「――結局、御坂さんはどこに行ってしまったんでしょう?」
バンダースナッチからの衝撃的な推測の後、衝撃を受けて沈黙する皆の中で、初春が話題を変えるように呟いた。
『さてね。けど、彼女もこの事実に気付いてるはずよ。そして、学園都市全体が敵なんだとして、それでも彼女がこの実験を止めるつもりなんだとすれば――――取り得る手段は、そう多くない』
◇ ◇ ◇
すっかり暗くなった街並み。完全下校時刻を迎え静けさを増す街の一角で、彼女もまた同じ結論に至っていた。
「……敵は、学園都市、かぁ…………たった一日で、よくもこれだけ集めたモンよ……」
データ参照のために入り込んだアクセスポイントで、御坂美琴はまるで力が抜けたようにずりずりと壁によりかかり、へたり込んだ。新たな実験参加企業は、数百にも上っている。これを自分たちだけで全て潰して回るなど、事実上不可能だ。
「――いや、潰しても無駄なのか」
この手回しの速さといい、恐らく潰してもまた増やすだけなのだろう。最初から気付くべきだった。学園都市は、常に衛星軌道上の監視衛星で見張られており、
――そこまで考えて、気付いた。
「――――あ」
思いついたのは、本当にわずかな光明。この実験を止められるかもしれない最後の可能性。……けれど。
「…………」
それをしてしまったら、もう後戻りが出来ないのは確実で。それに関わってしまったら、みんなまとめて捕まるしかないと分かった。これが最後のターニングポイントだと分かった。
だから、彼女は。
「――――」
無言のまま、彼女は決してみんなの元に帰ることは無く、闇の中へと歩いて行った。
◇ ◇ ◇
『この実験を確実に止める方法は、いくつかあるわ』
バンダースナッチが、その場にいる全員の前に、半透明の指を差し出す。まず人差し指を一本立てた。
『一つは、実験を行っている施設を残らず破壊すること。当初私たちはこれを行っていたわけだけど、この方法はもう却下ね』
今ある施設を破壊しても、すぐに増やされるのでは意味が無い。もうこの実験はそんなやり方では止まらない。ゆえに、二本目の指を立てる。
『次の方法としては、実験を行う『意味』そのものを破壊する事。意義を失わせると言ってもいいわ』
「意義、ですか?」
『ええ。目的を消失させるのよ』
そもそもこの計画は、学園都市第一位と第三位を何百回と戦わせるという有り得ない『仮定』で、第一位が
「計画は白紙に戻される、とそういうことですか」
「魔術側なら、それでも個人の感傷を優先して暴走する馬鹿も出るものだけどね。そこらへんドライなのは、科学側ゆえか」
この場では少数派に属する神裂とステイルが、そう嘯く。ステイルの言葉は、そうした暴走した『馬鹿』も何人か見てきたために漏れた実体験だろう。
「で? その『仮定』と『結論』を出したのは、何処のどいつなんだい?」
当然、何者かがそれらを生み出して、計画の進行も主導しているものと思い、ステイルが尋ねる。しかし、送られてきたデータから計画の内容を把握した初春と白井は、その言葉を否定した。
「計画の前提となる結論は、人間によってもたらされたものではありません」
「今回の計画は、有り得ない前提条件を可能な限り正確に導き出すために、とある研究機関を予測演算に利用していますわ。それこそが――」
◇ ◇ ◇
「――『
既に明かりが落ち物音ひとつしない施設の中、御坂は一人周囲を探りながらコントロールルームへと急いでいた。彼女がいるのは、衛星軌道上に存在する『
(ここから『
実験を継続する意味を、無意味に出来れば。そうすれば、もう妹達は、死なずにすんで。もう誰もこんな実験なんかで、遺伝子情報を与えた自分のせいなんかで、死ぬことも傷つくことも無くなって。
そんな世界を夢見て、御坂はコントロールルームにたどり着き。――――そして、絶望する。
