とある科学の滅びの獣(バンダースナッチ)   作:路地裏の作者

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後日談、第三話!そして、これにて最終回になります……。


088 終章―エピローグ―

 

 ――ヒトは、『無』から生まれ、死する時に再び『無』へと還る。その道程に何も携えることは許されず、あたかも風に舞う塵のように――

 

「…………」

「……どうした? 勝利の凱歌ならば、少しくらい笑ってはどうかね?」

 

 ぼろぼろと崩れ、塵となって風に舞い上げられながらも、キース・ホワイトはそんなことを宣った。既に彼の腰から下は見る影もなく崩れている。後数分もせずに、彼は最期の時を迎えるだろう。今まで、幾千もの生命を弄んできた男の最期としては、相応しいものなのかもしれない。

 

 それでも、佐天はその最期を嘲笑(わら)うことが出来なかった。どんな男であれ、生命を奪うことは辛かった。だからせめて、その最期を全て見届けようと眼を見開き、奥歯を強く噛み締めるだけ……。

 

「…っ………」

「やれやれ……やはり貴様らオリジナルは、どいつもこいつも甘いな」

 

 はぁ、とホワイトは小さく溜息を漏らすと、すぐさま口元を歪めて見せる。

 

「確かに、今回一たびは(・・・・・・)私が破れた。世界中に神の意志を伝える『神の代弁者』たる『王』になる野望は、ここに潰えたと言えよう」

「……その割には、余り悲しそうじゃないんだけど」

 

 横から割り込んで来た御坂の指摘に、ホワイトはますます笑みを深めて見せる。肩を震わせ、歪ませた口元を大きく開き、遂には両手まで広げて大声で笑い出した。

 

「――ははははは! 当たり前だろう! 私はこれまでに、二度までも(・・・・・)滅びたことがある人間だ!! それがまるで”運命”の悪戯であるかのように、三度まで好機(チャンス)を与えられた! 一度目は科学者として、二度目と三度目はARMSとして! ならば『四度目』が無いなどと、誰が言い切れる?」

 

 『次』があれば、今度は必ず目的を遂げて見せる――――、とホワイトはそう告げる。そしてまた呵呵大笑をその場へと響かせる。それはまるで、最後には自分の勝ちだと、今回の事件など未だ前哨戦に過ぎないのだと、告げているかのようで、思わず御坂はホワイトの胸倉をつかんでやろうと近付いた。しかしその肩にそっと手を置かれ、止められる。静かで強い瞳をした、佐天涙子に止められる。

 

「……確かに、今日の戦いは、”運命”の悪戯だったのかも知れないし、あるいは『定め』だったのかも知れない」

「…………ほう?」

「けど、それでも私たちは、その戦いを乗り越えて見せた」

 

 その佐天の言葉に、笑い続けていたホワイトの笑みが完全に曇る。その表情には、明らかな不快感が見て取れた。

 

「……だから、なんだ? お前たちならば”運命”すらも越えられるとでも嘯く気か? それこそ子供の夢想だと、なぜ気付かない!」

「例えどこかの誰かが私たちの”運命”も”未来”も! レールみたいに定めていたとしても! そんなものに従う義理なんて、どこにもある訳ない!!」

 

 絶対に、誰かが作った絵図面の通りになんて動いてやらない。レールがあるなら、破壊してでも道を作る。人類(ヒト)が”運命”の奴隷だとしても、その(さだめ)引き千切る自由(・・・・・・・)だって必ず皆が持っていると信じている。それが、彼女の意志。それこそが、佐天涙子という少女だった。

 

 彼女の意志を見届け、ほっと安堵している者たちもいた。かつてオリジナルを移植し、少年時代を激動の中で過ごした年長者四人は、彼女の決して曲がらない意志を見て、肩の荷が降りた思いがした。

 

 ホワイトは相変わらず、憎憎し気に佐天の事を見つめていたが、やがて崩壊が身体全体に及び、端の方から静かに崩れ始めていた。いよいよ最期の時だ。

 

「……貴様がどれだけ喚こうと、”運命”は貴様を縛り続けるだろう」

「……」

「それだけではない……人類(ヒト)の持つ『原罪』とも言うべき意志もまた、貴様の前に立ちはだかるだろう……」

「『原罪』、って……?」

「”欲望”だ」

 

 それもまた、人類(ヒト)が持ち得る意志。人類を今日の発展へと押し上げた、紛う事なき『原動力』。人類(ヒト)人類(ヒト)である限り、捨てることなど出来ない”本能(チカラ)”そのもの。

