深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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第一章 焔と弓と歌姫と
焔と弓と歌姫と


 月が出ていた。

 

 

 月の光は深淵を覗いているかのように、世界を覆いつくした深い闇を照らし、荒れた大地に咲く白い花々は、震えるようにその身を揺らしている。

 

 すべてに背を向けるようにして、一人の女がその場に佇む。

 崖の向こうに広がる海を臨み、遠く聞こえる潮騒を観客として透明な歌声は闇に響く。

 

 いにしえの約束は、ひとつの始まりと終わりを彩り、そしてまた新しい約束を生んだ。

 その歌は始まりと終わりを結び、新たな始まりとなる。

 この始まりを知る者は無く、新しい悲劇の幕開けとなるだろう。

 

 やがて、闇の向こうから音もなく人影が姿を現し、彼女を伴って闇の向こうへと姿を消した。

 

 

 月は今日も夜の闇を見ている。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 燦々と輝く月光も木々の陰影に切り刻まれて、足元を照らすのは小さなカンテラと、地面に深く刻まれてた召喚陣の仄暗い光。

 気がついてみれば虫の声もすでに静まり絶えてしまい、かすかに吹き付ける風が木々の葉をざわめかせている。

 

 薄暗い森、闇と沈黙が支配する中で、年若い女がたった一人でそこにいた。

 長い髪を風になびかせて、仄暗く光る召喚陣の前に立ち、高々と詠唱を続けている。

 

 乱れ飛ぶ音素を拾い上げ、すり合わせ従わせる。

 内に宿る異なる系譜の力を調律し、音律を合わせ、音階を定める。

 己の身体を一つの楽器として、魔力を糧に音楽を奏でるのだ。

 この世ならざる地へと繋がる何重もの扉を抉じ開けよ。

 己を引き裂く重圧に耐えて、わずかにできた繋がりを辛うじて保つ。

 

「―――― 告げる 」

 

 ここにはすでに外と内との境界はない。

 何重もの嵐が召喚陣から吹き抜けていく。

 空間を抉り取らんばかりに逆巻き立ち、雷光が闇を切り裂く。

 

「――― 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 聖杯の寄るベに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 巻き上がる光に導かれるように、彼女は滔々と歌い上げた。

 

「――― 誓いを此処に。

 我は常世総ての善と成る者、

 我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、

 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ ―――!」

 

 そして、召喚の紋様が燦然と輝き、光の暴風が吹き荒れて世界は白く塗りつぶされた。

 

 

 そして。

 

 

「―― 問おう。君が私のマスターか」

 

 光と雷光の嵐が収まったとき、一人の騎士がそこに姿をあらわした。

 真っ白な髪と浅黒い肌、鋼のような鍛えられた身体に黒い鎧に赤い外套を羽織って、射抜くかのような観察するような眼でこちらを見つめている。

 魔力の残り香が漂う薄暗い森の中で彼女は彼と相対した。

 怖気づく心を無理やりに押さえつけ、その鋼色の瞳を強く睨みつけ彼女は口を開いた。

 

「えぇ、そうよ。私があなたのマスター」

 

 そう言って女は薄紅色の手袋を脱いで、契約の徴たる令呪をかざした。

 彼はその薄赤く輝く紋様を見て皮肉げに顔をゆがめると、すっと身をただし宣誓の言葉を続ける。

 

「サーヴァントアーチャー、召喚に従い参上した。

 これより我が弓は貴方と共にあり、貴方の運命は私と共にある。

 ―――ここに、契約は…… 」

 

 

 カラン

 

 

 サーヴァントはすばやく女を抱きかかえて、その場から大きく飛び退いた。

 乾いた音と共に再びその場に荒々しい光の渦が巻き上がった。

 激しい轟音が地面を打ち鳴らし、結界と魔方陣は粉々に打ち砕かれてしまう。

 

 男はいつの間にか取り出した剣を手に、己のマスターを背に隠しながら注意深く煙の向こうの動きを探る。

 舞い上がる土ぼこりの向こうに、何かがいるのを確認して男は誰何の声を投げかけた。

 

「何者だ」

 

 

 ―――― 無音。

 

 

