とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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074 熱戦―ヒート―

 

 ――沈んでいく…………只々、沈んでいく。

 

 気づくと、佐天は真っ白な世界にいた。何も見えない、何も聞こえない、ただ白一色で形作られた世界に。そんな世界の中を、まるで水の中のように、ゆっくり、ゆっくりと只々沈んでいった。

 

(…………からだ、動かないや……)

 

 指一本、ぴくりとも動かすことが出来ない。いや、身体のどこにも力が一切入らない。辺りを見渡そうとしても首を巡らせることも出来ず、もがこうとしても手足が全く動かない。ただ水のように重苦しい抵抗の中を、揺蕩うだけでしかなかった。

 

 と。そんな佐天の傍らに、遥か上方からゆっくりと降りてくる存在がいた。

 

(…………? ……あれって)

 

 それは、可憐な少女の姿。同じ姿の他の誰かを以前に見たことがあるが、今では決して見間違うことなど無い、自分にとって掛け替えのない『家族』になった少女。

 

(バンちゃん………………?)

 

 ◇ ◇ ◇

 

「なん、なのよ、アレ…………!」

 

 上空高くから降り注ぐ、ARMSの完全体たち。そのチカラもタフさも十分知っている御坂たちにとって、目の前の光景は悪夢でしかない。オマケにそれに唯一対抗出来る佐天が、真っ先に倒された。

 

 現状に軽く絶望しながら、御坂らは必死になって、横たわる佐天の身体を抱え、布束がいるコンテナ車の近くへと身を寄せた。

 

「あれ、全部がARMSだっての!? どうやって倒すのよ!」

「いえ、さらに問題がありますわ、お姉様。アレらが全て佐天さんと同じなら、人間が本体となっているはずです。迂闊に攻撃すれば、彼らの生命が……!」

『いえ。その点は心配なさそうです』

 

 そんな『精神感応(テレパス)』と共に出てきたのは、ユーゴー・ギルバートだった。以前見たブラウスとスカートをはためかせ、彼女らの傍らへと降り立つ。

 

『バンダースナッチは、意識を失った佐天さん(かのじょ)に呼びかけに行きましたので、詳しい説明は私が。目の前にいるARMSは、全て外側だけ模しただけの、ただの抜け殻です』

「抜け殻……ですか?」

 

 初春がユーゴーの言葉を受けて、周囲を取り囲み始めたARMSを見回す。どれ一つとして同じ姿の無い異形。だが、その動きには、何故か意志のようなものが見出せない。

 

『恐らく、かつて生み出されたモデュレイテッドARMSの完全体たちを模倣する形で生み出しているのだと思います。そうなると、移植者たる人間の人格まで模倣し切ると大きな負担になる。あそこにいるのは、ただキース・ホワイトに操られるだけの『人形』と考えるべきです』

 

 つまり、目の前の大群には、生命を見出す要素は一切ないという事。意志もなく、また人の姿をしているわけでもない。後ろに控える巨人が織り成した人形遊びに過ぎないという事だ。

 

「――――だったら……!」

 

 一人の少女の額から紫電が舞う。それは彼女の頭上で僅かに帯電し、力を溜め、上空から意志無きARMS軍団を撃ち払った。

 

「遠慮すること、ないってことね!」

 

 普段人間相手に最大限弱めている威力を、一気に解き放つ。彼女の司る雷は、本来それだけで人間を殺傷するには十分なもの。それがゆえに常に出せなかった本気を、目の前の相手に対し、一切遠慮なしに放つことを決めた。

 

「来てみなさいよ、アンタら! 私の友達に、あんなコトした落とし前はつけてやるわ!!」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「初春! 佐天さんたちは、コンテナ車の中に!」

 

 ARMS達へとレールの鉄骨やコンテナの外板を飛ばしていた白井が、佐天に肩を貸していた初春へと指示を飛ばす。白井の能力は直接相手にダメージを負わせるものではない。攻撃しようとすればどうしても間接的な攻撃となるが、周囲に十分な資材があれば、防衛用の簡易バリケードを築くことくらいは出来た。

 

 その間に、初春が何とかコンテナ車へとたどり着き、左胸を貫かれた佐天を横たえた。通常であれば生死に関わる致命傷。それでも彼女が生きているのは、ARMSが持つ規格外の再生能力ゆえだろう。だけど、何時までもつのか。ホワイトの言葉が正しければ、ARMSの中核を成すと聞いているコアに罅が入っているならどうすればいいのか。佐天やバンダースナッチからの又聞きの知識しか持たない初春には、祈ることしか出来なかった。

 

「――――どうしてだ?」

 

 そんな彼女に声をかける人間がいた。現在このコンテナ車にいるのは、戦線離脱した佐天と、ARMS相手に戦闘能力を持たない、初春、姫神、インデックス、御坂妹と、上条。そして。

 

「どうして、僕たちをここ(・・)に連れてきた?」

 

 そして。腰から下を切り取られたキース・グレイと、未だに意識を失っている一方通行(アクセラレータ)だけだった。

 

「どうしてって……その状態じゃ二人とも戦えないじゃないですか。だからここに」

「そんなことは、どうでもいい。僕らを助ける理由(・・)がないって言ってるんだ」

 

 少なくとも、横で寝ている一方通行(アクセラレータ)には同情の余地はないだろう。なにせ一万人近い人間を無残にも殺した少年だ。この場で殺し返されたとしてもおかしくはなかったはずだ。

 