 

「求める者がいる限り、戦いが止むことは無い……今日この日、私が破れたとしても、再び”欲望”に囚われた何者かが世界に現れ、貴様の前に立ち塞がるだろう……」

「……それでも。絶対に、諦めない」

 

 ――佐天(じぶん)はどこまでも、佐天(じぶん)という人類(ヒト)の意志を貫き続ける。ホワイトはその言葉を聞き、不快気に顰められていた顔を、ふっと緩めた。

 

「果たして貴様が、どこまでその頑迷な意志を貫ける、のか……精々、見もの、だ、な…………」

 

 くくっ、という喉の奥から出した嘲笑が風の中に溶けて、末期の灰が宙に舞っていく。ARMS計画の提唱者、全ての絶望を振りまいた男――キース・ホワイトは、そうしてこの世界から永遠に去っていった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「…………てん、さん……佐天さん!!」

「うひえっ?! な、なに、初春?」

 

 耳元での大声に、佐天の意識が浮上する。どうやらファミレスを出た後、あの日の事を思い出してぼうっとしていたようだ。

 

「大丈夫ですか? まだ疲れが残ってるんでしょうか。なんなら私がマッサージしましょうか?」

「止めておきなさい、初春。未だに振動数も規模もろくに制御できない貴女がマッサージなど行えば、佐天さんが挽き肉になるだけですわ」

「そ、そんなことしませんよ!」

「でも、私も黒子もあの日以来能力の加減が上手くいかないのよねぇ……弱くなってるわけじゃないんだけど、調節がしづらいっていうか」

 

 そう言って御坂が試しに、手元に電撃を発生させる。火花程度のつもりで出したそれは、明らかにバチバチと空中を激しく鳴らす程に放電していた。明らかにあの日ARMSによって、それぞれの発展型とも言える能力を得た後遺症だった。

 

「……えっと、大丈夫、なんですか?」

「ああ、別に何てことないのよ。さっきも言ったように弱くなったどころか、むしろ強くなってる位なんだし。偶に力加減間違えたりする程度ね」

「そのせいで、上条さんが真っ黒になったんですよね……」

「類人猿とはいえ、少しあの殿方が可哀想でしたわ……」

「い、いや! あれはアイツが悪いって言うか! ていうか、黒子! 普段アイツに当たりが強いアンタが、何で非難すんのよ!!」

 

 そのまま顔を少し赤らめながら、某高校生への不満を口にする御坂。そんな年頃の少女らしい反応に、思わず嘆息する白井。少しおどおどしながらも、御坂を宥めにかかる初春。

 

 そんな友人たちの光景を目にして、思わず佐天はふっと口元を緩める。彼女にとって、この日常こそが、”運命”だとか”未来”だとかの目に見えない何かよりも、掛け替えのないものだと、今なら間違いなく言い切ることが出来た。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ――藍空市、共同墓地。

 

 十年の時を経て、少しだけ古ぼけた墓石の前で、四人の男女が静かに手を合わせていた。

 

「ユーゴー…………俺達の”妹”のこと、気遣ってくれていてありがとう……」

 

 高槻のその言葉に、皆が墓石に対しはにかんだように笑いかける。あの日、別れの時、彼らの精神をこの世界に戻してくれたのはユーゴーだった。その際、僅かだが同じように礼を言った彼らに、彼女はほんの少しだけ苦笑するように答えた。

 

「『気にする必要はありませんよ。私にとっても佐天さんはもう、”妹”みたいなものですから』なんてね……」

「実にユーゴー(あのコ)らしかったわね」

「けどまあ、元気にしてるようで良かったんじゃねえか?」

 

 隼人のそんな言葉に、武士も恵も笑みを浮かべる。ユーゴーには何度も助けられた。マンハッタンでは生命まで賭して助けてくれた。そんな彼女が精神体だけとは言え、遠い世界で元気に暮らしているというのは、彼らにとってほんの少しでも救われたような思いだった。

 

「……また俺達の力が必要になったら、世界の壁なんて”破壊”してでも駆けつけてやる。だからそれまで彼女の事、頼んだぞ……」

 

 高槻の言葉に、全員の瞳に意志が宿る。彼女なら、一人でも何とかするかもしれない。だけど、もし自分たちの力が必要な時が来たら、自分たちの歩みは誰にも止められない。彼らの胸に確かに宿る”意志”こそが、無限の可能性なのだから。

 

 ◇ ◇ ◇

 

