とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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079 奇跡―ミラクル―

 

(……ここで、終わりか…………)

 

 キース・グレイの中には、粘着き纏わりつく泥のような諦観(あきらめ)が満ち満ちていた。元は、ただ自分を勝手な都合で生み出した父の手から逃れたいだけだった。父が用意した試験管の中ではなく、自ら作り出した自我(アイデンティティ)の下に自由に生きたかっただけだった。そのために、色々なものを犠牲にし、自由になろうともがいた。だが結果として、自由になどなれていなかった。自分で考えているつもりだったのに、散々干渉されて、挙句の果てには父に利用され使い捨てられただけだった。道化という言葉があるなら、自分にこそ相応しい言葉だろう。

 

(…………)

 

 視線を巡らせ、傍らの少女らを見つめる。ユーゴー・ギルバート。かつて、オリジナルARMSと共に戦い続けた女性。初春飾利。風紀委員(ジャッジメント)の一人で、本来ならこんな鉄火場に出てくるはずは無かった少女。

 

 そして、彼女らがその手を握り続ける少女。佐天涙子。神獣(バンダースナッチ)をその身に宿し、自分が計画の中心に据えたせいで、どうしようも無い程巻き込んでしまった少女。

 

(……そう、だな。せめて、彼女を日常に帰す手助けくらいはしなくてはな……)

 

 動かなかったはずの両手に、有りっ丈の力を籠めてただ這って行く。それは余りにも遅い速度でしかなかったけれど。彼にとって生まれて初めて、心の底から自らの意志で動いていると断言できる歩みだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……おい、どういうことだよ」

 

 とんでもない爆音と衝撃に、閉じていた瞼を開けた時、上条は絶望という言葉の意味を知った。

 

「……これは、流石に厳しいな」

 

 理屈が分からなくても、威力は分かる。魔術師であるステイルは、冷静に彼我の実力差を悟り、最善策を練り始めた。

 

「…………クソが」

 

 そして、何より今の攻撃を形成した一方通行(アクセラレータ)は。生まれて初めて、『勝てない』と思える相手に出会った。

 

「…………良い、攻撃だったよ」

 

 プラズマが落ちた、墜落点。そこで舞い上がった土煙を裂いて、暗闇の巨人、≪ハンプティ・ダンプティ≫は、彼ら人類を天高くから睥睨していた。変わらず。傷一つなく。むしろ先程までよりも、一回り大きくなって。

 

「――だが。残念ながら、≪ハンプティ・ダンプティ≫にはあらゆる攻撃が通用しない。≪ハンプティ・ダンプティ≫は受けた攻撃の”力”を全て吸収し、自らの”力”へと変えてしまう――これこそが、『神の卵』! 『大いなる器』だ!」

 

 プラズマを吸収し、一回り大きくなった右腕を、ただ無造作に横薙ぎする。たった、それだけで。たったそれだけの、衝撃で。岩盤がめくれ上がり、防衛に回っていた上条達、御坂達は、木の葉のように吹き飛ばされた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 爆風が、髪を弄る。衝撃に、逃げ出したくなる。けれど、二人とも動かなかった。二人とも、一心不乱に祈っていた。

 

(佐天さん……)

 

 初春は、一番の親友を想って。この元気印の親友は、どんな窮地からでも必ず戻って来て、またいつものように元気に笑顔で、「ただいま」を言ってくれると信じて。

 

(佐天さん…………)

 

 ユーゴーは、ずっと見続けてきた少女のことを想って。声はかけられなかった。話も出来なかった。それでも彼女の中からずっと見続けて、何時しか『妹』のように想っていた少女を信じて。

 

((佐天さん!!))

 

 目覚めてくれると信じて、二人はただ祈り続けた。

 

 ……そんな、二人の間に。子供特有の華奢な腕が、ぬっと差し出された。その握り締めた拳から、はたまたその腕から、ポタポタと鮮やかな赤い血が滴り落ちている。

 

「…………僕の、血を使え」

 

 告げたのは、グレイ。見るとその後ろには、一面に引きずったような跡の残る血だまりが広がっていた。

 

「僕の血には今、ARMSだけじゃなく、この世界のアザゼルも無数に混じり合っている。アザゼルは全てのARMSの祖先にあたる存在だ。コアの傷も、もしかしたら修復出来るかも知れない」

 

 そう告げるグレイの腕に、わずかに陶器のような罅が走った。それだけではない。腰から下が消失した胴体も、少しずつ少しずつ、灰になって崩れていっている。

 

