「ごちそうさまー。
まぁ、なんだ。その、貧相な見た目の割にはなかなか美味かった」
綺麗に空になった食器を前にして、ルークはぎこちなく目をそらした。
グダグダと文句を言ったのに、出された料理をかなりのペースで食べつくしてしまった。
それでもいつもの通りを取り繕ってルークは偉そうにふんぞり返ってそう言った。
それを聞いたアーチャーは妙に嫌味ったらしい笑みを浮かべて言った。
「それはそれは、こんな貧しい食事でも満足していただけたようで恐縮至極。
腕を振るった甲斐があるっていうものだ」
「はぁ? 何だよその言い方。ムカつくやつだな。
なんなんだよだいたい偉そうに」
「もう、二人とも喧嘩しないの。
……アーチャーごちそうさま。
それにしても、いきなり自分が料理するって言い出すからびっくりしたわ。
ほんとすっごくおいしかった!
でも、本当は私が作りたかったんだけどなぁ」
「……ティア、朝からあんなものを作ろうというのは間違ってると思うのだが」
「いいじゃない、朝からたい焼きだって」
「いいや、朝はバランスの良い食事を取らないと身体に悪い。
甘いものだけの食事など認めん」
「えー」
「は? ティアが作ったんじゃないの?
ていうか、たい焼きってなんだ?」
「豆で作った甘いペーストをかりっとした生地で包んだお菓子よ。
あんこはわざわざ手作りをしたんだから」
ティアは片付ける手を止めて、大きな胸をむんっと張ってそんなことを言った。
「ティア、食器はこちらに。
食後のお茶でもどうかね?」
アーチャーは何事もなかったかのように聞き流して、ティアにお茶を勧めた。
「もらうわ。ルークも飲むでしょ?」
ティアもその言葉にうなずいて、何をするでもなく黙って座っていたルークに尋ねた。
さりげなく横目で彼女の胸を見てたルークは急に声をかけられてあわてふためいたあと、急いで取り繕うように首を縦に振りうなずいた。
「あ、ああ。飲む飲む!」
「あれ、このコップってどこから?
さっきの食器もそうだけど、どこにしまいこんでたの?
そんなルークに気づくこともなく、彼女はついさっきから抱いていた疑問を自分の従者に投げかけた。
「なに、ちょっとした手品さ」
そんなことを言いつつ、彼はどことなく気品さえ感じる優雅な手つきで手早く、ついっついっとお茶を注ぎ込む。
「ふーん」
なんとなく納得していない顔でうなづいて、彼女は入れたてのお茶を受け取った。ルークにお茶の入ったマグカップを手渡し、自分もマグカップを受け取る。さわやかな香りをともなった白い湯気が立ち上がり、ティアは和やかに微笑んだ。
なんとなく周囲にほのぼのとした空気が流れる。
「……っだー、ちがーう!
そもそも、お前なんなんだよ!
それに昨日のあれ、あれっていったいなんだ!?」
ルークはハッとしたようにカップから顔を上げて、自分の疑問を穏やかな空間に叩きつけた。
「なんなんだと聞かれてもな。
さて、なんと答えれば満足なのかね?」
アーチャーは変わらないペースでヤレヤレと首をすくめ、鼻を括ったような言い方で返事をした。
ルークは思わずムッとして衝動のまま詰め寄ろうとしたが、彼をを制して代わりにティアが口を開いた。
「彼はアーチャー、弓の騎士のクラスのサーヴァントよ」
「なんだよその、えっと、ばーさんと?」
「うん、ちょっと違うわね。えっと「何もそこまで説明する必要はあるまい、日が暮れてしまうぞ。逐一説明していたらいつまでたっても出発できまい」むー。またそんな言い方して」
「ぐぁああーっ!! ほんっと! お前ってムカつく奴だな!」
「……でもそうね。それじゃあ、そろそろ出発しましょうか。
できれば日が暮れる前に森を抜けてしまいたいし」
ティアはそう言うと、ルークの怒り声を軽く聞き流して、そのまま使った茶器などこまごまとしたものを片付けて、荷物の入ったバックを持って森の中に歩き出した。
「あ、おい」
一瞬唖然としたあと、ルークもあわててその後ろをついて歩き出した。
ティアは入り組んだ山道を迷いなく、時々周りを警戒しつつ慎重に道を選んで進んでいった。
その後にルークが続き殿を任されたアーチャーが、後方への警戒に当たっていた。しかし、どれほど警戒してもやはり魔物の襲撃を逃れることはできず、その度にルークはみっともなく驚きながらも対応に当たることになった。
