とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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新年最初の投稿です!


085 人間―ヒューマン―

 

「なぜ、分からない! なぜ気付かない!!」

 

 言葉と共に、想いがぶつかる。上空高くで、幾度も幾度もぶつかり合う。ぶつけているのは、叫んでいるのは、ARMS計画の第一人者にして、幾千の生命を奪ってきた男――キース・ホワイト。

 

「っ、45億年前! 地球が、今の環境に落ち着く折に! 星から分かたれた、もう一つの進化の到達点が! 現代において人類に出会ったという事実の『意味』に! どうして気付かないのだ!!」

 

 かつて、地球から別れた『きょうだい』がいた。その『きょうだい』は、その後の地球とは全く異なる進化の系統樹を辿ることとなった。豊富に存在した炭素をその身に取り込み、有機生命体の系統樹を育んでいった地球とは異なり。分かたれた隕石に含まれていた珪素を軸に、数多の金属をその身に取り込み、有機生命に比べ圧倒的に強靭で長大な寿命を誇る金属生命体を生み出すこととなった。

 

「その末裔(すえ)こそが、アザゼルであり、ARMSなのだ! 有機と金属、二つの生命の系統樹の混合種(ハイブリッド)こそが、次なる地球の担い手なのだ! その事実にどうして思い至らない!」

 

 全く異なる進化を遂げた、二つの種。今現在その叡智によって地球上を席巻している、霊長の到達点、『人類』。そしてもう一つは、その生み出された環境ゆえに、生命の強靭さにおいて他の追随を許さない金属生命、『アザゼル』。

 

 ……全く異なる二つの生命を混ぜ合わせ、統合し、次なる人類を生み出そうとした。世界で日々生み出される多くの悲劇を、困難を、乗り越えていける生命を生み出すつもりだった。現生人類を遥かに越える種族を生み出そうとした。

 その結晶が、『ARMS』だった。

 

「そのARMSを!! 計画の主導者たるこの(ホワイト)が手に入れた、今! 『王』として神の代弁者となるのは、私以外にいないとなぜ理解しない!!」

 

 キース・ホワイトの両腕は、『ジャバウォックの爪』と『ミストルテインの槍』のまま。その背中からは、幾本もの枝が生え、四方八方へと荷電粒子砲を、空間の断裂を、爆散する魔弾を、集束光のレーザーを放ち続けていた。その攻撃の雨は地上へと余すところなく降り注ぎ、御坂たち地上の戦力は、上空に上がることすら出来ないでいた。

 

「……ホント、迷惑な攻撃よね」

「ですが、この攻撃が止まないことには、私たちでは佐天さんの援護も出来ませんわ」

 

 御坂と白井が空を見上げたまま嘆息する。無差別攻撃が始まった時点で、地上戦力の全員は女王(クイーン・オブ・ハート)力場(フィールド)内に逃げ込んでいた。確かな実力を持つ彼女らならその気になれば上空へたどり着く方法も無くはないが、それでも後が続かない。この場は佐天に任せるほか無かった。

 

「……だけど、彼らは」

 

 そんな中、初春がふと戦場となった上空の片隅を見上げた。

 

「どうして、手を出さないんでしょう……?」

 

 初春の視線の先。上空高くで静止したまま、キース・ホワイトと佐天の戦いに手を出さずにいる三つの影――――オリジナルARMSを有する、高槻、隼人、武士の姿があった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「……なあ、本当にこのまま手出ししなくていいのかよ?」

 

 圧縮空気を背中から噴出しながら隼人が言う。眼下では今も彼なりの理論と思想を展開し続けるキース・ホワイトが苛烈ともいえる攻撃を繰り出していた。それに対し佐天とバンダースナッチは、一見すると攻められるままでいるように見える。

 

「……ああ。隼人からすると、妹分が心配かもしれないけどな」

「ケッ! そんなに心配なんかしてねーよ!」

 

 高槻の言葉に強がって返しながらも、隼人の眼は常に戦いの様子から離れない。彼女が危ない目に陥ったなら、何が何でも介入する気が満々だった。

 

