深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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噂話は謎を深める

 

 そよ風が頬を過ぎる。

 

 アーチャーは大樹の枝に立ち、眼下に広がる街並みを見ていた。

 堅牢な城壁に囲まれて、要所要所に砲台がすえられている。

 物々しい外側とは裏腹に街並みは穏やかで、敷き詰められた石畳の両脇には木々や色とりどりの花々が植えられている。

 彼はティア達が街に入るのを待たずに、霊体化したままで先に街に入り、街の要所要所を探り注意すべき場所や逃走経路などをチェックして後に備えてから、街を監視しやすいソイルの木の上に登った。

 

 監視の目を怠ることなく、アーチャーは無言で木にもたれかかった。

 ソイルの木からは潤沢なマナが溢れ、魔力を回復させるほどではないが身体を休めるには十分なものがある。

 もしも、この世界に魔術師がいたのなら、この木を巡って骨肉の争いが繰り広げられていただろう。

 

 しかしどうしたものか、と穏やかな風景を横目に思考をめぐらせた。

 

 サーヴァントを呼び出せるのは魔術師だけだ。

 ならば、譜術と呼ばれる術を使う彼女は何者だ? 

 魔術と譜術を使い分けているようにも見えるが……。

 譜術も魔術に属するものか?

 それに、魔術師というには自分の知っている魔術師たちとはまるで違う。

 あまりにも不器用で無垢なのだ。まるでそう、幼子のような……。

 

 しかも、タルタロスで出会ったあの男。

 ルークそっくりの顔であるのも気になるが、それよりもなぜ何もせずにこちらを見逃したのか。一体何を考えているのだ?

 ティアを優先して交戦は避けたが、いずれぶつかることになるだろう。

 そのときどんな手段をとってくるのか、何かたくらんでる様子だったが。

 

 そこまで考えたところで、アーチャーは苛立たしげに舌打ちした。

 情報が少なすぎる。

 聖杯戦争時のように拠点を構えてじっくりと情報収集と分析をすることができないため、対応がどうしても後手後手にまわってしまう。

 

 それに、普段であれば世界からのバックアップで必要な情報は降りてくるというのに、今回は一切の情報が降りてこない。

 基本的な情報が少ないということも、さらに彼をいらだたせる要因だった。

 前回の聖杯戦争の時でさえ大聖杯のバックアップがあったのだが、こちらに来てからはそのような仕組みが機能していないようなのだ。

 折々にティアからこの星の基本情報を聞いてはいるが、まだまだ不備が多い。

 彼は来るべき日のために身体を休めつつ、情報の穴を埋めるためにこれまで知ったこと、さらに調べる必要があることなどを整理していた。

 

 

 

 城砦都市セントビナーを訪れたルークたちは、オラクル兵たちが町の門の前で武器を携えて監視しているのを見て、しかたなく隠れ潜むようにして様子をうかがっていた。

 

「なんで神託の盾騎士団がここに……」

 

 ルークはオラクル兵たちを見て不審げに眉をひそめた。

 

「おそらく、休憩に立ち寄るとでも思ったのでしょう。タルタロスの停止地点から一番近い街ですし、まぁ妥当な判断でしょうね」

 

 ジェイドはルークの言葉に深く悩む様子もなく軽い調子で答えて、指で軽くメガネを押し上げた。

 

「大佐、あれを……」

 

 ティアはジェイドの袖をそっと引いて、街道をたどって門に近づいてくる幌馬車を指差した。

 

 ティアたちに注目されているのも知らず、御者は門の前まで幌馬車をゆっくりと走らせて、門の前で立っている兵士達のそばで幌馬車を止めた。

 

「エンゲーブの者です。

 ご注文いただいた食材をお届けにあがりましたー」

 

 オラクル兵はその言葉に頷いて「ご苦労」とそっけなく返事をすると、御者は「後からもう一台参ります」と彼らに告げて、幌馬車を走らせて街の中へと入っていった。

 

 ガラガラと音を立てて走り去っていく幌馬車をジェイドは感心したように目を細めて見た。

 

「なるほど。これは使えますね」

 

「もう一台を待ち伏せてして、乗せてもらうんですね。

 それならば、エンゲーブへの街道を少しさかのぼってみましょう」

 

