とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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071 祈願―プレイ―

 

 頭の中が、まだガンガンと唸っていた。意識は朦朧とし、明滅する視界には、横倒しになった砂利の地面が映っていた。

 

 ――自分(オレ)は何ンで、こんなトコで倒れてンだ?

 

 そんな素朴な疑問が、一方通行(アクセラレータ)の頭の中にぽつりと浮かび上がった。口の中は、血の味がする。鼻は、鉄臭い臭いで充満して、使い物にならねエ。顔や腹が、今まで感じたこともねエくらいに痛エ。何でだ。何でだ。

 

 ――アイツらだってな、一生懸命生きてたんだぞ!

 

 そう叫んで、自分の目の前に立っているこの男は、自分に殴りかかって来た。――生きてた(・・・・)

なンだ、そりゃァ。だって、誰も言わなかったじゃねェか。どいつもこいつも、みんなアイツらは『ただのクローンだ』『出来損ないの量産品だ』『ボタン一つで作り出せるタンパク質の塊だ』とか、そンなことしか言わなかったじゃねェか。ふざけンな。今更、ンなこと言うな。今更、アイツらがちゃんと『生きてる人間』だって認めちまったら、オレは――

 

「――く――――か――――――……」

 

 喉から出た声は、言葉の意味を為していなかった。ただただ、肺に押し出された空気が、喉を通り、口を通り、声のように空気を裂いて聞こえるだけだった。音は続く。声は続く。それはさながら彼の中で渦巻いた苛立ちと衝動を吐き出すかのようで。

 

「く、か、きき、くかきけかかきくけかこかくけきこ――――――――――――――――!!!」

 

 圧倒的な暴力として、君臨した。

 

「くっ…!」

「あうっ!」

「うひゃ!」

「きゃ?!」

「おー…。」

 

 近くでその戦いを見ていた少女たちが、突如として巻き起こった暴風に髪を押さえる。しかし、一方通行が起こした『暴力』はそんなものでは済まなかった。やがて、その風は一つ所に集まり、人類がとても届かないと名付けた神獣にも似た姿となった。

 

 『竜巻』。東洋に伝わる龍のような長大な姿をくねらせ、ありとあらゆるものを吸い上げ上空へとばら撒く、災厄そのもの。人の手に余るとされた災害が、人の手によって形作られた瞬間だった。

 

「ぐ――――?! う、わ、あぁあああああああああああああああああ!?」

 

 当然、一番近くにいた上条もただでは済まない。あっという間に両脚を風に刈られ、その全身を上空高くへと巻き上げられてしまった。

 

「ヤバイ!」

「殿方が!」

「とーま!」

「助けに。」

「でも、こっちも動けませんよ!?」

 

 近場の鉄骨やワイヤーを電磁力で繋ぎ、必死になって地面にしがみつく少女たちが叫ぶ。そのころには、上条は地上から大きく離され、その姿はすでに豆粒ほどの大きさになりつつあった。

 

(……なンだよ。あるじゃねェか。こんなすぐ近くに、周りのクソどもを黙らせる絶対的な力が!)

 

 これさえあれば。この力さえあれば。たとえ絶対能力(レベル6)に届かなくったって、無敵になることが――!

 

 ようやく手にした圧倒的な力。その力を完全に掌握せんと、自らのベクトル操作能力を最大限に活用し、周辺の大気を全てその手に収めようとしたまさにその時。

 

 プシュゥゥゥ…………、とまるで風船から空気が抜けるような音を立てて、竜巻は小さくなり、つむじ風になり、そよ風になり――――、最後には跡形もなく世界から消え去った。

 

「…………………………………………………………………………………………………………あ?」

 

 長い沈黙のあと、一方通行(アクセラレータ)は呆然と空を見上げた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そんな彼の様子を、高所から見つめる少女がいた。

 

「ふぅ――――……」

 

 少女は、純白の髪を風になびかせ、静かに眼を閉じ集中していた。その額には球の汗が浮かび、彼女の極度の緊張が見て取れた。少女の名は、佐天涙子。能力名は、空力探査(エアロソナー)

 

 彼女は今、必死になって、周辺の大気を制御下に置こうとしている。上条を助けるために。もうこんな実験を終わらせるために。そのために、上条が対抗し得ない大気の操作にのみ絞って、支援を行うことに決めた。無論、明らかに高レベルである彼女が直接手を出せば、実験継続のリスクはそれだけ高まることになる。だから彼女は迂遠に、あくまで間接的に上条を支援するに留めている。

 

 そんな彼女の苦悩を、最も近くで見つめるキースは、あくまで口元を緩めるだけだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、再び地上では。

 

「――――みつけた!」

 

 竜巻が止んだことで、空に目を凝らしていたインデックスが、上空高くから落ちてくる点のような人影を発見した。

 