「まあ、隼人君の心配もわかるけどね。それでも、”答え”を出すのは彼女じゃなきゃいけないと僕も思う」

「”答え”、か……」

「そう――――この世界で、これから生きていくのは、彼女自身なんだから」

 

 武士はそう告げ、眼下の攻防を真っ直ぐに見据える。恐らく、戦いはこれだけでは終わらない。今回、佐天の前に立ちはだかったのは自分たちの刈り残しともいえる存在だったが、この世界に生きる者はそれだけではない。この学園都市を統括する権力に狙われることもあるだろうし、魔術というこの世界特有の技術者集団もいる。これから先、それらの勢力に彼女の圧倒的な力が狙われた場合、対処できるのは彼女自身以外にいないのだ。

 

 だからこそ、高槻たちはこの戦いを通して、佐天涙子という人物のすべてを見ておきたかった。かつてエグリゴリという巨大な組織を相手にして、自分たちが戦う覚悟を決めたように。果たして彼女がどんな”答え”を出すのか知っておきたかったのだ。

 

 眼下では、延々と攻撃が続けられている。キース・ホワイトはまるで癇癪を起した子供のように、苛烈な攻撃を以てバンダースナッチへと当たり散らしていた。

 

「いい加減に悟るがいい……!」

 

 ≪ハンプティ・ダンプティ≫の背中から、ベキベキという異音が鳴り響く。枝状だった翼部分が捻じ曲がり、そこから爪が長く伸びた異形の掌を生じさせた。その形状は、明らかに≪帽子屋(マッドハッター)≫のもの。新たに増えた異形の掌の間に、巨大なプラズマが形成される。

 

「今こうして、私がARMSという『新人類』に到達したのも! 全ては、45億年もの『過去』から続く『運命』なのだ! それが理解できるものだけが『未来』の『王』としてふさわしいのだ! 『王』に立つのは、立つべき資格を持つのは! 私以外にいない!!」

 

 そうして放たれる巨大な光球。一方通行が放ったものと比べても、遜色ない大きさ。そんな暴力の塊が目の前に迫る中、佐天はただ静かに右腕を引き――――

 

 

「――――知るかバカぁああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

 罵倒と共に、ただの拳(・・・・)で光球を貫き、霧散させて、その向こう側のキース・ホワイトをぶん殴った。

 

「「「「……は?」」」」

 

 思わず殴り飛ばされたホワイトも、それを見守っていた高槻たちも呆けてしまった。さっきまでのARMSの極地ともいえる攻撃に対抗したのは、ただの拳。それも、プラズマを力づくで霧散させるなんておまけつきだ。力に対しての小難しい考察だとか、人類進化にかけるホワイトの理屈だとか……色々あったその他諸々を一蹴したのは、一人の女子中学生の罵倒と拳だった。

 

「ふー……」

 

 そんな周囲の困惑とか驚愕とか絶句とかを置いてけぼりに、佐天は振り抜いた拳を自分の正面に持ってくると、そのまま具合を確かめるようにぐるぐると腕を回していた。

 

「さっきから色々言ってたところ、本当に悪いんだけどね……」

 

 溜息交じりに、佐天は告げる。

 

「正直、人類の進化とか、45億年の過去とか、未来の王の資格だとか……そんなに色々言われても、私にはそれが正しいのかどうかなんて分からないわよ。私ってただの、いち女子中学生だもん」

 

 実に、あっけらかんと。ホワイトの理想だとかなんだとかを、『分からない』の一言で切って捨てた。

 

「変な理屈を、この戦いに持ち込まないでよ……私があなたを倒したいのは、そういう(・・・・)ことじゃないんだから、さ」

 

 そう告げて、ゆっくりと両腕を広げる。その姿に呼応するように、眼下の地上で、淡くゆっくりと光が灯り始める。

 

「私は、みんなといたい……」

 

 光の正体は、モデュレイテッドを覆いつくしていた霜。それらが淡く発光し、地上を青く染め上げていた。

 

「仲の良い友達と。一緒にいたい誰かと……」

 

 地上から、光が集う。それは粉雪のように空中に舞い上がり、もう一度佐天の元へ、バンダースナッチへと還っていく。

 