『――では、佐天涙子についてはそのように?』

『ああ――――極めて稀少な実験体(サンプル)として監視を強め、当面は現状維持に努めてくれ』

 

 フラスコの中に浮かぶ男か女かもわからぬ人物が、モニター越しに指示を出す。逆さまになったその人物が、まるで何の問題もないかのように雑務をこなしていく様子は、傍から見たら異常だろう。それでも、そのフラスコの正面に立つ人物は、それを指摘することも無く、只々嘘臭い笑みを浮かべていた。

 

「――これで佐天涙子は、晴れて要注意人物(ブラックリスト)入り。監視を厳に、って言ったところで現場の奴らが独断専行しない理由もない。あわよくば彼女もプランに組み入れようって腹か、アレイスター?」

『――さて、どうだろうな。私はあくまで監視体制の強化を命じただけにすぎんよ』

 

 そんな訳がないだろうに――と思いつつ、内心を噛み殺す。間違えてはいけない。彼にとっての優先順位。何よりも優先すべきもののために、時には情を殺すことも――

 

 

『――――そんな言い訳が、通じるとでも思っていたのかね? アレイスター』

 

 

 不意に、二人しかいないはずの空間に、第三者の声が響き渡った。土御門はぎょっとして辺りを見回すが、アレイスターはあくまでも慣れたものとして応対する。

 

『……君か。この連絡手段を使うとは、珍しいこともあったものだ』

『ああ……君が僕の『患者』を再び狙うだろうと思って、取り急ぎ話がしたくてね?』

 

 佐天涙子を『患者』と呼び、語尾を僅かに上げる口調。間違いなく、第七学区で一病院の『医者』であり続けるあの男――――≪冥土返し(ヘブンキャンセラー)≫。

 

『……君との協約には、違反していない。あくまでも監視体制を強めただけで私が直接手出しをするわけでもない。そこについては、現段階では(・・・・・)約束しておこう』

『…………』

 

 アレイスターの言葉に沈黙が下りる。僅かに聞こえるのは、土御門が唾を嚥下する音だけとなって数分……。

 

『…………いいだろう、アレイスター。そこまでなら君の行動を認めよう。――――だけどね?』

 

 去り際、それまでの真剣な様子を一変させ、半ば苦笑しているかのような軽い口調で語り掛ける。

 

『僕が完治させられなかった”絶望”と言う名の病を、あの()は自分の”意志”一つで覆してみせたんだ。甘く見ていると、君も君のプランも、滅ぼされるかもしれないね?』

 

 そんな言葉が、窓のないビル――アレイスターの牙城に残響のように残っていた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「佐天さーん。どうしたのー?」

「参りませんの? 佐天さん」

「みんな、待ってますよー!」

 

 澄み渡る青空の中、道の先にいる友人たちが語り掛けてくる。ふと横を見ると、自分にとってかけがえのない家族と言える二人の姿が浮かんでいた。

 

『また遅れると、煩くなるわよ?』

『行きましょう、佐天さん』

 

 二人の姿を捉え、目を閉じ、一度足を止めて思い切り伸びをする。再び眼を開けた時、彼女の顔には大輪の向日葵のような笑顔が浮かんでいた。

 

 

「――――さあっ! 行きますか!」

 




これにて、終幕……!長い間本作品を読んでいただき、ありがとうございました!本編はこれにて終了と相成ります。

ホワイトの最期。まあこの人は何度死んでもいつか蘇りそうなんですよね。自分の”欲望”に忠実で、そのために決して折れない。ある意味カッコイイ悪役です。

ARMS世界の後日談。高槻たちは今回だけの登場だったのに、強烈な印象残してくれましたから、急きょ入れてみました。ユーゴーのことは、やっぱり十年経っても彼ら四人にとって忘れられない事柄です。

暗躍する学園都市。ヘブンキャンセラーがぶっとい釘刺していきました。まあ、アレイスターはこれくらいじゃ諦めないだろうな……。

さて、これ以降は投稿あるとしても、抜粋的に閑話を書いたり、番外編を投稿したりになると思います。一段落ついたので、放置していた別作品の番外や、また別の二次創作(ダンまちなど)、もしくは完全オリジナル作品を書いてみたい……!テンプレだろうと、それを越え得る冒険譚とか!流行りのVRものとか!異能学園ものもいいな!
まあ、とりあえず筆安めの短編に『幼女戦記INリリカルなのは』でも書こうかな?(絶対血みどろになるがww)

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