 イオンもジェイドの言葉にうなずいて、待ち伏せを提案する。

 

「ええ、そうですね。行きましょう」

 

 ティアもその言葉に賛同し、その言葉を呼び水に彼らは道を引き返し始めた。

 

「俺を置いて話を進めるなっ!!」

 

 話に取り残されていることに気がついてルークが怒鳴り散らすと、ティアが道を引き返してルークの服を引っ張っていく。

 

「はいはい、いいからいきましょ」

 

「おいこら、ひっぱるな!」

 

 ルークはあわてて服を引っ張って取り返し、軽く顔を赤らめて彼女から少し距離を置いた。

 そんな感じのルークに対して特に気を悪くするでもなく、ティアは彼をおいていかない程度にゆっくりと道を急ぐ。

 

 そんなやりとりを彼らの足元でチーグルの仔とライガの仔が見てた。

 

 

「その馬車、止まれ!」

 

 ルークは後先を一切考えずに、無謀にも街道を駆ける幌馬車の前に飛び出した。御者は彼に気づいてあわてて幌馬車を止めた。

 その御者台にはエンゲーブで出会ったローズ婦人が乗っていた。

 どうしたのかと不審げな顔をして、幌馬車の前に立つルークや走りよってくるジェイドたちを見回した。

 

「カーティス大佐じゃないですか!

 それに確か………ルークだったかい? 旅の人」

 

「おばさん。悪ぃけど馬車に匿ってくれねぇか?」

 

 ルークがどこか無遠慮な言葉で頼み込むと

 

「セントビナーに入りたいのですが、導師イオンを狙う者たちが街の入り口を見張っているのです。

 ご協力いただけないでしょうか?」

 

 ティアが補足するように丁寧な言葉で続ける。

 

「おやおや。こんなことが起きるとは生誕祭の預言にも詠まれなかったけどねぇ」

 

 ローズ婦人は困惑した表情で彼らを見回して笑った。

 

「いいさ、泥棒騒ぎで迷惑を掛けたからね。お乗りよ」

 

 そう言って、彼女が幌馬車に乗るように促すとルークたちはお互いの顔を見合わせてホッとしたように表情を緩ませた。

 

「助かります」

 

 ジェイドは皆を代表するように、軽く感謝の言葉を述べたのだった。

 

 

 堅牢とした門を潜れば、石造りの家々が立ち並び道々には色とりどりの花々が植えられている。

 幌馬車は特に見咎められることなく門を潜り抜けた。

 兵士達の目の届かない場所で幌馬車を止めると、ルークはキョロキョロと周りを見ながら荷台から飛び降りた。

 

「じゃあ、あたしたちはここで。お気をつけて」

 

 そう言って、暖かく笑っているローズ婦人に感謝の言葉を伝えるのもそこそこに、ルークは落ち着きなく街を見渡した。

 石畳に響く幌馬車の車輪の音を聞きながら、ルークはエンゲーブとはまた違うセントビナーの街並みに目を見開いた。

 

 精巧に整えられた石畳の道の向こうには、道々に立ち並ぶ家よりも大きな、それこそ天に届きそうなほどの木がその姿を見せていた。天を塗り替えようとするかのように、大樹は精一杯に枝を伸ばし、青葉が空にアーチを描いている。

 

「なんだあれ……でかい木だなー」

 

「ほんとね、ほんとに綺麗な木……すてき」

 

 ティアは目を細めて大樹を見つめる。

 

「あれは……ソイルの木ですね。

 樹齢二千年と云われているこの町のシンボルだと聞いています」

 

 二人の言葉にイオンが答えた。

 

「二千年!? マジかよ」

 

 ジェイドは訳知り顔でメガネを押さえ、イオンのあとを続ける。

 

「えぇ、噂ですけどね」

 

「ソイルの木はずいぶんと興味深い話が多いようです。

 以前この木が枯れかけたときなど、他の草花まで駄目になってしまったそうです。

 ですから、ソイルの木と街の草花の因果関係も研究されていますね」

 

 ジェイドは訳知り顔でそんなことを言った。

 

 