 そういう意味では、自分だって同罪だ。今回の実験も、自分の計画(プログラム)に都合の良いように利用した。助けられる範囲の生命は救ったつもりだが、自分が助けられず見殺しにした生命だって、相当に多いはずだ。彼女らに助けられる謂れがない。それがキース・グレイの正直な感想だった。

 

 そう考えたグレイだったが、返って来た答えは、拍子抜けなほど素っ気なかった。

 

「…………知りません」

 

 短くそれだけ告げ、初春がポケットから出したハンカチを佐天の傷口に当てる。すぐに溢れてくる出血で、その布地が赤く染まった。

 

「……何?」

「だから、知りませんって。理由だとか、何だとか。そういうの考えて、人を助けたことってないですから」

 

 そう言って、佐天の応急処置を再開する。しばらくその作業に没頭していたが、あ、でも、と短く初春は先程の言葉に続けた。

 

「そういう事を考えずに、誰かの手助けをしたくって、私は風紀委員(ジャッジメント)になったのかもしれません」

 

 振り返らず、投げられた言葉。キース・グレイは、チカラよりも何よりも、その言葉に打ちのめされたような気がした。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「参ったな、これは……」

 

 次々と湧き出る異形の軍団。それらをすべて見渡せるコンテナの上で、二人の魔術師は溜息を漏らした。

 

「一体、なにがどうしてこうなったのか。疑問は尽きないが、コレ等が街中に出歩いたらどうなると思うかな、神裂?」

「……おおよそ、良い予感はしませんね。今も彼女らを包囲し、襲い続けていますから」

 

 意志を感じさせない異形の軍団。今は最も近くにいる御坂達に襲い掛かっているが、このままにしておけばどうなるのか。もしも異形に与えられている指示の類が『近くの人間を襲え』であれば、相当な被害が出るだろう。迷う暇はなかった。

 

「……すぐに、事情を知っていそうな彼女らと合流する。状況を把握して危険があるなら各個撃破だ。そこまでの道筋、斬り拓いて貰えるかな?」

「分かり、ました……!」

 

 そうして二人もまた、戦場へとその身を躍らせた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「スッゲェな! 巨人か!?」

「…………」

「…………」

 

 やたらテンションが高い削板に対し、その後ろにいる垣根と麦野はそのノリに些かついていけていなかった。元々彼ら三人とそのチームメンバーが、奇しくもここで一同に会しているのは、緊急で受けた仕事の目的地が同じで、そこに向かっている途中で出会ってしまい、膠着状態に陥ったからだ。削板の方は、元々垣根が妙なことをしないか見張りだったらしいが、その目的を満たしているとは到底思えない。イレギュラーに引っ掻き回されないように、置いていった可能性もあると麦野は思っていた。

 

 そんなわけで、寄りにもよって超能力者(レベル5)が三人も集まる奇妙な集団が構成されていたが、唐突にこの状態は終わりを告げた。巨人が屹立する方から、奇妙な集団が現れたのだ。

 

「…………お?」

「…………ん?」

「……あ゛ぁ?」

 

 そいつらは、本当に奇妙な集団だった。どれ一つとして同じ姿をしていない。だが、あえて言うならば、以前に見た純白の怪物にも似通った姿をしていた。そいつらは、カチャカチャと硬質な音を立てて、最も近くにいた麦野へと近寄ると――――

 

 ――――唐突に、その鉤爪のついた腕を振り下ろした。

 

「…………」

 

 攻撃を受けた麦野は、しかし微動だにしなかった。やがて、攻撃をした昆虫のようにも見える個体が、その右の鉤爪を戻してみると。

 

 どろり(・・・)と、高熱で溶かされた断面が見えた。

 

「上等だ、テメェェェェェッ!!」

 

 麦野、垣根、削板もまた、ARMSと戦うこの戦場へと参戦した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして、初春たちが逃げ込んだコンテナ車の運転席では。

 

「……っ、………!」

 

 一心不乱に、治療用カプセルにアクセスするコンソールを操作し続ける布束の姿があった。カプセルの中で意識が無い妹達(シスターズ)を、目覚めさせようとしているのだ。

 

 このままでは。このままにしておけば、今も意識を失った妹達(シスターズ)は為す術もなくARMSに殺されてしまうだろう。それだけは、防がなければならない。彼女らは、人間だ。ほとんど感情を表に出さない自分なんかよりよっぽど人間なんだ。だから、殺させない。そんな思いのままに、彼女は作業に没頭していた。

 

 その時、彼女のすぐ横の運転席のドアが、ガチャリと開いた。そうして、入って来たのは、気怠そうに頭を振る、御坂ミコの姿だった。

 

 彼女の静謐な瞳が、しばしの間、布束を見つめる。やがて突然視線を切ると、彼女はゆっくりと力強くその場で立ち上がった。

 

「……こんなにたくさんの姉のために、尽力してくれてありがとうございます。とミコはお礼を申し上げます」

 

 そんな言葉と共に、彼女から高音の共振が鳴り響く。それは多くの姉妹の中で、彼女だけが宿したチカラ。

 

「ここからは、御坂ミコと――――レプリカントARMS≪ユニコーン≫が、姉たちを守ります。と、ミコは宣言いたします」

 

 戦場に、希望は未だ潰えない。

 




あっちでもこっちでも、バトル、バトル!まあ、まだ希望があるうちはいいよね!

次回はミコのARMS≪ユニコーン≫の解放!かなり特徴的な能力になる予定です!

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