へと歩いて行った。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『この実験を確実に止める方法は、いくつかあるわ』

 

 バンダースナッチが、その場にいる全員の前に、半透明の指を差し出す。まず人差し指を一本立てた。

 

『一つは、実験を行っている施設を残らず破壊すること。当初私たちはこれを行っていたわけだけど、この方法はもう却下ね』

 

 今ある施設を破壊しても、すぐに増やされるのでは意味が無い。もうこの実験はそんなやり方では止まらない。ゆえに、二本目の指を立てる。

 

『次の方法としては、実験を行う『意味』そのものを破壊する事。意義を失わせると言ってもいいわ』

「意義、ですか?」

『ええ。目的を消失させるのよ』

 

 そもそもこの計画は、学園都市第一位と第三位を何百回と戦わせるという有り得ない『仮定』で、第一位が絶対能力(レベル6)に至るという『結論』が得られてしまったことから始まっている。ならば、その『結論』が間違っているという純然たる事実が得られてしまったなら――。

 

「計画は白紙に戻される、とそういうことですか」

「魔術側なら、それでも個人の感傷を優先して暴走する馬鹿も出るものだけどね。そこらへんドライなのは、科学側ゆえか」

 

 この場では少数派に属する神裂とステイルが、そう嘯く。ステイルの言葉は、そうした暴走した『馬鹿』も何人か見てきたために漏れた実体験だろう。

 

「で? その『仮定』と『結論』を出したのは、何処のどいつなんだい?」

 

 当然、何者かがそれらを生み出して、計画の進行も主導しているものと思い、ステイルが尋ねる。しかし、送られてきたデータから計画の内容を把握した初春と白井は、その言葉を否定した。

 

「計画の前提となる結論は、人間によってもたらされたものではありません」

「今回の計画は、有り得ない前提条件を可能な限り正確に導き出すために、とある研究機関を予測演算に利用していますわ。それこそが――」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「――『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』」

 

 既に明かりが落ち物音ひとつしない施設の中、御坂は一人周囲を探りながらコントロールルームへと急いでいた。彼女がいるのは、衛星軌道上に存在する『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』とデータをやり取りしている研究棟。学園都市にとっての最高頭脳と、唯一間口が開いている施設に彼女は侵入していた。

 

(ここから『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』にアクセスして、以前のデータに重要なバグが発生したと送信できれば!)

 

 実験を継続する意味を、無意味に出来れば。そうすれば、もう妹達は、死なずにすんで。もう誰もこんな実験なんかで、遺伝子情報を与えた自分のせいなんかで、死ぬことも傷つくことも無くなって。

 

 そんな世界を夢見て、御坂はコントロールルームにたどり着き。――――そして、絶望する。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『――確かに『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』が、今からでも実験に重大な瑕疵があると弾き出せば、計画全体は止まるかもしれない』

 

 その点は、バンダースナッチも認めた。しかし彼女と、計画に関する情報を得るため、電子の海に潜っていた初春の表情は優れない。二人は、既に知ってしまったから。

 

『……こんなガラクタに、まだ演算が出来ればだけどね』

 

 差し出された一枚の衛星写真。そこにはかつて『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』を搭載していた人工衛星、「おりひめI号」の無残な残骸が写し出されていた。『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は、7月28日未明、学園都市から突如として撃ち上がった『謎の閃光』によって撃墜されていたのだ。

 

「……あの時の『竜王の殺息(ドラゴンブレス)』ですか」

 

 あの日。インデックスに仕掛けられた、『首輪』との戦いの日。彼らは、空高く撃ち上がる閃光を確かに見た。人のいない場所へと放たれたとばかり思っていた一撃は、巡り巡って彼らへと報いを返したのだ。

 

『……こうなると、もう実験を止めるのは誰かの犠牲無しには無理かも知れない』

「……当時者を、『殺す』ってこと?」

 

 実験の主導者である学園都市の最高権力者、すなわち統括理事会。彼ら全員を殺すか、もしくは。

 

「第一位を、殺す、か……」

 

 レベル6に至る予定の者。代わりの効かない当事者。彼がいなくなれば、確かに実験は止まる。だけど。

 

「大量の犠牲を防ぐために、少数の犠牲を許容するのかい?」

 

 そう皮肉気に聞くステイルは、内心では彼女らのことを気遣っていた。自分ならば、良い。自分ならば目的のために手を汚す覚悟も、少数の犠牲も許容してきた。だが、彼女らは。

 

 やがて重苦しい空気が場を満たす中、今まで一言も喋らず、考えに没頭していた上条が顔を上げ、全員を見据えた。

 

「――そんな覚悟も、許容も、する必要ないぜ」

 

 その言葉に全員が彼を見返す。そこにいたのは、一切揺れていない、彼の姿。

 

「わかったんだ。実験を、計画を止める方法が」

 

 あの日、インデックスのために、絶望的な戦場で最後まで諦めず、戦いに赴いた彼の姿。

 

「――――俺が、戦う」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同じ頃、ある移動車両の中では。

 

「クソがッ、クソがぁぁぁっ!!」

 

 歯をむき出しにして激昂する女性と、その眼前で縮こまる三人の少女の姿があった。

 

「あ゛あ?! せっかく捕まえたお前らを、ろくな尋問もしねぇで、すぐに放り出しただぁっ!? ンだよ、そりゃぁ! 余裕か、余裕なのかよ、ああッ!?」

 

 ガンガンと周囲の機材を殴る麦野を見て、より一層身を縮めるフレンダと絹旗。滝壺だけはいつも通りで、二人は心底彼女が羨ましかった。

 

「面白そうな実験だから、放っとくつもりだったがよぉッ! このまま舐められたままじゃ、すませねえなぁッ!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 同刻、ある雑居ビルにて。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 重苦しい沈黙が、部屋中を満たしていた。スクールのメンバーが集うその部屋を包む、その沈黙の発生源は。

 

「……………………殺す」

 

 濃密な殺気を放ち、窓の外の景色をぼうっと眺める垣根帝督だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして。

 

「……予想では、明日には決着が付くのよね?」

 

 ある廃棄施設の中で、布束は同じく作業に没頭していた少年へと声をかけた。その少年は、手近な端末に向け、一心不乱に何か入力していたが、やがて手を止めると。

 

「――ああ」

 

 彼女の問いに遅すぎる返答を為し、ゆっくりと顔を上げた。

 

「ようやく――――この時が来た(・・・・・・)

 

 その面に浮かんでいたのは、どこか狂喜じみた笑み。その瞳の先、透明なカプセルの中では、傷一つない(・・・・・)四肢を晒し、瞳を閉じてゆったりと眠る御坂ミコの姿があった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、翌日8月21日。

 

 この星に息づくすべての人類にとって、運命の日が訪れる。

 




ようやく!8月21日にたどり着いた……!いよいよ最終決戦の舞台へ!

次回は、上条による御坂の説得。久しぶりに上条節で語る上条を書ける!後、フラグ建築の場面も書ける(笑)

横槍入れそうな方々、予想通りに盤面を動かす方と様々いますが、この物語も、最終決戦も、この8月21日で全てが決します。乞うご期待。

そして、来週・再来週の更新についてですが、お盆ということもあり、どちらか、もしくは両方休むことになりそうです。もしかしたら次の更新は8月27日土曜ということもありますので、ご了承下さい。

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