譜石帯をベールで包むように、薄く延びた白い雲が青い空にたなびいていた。
行き交う鳥はそれらを取り払うことはなく、遙か彼方へ続く長い旅路を急いでいる。野花の群れは風に身をゆだねて、ハタハタと葉を打ち鳴らしていた。花々はまるで噂話をしているかのように、ひそひそと密やかに花びらを揺らめかせている。
ルークたちはごくまれに現れる魔物を蹴散らしつつ、足早にカイツールへの道を急いでいた。今はまだ、六神将を初めとした教団からの襲撃に遭ってはいないのだが襲撃の懸念が晴れるわけでもなく、急かされるように彼らは先を急いていた。
ジェイドは探るような目を向けて、彼の前を歩いているルークたちを観察している。観察されてることも知らず、皆はそれぞれ好きなように騒いでいた。
ルークたちの周りで、チーグルのミュウがちょこまかと鞠のように飛び跳ねていて、何を思ったのか仔ライガがそれを追いかけ回していた。
おろおろと見ているティアとイオンを横目に、ルークは人事のようにニヤニヤ笑ってそれを見ている。
しかし、ミュウが助けを求めてルークの赤い髪の毛にすがりついてしまうともう他人事ではなく、さらに間髪いれず彼の足元で跳びはねすがり付いてくる仔ライガに目を白黒させた。
「あ、オイ! ブタザル離れろって!
イテッ、髪ひっぱるなっつーの。オイコラ、いいからどけろ!」
「ご主人様助けてですのー!」
大きな瞳は涙目でミュウは大きな耳をびゅんびゅんと振り回し、ルークの赤い髪をぎゅっとひっぱる。その足元では仔ライガが八の字にぐるぐるとまとわりつくものだから、ミュウを引き剥がすどころかそこに立っていることさえままならない。
イオンはミュウとルークの悲鳴にあわてふためき、さらに青くなっておろおろと周囲を行ったり来たりしている。
ティアは戸惑った様子でルークと仔ライガに視線を往復させたあと、ルークの足元に絡みつく仔ライガに駆け寄り、小さな身体を持ち上げた。
しかしまだ遊び足りないのだろう、腕の中でうにょうにょと落ち着きなく動き回っている。
「こら、暴れないの。あーもう、ほらっ!落ち着いてホリン。
ったく、やんちゃなんだから!」
するりするりと腕の中から抜け出そうと、仔ライガはじたばたと漁師の網に絡まった魚のように前足後足をバタつかせている。出会った頃に比べて少し大きくなったように思える身体を懸命に押さえながら、ティアは仔ライガの小柄な身体をがっちりと抱きしめて、落ち着かせようと必死になだめている。
そのティアの言葉を聞いて、イオンは瞳をぱちぱちっと瞬かせた。
「ホリン、とは? それがその仔の名前なのですか?」
そうやって話している間にも、ミュウは手を離したら死んでしまうのだと言わんばかりにルークの頭にしがみついて離れない。
「みゅうううううっっっ!」
「だぁーーー、うぜってぇ!!
いいから離れろてんだろうがっ、いてっいてててっ。
おい、ブタザル! 俺をハゲにする気か!」
ルークはジタバタと頭の上で騒いでるミュウを引き離そうと、大人げなく怒鳴り散らし、同じくらいにミュウも必死な声で叫んでる。
いいかげんにしないと、魔物がよってきてしまうのではないだろうか。
ティアは暴れる仔ライガを抱きしめて、ほとほと困りきった顔でルークたちへとチラチラと視線を送っていたが、イオンの疑問を聞いてそういえばといった顔でイオンのほうに振り向いた。
そう、森から戻ってきてすぐに出発することになったり、タイミング悪く魔物が襲ってきたりでせっかく名前が決まったというのに伝える暇がなかったのだ。彼女は未だ不満げにうなっている仔ライガを両手に抱え込み、嬉しげに目を細めた。
「あ、えぇそうなんです。
ねぇ、ホリン?」
そういって彼女が腕の中の幼獣の顔を覗き込んだ瞬間。
ホリンはほんの一瞬の油断も見逃すことなく、勢いよく暴れて腕の中を飛び出して彼女の肩を伝って、後ろにいたルークの顔面に飛びついた。
「きゃ!」
「うわぁあああ!」
「ああっ、ルーク! だ、大丈夫ですか!?」
「グルルルルーン♪」
「みゅううーーっ、たべられちゃうですのぉーーー!」
「・・・・・・おやおや」
ジェイドは振り向いた先に広がる大惨事をニコニコと、かなり胡散臭い笑顔を浮かべて見ていた。もちろん、手を貸そうなどという様子は一切無かった。
ルークはぐったりと肩を落として、疲れきった顔でため息をついた。
長く艶やかな赤い髪は掻き乱されて、ところどころで毛先が落ち着きなく跳ねている。
「ったく、ひでぇーめにあったぜ」
おざなりに髪を手櫛で整えながら、ルークは苛立たしげにぼやいた。足元の仔ライガはそんな彼の怒りもどこ吹く風で、次は何して遊ぶのかな?と言いたげにキラキラとした瞳を彼に向けている。
ミュウは飛び掛ってきた仔ライガになめられ過ぎたせいで、すっかり目を回してしまっている。ティアはミュウを腕に抱えてオロオロと看病していた。
その場のカオスな状況にイオンは困惑を表情をありありと浮かべ、助けを求めるように視線右往左往させ、少し離れて歩いているジェイドへと視線を向けたがサッと反らされてしまった。
しかし、ルークが怒りのままに息を荒げて拳を振り上げたのを見て、あわてて彼の袖を引いた。
「ま、まぁ落ち着いてください、ルーク。
この仔も悪気があってやった訳ではないでしょうし。ね?」
ルークはムカッとイオンを睨みつけてしまってから、彼がビクッと怯えた顔をしたのに気がつき、顔を顰めて視線をそらした。不機嫌そうにガシガシと早足で先へと歩き出す。
彼の後ろを仔ライガが尻尾をピンッと立てて、まとわり付くようにちょこちょこと付いていく。
その場を取り繕うためか、今思い出しましたといった風にイオンはルークへと駆け寄って話しかけた。
「……あ、そういえば!