「黒子!」

「はい、お姉様!」

 

 すぐさま、常盤台コンビが空中目掛けて飛び出す。白井が上条の所まで連続で空間転移(テレポート)し、落ちてくる上条の身体を御坂がワイヤ―を操って確保し、そのまま金属製の足場まで電磁力で貼り付く。上手く落下の勢いを殺した二人は、ふぅと大きく息を漏らした。

 

「ワリィな。助かった」

 

 余りに気軽に、そう返してくる上条。別に大きな怪我もしてなさそうな様子に、ほっと安堵しそうになって、御坂は慌てて取り繕った。

 

「――フン! なによ、アンタ結構危なかったじゃないの」

「全くですわね。お姉様相手にあんな偉そうな啖呵を切っておきながら、簡単にやられそうになるとは。もし負けでもしたら、貴方の身ぐるみを剥ぎ取って、通っている高校の校門前に全裸で晒して差し上げますわ」

 

 御坂の指摘に、白井までもが乗ってくる。上条は「悪かった悪かった」と言いながら立ち上がったが、生憎前しか向いていなかったせいで、御坂がやたらと頬を赤らめているのには一向に気付かなかった。

 

 そうして再び起ち上がり、対峙した上条に、一方通行(アクセラレータ)は心底歯噛みした。

 

(――なンでだ。なンでコイツは折れねェ? 今の攻撃だって、運よく助かっただけだ。次やれば今度こそ死ぬかもしれねェんだ。それが分かってるはずなのに、なンでコイツは退かねェ? そうまでする価値が、こンな戦いにあンのか? あの人形どもに、そこまでする意味が本当にあンのか? なンで、なンで――――……)

 

「……なンで、そこまですンだよ」

 

 ぼそりと呟かれた言葉は、上条までは届かなかった。ぎり、と歯を軋らせ、目の前の相手に、世界に吼える。

 

「面白ェ! 最っ高に面白ェよ、オマエ! なンだァ、オレに攻撃出来るからってもう勝てる気かァ!? 笑わせンな! オレは、一方通行(アクセラレータ)! 学園都市が誇る超能力者(レベル5)の頂点だ!! オマエみたいな三下が、百回生まれ変わっても勝てねェ相手なンだよォ!!」

 

 叫びは戦場全体に響き、はあ、はあ、と肩で息を吐く一方通行は、それでも一向に視線をそらさない上条当麻を見据えた。ぶれない。曲がらない。決して退かない。そんな決意が瞳に浮かんでいるようだった。

 

 ジャリ、と不意に足元で鳴った音に、驚愕する。知らず、一方通行の足の方が、わずかに下がっていた。退こうとした?第一位が?三下(あンなヤツ)に?

 

 一方通行の苛立ちが、頂点に達した。

 

「…………っ、ク、ソがぁあああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 ベクトル操作をフルに使っての高速平行移動。その中空で、一方通行はその両腕を槍のように突き出した。最短距離を進む、最速の攻撃。たとえどんな能力を持っていようが、敵うはずのない自身の最高の一撃。

 

 ペキ、と音を立てて、最高のはずの一撃は、少年の右の拳に払いのけられた。勢いのまま、身体が空中で泳ぐ。動けない。拳に触れた途端に、自分を移動させていたベクトルまで、まるで殺されたように消え去った。

 

 拳が、弓のように絞られる。次の瞬間には、渾身の拳が自身に突き刺さっているだろう。なンでだ。なンでこうなったンだ。そもそも、なンでオレはこんなに必死になって実験をやろうとしてンだ?

 

「歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)――」

 

 ――ああ、そうか。思い出した。

 

 最初は、怖かった。向かってくる相手より、自分が。どんな攻撃が来ようと、無傷で立っていられる自分の能力が。この能力(チカラ)はいつか、世界そのものを敵に回し、本当にすべてを壊してしまいそうで。

 

 だから、『最強』でいたくなかった。だから、『無敵』になりたかった。誰も戦う気が起きない程の絶対的な存在になりたかった。そうすれば――

 

「――俺の最弱(さいきょう)はちっとばっか響くぞ」

 

 ――もう誰も、とか……ホント……何やってンだ、オレ……

 




一方通行戦、決着!一応この作品、超電磁砲サイドなので、漫画原作にもあった一方通行の内面も取り入れてみました。

触っただけで相手を傷つける能力。そんなものに目覚めた人間は、確かに地獄かもしれません。まして周囲の環境が、そのチカラの研究目的の下種ばかりだと余計にね。

一応佐天も御坂も白井も、戦々恐々としつつ間接的な援護に留めました。彼女らは内心、実験が止まらなかったらどうしようと思っていることでしょう。

そこに、さらにトドメを刺すのが路地裏クオリティ!次回以降、事態がとんでもない方向へと動いていきます。そして、ラスボスが動き出す……!

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