深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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再会

 

 カイツールの砦に着いた一行は、兵士たちの醸し出すピリピリとした空気に戸惑いながら、突き刺さるような視線をくぐり抜けるようにして道を歩いていた。

 

「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。

 通して下さい。お願いしますぅ」

 

 胸の前でぎゅっと両手を組んで、少女は目を潤ませて悲壮な表情さえ浮かべて、門の前に立つ兵士に懸命に訴えかけていた。

 

 ルークは誰よりも早く、彼女に気がついて驚いた様子で声を上げた。

 

「あれってアニスじゃねぇか?」

 

 彼女は遠くから見ているルークたちに気づくことなく、必死に言葉を尽くして見逃してくれるようにと兵士に訴えかけている。

 少し大げさなほどにうねうねと身体をくねらせるたびに、黒髪のツインテールや背中に背負ったぬいぐるみが小刻みに揺れていた。

 しかし、兵士は胸に宿ったであろう同情の心を隠して、慇懃無礼に頑としてその願いを退けてしまった。

 

「残念ですが、お通しできません」

 

 最後の望みをかけて少女はじっと兵士を見るが、彼はすっと視線を外して生真面目にきつく口をつぐんだ。

 

 へなっと項垂れて、黒髪の少女はツインテールをしょんぼりと萎ませて背中を向けた。これ以上の不幸はないと言わんばかりに、憂鬱そうにとぼとぼとその場を離れ始める。

 しかし、それでもまだ諦めきれていないのか、ちらりちらりと検問所へと視線を向けてその場に立つ兵士を見ては、縋り付くような切ない嘆き声を上げた。

 だが、兵士は自身の職務に忠実であることを変えることはなく、前言を撤回するようなことはなかった。

 

 しぶしぶと寂しげに検問所を立ち去りゆく道の途中に、少女はふと足を止めて憎々しげに目をつり上げた。

 今にも噛みつかんばかりに口を歪めて舌を打ち鳴らしボソッと呟いた。

 

「……月夜ばかりと思うなよ」

 

「アニ~ス?

 ルークに聞こえちゃいますよー」

 

 ジェイドは静かに横に立ち、にこにこと楽しそうにそんなことを言った。

 

 頭の上から降ってきた言葉に、アニスはぎょっとした様子でジェイドを見上げて、しばしそのままの体勢で固まる。

 そして、両手を大げさに振り回しながら周囲を見渡し、すぐニコリと笑顔を浮かべてルークの方へと走り寄った。

 

「きゃわ~ん。アニスの王子様ぁ~」

 

 ルークは飛びかかってくるアニスに驚いたが、辛うじて倒れることなく彼女の身体を抱きしめた。勢いに押されてくるっと回転しながら、ルークは先ほど垣間見た彼女の怖い姿を探したが、まるで幻でも見たんじゃ無いかというほどそんなものはどこにもない。

 

「あ、あぁ。こっちも心配してたぜ」

 

 あまりの切り替えの早さに思わず引きつつも、再び再会できたうれしさに押されて明るい笑顔を浮かべた。

 

「きゃぁ~ん。アニスうれしぃい!」

 

 アニスはぐりぐりと頭をルークに押しつけて嬉しそうに笑った。

 

 ティアは仔ライガのホリンを腕に抱きしめて、そんな二人の様子を何とも言いがたい表情で見つめている。腕の中のホリンを軽く持ち上げて、顔をのぞきこみ恐る恐るといった風に小声で、

 

「ねぇ、やっぱり女の子って小さい方がお得なのかしらね?

 ホルンはどう思う?」

 

 しかしホリンはそんなことには興味なさげで、ぷいっと顔を背け大きなあくびをした。ティアはどことなく、不機嫌そうに再びルーク達に視線を向けた。

 

「大変でしたね。アニス」

 

「無事で何よりです」

 

 微妙な表情を浮かべてるティアに気づくことも無く、イオンが穏やかな顔でアニスに話しかけると、ジェイドもやれやれと肩をすくめて彼女を労るように声をかけた。

 アニスはルークに抱きついたままで、およよっと目を見開いて驚いた様子でジェイドを見つめた。

 

「はわー。もしかして!

 大佐も! 私のこと心配してくれたんですか?」

 

「ええ。親書がなくては話になりませんから。

 もう少しで、心配するところでしたよ」

 

「ぶー。大佐って意地悪ですぅ……。

 最初から心配して下さい」

 

 ルークに抱きついたままの姿で、アニスはがっかりしたように肩をしぼませた。

 

「魔物と戦ってタルタロスから墜落したって?」

 

 抱きしめたまま上からアニスを見下ろして、尋ねると彼女は可愛らしくはにかみながら甘えるように答えた。

 

「そうなんです……。

 アニス、ちょっと怖かった……。……てへへ」

 

 イオンはコクコクとうなずきながら、

 

「そうですよね。

『ヤローてめーぶっ殺す!』って、悲鳴あげてましたものね」

 

「イオン様は黙ってて下さい!」

 

 わずかに目をつり上げてアニスがピシッと言い放ってる横で、ティアは感心した様子で呟いた。

 

「アニス……。かっこいい!!」

 

「そんなんほめんでもえぇわい! ………あっ。

 ……ルーク様~~!

