深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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真夜中の問答

 すでに夜も更けて、小さな寝息が部屋に響いていた。

 窓から見えるエンゲーブの街は静まり返り、月の光がよけいに闇を際立たせているようだった。

 テーブルの上に置かれたランプは煌々と燃え上がり、チリチリと燃える小さな音が静まり帰った部屋で殊更に大きく聞こえるようだった。

 

「……ティア。根を詰めるのも結構だが明日も早いのだ。

 そろそろ寝たほうがいいのではないか?」

 

「うん……、そう、ね」

 

 気づかわしげな色を含んだアーチャーの忠告を彼女は上の空で返事を返し、再び黙って手の中の白い珠を睨みつけた。

 ティアは袋の中に入っている白い珠を一つ一つ取り上げ、その度に丹念に精査している。宿に備え付けてある質素な椅子に浅く腰をかけ、机の上に大小さまざまな道具を広げて、ひっきりなしにちまちまと手を動かしていた。

 白い珠に映る自分の顔をにらみつけ、うんざりしたように机に置いてある小振りのグラスに珠を放り込こみ小さくため息を吐く。

 

 同室のルークはとっくの昔に夢の中で、2つあるベットの一つは毛布がこんもりと盛り上がっていた。

 ティアは摘んだ白い珠をころりと机に転がし、椅子の背もたれに体重をあずけて両手を広げて背をぐいっと伸ばした。

 そして、凝り固まった首をぐるりと回したあと、じっと寝入っているルークの方へ視線を移して、口元には知らず知らずのうちに笑みが宿る。

 黙りこんだまま動こうとしない主に、彼女の赤い従者は気遣わしげに口を開いた。

 

「まだ、体調がもどっていないのだろ?

 先は長いのだ、早く寝たほうがいい」

 

 その言葉にティアは不満げに口を尖らせた。

 

「べつにだいじょうぶよ、この程度のことで身体を壊すほど柔には出来てはいないわ」

 

 ゆっくりと首を振ってアーチャーを見る。

 

「それで、あなたこそどうなの?

 パスはしっかりと通じてるかしら。魔力量は足りてる?

 何か不都合なことはあれば教えてちょうだい」

 

「ふむ、正直なところ潤沢とは言いかねるが……、まぁ今の段階では問題はないだろう。しかし、現世知識のバックアップがないのがな……」

 

「……ごめんなさい、万全を期して挑んだつもりだったのだけど」

 

 自分から言い出したことだというのに、改めて不備を指摘されてはショックだったのか目を見開いてアーチャーを見つめた。

 そして、瞳を曇らせてうつむき、ぼそぼそと申し訳なさそうに答えた。

 まるで叱られてしまったかのように、うなだれて唇を強く噛み締めている。

 アーチャーは眉間にしわを寄せて、しおれた花のようにうなだれる彼女を見ていたが、皮肉げに口を吊り上げて肩をすくめた。

 

「やれやれ、困ったマスターだ。この程度のつまづきで弱音を吐くとは。

 まったく、これから先のことが思いやられる」

 

「この程度って。十分問題のある事案じゃないの?

 それに、魔力だって満足に送れてないんじゃ。

 私はこれからどうすれば……」

 

「なに、問題ない」

 

 焦ったように訴えかけてくるティアを宥めるように、落ち着いた声でアーチャーが話しかける。

 

「どんなに万全を尽くし用意周到に計画したものであったとしても、多少の過誤は付き物なものだろ? そんなことよりも、これからどうするかが重要だ」

 

「……そうかもしれないけど」

 

 言い聞かせるような彼の言葉に、上目づかいで渋々うなずいた。

 

「それに、だ。魔力が少なくともやりようはいくらでもある。

 ステータスだけがすべてではないのだからな。

 それとも何か? 何もせずに諦めるつもりなのか」 

 

「そんなことは……」

 

「ならば、そんな情けない言葉を吐くのは止めるんだな」

 

「……わかったわ。

 召喚のエラーと魔力のこと、記録から手がかりを探してみる」

 

「それがいいだろう。吉報を期待している。

 ……が、それもそうだがそろそろ寝たほうがいい。

 明日はチーグルを見に行くのだろ?」

 

「あ、うん」

 

 ティアはおずおずとうなずいて、テーブルの上を見回し小さくあくびをした。

 テーブルに転がっていた白い珠を手にとってグラスに入れてしまおうと、もう片方の手を伸ばしてたくさんの珠が入ったグラスを取った。

 小さく金属を打ち合わせるような音が聞こえる。

 そっと珠を入れてグラスを揺らして混ぜ合わせてから、白い小袋の中に詰め込んでしまう。

 

 テキパキと机の上を片付けていくティアをアーチャーは黙って見ていた。

 

「あと一つ、聞いておきたいのだが」

 

「……何?」

 

「この世界に魔術は存在していないと言っていたが」

 

「うん、言ったわね」

 

「では、何故君はこのように私を召喚できたのだ?