 彼らはさらに警戒を深めて、土煙の向こうに目を凝らして目をそらさない。

 そして、土煙は晴れてぼろぼろになった召喚陣の成れの果ての上には、長い髪の青年が倒れていた。

 

「なに?」

 

 決して警戒を怠ることなく、しかし引き止める己の従者の言葉を聞かず、彼女は恐る恐る青年に近づいた。

 だが、その長い髪の青年は気絶したまま目を覚ます様子はない。

 そのままにするわけにも行かず、どうしたものかと困惑した様子で彼女は己の呼び出したサーヴァントを見た。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 今日もまた代わり映えのしない一日であるはずだった。

 

 キムラスカ王国・ファブレ公爵家の一人息子、ルーク・フォン・ファブレは第3位の王位継承権を持ち、いずれは国王となることも十分にありえる身の上であった。しかし、7年前の10歳の頃に敵国マルクトに誘拐され、その精神的ストレスを理由にすべての記憶を失ったということで、それ以降は屋敷内に軟禁されて育った。

 身の安全を図るためという理由ではあったが、ルークにとってはそんなことはどうでもよい話で、早く外に出たいと目が覚めるたび眠るたびに思っていた。

 外の世界がどれほど冷たく厳しいものであるのか、そんなことを想像することもなく、停滞した小さな世界の中でまどろむような日々を過ごしていたのだった。

 

 その時までは。

 

 

 その日はとても天気が良く、青空に浮かぶ譜石帯が日の光に照らされて、キラキラときらめいているのがよく見えていた。

 ルークは退屈な屋敷からこっそりと抜け出して、裏庭に続く森の木の上に座って屋敷を眺めていた。どれだけ眺めていたって何が起きるでもなく、だからといってあきらめきれず、もやもやした苛立ちをどうしようもできなかった。

 

「代わり映えしねぇーな」

 

 そう吐き捨ててため息をついたとき、下の方から聞きなれた声が聞こえた気がして後ろを振り向いた。

 

「やっぱりここか」

 

 そこには幼馴染でもある使用人のガイが、苦笑を浮かべてルークを見ていた。

 

「ルーク、おまえが勝手に部屋を抜け出したら騒ぎになるって言ったろ」

 

「はぁ? なんでここが」

 

 驚いた顔でそう言うと「何年お前の世話をしてると思ってるんだ」と彼は笑った。

 

「ご主人様の行きそうなところぐらいわかるさ。

 使用人の鑑だろ?」

 

 そうガイが茶化すようにウインクすると、ルークは枝から立ち上がり身を乗り出すようにして、

 

「おれはガイのことただの使用人だなんて思ってない!」

 

 少し泣きそうな目でガイに向かって叫んだ。

 この金髪と青い瞳の男はいつもそうだ。屋敷の人間に遠慮して線を引いて、そういう態度がどれだけ俺をいやな気分にさせるかわかってくれない。

 身分だとか血筋だとかそんなの俺は知らない。

 幼馴染で親友。それじゃあダメなのか。

 

 ガイはすっと自分の主人から視線をはずすと、「そうだな」と口をゆがめて笑った。

 わずかに苦しげな表情を浮かべている彼をルークは気にも留めなかった。

 せいぜい、口うるさい執事に文句を言われるという可能性を気にしているだけだろう、とそんな楽観的な感想しかなかった。

 自分の意見が多少なりとも受け入れられたと思ったルークは少し機嫌をなおして、それでも機嫌の悪い顔を崩さずに偉そうにふんぞり返った。

 

「それでなんのようだ?」

 

 改めてルークが尋ねると、ガイはそういえばといった顔をしたとき、

 

「ガイ、ルークは見つかりまして?」

 

 向こうの方から若い女性の声が聞こえて、ガイは振り返って手を振った。

 ちょっと畏まった態度をして笑顔を浮かべ、ルークの方を指差す。

 

「えぇ、ナタリア姫。あそこに」

 

「あ、ば、ばか。教えるなよ」

 

 ルークはわたわたしながらガイに抗議の声を上げる。

 

 その女性、ナタリアはむっとした表情を浮かべ手を腰に当てていた。

 いつものようにルークの礼儀知らずな態度にあきれつつも、だからこそしっかり言ってあげなくてはという使命感で朗々とした声を上げた。

 

「ルーク、そんなところで何をなさってるの」

 

 その言葉にむっとしたルークは子どもっぽい表情で、説教じみた声で問いかけてきた彼女へ怒りをあらわにした。

 

「俺が何をしようと俺の勝手だろ!