どうして自分がと思わなくもないのだが、何故か必ずといっていいほどルークのほうに魔物が飛び掛ってきて、剣を振るわざるを得ない状況になっている。その度にやれ脇が甘いだの、やれ良く見てタイミングを合わせろだのと赤い騎士からの嫌みったらしい助言が飛んできた。腹は立つのだが妙に的確な助言で現に助かっているので文句も言えず、ただただイライラが募るばかりだった。
「っこの!『双牙斬』」
飛び掛ってきた魔物を軽く避けて、力を込めて剣を振り下ろし、その勢いを借りて飛び上がり切り裂いた。
切り裂かれて血まみれになった魔物の姿に思わず立ちすくんだとき、その隙を突くかのように横から別の魔物が飛び掛ってきた。
「っく」
引きつった顔をして剣を構えようとしたとき、後ろから剣が放たれてまっすぐに魔物の額に突き刺さった。
「戦闘中に気を緩めるなといったはずだが」
すぐ横を赤い影が通り過ぎ、魔物に突き刺さった剣を抜き取ると一瞬のうちに残りの敵を切り捨てていく。
そして注意深く周りを見渡したあと、振り向きもせずティアのすぐそばに歩いていった。
「ティア、怪我はないか」
「え、ええ。特に問題ないわ。ルークは?」
ティアは乱れた服を直しつつそう答えて、ルークのほうを見やった。
「あ、ああ。こんなの俺様にかかれば、あんな雑魚たいしたことないって」
思わずといった風にルークはそう答えた。
実際のところ、慣れない実践でミスを連発していたのだが、それをおくびにも出さずに見栄を張っていた。
彼女はそれに気づかないふりをして微笑んで、ふと立ち止まって見てルークのそばに駆け寄った。
「そこちょっと怪我してるじゃない!」
ルークはその剣幕に驚いてのけぞったが、それさえも気にせずに彼のすぐそばに立ち止まると左腕をつかんで手をかざした。ぼそっと何かをつぶやくと仄かな光が傷口のあたりに広がり、見る見るうちに傷が消えていった。
それを目を大きくして見ていると、また、アーチャーが苦言を溢した。
「過保護なことだ。わざわざ魔術で癒すほどのことでも「譜術よ」何?
だがしかしそれは…「譜術」、了解した。譜術だな」
言葉を遮って、強く告げた言葉にしばし困惑した目をしていたが、納得したという風に頷いた。
「っだー。どっちでもいいから早く離せ!」
その声にティアは掴んでいた腕を慌てて離して飛びのいた。
そして、コホンと咳をして何事もなかったかのように繕って、
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
とそう言って振り向きもせずに歩き出した。
それからしばらくは森の中を黙々と歩き続け、やっと森から抜け出した。
ルークは両腕で大きく伸びをして、せいせいしたといった感じで「やっと抜けたー」と叫んだ。
「ったく、木はうぜーし邪魔だし土はぬかるんで滑るし、もーやだ。
早く帰って屋敷のベットで2度寝したいぜ」
そう好きなだけ言いたいこと言ってから後ろを振り向くと、ティアを付き添うようにアーチャーが心配顔で彼女のそばに立っていた。主を支えようと手を差し伸べる彼に、彼女は嫌々するように身をよじって拒んでいた。
「だから、まだ大丈夫だってば」
「いや、しかしだな」
振り払う手は弱々しく、ついにはバランスを崩し倒れそうになった。
それを素早く支えて「だから言ったのだ」などといいながら、そっと木陰の下に座らせた。
「悪いがマスターを見ていてくれないか。向こうの川でタオルを濡らしてくる」
「あ、ああ」
剣幕に押され思わず頷いたルークを横目に素早く走り出した。
「お、おい、どうしたんだ?」
おずおずとルークはティアに尋ねた。
さっきまでぴんぴんしていたのにどうしたんだろうか。あんなに散々引っ張りまわしていたのに。屋敷まで送ってやるって自信満々に言っていた癖に、こんな調子で大丈夫だろうか。
そんな考えが自分本位なものであるなど気づくわけもなく、少々不機嫌なそれでいて不安げな表情を浮かべていた。
「ん。だいじょーぶ。あ、ありがとー」
いつの間に戻ってきたのやら、アーチャーが濡れた手ぬぐいをティアに差し出している。
「もう少し休んだほうがいい、顔色が悪いぞ」
ティアは上の空で手ぬぐいで顔を拭くと、丁寧にたたんでアーチャーに返して手袋をしっかりとつけ直して弱々しげに笑った。
「心配性だなぁ。このくらい大丈夫よ。
ちょっと、むこうの川で顔洗ってくるわ。よっと」
身体を重たげに起こすと、ティアは川のほうに歩き出した。
アーチャーが何か言いたげにしているが、見ないふりをして川のほうへといってしまった。
ルークは行ってしまったティアと不機嫌なアーチャーを交互に見比べていたが、どうでも良くなってため息と共に座り込んだ。
