深淵を引き裂く運命の剣   作:naka

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第三章 二者択一の病理
選択肢の無い問い


 

 急ごしらえの小さな檻の中で、仔ライガはその小さな身体に見合わぬ太い前足で、目の前の柵をガシャガシャと叩いている。居心地悪そうに身を揺らし、ここから出してと言いたげに、目の前に座るルークたちをチラチラ見ていた。

 しかし、いつまでたっても出してもらえないので、しかたなく檻の真ん中に寝そべり不貞寝を始めた。

 

 あの後、ジェイドの命令を受けたマルクト兵たちによって、ルークたちは陸上装甲艦タルタロスに連行された。

 不穏な笑顔のジェイドを前にルークとティアは椅子に座って、どうなるのかと不安げな顔を浮かべていた。

 ミュウもちゃっかり椅子を与えられて、行儀よく座っている。

 彼らの前にはジェイド、イオン、アニスが並んで立ち、ドアをしっかりと締め切って、部屋はどこか息苦しい雰囲気をかもし出している。

 

「第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国王都方面から発生。

 マルクト帝国領土タタル渓谷附近にて収束しました。

 超振動の発生源があなた方なら、不正に国境を越え侵入してきたことになりますね」

 

「……そういうことになるらしいな」

 

 ルークは軽く顔を背けて、投げやりに答えた。

 正直なところ、こんな意味のわからない尋問なんてめんどくさくてやってられないと思っている。だが、だからといってよけいなことをして事態が悪化したらまずいと思うのだ。

 こういうタイプはきっと、口を滑らせたら酷いことになる。

(アーチャーがそのいい例だと思う。旅の途中ではそれでしょっちゅう酷い目にあった)

 

「おや、自分のことなのにずいぶんと適当ですねー」

 

「うるせーよ」

 

 やっぱりむかつく!

 ムッとした顔でその苛立たしい顔を睨みつけた。

 

「ま、それはさておき」

 

 ジェイドはあっさりと流して、言葉を続けた。

 

「ティアが神託の盾騎士団だということは聞きました。

 ではルーク。あなたのフルネームは?」

 

「ルーク・フォン・ファブレ。

 お前らマルクト軍が誘拐に失敗したルーク様だよ」

 

 その言葉に彼らは驚いた様子でルークを見た。

 

「キムラスカ王室と姻戚関係にある、あのファブレ公爵のご子息……というわけですか」

 

 ジェイドは何か思い巡らせながら、控えめな調子で言葉を重ねた。

 その横でアニスは何故か、目を輝かせてルークを見つめている。

 

「それで、ファブレ公爵のご子息が、わざわざどうしてマルクト帝国へ?

 それに誘拐などと……。穏やかではありませんね」

 

「そんなこと俺の知ったことかよ。

 お前らマルクトの連中が俺を誘拐したんだろーが」

 

「少なくとも私は知りませんね。先帝時代のことでしょうか」

 

「ふん、こっちだって知るか。

 おかげでガキの頃の記憶がなくなっちまったんだから」

 

 ジェイドは不審げに眉をひそめて何かを呟いた。

 

「な、なんだよ」

 

「いえ、何でもありません。ただの独り言ですから。

 それはともかく、今回の行動は……」

 

「誘拐の件はともかく。

 今回の件はルークと第七音素の共鳴が起きてしまったため、擬似超振動が起きただけです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」

 

 不機嫌な顔をしているルークの代わりに、ティアが庇うように身を乗り出して言った。その説明は、まるでティアとの間で起きたのだと言っているような微妙な言い回しだった。

 

「大佐。ティアの言う通りでしょう。彼に敵意は感じられません」

 

 イオンはその説明を真に受けた形で納得したようで、ふてくされてそっぽを向いているルークを目で示しながら、ジェイドに取り成してきた。

 

「……まあ、そのようですね。温室育ちのようですから、世界情勢には疎いようですし」

 