 どうせこの屋敷から出られないんだ」

 

 腕を組んでつーんと顔をそらして、17歳とは思えないような幼い態度でそんなことを言う。

 

 ガイはそれを見て、ルークのわがままには慣れているが、ホントにしかたない奴だなと思って、やれやれといった顔で苦笑した。

 仮にも婚約者なのだからもう少し優しくしてやってもいいのに。

 そんなことをガイは心の中でつぶやいた。

 

 ナタリアにとっても、ルークのそんな態度は慣れたものだったが、やはり気分のいいものではない。だが、彼の境遇を思えば哀れまずにはいられない。

 昔の彼を思えば今の彼はまったく別人ではあるが、いつかあの約束を思い出して昔のように一緒に頑張っていける。彼との約束のためにもっと頑張らなければと心に誓うのだった。

 

 ルークは跳ねるように木から飛び降りると、二人のすぐそばに駆け寄ってきて相変わらず偉そうな態度をしてふんぞりかえった。

 

「それより! おまえこそ何しに来たんだよ」

 

「ルーク、それが婚約者に対する「おい!あれなんだ??」

 

 ナタリアの苦言を遮って、ルークが驚きの声をあげ走り出した。

 誰が想像できるだろうか。

 空の彼方から、きらめく光が落ちてくるのをガイとナタリアは呆然として見つめるしかなかった。

 そのまま止まることなく地上へと落ちて、三人が立っている少し離れた場所に突き刺さった。

 信じがたいことではあるが、鈍く光る鋼の輝きが一振りの剣であることを知らしめていた。

 

「おい、ルーク!

 ちょっとまて、危ないぞ!?」

 

 はっとして、ガイが制止の声を上げるが止まるはずも無い。

 刺激の少ない退屈な生活をしているルークにとっては、危険であろうなかろうと止まる理由にならないのだ。

 跳ねるようにすぐそばに走りより、周りを回ったり屈んでその剣の姿を観察していた。

 

「こりゃいったいどういうことだ?

 おい、ルーク少し離れた方が……」

 

「マルクトの新しい譜業か何かでしょうか。

 ルーク、離れた方がよろしいのではなくて??」

 

 二人のいさめる言葉も耳に入らず、ルークは剣に釘付けだった。

 その剣は今まで見た剣の中でもとびっきり変わっていた。

 鍔が音叉のような形をしており、中心に金色の宝玉、刃はまるでひびが入っているようなデザインがなされていた。

 

「なんだこれ、すんげー」

 

 ルークは目をきらきらさせて、今までに無いわくわくに胸を躍らせていた。

 

 と、そんなルークにいつも彼を悩ませている激しい頭痛が生じた。

 それはいつも幻聴を伴っており、そのときもまた同じように聞こえてきた。

 いつもならば、ただの厄介な頭痛というだけで少し休んでしまえば問題がないものであったはずだが、そのときはタイミングが不味かった。

 激しい頭痛に体勢を崩し、あわててその剣の柄をつかんで身体を支えたとき、激しい光と音が生じ、ルークを巻き込んで爆風と共に光は彼方に飛び去っていった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 暖かい。

 

 優しく暖かな光が目の前を横切り、すっと消えてしまうと身体が楽になる感覚がした。木々のざわめきと共に誰かが話している声が聞こえ、いったいどういうことだろうとルークは思った。

 目を開けると周りは薄暗く、木々の間から漏れる月の光がちらちらと輝いているのがわかった。

 目の前では、髪の長い女性と騎士風の男性が深刻な顔で何かを話している。

 

「共鳴現象?」

 

「えぇ、たぶん第七音素同士が干渉しあって擬似超振動が発生したんだと思う。この剣、おかしいくらい第七音素が詰まってるの。

 いったいなんでこんなことが……、あら? 目を覚ましたみたいね」

 

 女性ははっと気づくとルークのそばに駆け寄って、屈んで顔を近づけ心配げに青い瞳を細めた。

 

「ねぇあなた、だいじょぶ? 痛いところはないかしら。変なところがあるなら早めに言ってちょうだい。一応、一通り確認したんだけど」

 

「あ、ああ。って、あんた誰?