 長くは、ない。その事実を、初春もユーゴーも、グレイすらも悟っていた。ぽたり、ぽたりと、グレイの生命の滴が、佐天の胸の傷口へと滴り落ちていく。差し出された体勢のままのグレイの拳を、初春とユーゴーは両側から包み込んだ。

 

 グレイは、たったそれだけの事に、泣きそうになっていた。包み込まれた拳から伝わる温もりが、彼の心の奥底まで解けるかのようだった。

 

(ああ………………僕が、本当に欲しかったのは……)

 

 誰かと繋がれた時に得られる、ただの人間としての温もりだったのかもしれない。

 

 三人は、祈る。佐天の帰還を信じて。

 

「……確かに、これはキツイですね。けど、あの娘が後ろにいるんです。もう私は、負けられないんですよ!」

 

 彼女らがいる車両を守ろうと、神裂が駆ける。かつて別れてしまったインデックスを守ろうと。『聖人』の力をフルに使い、巨人に抗って天を翔ける。

 

 傷、付いていく。

 

「まったくもってその通りだね、神裂。彼女に近づこうと言うんだ、木偶は木偶のまま、灰へと帰りたまえ!」

 

 大切な人たちが、大切な仲間が、傷付いていく。

 

「っ、フザケんじゃ、ないわよ……私の友達に、アンタ達なんかが、これ以上何もさせないわよ!!」

 

 絶望は、目の前にある。終焉(おわり)は、すぐそこまで迫っている。

 

(((――――だけど!!)))

 

 だからって、それに負ける理由にはならない。絶望によって、諦観(あきらめ)る理由にはならない。

 

 ――だから。

 

(((私たちは、負けたくない!)))

 

 人類(わたしたち)は、決して歩みを止めない。希望が、見えるからじゃない。どんな絶望があっても、どんな終焉が待っていても、それを受け入れることなんて出来ないから。

 

 

 ――――――――これが、わたしたちの”意志”だから。

 

 

 だから、最期まで。最期まで、自分の意志で。周囲を囲む異形全てがその手に宿らせた破滅の光を、睨みつけてやる。こちらを嘲り笑うあの男の顔から、決して目をそらさずに。意志を、曲げずに。貫き通して!

 

 ……ああ、もし叶うのならば。

 

 少し、ほんの少しだけ。

 

 負けないために。前へ進むために。

 

 ――――が……欲しか……――

 

(……)

 

 それは、届かないはずの声。

 

(…………)

 

 誰にも届かない、消えゆくだけの願い。

 

(………………)

 

 声にもならない、心の底からの叫び。

 

(……………………)

 

 けれど。それは――――

 

 

『――――わかった!!』

 

 

 ――届いた。

 

 声と共に、佐天の身体が舞い上がった。その身体から膨大な光と共に、無数の粉雪が舞い踊る。まるで彼女を中心として、猛吹雪が訪れたように。

 

 そんな有り得ない光景に目を丸くしていた初春とユーゴーは、不意に頭をぽんと軽く撫でられたような感触を味わった。

 

「――頑張ったわね。アンタたち」

 

 その、声に。その懐かしさ(・・・・)に。ユーゴーの思考は、完全に停止してしまっていた。

 

「だけど、ここからは任せておきなさい。元々わたしたち(・・・・・)の摘み残しだしね」

 

 視界が、ぼやける。涙が溢れて、溢れて、以前よりずっと大人びた彼女の背中がまともに見えなくなる。

 

 

「だから――――――後は、『リーダー』の私に任せなさい」

『……………………っ、恵、さん!!』

 

 

 幾千の悪意の前に、敢然と立ちはだかる女性。かつて見た彼女と同じ、誰よりも頼れる背中。

 

 

『――――(ちから)が――』

 

 

 そして、彼女のARMSも、また。

 

 

『――――(ちから)が、欲しい!!』

 

 

 全ての悪意を跳ね除け、顕現する”女王”。今再び、世界を越え、時代を越え。眠りについていた≪女王(クイーン・オブ・ハート)≫が、唯一無二の相棒(パートナー)と共に、この世界へと光臨した。

 




女王、顕現。
今回は、この一言に尽きます!

投稿に遅れた理由ですが、最後のシーンに散々悩みました!このシーンは、彼女らの意志で巻き起こる奇跡を描きたかったため、文章を書いては消し、書いては消し……終わったの、本日の18時50分だった!

ちなみに今回出た恵は、あのARMS最終回の眼鏡ありバージョン。年代的に10年経っていますからちょうどあの頃です!次回から、いよいよ奇跡の種明かしと、そのオンパレード!!『彼ら』の登場に、乞うご期待!

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