 ルークはその言葉に、またムッとして「けっ、馬鹿にしやがって」と呟いた。

 

「ここはむしろ協力をお願いしませんか?」

 

 そのイオンの言葉に頷いて、ジェイドはこう切り出した。

 

「我々はマルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下の勅命によって、キムラスカ王国へ向かっています」

 

「それは……まさか、宣戦布告?『いや、それはなかろう。それならばイオン導師を引っ張ってくる必要はあるまい』 そっか、違うかな。なら何のために……」

 

『まぁ、ありがちなのは導師のネームバリューを使おうというものだろうな。戦争回避のために宗教を使うというのはよくあることだ』

 

『じゃあ、和平交渉? それにしては教団側の人間が少なすぎない?』

 

『それは……』

 

「あーもう!ハッキリしろ!」

 

 無言で念話を交わしているティアとアーチャーの話を聞いていて、ルークは状況も忘れて叫んだ。

 

「おや、見た目通り短気な方ですね」

 

 さりげなく失礼なことを言うジェイドに、周りは思わず苦笑を浮かべた。

 しかも、ヤレヤレといわんばかりの雰囲気がアーチャーの方から漂ってきたので余計にむかついた。

 

「それはさておき、ぜひともあなたの力をお借りしたいのです。

 ――平和のために。」

 

 そう言って真剣な目でルークを見た。

 

「……しかし、いきなり手を貸してくれというのもおかしな話ですね。

 こうしましょうか。これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう

 まず私たちを知って下さい。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです。――戦争を起こさせないために」

 

 穏やかな声でそう言って、うかがうように黙り込んだ。

 

「……なんだよそれ」

 

 か細い声で呟いた。

 訳がわからなかった。戦争とか和平だとかそんな大事に巻き込まれるなんて、屋敷にいた時もあの森から今までの旅でも一度も想像していなかった。

 

「協力してほしいなら、詳しい話をしてくれればいいだろ」

 

「説明してなお、ご協力いただけない場合、あなた方を軟禁しなければなりません」

 

「何……!」

 

「ことは国家機密です。ですからその前に決心を促しているのですよ。

 どうか宜しくお願いします」

 

 ジェイドはぜんぜん宜しくお願いしますという感じのしない、胡散臭げな笑みを浮かべて部屋のノブに手をかけた。

 

「詳しい話はあなたの協力を取り付けてからになるでしょう。待っています」

 

 ドアをくぐる前にそう言って部屋を立ち去った。

 それについてイオンも部屋を出る。

 アニスはそれについていくことなく、戸口に立ってにこやかな表情で二人を見ていた。

 

 

「ちっ、なんだよあいつ!むかつくな!」

 

『やれやれ、面倒なことになったな。どうする?』

 

『とりあえず、逃走経路の確認だけはしておいて。

 あまりやりたくはないけど、力づくで脱出ってことも考慮に入れなきゃいけないかしら』

 

「おい、無視すんなよ」

 

「ごめんごめん、で、どーする?」

 

「どーするつーたってわかんねーよ」

 

『やれやれ、我侭放題の挙句これか。これだからお坊ちゃまは』

 

 アーチャーの言葉にムッとして口を開く前に、ティアは自分の従者の言葉を目で制して言葉を重ねた。

 

「『アーチャーは挑発しないの』

 そうね。私には何も言えないわ。

 こういうことはあなた自身で決めないといけないもの」

 

「はぁ、めんどくせー」

 

 そんな調子のルークに対して、アーチャーは皮肉げに言い放った。

 

『貴様が変な寄り道を敢行せねば、こんな事態に陥らずにすんだかもな』

 

『それを言うなら、私にも責任があるわ。

 護衛を重視するなら、私情は排除するべきだったもの』

 

『だが……』

 

『あーうるさい。周りに人がいるんだからいいかげんにして。

 いいから、さっさと偵察してきなさい』

 

『……了解した』

 

 アーチャーはしぶしぶといった感じで返事をすると、音もなくその場から立ち去った。

 