「何より…………大切な『家族』と!!」

 

 佐天の言葉と共に、バンダースナッチの全身が、再び激しく青く輝く。世界を染め上げ、何物にも追随を許さない青い『太陽』のように。

 

「ただ、みんなと一緒にいたいから! それを邪魔するあなたを許せないのよ!!」

 

 その瞬間、バンダースナッチは”閃光”となった。

 

「な……」

 

 咄嗟にホワイトは身体をひねって躱したが、僅かに掠った右の脚が破片となって消失した。

 

「バカな……? 『高速移動』!?」

 

 そんな能力は、バンダースナッチには無かったはず。焦燥と共に振り返り、高速で移動する彼女に荷電粒子砲の飽和射撃を撃ち込む。

 

 雷光は当たらず、バンダースナッチはその空間から完全に消失した。

 

「これは――――ガッ?!」

 

 ホワイトの背中に、衝撃が奔る。間違いない。グリーンの『空間転移』だ。再び振り返ると、今度はバンダースナッチの数そのものが増えていた。『バロールの魔眼』だ。

 

「ばら撒いたナノマシンを再び取り込むことで……その対象の能力まで取り込んだのか……!」

 

 言ったそばから、周辺に重力子の集中が起き、空間全体が起爆する。たまらずその場から空間転移で逃げ出し、同じ能力で反撃する。今度はそれを、光の屈折による幻像によって躱していく。

 

 今の彼女は、文字通りこの世界最強の存在だ。学園都市が誇る能力者を一万人分も取り込み、この世界独自の魔術もその一端を行使でき、その上今までに生まれたARMSの能力のほとんどを行使できる。間違いなく、この世界の頂点と言える存在だろう。

 

 それでも、負けられない。『王』に相応しいのは誰か、確信を持っているがゆえに。『神』には届かざるとも、『王』には届きうると自信を持っていたがゆえに。

 ――だから。

 

「『未来』は! 『王』は、わが手に――――!!」

 

 ただそれだけを叫び突っ込んでくるホワイトに、佐天は一度瞑目し、その溢れんばかりの力を、右手だけに集中させる。その腕がサファイヤのように輝き、爪が眩いばかりに光を放つ。

 

「だから、知らないって、言ってるでしょ……!」

 

 『未来』?『王』?知ったことじゃない。そんなもののために戦ってるわけじゃない。

 

 

「私は! みんなと一緒に、『今』を生きてる! ただの『人間』なんだから!!」

 

 

 叫びと共に、五指が奔る。空間そのものに軌跡を残しながら、ただの『人間』の爪が圧倒的な威力を秘めて迫って来る。それに対してキース・ホワイトは、その両手の『ARMS殺し』を盾のように翳し――――

 

「……………………ッ!!?」

 

 ――――騎士の槍も、魔獣の爪も。破壊され、破砕され、粉砕されて、その五体の全てと共に、千々の破片となって地上へと墜落していった。

 




さようなら、ホワイト……。次回以降は決戦後の後始末とエピローグに。

ホワイトは色々理屈こねてますが、彼の理論の前提は、やっぱりナチズムの優性種の思想なんですよね。自分は優れている→劣等種は自分に従うべきだ、っていうとんでもない傲慢思想……。まあ、スプリガンのボーの思想だったら受け入れてもいいかな?とは思いますけどね。努力を怠らず精進を重ねる『王』がいるのなら(笑)

そして、佐天涙子。彼女は良くも悪くもやっぱりただの人間で、一人の女子中学生に過ぎないんです。自分や自分の周りの人たちが大切で、それに危害加えるんなら『王』も『神』もぶっ飛ばす!ある意味単純な思考回路ですが、行動理念がしっかりしてるとも言えます。将来オティヌスの精神攻撃とか受けたらヤバ過ぎですけど。

バンダースナッチは、ここに来てさらに進化。能力一万人分に、黄金錬成に、アドバンストARMSのほとんどに……。多分アレイスターは冷や汗ダラダラw

次回は、いつも通り土曜に……投稿出来たらいいな……。

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