 ちゃ~んと親書だけは守りましたよ? ね? ほめてほめて!」

 

 思いも寄らぬ方向からの言葉に、ついつい苛立ちまぎれに文句を言ってしまって、アニスはしまったと口をつぐんだ。すぐにクルリと表情を入れ替えて、何事も無かったかのごとく猫なで声でルークにすり寄った。

 

「ん、ああ……。偉いな」

 

「きゃわ~ん!」

 

 黒いツインテールをぶんぶんと振りながら、さらにぎゅーぎゅーと抱きついて、ルークは迷惑そうな顔で彼女を見下ろしていた。

 

 ティアはちらちらと仲良さそうに話している二人に視線をやりながら、仔ライガの柔らかな毛皮をおざなりに撫でる。

 ホリンは迷惑そうに身を捩り、するりと腕の中から抜け出て足下でしばらく毛繕いしたあと、ルークの下へと走り寄った。

 いまだ、抱きつかれたままのルークの顔を伺うように見上げ、足下をぐるぐると駆け回る。

 

「ルーーーク!!!」

 

 門の向こうから誰かの声が響いた。

 叫び声を引きずって、ものすごいスピードで誰かが走り込んでくる。

 引き留めようとする兵士たちをも振り切って、青年が国境を分ける門をくぐり抜けた。金色の髪は土埃で汚れて、身軽な旅衣装も心なしか薄汚れてヨレヨレにくたびれている。

 脇目も振らずに走ってくる彼の姿に、ルークは驚きの表情を浮かべた。

 

「ルーク! やっぱりルークか!」

 

 引き留めようとする兵士に向かって旅券を叩きつけ、青年はホッとした様子で顔を緩めた。

 

 ルークは乱暴にアニスを引きはがし、目を丸くして信じられないというようにおずおずと彼のそばへと近寄っていった。

 

「おまえ、ホントに?? ガイ、ガイなのか?

 お前なんでこんなとこに!」

 

「あぁ、無事でよかったー!」

 

 久方ぶりに見る懐かしい顔に、ルークは半信半疑といった顔で彼の姿をまじまじと見ていたが、憔悴しながらもそれでも変わらない笑顔に顔を綻ばした。

 ルークは屈託のない笑顔を浮かべて、ガイの二の腕を気安く叩く。

 

「ガイ!よく来てくれたな!」

 

「やー、探したぜ。まさかこんなところにいやがるとはな!

 すれ違いにならずにすんでよかった。

 ったく、バチカル内は大騒ぎだぜ?」

 

「おやおや、お知り合いですか?」

 

 ジェイドは注意深く二人を見やり、窓の向こうにある空の色を聞くようにさりげなく尋ねた。

 そこに含むものに気づくこともなくルークは大仰に振り向いて、偉そうに胸を張った。

 

「あぁ、俺の親友のガイだ」

 

 ガイはふいっと視線を泳がせ、大げさに頭を掻いてた。

 興味津々といった風でこちらを注目している皆を見返して、にっこりと愛想良く笑った。

 

「あー、ガイだ。ルークのところの屋敷で使用人やってる。

 それで、そういうあんたらは?」

 

 彼の問いかけに対して、彼らはおっとりと、溌剌と、婉曲に、おずおずと口々に自己紹介をしていく。

 

 ガイは口元に笑みを引き、注意深く彼らの言葉に耳を傾けていた。

 社交儀礼じみたどこか上滑りしたやりとりに、ルークはつまらなそうに口を尖らせてあさっての方角に顔を背けて、それでいて無関心ではいられない様子でさりげなく耳をかたむけている。

 

「へぇ、なるほどねぇ~?」

 

 気さくな笑みにどこか薄暗い影がさす。

 

「……それで、マルクトとローレライ教団、どちらが主導してルークを誘拐したんだ?

 またマルクトなのか? 話によってはただじゃすまさねぇぞ」

 

「は? ちょっとまて!」

 

「ルークは黙ってろ」

 

 何を言い出すのかとルークがガイに話しかけるが、ガイはルークの言葉に耳を傾けようとはしない。

 ガイはどう説明しようかとあわててるルークを無理やり背中に隠し、敵愾心を剥き出しにしてにらみつけた。

 

「これはこれは。ずいぶんな言い草ですねぇ~?

 こちらとしては、エンゲーブで困っていらっしゃったお二人にお声をかけて、行き先が同じでしたからご一緒させてもらうことになっただけですよ。

 まぁ、多少強引なところもあったかもしれませんが」

 

「ふーん? ご一緒させてもらいました、ねぇ?」

 

「ど、どうやら何か誤解があるようですね?