 念話をしている間、ティアは仔ライガに釘付けといった感じで籠の中を見ていた。人差し指を仔ライガの鼻先に突き出してくるくると円を書きながら、困った顔をしている。

 

 それを盗み見しながら、ルークはため息をついた。

 結局のところ、ティアは自分のことをどう思ってるのだろうか。

 屋敷のやつらみたいに必要以上に命令することはないが、相手にもしない。

 アーチャーとばかり重要な話をして、俺のことはまるで眼中に無い感じだ。

 エンゲーブの宿屋ではアーチャーに対して、もしもの時にはどうにかしてやると言い放ったが、実際のところは俺がいなくてもどうにかするんじゃないだろうか??

 

 そんな後ろ向きなことを考えて頭がぐるぐるした。

 

 思わず髪を掻き毟ったら、ミュウがおろおろしながら「ご主人様元気だすですの~」と言ってそばに近づいてきたので、怒りに任せて怒鳴りつけてしまって余計に自己嫌悪に陥る。

 

 ティアはそれを見て「ルーク怖いねー。らいらいは気をつけるんだよー」と気楽な調子で仔ライガに話しかけている。やっぱりどこか淡白な反応で、言いようの無いイライラを感じた。

 

 そんな彼のことは気にもとめず、ティアは仔ライガから目を移して朗らかに提案する。

 

「ここでうじうじしても暗くなるだけだし、せっかく自由にしていいって言ってきてるんだから船内を見て回らない?

 私、こんな大きい乗り物に乗るの初めてなの!

 せっかくだから見て回りたいわ」

 

 そんな彼女の言葉に、戸口に立っていたアニスが小走りでよってきた。

 

「ルーク様! よかったら私が案内します。いいですか?」

 

 そのテンションに驚きつつ「別にいいけど」というと、一体何が嬉しいのか「ありがとうございますっ」とかわいらしく身体をよじって答えた。

 

 そして、彼が椅子から立ち上がって歩き出そうとしたとき、仔ライガが懸命に檻を叩いて出ようとしているのに気づいた。ルークはそれをしばし見つめていたが、檻から出して頭に載せた。

 

「さ、いきましょー」とアニスに引っ張られるに任せて船内へと歩き出した。

 だが、彼女はふっと歩みを止めて、どこか楽しげな様子のティアを上目づかいで見ると恐る恐るといった調子で「もしかして……私がいたらお邪魔ですかぁ?」などと尋ねてきた。

 

 その質問に、ティアはどうしてそんなことを言われるのか理解できないといった表情で首を傾げて、

 

「タルタロスの中のことはわからないもの。

 案内してもらわないと逆に困るわ」

 

 そう、アニスの顔を見て答えた。

 

 アニスはそっと顔を伏せて、「天然?計算づく?手強い……」と呟いた。

 しかし、すぐに何事もなかったかのように笑顔を浮かべた。

 

「それよりルーク様。タルタロスのどこに行きたいですかぁ?」

 

 ルークは困惑した顔で頭を掻こうとして、仔ライガが乗っているのに気づき、そのまま仔ライガの頭を撫でた。仔ライガはごろごろとのどを鳴らしている。

 

「あ? どこったってなぁ……。

 俺この船のこと知らねーもんよ。ティアは?」

 

 ミュウはそれを見てムッとして飛び掛ろうとしたが、その前にティアが持ち上げて頭に乗っけた。

 

「私だって同じよ。任せるわ」

 

 アニスは一つ一つ丁寧に見学可能な場所を上げていく。

 艦橋、休憩室、食堂、作戦会議室、寝室、機関室……。

 ルークが望むような面白い場所などあるように見えなかった。

 それでもやらないよりはましとばかりに、一つ一つ艦内を回っていく。

 

 頭に小動物を乗っけながら歩く二人の後姿は、どこかほのぼのとした雰囲気を作り出していた。

 

 

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