深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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彼らの理由

 

 色鮮やかな緑が日の光に輝き、何かの鳴き声が木々に反響して聞こえる。

 アーチャーは護衛対象の二人からある程度距離をとり、木の上から彼女らを見守っていた。

 ルークは相変わらず傲慢に何だかんだと愚痴をこぼし、ティアはティアでそんなことを気にも留めずに忙しなく周りを見渡して、あれこれと指し示しては何かを言っていた。

 そんな二人を木の上から暫く見ていたが、彼女らが行く先に何かが起こっているのに気づいて、己のマスターへ急いでそのことを伝えることにした。

 

 

「え? イオン様が?」

 

「なんだよ、どうしたんだ?

 あの陰険白髪親父がまたなんか言ってんのか?」

 

「たぶん、あとで説教決定ね……。

 それより! 向こうでイオン様が魔物に襲われてるってアーチャーが!」

 

「せっきょっ……はぁああっ? 何でっ…や、そうじゃねーや。

 なんで魔物なんかに」

 

「ルーク、急ぎましょう。

 あーもう、護衛は一体何やってるの!」

 

 そう言ってティアは森の向こうへと走り出した。

 ルークも慌ててその後を追う。

 数分ほど森の中を駆け抜けた先で、それらしき人影を発見して二人は息をのんだ。

 

 3匹の魔物が低く唸り声を上げ、哀れな獲物へ止めを刺そうとじりじりと包囲網を狭め、襲い掛かるチャンスをうかがっている。

 それらに対峙する白い法衣を着た少年は、音叉をかたどった杖を構えて虎に似た魔物を見据えていた。

 

「あれは、ライガだわ!」

 

「おいおい、やばくねーか?」

 

 魔物たちが飛び掛ってくると見るやいなや、少年は厳しい目つきで拳を振り上げて光輝く音素(フォニム)を手のひらに集め地面に手を打ちつけた。すると地面に光で書かれた譜陣が描かれて、一瞬にして魔物たちは光の中に消え去っていた。

 彼は疲れきった顔を上げて脅威が消え去ったことを確認すると、その場から立ち去ろうと歩き始めたが、立ちくらみを起こしてその場に崩れ落ちた。

 

「イオン様!」

 

「お、おい!」

 

 二人は慌てた表情でイオンのそばに駆け寄った。

 ルークは彼のすぐそばにしゃがみこみ、大丈夫なのかと声をかけた。

 彼は繕った笑顔を浮かべ大丈夫だと応えを返す。

 

「少しダアト式譜術を使いすぎただけで……、あぁ、すいません」

 

 ティアの差し出した手を取って立ち上がると、二人の顔を見て驚いた表情を浮かべる。

 

「あなた方は、確か昨日エンゲーブにいらした方ですね」

 

「ルークだ」

 

「ルーク。古代イスパニア語で『聖なる焔の光』という意味ですね。いい名前です」

 

 彼はルークを見て優しげに笑ってそう言った。

 その言葉を聞いてルークはすこし顔を赤くして、「そ、そうか」と言い捨てた。

 

「私は……っ、神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長、であります」

 

 ティアは気のせいかわずかに顔を曇らせるが、すぐに身を正して厳しげな表情を浮かべて、ルークに続いて自己紹介をした。

 

「あぁ、あなたがヴァンの妹の。彼はいまだ行方不明という話ですが、あなたも彼を探しに?」

 

「いえ、まぁ任務中です」

 

 ティアは複雑な表情を浮かべ、視線をそらした。

 

「はぁ? お前、ヴァン先生の妹なのか?

 つーか、行方不明って何だよそれ! 聞いてねぇぞ」

 

 思いもかけない情報に詰め寄るルークに、ティアは途方にくれたような顔をして周りを見渡して、あれ?といった表情を浮かべる。

 

「あれは…」

 

 森の奥の木の影から長い耳の小さな影が素早い仕草で横切った。

 

「チーグルです!」

 

 そうイオンが叫んだのを聞いて、ルークは彼女と小さな影を見比べた後、「あとでしっかり説明しろよな」と叫んで走り出した。

 

 その後姿に、ティアは額に手を当てて軽くため息をついたのだった。

 

 

 

「余計なことを言ってしまったでしょうか?」

 

 額に手を当てて難しい顔で考え込むティアをイオンは気遣わしげに彼女を見上げて、労わるような声で尋ねた。

 

「いいえ、遅かれ早かれ知られることですから……」

 

 ティアはどこか力なく笑ってそう答えた。

 

「おい、お前ら早く来い! 見失っちまうじゃねーか」

 

 ルークの叫び声に二人は顔を見合わせた後、苦笑しあって歩き出した。

 

「あーもう、のろのろしてるから逃げられちまった」

 

 周りを見回しながら小走りで二人のすぐそばに戻ってくると、忌々しげに舌打ちをしてはき捨てた。

 

 ティアはふっと虚空を見つめ黙り込んだ後、まっすぐ彼方を指差した。

 