 だれが君に魔術を?」

 

「あー、うんそれはその……。

 ううん、えと何て言ってのか」

 

 ティアは途方にくれたように視線をさまよわせ、どう答えたらいいのかと言葉を濁らせていた。

 

「いや、べつに無理に話す必要はない。

 確かに全部を話してもいいと思われるほど満足な活躍はしていないしな。

 まぁいずれマスターに私を呼んでよかったと言わせてみせるさ」

 

「違うの別に貴方が信用できないというわけじゃなくて。

 私はある流れを汲む魔術師たちの遺産で、だから……」

 

 懇願するように手を伸ばし身を乗り出すが、すぐにその手をおずおずと胸を掴みこみ顔を背けた。

 

「ごめんなさい、私……」

 

「いい、無理に話す必要はない」

 

「……いずれ、いずれ必ず話すわ」

 

 ティアは後ろめたいのかそっと目を逸らして、テーブルの上に並ぶ小道具の数々を黙って片付け始める。

 

 しばし、カチャカチャといった小さな音が部屋に響いていた。

 

 

 テーブルの上を綺麗に片付けて、ふらふらと空いているほうの寝台にぽふっと腰をかけた。ティアは片付けた荷物をぼんやりとながめ、長い髪を戯れに手で梳いた。

 

 なんて馬鹿なの。

 黙っていたって変わるわけじゃないのに。

 思いのほかこの旅が楽しくて、まるで自分がごく普通の女の子だったかのような錯覚を抱いてしまう。

 すべて錯覚だってわかっているのに、その幻想があまりに甘く優しくて溺れてしまいそうになる。

 

「うぅんー、がっ」

 

 隣に寝ているルークが寝返りを打ってこちら側を向き、もそもそと毛布を被りなおした。

 

「……そうだ。パス……切って置かないと」

 

 ルークの寝顔を見やりぼそりと呟いた。

 このままにしておくことが得策とは言えない。

 魔術などというものにかかわって、幸せになれるはずがないのだから。

 さて、パスの切り方はどうだったろう?

 

 目を閉じて感情のぶれをニュートラルに戻し、余分なものをカット。

 その後に、擬似回路の出力を上げて状態を安定させる。

 十分に高まったところで、組み込まれている      から記録を取り上げて必要な部分をダウンロードっと。

 ……エラー無し。解読開始。……終了。

 

 ふむ。これは時間がないから無理、これは場所が悪い、道具が足りない、能力・出力的な問題で無理っと、……困ったなぁ。

 

 あがってきた方法を一つ一つ確認してふさわしいものを探しているが、どれもこれも現実的な方法とは言えず、少しづつ疲れが溜まっていく。

 

 これもダメ、これも無理……あっ、これならいけるかも!!

 そっか、半端に繋がってるからダメなのよね。

 一度パスを繋ぎ直してそれから切れば負担も少ないでしょうし。

 だから、まずは一番簡易な粘膜接触でパスを補強してっと。

 ……粘膜接触って、キス?

 

 思考が乱れる。

 

 衝動的に接続を切り離して頭を抱えた。

 手順を踏まずに切ったせいで、バックフラッシュが酷く、その苦痛に顔をゆがませた。

 頭を掻き混ぜられているような不快感を堪えながら、潤んだ瞳をパシパシとまたたかせる。

 心配げなアーチャーの念話が届いたが、「なんでもない、ちょっとしばらく黙ってて」と返して念話を切ってしまう。

 まったく、この程度で動揺するなんて情けない!

 

 軽く首を振り息を吐いた。

 そして、ルークの眠る寝台へ静かに足を運び、枕元に腰を掛けそっと毛布をめくって彼の顔を見た。

 

 窓から差し込む月影が薄く陰影を形作り、白いシーツの上にはルークの長い髪が放射線状に散らばっている。

 赤い髪がまるで熾火のようで、触りたいような触りたくないような不思議な気持ちになった。

 

 ティアはそっと手を伸ばし、顔を近づけて目をぎゅっと閉じたところで、

 

「……さすがに夜這いはどうかと思うぞ?」

 

 いつのまにか姿を現していたアーチャーが、ティアの顔を呆れたように見ていた。

 

「ひゃ!」

 

 あわてて後ずさろうとして身体のバランスを崩し、寝台から転げ落ちてしまいそうになったところで、アーチャーが後ろから支えてゆっくりと足を床に降ろすのを手伝った。

 

「ち、違うわ。

 繋ぎぱなしだったパスを切るための儀式よ!」

 

 ティアは視線をあちらこちらにさまよわせて、顔を真っ赤にしたままで言い返す。

 

「ほほう?」

 

「儀式! これが一番身体に優しいの!」

 

「ほう、そうかそうか。身体に優しいのか」

 

「何? 何が言いたいの?」

 

「いいや、なにも?」

 

「それならちょっと黙ってなさい!!」

 

 そうしていまだニヤニヤしているアーチャーをにらみつけると、顔を背けて再びルークの眠る寝台のそばに近づいた。

 

 息を呑み、ティアはゆっくりと顔を寄せて……。

 

「うーん。……すぅすぅ」

 

 少し顔をゆがませて、ルークはうなり声と共に寝返りを打った。

 それに驚いたティアは飛び跳ねてあとずさり、引きつった顔で寝ているルークを見た。

 

 その場に沈黙が落ちる。

 

 アーチャーは不憫に思ったのか、優しささえ感じさせる声で「また今度にしたらどうだ?」とふるふると震えているティアに声をかけた。

 ティアは顔をこれ以上にないほど真っ赤にして、どもった声で「そうするわ」と答えると返事も待たずに寝台にもぐりこんでしまったのだった。

 

 

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