 ティアは誘われるようにふらふらと空を横切る枝を見上げながら歩いていた。

 後ろで、ソイルの木はチーグルの森にあった木に似てるとか、アニスは大丈夫なのかとか、わいわいと騒いでいるのも気にせずに、ひたむきなほどにその青々とした大樹を見つめていた。

 

「綺麗……。マナがここまで集中してるなんて。…あてっ!」

 

「ごめんおねーちゃん。だいじょうぶ?」

 

 よそ見して歩いていたティアに、横道から走ってきた少年が勢いよくぶつかってきた。ティアはバランスを崩して尻餅をつく。

 申し訳なさそうに見る少年に、ティアはごまかすように笑った。

 そして、差し出した手を断って立ち上がり土を払った。

 

「何やってんだよ」

 

 後ろからルークが駆け寄ってくる。

 少年はルークの後ろからゆっくり近づいてくるジェイドたちを見て、パーッと顔を明るくして飛び跳ねるようにジェイドのすぐそばに駆け寄った。

 

「おじさん、マルクトの軍人さんだよね」

 

 ジェイドがそっけなく「そうですよ」と答えると、少年は気を良くしたように言葉を重ねた。

 

「急にね、神託の盾の軍人さんが増えたんだよ。

 誰かを捜してるみたいだったけど」

 

「そうですか。それで、その誰かは見つかったんですか?」

 

 注意深く彼を見つめながら探るように聞いた。

 ルークたちも息を呑んで答えを待つ。

 

「ううん。結局見つからなかったから街の入口で見張ってるんだよ」

 

 少年の答えにルークたちはホッとして息を吐いた。

 

「少なくとも、アニスは捕まってないみたいだな」

 

 そっと小さくルークが呟くと、ティアはビシッと指を指して

 

「見つからないよう、派手な行動は慎まなきゃね。特にルーク!」

 

「言われなくってもわかってるよ! いちいちうるせーな」

 

「だって、言っておかないと、すぐどっか行っちゃうじゃない」

 

「っば、馬鹿にすんな。言われなくともわかってるって」

 

 ルークとティアのそんな子どもじみた言い争いに、イオンは派手な行動は慎むんじゃなかったんだろうか? と心の中で首を傾げつつ、かける言葉が見つからずにあたふたしていた。

 

 そんなやりとりも気にせずに、少年はジェイドをじっと見て質問を投げかけてきた。

 

「なぁおじさん。マルクトの軍人さんなら、死霊使いって知ってるか?」

 

「……ああ、知ってますねぇ」

 

「オレのひい爺ちゃんが言ってた。死霊使いは死んだ人を生き返らせる実験をしてるって」

 

「え……?」

 

 思いもよらない言葉にルークは思わずジェイドの顔を見た。

 

「今度死霊使いに会ったら頼んどいてよ。キムラスカの奴らに殺されたオレの父ちゃんを生き返らせてくれって」

 

「そうですね。……伝えますよ」

 

 ジェイドはスッと目をそらし、ごまかすように笑みを浮かべて答えた。

 

「頼んだぞ! 男と男の約束だぞ」

 

 少年は念を押すように言って、その場から風のように走り去っていった。

 

 すぐそばで聞いていたミュウがジェイドを見上げて、すごいですの~などとはしゃいでいる。

 ルークは胡乱げに「ただの噂だろ」と左手を振って言うと、ティアも同意するように「そうね」と頷いた。

 ティアは表情を消して遠くを見やり、少し黙ったあと

 

「生き返ったって元に戻るものなんて何も無いもの」

 

 そう呟いた。

 彼女の言葉に視線が集中する。

 ハタッと視線が集まっていることに気がつき、ティアは繕うように笑った。

 

「な、なんでもないわ。ほら行きましょ」

 

 そう言って、彼女はどこか慌てたようにして歩き出した。

 

「何も戻らない……か。厳しいですね」

 

 ジェイドはその場に固まったように立ち尽くし、口を歪めて呟いた。

 

「どうかしましたか?」

 

 不思議そうに見上げるイオンに、何でもありませんと飄々とした表情で答えてメガネを持ち上げた。

 すでに遠く小さくなっているルークたちの後ろを追いかけて、彼らは足を速めたのだった。

 

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