 つーか、ガイとナタリアは?

 屋敷の連中は何やってんだよ。

 寝かしたままにしておくとか信じらんねー」

 

「えーっと。落ち着いて聞いてね。

 ここは……「マスター敵襲だ!」 嘘! 大変!!」

 

 女性はあわてて周囲を見渡すと、これ持ってと手元に持っていた剣をルークに押し付け、彼女は立ち上がりダガーを構えた。

 がさっと草むらが揺れたと思った瞬間、禍々しい目をした魔物が飛び出してきた。彼女はそれに向かい走り出す。

 

 その間にも赤い騎士が魔物を次々と仕留めていく。

 二本の剣を構えて踊るように剣を振るい、魔物は引き裂かれ血が吹き出て地に落ちていく。

 

「何で魔物が……」

 

 状況がさっぱり理解できず、ルークは呆然として立ち尽くしていた。

 あまりの状況の変化に対応できず、その後ろから魔物が隙をうかがってることにさえ気がつかなかった。

 辛うじてその場から立ち上がり剣を握っているのが精一杯で、これからどうすればいいのかと彼らの立ち回りをうかがうのがやっとだった。

 しかし、魔物達がそんな彼の心情を気にするわけもなく、うなり声を上げて後ろから飛びかかってきた。

 

「後ろ!!」

 

 その警告にあわてて振り向くと、牙を剥き出しにした魔物達が押し寄せてくる。

 ルークは剣を握り直して、魔物を見てみっともなく剣を振るった。

 うまく通らない剣に苛立ち、舌打ちをして後ろにいったん下がり体勢を立て直すと女性が歌を歌いだした

 

 魔物の動きが鈍ったのを見てチャンスと思ったルークは、魔物に飛び掛り渾身の力を込めて剣を振るった。

 感じたことの無い生々しい恐怖に怯えつつも、心を奮い立たせて襲いかかる魔物たちに立ち向かっていく。……一太刀一太刀に感じる死と言う現象に、言いようの無い恐れを抱きながら。

 そして1匹、2匹と押し寄せてくる魔物らを切り伏せ、これなら何とかなりそうだと思ったとき。

 

 カシャン

 

 突然、軽い破壊音を立てて剣が砕け散った。

 

「嘘だろ!」

 

 ルークはあわててバックステップを踏み後方へと下がって、敵の一撃を間一髪避けた。にじり寄る魔物から距離をとったとき、女性が前に立って魔物を打ち倒してルークのほうに振り向くと、あわてた表情で「こっちよ!」といってルークの手を引いて走り出した。

 脱兎のごとく駆ける二人の後ろから、怒涛のごとく魔物たちが次々と殺到してきた。逃げる二人を守るように赤い騎士が立ちふさがり、ことごとくを切り伏せていく。

 

 そして、深い森を走り抜けて広く見通しのよい場所にたどり着いたとき、彼はその光景のあまりの美しさに目を奪われた。

 

 淡く輝く白い花が一面に咲き誇り、両脇に立つ崖の間に丸い月が顔を出して、その向こう側には驚くほど大きな水の鏡が月光に照らされてほのかに光っていた。

 思わず言葉を失って、まるで時が止まってしまったような気がした。

 ルークは今の危機的状況でさえも忘れ果てて、吸い寄せられるように崖の向こうへと歩み寄った。

 

「アーチャー、やって!」

 

「了解した」

 

 女性の声に振り向くと、赤い騎士が目の前に立って弓を構えていた。

 何かをつぶやいたと思ったとき、強烈な爆風が吹き荒れて、押し寄せてきていた魔物達は消え去っていた。

 その後には、なぎ倒された木々と抉れた岩と大地が残されて、その威力のすさまじさを物語っている。

 

「さて」

 

 唖然としてそれらを凝視しているルークを見て、髪を掻き揚げて苦笑すると彼女は、

 

「私の名はティア。あなたの名前は?」

 

 そう言って、穏やかに微笑んだ。

 

 

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