「チーグルはあっちに行ったみたい、巣があるのかしら」

 

 とても驚いた様子でイオンは彼女を見た。

 

「確かに聞いた話では、チーグルの巣はこの先に行けばあるはずですが……。

 しかし、何故?」

 

「企業秘密です」

 

 ティアはにっこりと笑って疑問を封殺するかのように答えた。

 それを横で見ていたルークは呆れたように鼻を鳴らしたが、ふっとイオンを見て眉をひそめた。

 

「ったく、ふらふらじゃねーかよ。

 ろくに戦えないくせに、こんなところに来るんじゃねーよ」

 

「すいません、ですがエンゲーブでの盗難事件がどうしても気になってしまって……」

 

「はぁ、何言ってんのお前? 関係ないじゃんか」

 

「しかし、聖獣と言われるチーグルが人に害をなすなんて、何か事情があるはずです」

 

 そういってイオンはあごに手を当てて悩ましげに眉をひそめた。

 

「チーグルは魔物の中でも賢くて大人しい。人間の食べ物を盗むなんて、おかしいんです。チーグルに縁がある者としては、見過ごせません」

 

「魔物のことなんて、放っときゃいいだろ」

 

「そうですね。僕は変わり者かもしれません」

 

 ルークの無神経な言葉に、イオンは一瞬黙り込んで傷ついたような顔を浮かべたが、押し隠すように固い言葉で答えて矛盾する優しい笑顔を浮かべた。

 

「ですが、チーグルと接触できれば事の真相がわかると思います」

 

 ルークは馬鹿にしたような顔で彼を見たが、断固とした態度を崩さないのを見て、呆れたように肩をすくめた。

 

「ふーん。つまり、目的地は一緒ってことだな」

 

 目をぱちくりさせてイオンはルークを見た。

 

「では、お二人もチーグルのことを調べにいらしたんですか」

 

「はんっ、濡れ衣着せられて大人しくできるかっつーの」

 

 鼻を鳴らしてそんな風に答えた後、ティアを指差して。

 

「こいつはただ単にチーグルを見たいだけだけどな」

 

「ちょっと!わざわざそんなこと言わなくていいじゃない!」

 

 ルークの大暴露に、顔を赤く染めて食ってかかった。今までの借りを返してやったぜと言わんばかりの勝ち誇った顔でニヤニヤしている。

 

「もう、イオン様の前でそんな話しないでよね。

 ……イオン様、ここはとても危険です。ここから先は私たちが調査をしますから、どうぞ村にお帰りください」

 

「いいえ、どうしても今回の騒ぎの真相が知りたいのです。」

 

 ティアの冷淡とも取れる言葉に、イオンは慌てて言いすがった。

 

「チーグルは我が教団の聖獣ですし、彼らのやったことは教団にも責任があります」

 

「あーもう、仕方ねぇな。お前も付いて来い」

 

「ちょ、ちょっとルーク!」

 

 食ってかかるティアに軽く追い払うように手を振りながら、めんどくさそうに答えた。

 

「こんな青白い顔で今にもぶっ倒れそうな奴、ほっとく訳にもいかねーよ。

 それに村に送って行ったところで、また一人でノコノコ森へ来るに決まってる」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 その言葉にイオンは顔を輝かせて、明るい声を上げる。

 ずずっと身体を近づけて「ルーク殿は優しい方なんですね!」と笑った。

 

 ルークは顔を赤らめてそっぽをむくと、「アホなこと言ってねーで、大人しく付いてくればいい」などと言い放った。

 

「あ。あと、魔物と戦うのはこっちでやるから、あの変な術は使うなよ?

 お前、それでぶっ倒れたんだろ」

 

「ま、守って下さるんですか! 感激です! ルーク殿」

 

 それを聞いて慌てきった表情で振り向いて、ほんの少し後ずさった。

 赤い顔はさらに赤くなっている。

 

「お、大げさに騒ぐなっ! 違うって、足手まといだっつってんだよっ!   それと、俺のことは呼び捨てでいいからなっ! 行くぞ!」

 

「はい! ルーク!」

 

 イオンは嬉しくてしょうがないといった感じで頷くと、逃げるように森の奥へと走り出したルークの後ろを追いかけていった。

 

 彼らの後姿をティアは物足りなさそうな羨ましそうな顔で見ていたが、ふっと虚空を見つめくるくると表情を変えた後、慌しく逃げるように追いかけていった。

 

 その後ろから、どこからともなく赤い騎士の笑い声が聞こえた気がした。

 

 

 それから、木々の隙間を縫うように続く道をしばらく歩いていくと、小山のような大木にぶち当たった。

 木の幹に捲るように大きく穴が開いている。

 どうやらチーグル族の住処はこの木のうろの中にあるようだ。

 

 イオンは無造作にその穴の中へ歩いていった。

 追いかけるように続くルークの後ろで、ティアは軽く後ろを見渡して白い手袋を付け直すとしっかり杖を握りしめてその後に続いた。

 

