深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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答えの出ない問い

 

「るるーるるららんらーら、らららるららりらー♪」

 

 ティアが鍋を掻き混ぜながら歌を口ずさんでいた。

 長い栗色の髪をしっかりと束ねて、瞳を心なしかキラキラさせている。

 微妙にずれる音階も鍋のコトコト煮立つ音に混じって、絶妙なハーモニーを奏でている。

 ルークはそんな彼女をなんとなく手持ち無沙汰なままで見ていた。

 

 ティアは変なやつだと思う。こんな辺鄙な森の中で変な男と突っ立ってるし、ばさーんど?とか言う変な奴を引き連れてるし、俺の言うことを適当に聞き流すしかと思ったら、時々優しいし。

 少なくとも悪い奴じゃないのかなぁ。俺を屋敷まで連れてってくれるっていうし。

 あー、でもせっかく外に出たんだからいろいろ見て回りたいかなぁ。

 でもなぁ、うるせー小姑みたいな奴がついてくるからなぁ。

 

 そこまで考えて、ルークはぐるりと周りを見渡した。

 

 ティアの従者たるアーチャーは相変わらず姿が見えない。

 ついさっきまでは、やれ少しぐらいは手伝えとかその皿を持って行けなどと煩かったが、ティアに窘められて今はとても静かだ。

 例えるなら執事のラムダスみたなものだろうか? でも、そうだというには何か違う気がする。上手い喩えが見つからない、もしかしたら昔の俺なら分かる……?

 いや関係ないや、気分悪りー。

 

 できたよーという明るい声に呼ばれて、ルークはそれまでの思考をカットして料理をせっせと並べているティアのそばに歩いていった。

 

 

 夕焼けも姿を消して、無数の星が夜空を飾っている。

 微かな草々のざわめきと虫の歌声が耳に優しく、子守唄を聞いているようだ。

 ティアは金色の櫛で髪を梳かしながら、眠るルークを見ていた。

 炎の陰影が揺れて赤い髪が燠火が燃え立つようにきらめいて見える。

 

 一体、彼は何なんだろう。何故、召喚陣の上に落ちてきたの? あの剣は何で砕けたの? 何でラインがつながってしまったの?

 疑問ばかりが頭に浮かんでは消える。

 それでも、ラインを切ってしまわないのは、無理に手を加えようとして彼を傷つけてしまうことを恐れたからだ。

 でも、私に私情なんてそんなものは……。

 

 櫛を梳く手を止めて、ため息を吐く。

 

 そもそも 、何でわざわざ送ってあげようなんて思ったんだろう。

 何かあったときのためにと、わざわざサーヴァントの存在さえ明かして。

 いくら考えても答えは見つからない。

 それでも、かかわることをやめるなど絶対にしたくない、と思っているのもごまかせない事実だった。

 

 ため息を吐く。

 

「ため息ばかり吐いてると、幸福が逃げていくぞ」

 

 いつからいたのか、すぐそばでアーチャーが呆れた顔をしてティアを見ていた。

 

「さっきからずっとその坊やの顔を見ていたが、始末をつける算段でもついたかね? それとも惚れたのか?」

 

「ば、馬鹿いわないで! ほ、ほれた?? な、ななななんなのそれ! そ、そんなことあるはずないでしょうが!

 おかしなこと言ってないで、おとなしく霊体化してなさい!

 そんなことをわざわざ実体化して言わないでよ。ライン越しで十分!」

 

「そんなこと、と言うがな。

 先ほどからずっとライン越しで声をかけていたのだが」

 

 ヤレヤレといった顔で肩をすくめ、苦笑交じりにそんなことをいってきた。

 

「え? あら? そうだっけ?」

 

「まぁ、私としても恋の戸惑いにゆれる見目麗しい乙女の姿をじっくりと見られて得をしたがな」

 

「な、なななあnlkj!」

 

「ふっ、冗談はともかく、そろそろ寝たほうがいい。

 休めるときに休んでおかないと、身体が持たないぞ」

 

「わ、わかったわ」

 

 ティアは動揺した顔を隠して、手に持った櫛を小さな小箱に片付けて懐にしまいこみ、しずしずと毛布に潜り込んだ。相当疲れていたのか、すぐさま小さな寝息が聞こえてきた。

 

 焚き火の跳ねるような小さな音が静かな夜の空間に響いている。

 アーチャーは無言で周りを見渡すと、ため息を吐いて霊体化した。

 空を見やれば、譜石に付き従うように星が輝いている。

 千里眼のスキル持ちであるアーチャーでも、さすがに譜石に浮かぶ文字を読むことはできない。

 もちろん、読めたからといって意味のあるものではないのだが。

 

『預言(スコア)か……』

 

 なんて奇妙な世界だ、何もかもすべてが預言通りに進むなど。

 戦争も平和もすべて預言通りに進む世界。まるで機械仕掛けの箱庭のようだ。

 定められたタイミングで規定どおりの動作をこなせば、すべてが筋書き通りに正常に動く世界。なんて寒々しいんだろう。

 まぁ、世界の奴隷として殺戮を撒き散らすことしか能のない私に、そんなことを言う資格などないだろうが。

 そもそも……、いや、考えすぎか。

 どちらにしても、今は判断材料が足りない。

 

 炎の跳ねる音と寝息が聞こえる。

 ティアは小さく寝返りを打って何かを引き止めるように手を伸ばし、パタッと降ろした。うにゃむにゃと何か寝言を言っているようだ。

 アーチャーは姿を現すとティアに毛布をしっかりとかけなおした後、優しく髪をなでた。

 

 召喚されてその夜に、この世界には魔術は存在しないとハッキリと彼女は言い放った。この世界で主流なのは譜術という音素を用いた術だと。

 しかし、彼女の使っている術はどう見ても、自分が慣れ親しんでいる魔術のように見える。

 その存在しないはずの魔術を使うこの少女は一体何を背負っているのだろうか?