◇ ◇ ◇
『――確かに『
その点は、バンダースナッチも認めた。しかし彼女と、計画に関する情報を得るため、電子の海に潜っていた初春の表情は優れない。二人は、既に知ってしまったから。
『……こんなガラクタに、まだ演算が出来ればだけどね』
差し出された一枚の衛星写真。そこにはかつて『
「……あの時の『
あの日。インデックスに仕掛けられた、『首輪』との戦いの日。彼らは、空高く撃ち上がる閃光を確かに見た。人のいない場所へと放たれたとばかり思っていた一撃は、巡り巡って彼らへと報いを返したのだ。
『……こうなると、もう実験を止めるのは誰かの犠牲無しには無理かも知れない』
「……当時者を、『殺す』ってこと?」
実験の主導者である学園都市の最高権力者、すなわち統括理事会。彼ら全員を殺すか、もしくは。
「第一位を、殺す、か……」
レベル6に至る予定の者。代わりの効かない当事者。彼がいなくなれば、確かに実験は止まる。だけど。
「大量の犠牲を防ぐために、少数の犠牲を許容するのかい?」
そう皮肉気に聞くステイルは、内心では彼女らのことを気遣っていた。自分ならば、良い。自分ならば目的のために手を汚す覚悟も、少数の犠牲も許容してきた。だが、彼女らは。
やがて重苦しい空気が場を満たす中、今まで一言も喋らず、考えに没頭していた上条が顔を上げ、全員を見据えた。
「――そんな覚悟も、許容も、する必要ないぜ」
その言葉に全員が彼を見返す。そこにいたのは、一切揺れていない、彼の姿。
「わかったんだ。実験を、計画を止める方法が」
あの日、インデックスのために、絶望的な戦場で最後まで諦めず、戦いに赴いた彼の姿。
「――――俺が、戦う」
◇ ◇ ◇
同じ頃、ある移動車両の中では。
「クソがッ、クソがぁぁぁっ!!」
歯をむき出しにして激昂する女性と、その眼前で縮こまる三人の少女の姿があった。
「あ゛あ?! せっかく捕まえたお前らを、ろくな尋問もしねぇで、すぐに放り出しただぁっ!? ンだよ、そりゃぁ! 余裕か、余裕なのかよ、ああッ!?」
ガンガンと周囲の機材を殴る麦野を見て、より一層身を縮めるフレンダと絹旗。滝壺だけはいつも通りで、二人は心底彼女が羨ましかった。
「面白そうな実験だから、放っとくつもりだったがよぉッ! このまま舐められたままじゃ、すませねえなぁッ!!」
◇ ◇ ◇
同刻、ある雑居ビルにて。
「…………」
「…………」
「…………」
重苦しい沈黙が、部屋中を満たしていた。スクールのメンバーが集うその部屋を包む、その沈黙の発生源は。
「……………………殺す」
濃密な殺気を放ち、窓の外の景色をぼうっと眺める垣根帝督だった。
◇ ◇ ◇
そして。
「……予想では、明日には決着が付くのよね?」
ある廃棄施設の中で、布束は同じく作業に没頭していた少年へと声をかけた。その少年は、手近な端末に向け、一心不乱に何か入力していたが、やがて手を止めると。
「――ああ」
彼女の問いに遅すぎる返答を為し、ゆっくりと顔を上げた。
「ようやく――――
その面に浮かんでいたのは、どこか狂喜じみた笑み。その瞳の先、透明なカプセルの中では、
◇ ◇ ◇
そして、翌日8月21日。
この星に息づくすべての人類にとって、運命の日が訪れる。
ようやく!8月21日にたどり着いた……!いよいよ最終決戦の舞台へ!
次回は、上条による御坂の説得。久しぶりに上条節で語る上条を書ける!後、フラグ建築の場面も書ける(笑)
横槍入れそうな方々、予想通りに盤面を動かす方と様々いますが、この物語も、最終決戦も、この8月21日で全てが決します。乞うご期待。
そして、来週・再来週の更新についてですが、お盆ということもあり、どちらか、もしくは両方休むことになりそうです。もしかしたら次の更新は8月27日土曜ということもありますので、ご了承下さい。