とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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書いていたら長くなりすぎ、分割作業に追われて気が付けば投稿時間超過してました……!
遅くなって申し訳ありません!



072 神樹―ユグドラシル―

 全てが終わった時、誰も発し得る言葉を持ち得なかった。結果としては単純、拳を振り抜いた男が勝者となり、それを受けた男が敗者となった。だけど、その勝者となったのが学園都市の能力者の中で最弱のはずの無能力者(レベル0)で、敗者が超能力者(レベル5)の頂点、第一位だったと聞いたならばどんな印象を受けるだろう。ここ学園都市に住む者ならば、有り得ない、幻かなにかだ、とそんな印象を受けるだろう。

 

 しかし、全ては現実。たとえこの場に集った学園都市の住人にとって、信じられない事柄だったとしても、目の前でそれは実際に起こった。有り得ないはずの『奇跡』は起きたのだ。

 

「~~~~~~~~、やったー!!」

「おわっ?!」

 

 その奇跡に、真っ先に喜び、殊勲者であるツンツン頭の少年へと跳びついたのは、御坂だった。首根っこに抱き着いた彼女に慌てて、その腕を叩き、少し引っ張って気道を確保する。危なく仲間のはずの彼女に殺されかけるところだった。

 

「やった!! やった! やった。やった、やったぁ…………」

 

 最初は喜びに満ちていた声が次第にしぼみ、最後には顔を上条のワイシャツへと埋め、鼻を啜る音へと変わった。ようやく救うことが出来た。一万人以上殺されてしまったけれど、自分には無理だったけど。やっと実験を止めることが出来た。奇跡が起きた喜びに、それでも死んでしまった妹達への申し訳なさに、そして自分の不甲斐なさに、彼女は泣いた。

 

 そして、その場に一人の少女が降り立った。

 

「佐天さん! そっちは大丈夫でしたか?」

「あー、うん。まあ……」

 

 初春から声をかけられたその少女、佐天は極めて微妙な表情を浮かべる。その妙な反応に首を傾げていると、その場に場違いな拍手の音が響いてきた。

 

「――素晴らしかったよ、上条当麻」

 

 拍手の主は、キース・グレイ。どうして彼が此処にいるのか。また計画進行を助長していたはずの彼が、なぜ上条を賞賛するのか。その場にいた全員が、なんとも怪訝な表情となった。

 

 周囲の奇妙な沈黙などどこ吹く風で、キース・グレイはあくまでマイペースに言葉を続けた。

 

「例えどんな困難が目の前に立ちはだかろうと、拳を握り、その壁へと立ち向かう――君の姿は、僕が尊敬するとある知己の姿を彷彿とさせるものだった。純粋に尊敬に値するよ」

「…………」

 

 彼の手放しの賞賛に、上条は答えない。目の前の少年に会ったのは数回だが、それでも彼がとんでもない危険人物であることは理解している。目的の為ならば人命を奪うのも躊躇しないことも、またただの人間からすればあまりにも隔絶した実力を持っていることも。そんな人間から褒められたところで、まず不気味さが先に立って素直に受け止められようはずもなかった。

 

 同様の印象は、未だに胸の中にいた御坂も抱えていたようだ。ほんの少しだけ顔を上げて、視線だけは油断なくキース・グレイを名乗る少年へと向けたままだ。その警戒心最大の対応に、思わず目の前の少年は苦笑した。

 

「君らの警戒はもっともだけどね……。まあ、それはひとまず置いておいて、ここまで頑張った君や御坂美琴に些少ではあるが、褒賞を用意したんだ。出来れば受け取ってくれないかな?」

 

 そう言って、手を上向けて奥まった一点を指し示す。するとレールのつながったその先から、何やら連結したコンテナを引っ張った特殊車両が現れた。それは御坂たちや初春らが全員見える位置へと移動すると、その車体を止めた。

 

「では、ハッチを開けてくれ」

 

 その言葉と共に、コンテナの側面が上下に開いていく。そして、その中には、培養槽のようなカプセルに入れられた妹達(シスターズ)の一団と、その手前に、カエル柄の缶バッジと雪の結晶を模したヘアピンをつける少女がいた。

 

「……………………ミコちゃん?」

 

 佐天の驚愕しきった言葉が漏れた。目の前にいるのは、あの日死んだはずの少女だった。もう会えないはずの少女だった。そのはずの彼女がどうしてここにいるのか?