 

 異世界の英雄は夜の帳が空けるまでの間、答えの出ない問いに身を沈めていた。

 

 

「ルークー!! ねぇ見て! 蝶々!」

 

「だぁー!! 見りゃわかるだろ! うっせーな」

 

 旅路は小さな衝突を繰り返しつつも順調に進んだ。

 なんだかんだ言いながらも、走り出すティアを追いかけていくルークに、アーチャーは霊体化したままの姿で思わず笑みを浮かべた。

 心配した魔物との戦闘も危なげなくこなせるようになり、余計な魔力の消費も抑えられてティアが体調を崩すこともなかった。

 戦力増強のために、森の中でわざとルークに魔物をぶつけた甲斐があるというものである。

 

「ティア!」

 

 遥か遠方に立ち上がる煙と光を見て、アーチャーは前方を走るマスターに声をかけた。

 

「わかってる」

 

 ティアはまっすぐ音が聞こえた方向、すでに通り過ぎたローテルロー橋の方を見つめて、何が起こったのかと険しい表情で探っていた。

 

「あれは……マルクト軍??

 陸上装甲艦が何を追ってるのかしら」

 

 首を傾げて考え込んだ。

 

「はぁ ?マルクト軍?? つーか、見えるのかよ」

 

 ローテルロー橋はすでに遥か彼方で、ルークの目ではとても確認できない。

 どれだけ目がいいのだろうと変なものを見るような目で二人を見た。

 

「え? あ、えぇ、見えるわよ? ルークも見たい??」

 

「見れるのか! 見たい!」

 

 ルークは瞳を輝かせてティアの方に詰め寄った。

 

「いいわよ。アーチャーちょっと視界を借りるわよ」

 

「何もそこまでしてやらずとも……」

 

 アーチャーが困惑したような顔で二人を見ていたが、ティアはそれにかまうことなく、ルークの肩を掴んだ。

 

「ちょっとごめんね」

 

 そういってティアはルークの額にこつんと自分のおでこをくっつけた。

 ルークは驚いて、身体をよじって飛び退き、指差した腕をぶんぶん振ってティアに向かって叫ぶ。

 

「な、何しやがんだおまえはー!!」

 

「ちょっとー、それじゃあ術をかけられないでしょ。見たいんじゃないの?」

 

 ティアは口を尖らせて不満そうな顔でルークを見た。

 

「接触しないと見せられないんだから、ほら!!」

 

 そう言って、強引に引き寄せると額をくっつけて小さな声で何かを唱えた。

 すると、いきなり視界が変わって威風堂々とした大型の乗り物が土煙を立てて猛スピードで走っていくのが見えた。

 陸上装甲艦は暫く砲弾を打ち合っていたが、突然その場に停止した。

 すると突然前方に光と炎が立ち上がり爆風を放って、もうもうとした黒煙と共に石でできた橋が崩壊していった。

 

 と、いうところでふっと視界が元に戻った。

 ルークが目を丸くして顔を上げると、ティアの綺麗な顔がすぐそばにあるのに驚いて慌てて飛びのいた。

 

「な、なんだよあれ!」

 

「だから、マルクト軍の陸上装甲艦だってば」

 

 ほんの一瞬、ティアはきょとんと青い瞳を丸くしてから、むぅっと不満げに答える。その反応に機嫌を損ねたのか、彼女は口を尖らせて顔色を変えたルークを見た。

 

「そうじゃなくって、なんでそんなのが見えるんだよ!」

 

「ああ、ルークの視界に私のライン経由でアーチャーの視界を移したの。よく見えたでしょ?」

 

「はぁ? なんだそれ」

 

「もう、そういう術なのよ。その程度の認識でいいわ。

 どうせ細かい説明しても通じないだろうし」

 

「はぁ……」

 

 その言葉に反発しないでもなかったが、どうせ説明されても小難しい単語を並べられるだけだろうと気にしないことにした。

 

「アーチャーの視界ねぇ。……気持ちわりー」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 アーチャーが苦虫をかみ殺したような顔ですぐそばに立っていた。

 

「うおわ! びっくりしたー!」

 

 ルークの言葉を無視してティアを見て言葉を続ける。

 

「術をつかったようだが身体は大丈夫か?」

 

「心配性ね、大丈夫よ」

 

 いたずらっぽく微笑んでティアは己の従者に答えた。

 

「それに魔力はルークから拝借したし」

 

 アーチャーはルークを見た後、納得したように「なるほど、それなら問題はない」とうなずいたのだった。

 

「は? 何の話だよ! おいこら!」

 

「それにしても困ったわ」

 

 文句を言っているルークを無視してティアは言葉を続けた。

 

「こんなところでマルクト軍にぶつかるなんて。面倒なことにならなければいいんだけれど。

 ケセドニアにまっすぐ行く道は難所だから、遠回りでエンゲーブに向かっているけどもしかしたら失敗したかもしれないわね」

 

「ふむ、そこまでキムラスカとマルクトとの関係は緊迫化しているのか?」

 

「そうね。今は辛うじて均衡を保っているけど、辺境では小規模な戦闘が起こったりしているらしいわ。すぐに戦争ってことになることはないでしょうけど……」

 

「うだー! いいからとっとと行くぞ!

 いいかげん野宿は飽きた。早く町にいって宿屋のベットで寝るぞ!!」

 

 そんなルークの言葉に二人は顔を見合わせ苦笑するのだった。

 

 

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