 私たちは決して、ルークやキムラスカを害するようなことはしていません」

 

「まったくです。何を根拠にそんなことを仰っているかは知りませんが、人聞きの悪いことを言われては困ります」

 

 ガイは疑わしげに眉をひそめて観察し、イオンとジェイドは心当たりはないと否定の言葉で返す。

 

「どうだかな。

 だいたい、ルークを攫った例の擬似超振動。

 あれってマルクトの新型兵器かなにかじゃないのか?」

 

「はぁ? それはいったい何の話ですか」

 

 そこまで来て、お互いの認識になにやらズレが生じていることに気がついた。

 

「第七音譜術士同士の干渉で、例の擬似超振動が起きたんじゃなかったのですか?」

 

「いや、少なくともあの場面でそういったことは起こっていないが」

 

 ジェイドの言葉にガイはキムラスカから出発するまでの不愉快な記憶を思い出して渋い顔をする。

 ルークがいなくなったあと、いったい何が起こったのかを屋敷の人間に説明するのはかなり大変だったのだ。取り乱すナタリアを宥めて屋敷の人たちに説明し、後から来た伯爵にも説明し……。そうしたら今度は奥様が倒れて、屋敷の人間はよりにもよって誘拐の主導者なのではないかなどと言い出してくる。

 その疑いは一緒にいたナタリアの言葉もあって晴れたのだが、探しに行く許可がなかなか出ずヤキモキさせられた。

 許可が出たら出たでナタリアが私も探しに行くと言って聞かず、それもそれで大変だった。

 ……ルークを探しに行くといって、ナタリアまで王宮から飛び出していなければいいのだが。

 

「おや、おかしいですね……。

 どうやら私たちが聞いていた話と違っているようです。

 彼女とルークとで第七音素の共鳴が起きたのではないのですか?」

 

 ジェイドは思案深げにあごに手を寄せて考え込み、離れて立っているティアに指さした。彼らのやり取りに興味がないのか、ティアはどこか上の空で遠くを眺めている。

 

「……いや、知らないな」

 

 ガイはしばし考え込み、ぼそっと答える。

 そして、無言でティアのそばに近づいていった。

 

「なぁ、あんた。ティアだったか」

 

「は、はい?」

 

「ルークを誘拐したのはお前か」

 

「は?」

 

「目的は何だ。

 何故ルークを狙った。

 どうやってキムラスカの屋敷からルークを奪った。

 あの剣はどういうことだ。

 いったいなんのつもりなんだ」

 

「ちょ、ちょっとまって! え、誘拐って急に何の話よ」

 

 油断していたところを急に槍玉に挙げられ、慌てふためいた様子で両手を振ってから、気を取り直して疑いの目を向けるガイの目を睨み付けた。

 不愉快そうに言葉を続ける。

 

「……誘拐したんじゃなくって、上から降ってきたんです。

 悪いけどそんな無駄なことはしませんから。

 ただでさえ、これもホントは余分なのに!」

 

 そう言って、ふんっと顔をそらす。

 

「ふん、どうだか。口ではいくらでも言えるな」

 

 ガイは疑いの目を持って、突き刺すように言葉を続ける。

 

「だいたい、上から降ってきたって」

 

「だぁあああーーーー!

 てめぇら、いいかげんにしやがれ!!」

 

 突然の大声にギョッとして振り向く。

 ルークはガイの身体を無理やり押しのけ、ティアの前に立ち皆を睥睨する。

 

「てめぇら細かいことグチグチとうるせーんだよ。

 だったらなんだ? ガイの言う通りでいうと俺は誘拐犯に攫われて、その本人に手を引かれてキムラスカにまで送ってもらうのか?

 うんなアホな話あるかよ。人をバカにするのもいい加減にしろ!」

 

「い、いや、でもよ。いくらなんでも怪しすぎるだろ?」

 

「じゃあ、こいつがやったって証拠あんのかよ。

 なんとなくだとか言ったらブッ飛ばすぞ!」

 

「し、しかし」

 

「たーしーかーに! こいつは空気読まないし遠慮ってもんが無いし口悪いし、そのくせ肝心なことは教えてくれないし、そもそも最初から変な奴だけどさ。

 悪いことしたり嘘つくようなやつじゃねぇよ」

 

 ルークはガイが言葉を失い黙り込むのを確認すると、ティアの腕を掴み歩き出した。

 

「わかったな。ならもうこの話はおしまい!

 オラ、いくぞ」

 

「え、ちょっとルーク!」

 

 しばし唖然とした表情で彼らの後姿を見ていたガイだが、すぐに気を取り直すと軽く息を吐き「まいったなぁ」と頭を掻いた。

 確かに彼の言う通り、少し頭に血が上りすぎていたかもしれない。

 判断は彼らの話を聞いてからでも遅くないだろう。

 それに、もしも彼らが主犯だったとして……。

 

「ルーク、危ない!」

 

「おわぁああ!!」

 

 突然、ティアの焦ったような声とルークの悲鳴が耳を打った。

 ガイは薄暗い考えを打ち消すと、いつでも抜けるように腰の剣に手を添えて走り出した。

 

 

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