 

 その場にいた全員が絶句する中、コンテナを引っ張って来た特殊車両からも少女が一人降りてきた。ギョロ目で白衣を纏った彼女の名は、布束砥信。予想外の人物の度重なる登場にもはや誰一人動けずにいた。

 

「彼女らは、実験進行中に、重傷を負い敗北したが、こちらで治療を施した結果、何とか一命を取り留めた妹達(シスターズ)だ。合計106人いる。そして布束さんは彼女らの保護に際して協力してくれた協力員だよ」

 

 その言葉に、御坂らは驚く。まさかキース・グレイがこんな形で妹達(シスターズ)を保護してくれているとは思いもしなかった。実験前で命拾いをしたコたちを除けば、全員の生命が絶望的だったために、その点だけは嬉しかった。

 

 しかし、だからこそ彼女らの冷静な部分は、目の前の少年の意図が分からず、不気味さを感じてもいた。彼女らを保護した――『メリット』はなんだろう?

 

 周囲の疑念を感じ取りながらも、少年は笑みを崩さない。まるで渾身のマジックを、周囲に披露する時を待ち望んでいる手品師のように。にこにことした笑みを浮かべながら、ゆっくりとコンテナの方へと歩み寄る。

 

「彼女らは、これから君らの元へと帰すわけなんだが――」

 

 そして、ゆっくり、ゆっくりと。

 

「――その前に、僕の生涯を懸けた計画(プログラム)に、付き合ってもらう」

 

 御坂ミコの額へと、その手を触れた。

 

 瞬間、世界に衝撃が奔った。

 

「きゃあ!?」

「ぐ!!」

「なんですの、この『声』は!」

 

 その場にいた全員が、その場に突如鳴り響いた音に耳を押さえた。いや、音と表現するのは正しくはない。白井が指摘したように、それは確かに『声』だった。しかし、尋常な声ではない。可聴域のギリギリか、もしくは大きく外れるような超高音が人間の喉から発せられているのだ。音源となっているのは、御坂ミコ、そして、カプセルに入った妹達(シスターズ)だった。

 

「耳が痛ぁい!!」

「こんな声が……! あれ、でもこの声って――?」

「っ。拍子? 音程? ――『歌』?」

 

 全員が動けずにいる中、やがて聞こえる声に規則性があることに気付いた。一定の拍子、節回し。明らかに『歌』ととれる現象だった。

 

 そして、段々と音が高まっていく中、上条達が連れてきた御坂妹と呼ばれた彼女も、喉を震わせ始めた。同じ高音。同じ拍子。この分だと、街中にいる他の妹達(シスターズ)もまたこの『歌』を歌っているだろう。

 

「……! ダメ……!」

 

 その『歌』の正体に、唯一気付けたのは、この中で魔術側の知識に最も長けたインデックス。その耳に響く『歌』が、一体何なのか、彼女の膨大な知識が警鐘を鳴らしていた。

 

「やめさせて、とうま! 今すぐ、この『歌』を!」

「っ! どうしたんだ、インデックス! お前、この『歌』なんだか知ってるのか!?」

 

 互いに聞き取り辛い環境の中、叫ぶように行われる言葉の応酬。そんな中で、インデックスが漏らしたその答えだけは不思議とその場に響き渡った。

 

「『グレゴリオの聖歌隊』だよ!!」

 

 それはかつてこの都市を訪れたローマ正教が用いた、大規模儀式の名称だった。

 

「本来膨大な時間がかかる大規模魔術の中核を106人に分割して、更に間奏・伴奏として一万人近い人数を動員してる……! これなら、以前に街で用いられた時よりも、早く儀式が終わってしまうかも!」

「――――その通り」

 

 インデックスの言葉に、響いたキース・グレイの声。それを合図とするかのように、周囲に満ちていた『歌』が、余韻のような声を残して完全に消え去った。そうして、声を一際響かせていたミコと、カプセルの中の妹達(シスターズ)が身体をガクンと折り、完全に意識を失う。

 

「これにて術式は完成した――だが、やはり魔術の行使によって、能力者たる彼女らはダメージを負ったか」

「あんた……!」

 

 何を行っていたかは分からないが、今またミコたちを傷つけたキース・グレイに怒りが募る。そのまま激情のままに飛びかかろうとして、向けられた掌に止められた。

 

