(……ここで、終わりか…………)
キース・グレイの中には、粘着き纏わりつく泥のような
(…………)
視線を巡らせ、傍らの少女らを見つめる。ユーゴー・ギルバート。かつて、オリジナルARMSと共に戦い続けた女性。初春飾利。
そして、彼女らがその手を握り続ける少女。佐天涙子。
(……そう、だな。せめて、彼女を日常に帰す手助けくらいはしなくてはな……)
動かなかったはずの両手に、有りっ丈の力を籠めてただ這って行く。それは余りにも遅い速度でしかなかったけれど。彼にとって生まれて初めて、心の底から自らの意志で動いていると断言できる歩みだった。
◇ ◇ ◇
「……おい、どういうことだよ」
とんでもない爆音と衝撃に、閉じていた瞼を開けた時、上条は絶望という言葉の意味を知った。
「……これは、流石に厳しいな」
理屈が分からなくても、威力は分かる。魔術師であるステイルは、冷静に彼我の実力差を悟り、最善策を練り始めた。
「…………クソが」
そして、何より今の攻撃を形成した
「…………良い、攻撃だったよ」
プラズマが落ちた、墜落点。そこで舞い上がった土煙を裂いて、暗闇の巨人、≪ハンプティ・ダンプティ≫は、彼ら人類を天高くから睥睨していた。変わらず。傷一つなく。むしろ先程までよりも、一回り大きくなって。
「――だが。残念ながら、≪ハンプティ・ダンプティ≫にはあらゆる攻撃が通用しない。≪ハンプティ・ダンプティ≫は受けた攻撃の”力”を全て吸収し、自らの”力”へと変えてしまう――これこそが、『神の卵』! 『大いなる器』だ!」
プラズマを吸収し、一回り大きくなった右腕を、ただ無造作に横薙ぎする。たった、それだけで。たったそれだけの、衝撃で。岩盤がめくれ上がり、防衛に回っていた上条達、御坂達は、木の葉のように吹き飛ばされた。
◇ ◇ ◇
爆風が、髪を弄る。衝撃に、逃げ出したくなる。けれど、二人とも動かなかった。二人とも、一心不乱に祈っていた。
(佐天さん……)
初春は、一番の親友を想って。この元気印の親友は、どんな窮地からでも必ず戻って来て、またいつものように元気に笑顔で、「ただいま」を言ってくれると信じて。
(佐天さん…………)
ユーゴーは、ずっと見続けてきた少女のことを想って。声はかけられなかった。話も出来なかった。それでも彼女の中からずっと見続けて、何時しか『妹』のように想っていた少女を信じて。
((佐天さん!!))
目覚めてくれると信じて、二人はただ祈り続けた。
……そんな、二人の間に。子供特有の華奢な腕が、ぬっと差し出された。その握り締めた拳から、はたまたその腕から、ポタポタと鮮やかな赤い血が滴り落ちている。
「…………僕の、血を使え」
告げたのは、グレイ。見るとその後ろには、一面に引きずったような跡の残る血だまりが広がっていた。
「僕の血には今、ARMSだけじゃなく、この世界のアザゼルも無数に混じり合っている。アザゼルは全てのARMSの祖先にあたる存在だ。コアの傷も、もしかしたら修復出来るかも知れない」
そう告げるグレイの腕に、わずかに陶器のような罅が走った。それだけではない。腰から下が消失した胴体も、少しずつ少しずつ、灰になって崩れていっている。
長くは、ない。その事実を、初春もユーゴーも、グレイすらも悟っていた。ぽたり、ぽたりと、グレイの生命の滴が、佐天の胸の傷口へと滴り落ちていく。差し出された体勢のままのグレイの拳を、初春とユーゴーは両側から包み込んだ。
グレイは、たったそれだけの事に、泣きそうになっていた。包み込まれた拳から伝わる温もりが、彼の心の奥底まで解けるかのようだった。
(ああ………………僕が、本当に欲しかったのは……)
誰かと繋がれた時に得られる、ただの人間としての温もりだったのかもしれない。
三人は、祈る。佐天の帰還を信じて。
「……確かに、これはキツイですね。けど、あの娘が後ろにいるんです。もう私は、負けられないんですよ!」
彼女らがいる車両を守ろうと、神裂が駆ける。かつて別れてしまったインデックスを守ろうと。『聖人』の力をフルに使い、巨人に抗って天を翔ける。
傷、付いていく。
「まったくもってその通りだね、神裂。彼女に近づこうと言うんだ、木偶は木偶のまま、灰へと帰りたまえ!」
大切な人たちが、大切な仲間が、傷付いていく。
「っ、フザケんじゃ、ないわよ……私の友達に、アンタ達なんかが、これ以上何もさせないわよ!!」
絶望は、目の前にある。
(((――――だけど!!)))
だからって、それに負ける理由にはならない。絶望によって、
――だから。
(((私たちは、負けたくない!)))
――――――――これが、わたしたちの”意志”だから。
だから、最期まで。最期まで、自分の意志で。周囲を囲む異形全てがその手に宿らせた破滅の光を、睨みつけてやる。こちらを嘲り笑うあの男の顔から、決して目をそらさずに。意志を、曲げずに。貫き通して!
……ああ、もし叶うのならば。
少し、ほんの少しだけ。
負けないために。前へ進むために。
――――が……欲しか……――
(……)
それは、届かないはずの声。
(…………)
誰にも届かない、消えゆくだけの願い。
(………………)
声にもならない、心の底からの叫び。
(……………………)
けれど。それは――――
『――――わかった!!』
――届いた。
声と共に、佐天の身体が舞い上がった。その身体から膨大な光と共に、無数の粉雪が舞い踊る。まるで彼女を中心として、猛吹雪が訪れたように。
そんな有り得ない光景に目を丸くしていた初春とユーゴーは、不意に頭をぽんと軽く撫でられたような感触を味わった。
「――頑張ったわね。アンタたち」
その、声に。その
「だけど、ここからは任せておきなさい。元々
視界が、ぼやける。涙が溢れて、溢れて、以前よりずっと大人びた彼女の背中がまともに見えなくなる。
「だから――――――後は、『リーダー』の私に任せなさい」
『……………………っ、恵、さん!!』
幾千の悪意の前に、敢然と立ちはだかる女性。かつて見た彼女と同じ、誰よりも頼れる背中。
『――――
そして、彼女のARMSも、また。
『――――
全ての悪意を跳ね除け、顕現する”女王”。今再び、世界を越え、時代を越え。眠りについていた≪
女王、顕現。
今回は、この一言に尽きます!
投稿に遅れた理由ですが、最後のシーンに散々悩みました!このシーンは、彼女らの意志で巻き起こる奇跡を描きたかったため、文章を書いては消し、書いては消し……終わったの、本日の18時50分だった!
ちなみに今回出た恵は、あのARMS最終回の眼鏡ありバージョン。年代的に10年経っていますからちょうどあの頃です!次回から、いよいよ奇跡の種明かしと、そのオンパレード!!『彼ら』の登場に、乞うご期待!