「あー、だっせーなぁ。なんだよ一体」
「ふん、大方世間知らずで我侭なお坊ちゃんの相手をしていて消耗したのだろ。
我がマスターはずいぶんと心優しいことだな」
「なんだと!?」
暴言を吐くルークを見やって、アーチャーは嫌みったらしい語調で答えると、またティアの方に目を向けた。ほんの少し目を険しくして黙り込む。
「なんだよ」
「いーや、なんでも」
そう言いつつも、ティアのほうへ向ける目をそらしはしなかった。
「ごめんなさい。待たせたかしら」
「ティア、やはり今日はもう休んだほうがいい」
「え、ええ? でも、まだ日が高いわよ?」
アーチャーの言葉にティアは少しの焦りを滲ませて答えたが、やはり過労の色は隠せていなかった。
「今日はここで野営にしよう、いいな」
「えー」
「やった、つっかれたー」
ティアは不満げな顔をしたが、ルークのご機嫌な声を聞いて諦めたの、かしぶしぶまた座り込んだ。栗色の髪を手袋をした手で戯れに漉いてぶつぶつ言っている。
「もう、大丈夫だって言ってるのに」
「ごまかしても無駄だぞ。もう、魔力がほとんど残っていないではないか。
サーヴァントの呼び出しで魔力をだいぶ持っていかれたというのに、こんな無茶をするなど無謀にもほどがある」
ティアはクドクドと説教をするアーチャを恨めしげに見ていたが、彼は歯牙にもかけず言葉を続けた。
「まったく、それなのに残りの魔力で限界まで身体を動かすなど自殺行為にもほどがある。
こんなことでマスターを失うなど、笑い話にもならない」
「……ごめんなさい」
しょんぼりとした顔をみてアーチャーは表情を緩め
「まあいい。過ぎたことはしかたあるまい」
そう言って、ティアの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
ティアは少し不思議そうな顔をしたが、やわらかい笑顔を浮かべて頷いた。
それをルークは何故か機嫌を損ねた顔で見ている。
「あーもう! よくわかんねーけど、これからはちゃんと気をつけるんだぞ!
俺さまが師匠に習った剣でしっかり守ってやるんだから、お前は責任持って俺を屋敷まで連れてけ。自分の言ったことは責任取れよ!」
「ほほう」
ルークの言葉にアーチャーは意味ありげにニヤリと笑った。
「その言葉、間違えないな」
「お、おう」
妙な迫力にうろたえながらそう答えると、アーチャーは妙に朗らかな表情で続けた。
「ならば、暫く私は霊体化していよう。
なに、あれだけ実践を積めば何とかなるだろうしな。
魔力の消費を抑えれば、それだけマスターの負担も減るだろう」
そう言うと、一瞬の内に彼の姿が消え去ってしまった。
泡を食っておろおろするルークにどこからともなく笑い声が聞こえる。
「き、消えた!消えちゃったぞ、おい!」
指を刺して動揺した顔でこちらを見るルークに苦笑して、ティアは軽い調子で説明する。
「そりゃそうよ。もともと魔力で無理やり実体化させてたんだもの。
魔力をカットしたら霊体化するのは当然だわ」
「当然て、おい」
「大丈夫よ、すぐそばに控えてるし何かあったらすぐに実体化して対処してくれるわ。そうでしょ?」
『もちろんだ。マスターの盾となり剣となるのがサーヴァントの仕事だ』
苦笑にも似た声音で、どこからともなく声が降ってきた。
「うぉ!びっくりした!なんだよいきなり!」
「……びっくりした?
…え?もしかして今の聞こえた??」
ルークはおろおろとあちらこちらを見ている。
「……アーチャー」
『了解した。お坊ちゃんこの声が聞こえるかね?』
「っだー!! だから坊ちゃんて言うんじゃねー!!
隠れてないでとっとと出て来い!」
「えー?」
ティアは目を丸くして呆然と立ちすくんでいる。
『ルーク聞こえる??』
「だーうぜー。何だよさっきから」
拳を振り回してガーガー唸るルークを見やって、ティアは頭を抱えていた。
通常、何もせずにラインが繋がるなど有りえない。しかも、マスターとサーヴァントと同時に繋がるなんて。
召喚陣に飛び込んできたことが原因だろうか? だが、そんな事例など記録には残っていない。
うーんーうーんと腕を組んで悩ましげに唸ってる。
ルークはふと不安げな顔を浮かべて
「大丈夫か?また具合悪くなったのか?」
と恐る恐る聞いてきた。
ティアはその言葉に「大丈夫、何の問題もないわ」などと、笑って見せた。
なおも不安げにしているルークに「今日は私が腕を振るうわ、楽しみにしていてね」、などと言いつつも、これからどうするべきか深く悩むのだった。