「勘違いしないでくれ。僕だって折角保護した彼女らに、みすみす命を落としてもらいたくない。万全の措置は施してあるさ」

 

 その言葉に足を止め、再び視線をカプセルの中へと戻す。見るとカプセル内の彼女らは、確かに口元や目元から出血しており意識もないが、それでも血色は悪くはない。いやむしろ、その身体にわずかに『紋様』が浮かぶたびに良くなっていくような――。

 

「……ARMS?」

 

 そう、その紋様は、自身の身体で何度も見た現象。それが彼女らに浮かんでいるという事は、彼女らにはARMSが移植されており、現在体内を治療中ということだ。

 

「正確には、カプセルの中の彼女らは違うよ。彼女らに移植されているのは、『レプリカントARMS』の研究過程で生まれた、完全治療用ARMS、『メディカライズARMS』と呼ばれるナノマシン群だ」

 

 キース・グレイにとって、かつてのモデュレイテッドARMSは完全な失敗作という認識だった。たった一度の完全解放にすら耐えられず、またその進化も極めて限られたものでしかなかった。その原因がARMSの『意志』の有無にあると悟った為、彼はオリジナルARMSのソレを研究していった訳なのだが、その中で、彼はオリジナルがかつて行ったある一つの現象を再現できないかと試みた。

 

 その現象とは、ARMSの『休眠』である。かつてオリジナルは戦いの日々の終焉を悟り、自らその機能を休眠させたことがあった。そんな現象はオリジナルに近いアドバンストARMSにすら不可能であり、オリジナルの機能の再現を目指す中で取り組むべきテーマの一つでもあった。

 

 研究の結果として、休眠の再現は出来たものの、戦闘用には完全に使えないものが出来上がった。移植から24時間の間、その身体に存在したありとあらゆる障害を再生するものの、きっかり24時間で休眠状態に移行し、やがては体内の老廃物と一緒に体外に排出されるという代物。戦闘には耐えられない、完全治療用ナノマシンといっていい物が出来上がった。

 

妹達(シスターズ)に負担をかけることは、協力者である布束さんが了承しなかったしね。両脚を喪っており、さらに全員に『聖歌』を行き渡らせるために、僕のARMSと高い交信を必要とする御坂ミコ君だけはレプリカントARMSを移植させてもらったが……それ以外の彼女らは、24時間後には、移植されたARMSすら排出される。むしろクローニングで短くなっていたテロメアまで再生されているから、体調は良くなるはずだよ」

 

 では、そんな措置が施されていない他の妹達(シスターズ)はどうなるのか。そう考えて初春達の後ろで倒れた御坂妹と呼ばれた彼女の様子を窺うが、意識はないものの出血もない。そこまで深刻な状態ではない様子に、ほっと安堵する。

 

「保護していなかった彼女らにもそこまで大きく負担がかからないように、あくまで間接的に術式に関わらせるに絞った。これにて布束さんとの契約も終了だ――では、始めようか」

 

 そう呟き、虚空に指を鳴らす。それを合図にするかのように、何処からともなく新しいコンテナが降って来た。指を鳴らすたび、コンテナの数が増え、やがてそれは一つの塔のように積み重なった。

 

 

「『黄金錬成(アルス=マグナ)』発動――――――――覚醒(めざ)めよ、アザゼルたち」

 

 

 その言葉と共に、数瞬、耳の痛くなるほどの静寂が訪れた。そして、ビキ、とどこかで小さく何かが鳴る音が響き。バキ、と何かを壊す音が響き。そして。

 

 積み重なったコンテナから、鈍色の根を張り、枝を張り、無数のアザゼルたちが芽吹き、やがて彼女らの目の前に、一本の天衝く巨樹が顕現するのだった。

 




妹達によるグレゴリオの聖歌隊、発動。それによってキース・グレイは、黄金錬成発動状態に。さらに覚醒して融合したこの世界のアザゼル……!本当はこの後の展開もあるんですが、分割ですので、まずはここまで!

今回初登場のメディカライズARMS。戦闘に使えないんだから、ARMSとは呼べないような代物です。でもとあるの世界にも治療用ナノマシンあるみたいだし、こういう亜種みたいなものもあってもいいかと思って作りました。

目の前にアザゼルの集合体が出てる時点でロクな予感はしませんが、次回をお待ちください!

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