先ほどティアに聞きましたが、その仔に名前を付けたのですね」
「え、あ、あぁ。まぁな」
「ホリン、でしたっけ?」
「あー、うん。そうそう、ホリン」
足元の仔ライガは自分が話題に上ってるのに気づかぬふりで、何事もなかったのようにルークの後ろをついていく。しかし、自分の名前が呼ばれるたびに、耳がぴくぴくと小さく震えていた。
「ホリンというと、たしか古代イスパニア語で。
…………『灯火の守り手』?」
首をコテッと傾げてイオンはそう呟く。
「ふーん、『灯火の守り手』ねぇ?」
ルークは面白くなさそうに足元でちょこまかとしている仔ライガのホリンへと目をやると、また遊んでもらえるのと勘違いしたのか懸命に足にすりより、こちらをうかがっている。
「ルークはそういう意味で付けたのではないのですか?」
「え。あ、えーっと」
もちろんそんなつもりで付けたわけではない。わけではないのだが、それではどういう意味でと問われても、もともとルークが付けたわけではないし、それを言ってしまったらアーチャーのことに言及せざるを得なくなってしまう。
それは不味い。だからといって上手い言い訳も思い浮かばず、冷や汗をかいて視線をさまよわせ、足元のホリンを抱き上げて意味もなく小さな頭をくしゃくしゃと撫で回した。
「イ、イオン様。えっーと、ホリンっていう名前は……、そう! とあるところに伝わる昔話の主人公の名を頂戴してつけた名前なんです!
そっかー、『灯火の守り手』って意味なのかー。
素敵ねホリン。ルークとおそろいねー」
ティアはルークのそばに駆け寄ると、軽くしゃがんで腕の中のホリンの顔を覗き込んで、幼獣のつぶらな瞳に彼女の興味深げな顔を映した。
「えぇ、そうなりますね」
「はんっ、別にこいつなんかとおそろいになったってうれしくねぇから」
「みゅー、ずるいですの。
ミュウの方が先にご主人様に会ったですのにー!!」
ミュウはティアの腕の中で小さな腕をぶんぶんと大きく振って文句を言うが、ホリンがじっとミュウを凝視すると、顔を青くして逃げるようにティアの背中へとしがみつき身を隠す。
イオンは小さな従者たちの小さなやりとりに苦笑を浮かべ、「仲良くしなくてはダメですよ」と諭すようにホリンに笑いかけた。
分かってるのか分かってないのか、ホリンはふんっと鼻を鳴らしルークの腕にあごを乗せた。
「それにしても面白い符号ね。
ルークは焔でホリンは守り手…、かぁ
ホリンはルークを守ってくれるのかしら?」
彼女は楽しげにホリンの小さな額をツンっと突っついた。
めんどくさそうに彼女を見やり、がるぅと呻ってホリンは大きくあくびをした。
「はぁ? 何でこんなチビ助に守られなきゃいけねぇんだ。
俺さま一人でどうにでもなるから!」
「そんなこと言ってるけど、焔が一人歩きしたら周囲に火が付くしなぁ。
なんかルーク一人だと心配で……」
「おい! それどういう意味だよ!」
耳元で叫ばれたホリンは嫌そうに身をよじり、ルークの腕から逃げ出した。
「別にー? ルークが揉め事ばっかり引き起こしてる!だなんて少ししか思ってませんよー?」
「何だとぉー?」
足を止め二人はにらみ合う。
「はいはい、お二人とも。
私たちは戦争の火種を消しに行くんですよ。
こんなところで争いの火種を増やさないで下さいね」
二人は気まずげに口をつぐんで、それぞれ明後日の方向へと視線をそらした。
まったくもって、反論の余地がなかった。
名前の意味に関しては全部捏造です。
やりたい放題でごめんなさい。