 うろの中はとても暗く、空間を支えるようにして無数の枝が絡み合うように伸びていた。滴るような緑色の苔は天井から降り注ぐ日の光に輝いて、暗いうろの中で辛うじて足元が見えるだけの光を確保していた。

 ルークとイオンは言葉を交わしながら、うろの中にいる大量のチーグルたちを見ていた。

 その後ろからティアが入ってくると、チーグルたちは何に驚いたのか怯えたように後ずさり、ついには積み重なるようにして壁際に張り付いてしまった。

 

 ティアは驚いた様子で目を見開いていたが、やがてふっと顔を緩めた。

 すると何故だかチーグルたちはほっとしたようで、小山のようだった塊はなだれのように元にもどっていった。

 

 その流れにイオンは不思議そうな顔をしていたのだが、そんなことを考えている暇はないと考えて、チーグルたちに近づいていった。

 

 チーグルたちの群れがわずかに左右に割れて、年老いた様子のチーグルが大きな腕輪をもって現れた。

 

「おぬしたちは……ユリア・ジュエの縁者、か?

 

 恐る恐るといった風に老いたチーグルは明瞭な言葉で問いかけてきた。

 

「おわっ!ま、魔物が喋った!」

 

「ユリアとの契約で与えられたリングの力だ……。

 お前たちはユリアの縁者か?」

 

 イオンは軽く頷くと、誇るように名乗りを上げた。

 

「はい。僕はローレライ教団の導師イオンと申します。

 あなたはチーグル族の長とお見受けしましたが」

 

「いかにも」

 

 それを聞いて、ルークは傲慢な態度で指差して言い放つ。

 

「おい、魔物。お前ら、エンゲーブで食べ物を盗んだだろ」

 

「……なるほど。それでは、我らを退治にという訳か?」

 

「はっ、盗んだことは否定しないのか」

 

「チーグルは草食でしたね。何故人間の食べ物を盗む必要があるのです?」

 

「…………チーグル族を存続させるためだ」

 

 イオンのすぐ横に並んで立っていたティアは無言で杖を握りなおした。

 すると、チーグル族の長は慌てたように「ほ、ほんとうだ!」と言い募った。

 

「わ、我らの仲間が北の地で火事を起こしてしまったのだ。

 その結果、北の一帯を住み処としていたライガが、この森に移動してきたのだ。我らを餌とするためにな」

 

 イオンは納得したように頷いた。

 

「では村の食料を奪ったのは、仲間がライガに食べられないようにするためなんですね」

 

「あぁ、そうだ。定期的に食料を届けぬと、奴らは我らの仲間をさらって喰らう」

 

「そんな、なんてことを……」などと呟くイオンの横で、ルークは忌々しげにはき捨てた。

 

「はんっ、なんだよそれ。弱いモンが食われるのは当たり前だろ?

 しかも縄張り燃やされた?頭にも来るのも当然だろうよ」

 

「しかし、しかしそうかもしれませんが、そんなものは本来の食物連鎖の形とは言えません!」

 

 黙って言い争う二人を見ていたティアは難しげな顔をして口を開いた。

 

「それで、どうしましょうか?

 チーグルが食料泥棒の犯人だと判明しましたけど、村に突き出したところで今度はライガたちが餌を求めて村を襲うでしょうね」

 

「しらねーよ、あんな村なんか」

 

 ルークはふてくされたように言い捨てた。

 

「そうは行きません。エンゲーブの食料は、このマルクト帝国だけでなく世界中に出荷されています。あの村を失うわけにはいかない」

 

「食料の流通が滞れば、飢え死ぬ人だって出てくるでしょうね」

 

 二人は厳しい口調で次々とエンゲーブの重要性を説いた。

 ルークはうろたえた様子で二人を見て、むくれたように顔を背けた。

 

「じゃあどうしたらいいんだよ」

 

「ライガと交渉しましょう」

 

「はぁ?」

 

「交渉……ですか?」

 

 イオンの提案に二人は驚きの声をあげる。

 

「そのライガってのも喋れるのか?」

 

「僕たちでは無理ですが、チーグル族を一人連れて行って訳してもらえば、もしかしたら……」

 

「では、通訳の者にわしのソーサラーリングを貸し与えよう」

 

 長老が群れに向かって呼びかけると、群れの中から水色の毛をしたチーグルがおずおずとした様子で顔を出した。

 長老に比べて一回りほど身体が小さくて、どうやらチーグルの子どもらしい。

 

「なんだぁ?」

 

「この子どもが北の地で火事を起こした我が同胞だ。

 これを連れて行って欲しい」

 

 長老から腕輪を受け取ると口を開いた。

 

「ミュウですの。よろしくお願いするですの」

 

「……なんかむかつくぞ、おい」

 

 いらっとしてルークはチーグルをにらみつけた。

 

「ごめんなさいですのー」

 

「だぁー、あやまるな!うっせー」

 

 そんな理不尽なやり取りに、ティアはいつものように呆れたと言わんばかりのため息をついていた。

 

 

 

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