聖王暦二一五年二月下。アルメキア王国軍総帥・ゼメキスがクーデターを起こし、エストレガレス帝国の樹立を宣言したことは、フォルセナ大陸に大きな衝撃を与えた。周辺各国は今後の展開を見据え、ある国は徹底抗戦の構えを見せ、ある国は隣国と同盟を結び、ある国はこれを好機とばかりに挙兵し、ある国は自国の護りを固めた。いずれも、自国と他国の状況を見極め、慎重に行動を始めていた。
そんな中。
大陸南方に位置する国・イスカリオでは、慎重とは程遠い、他国の者には決して理解できないであろう行動を起こそうとしていた。
☆
ゼメキスクーデターの一報を受けた政務補佐官のアルスターは、大急ぎで王の元へ向かっていた。大陸全土を揺るがしかねない大きな事件だ。少しでも対応を誤れば、イスカリオという国はすぐに滅んでしまうだろう。今この国は、ただでさえ崩壊しようとしているのに、まったく頭の痛い限りである。
政務室のドアをノックし、返事も待たず中に入る。「陛下! 大変なことが起こりましたぞ!!」
部屋の奥に事務机があり、そのそばに、国王の私兵であるイリアという女騎士と、自称・宮廷魔術師のキャムデンという男がいた。王の姿は無い――と、思いきや、事務机の横のベッドに横になって寝ていた。なぜ政務を行う部屋にベッドがあるのか、という疑問は、このイスカリオでは考えるだけ無駄だ。
「ん~? なんだ~? 昼寝中に、騒がしいぞ」
イスカリオ国王・ドリストは、目をこすりながらのっそりと身を起こした。
「お昼寝などしている場合ではありません! アルメキアで、クーデターが発生したとのことです!」
アルスターの知らせに、王は急に表情を引き締めた。キャムデンも驚きの表情だ。ただ一人、イリアだけが、表情ひとつ変えず直立している。
「……それで?」王が続きを促す。
「クーデターの主犯は、アルメキア王国軍総帥のゼメキスにございます! ゼメキスは、アルメキア軍や王宮の警備兵の大半を味方につけ、国王ヘンギストを殺害。クーデターは成功し、ゼメキスは、自らを皇帝と称し、エストレガレス帝国の樹立を宣言しております!!」
王がベッドから立ち上がった。「何だと!? ゼメキスのクーデターが、成功したって言うのか!?」
そのままアルスターの胸ぐらをつかみ、激しく揺さぶる。
「へ……陛下……苦しいです……お放し下さい……」
アルスターは息をつまらせながら訴えるが、王はやめない。
「アルスター! その情報は、間違いないんだなぁ!? もし間違いだったら、ただではおかんぞ!!」
「は……はい! 間違いはございません!!」
王はアルスターを投げ捨てるように放すと、悔しそうに奥歯を噛みしめた。「くそう! ゼメキスのヤツめ! とんでもないことをしてくれたぜ!」
アルスターはせき込みながら立ち上がった。「陛下……これは……非常事態です……慎重に対応いたしませんと……」
「判ってる!! おい、キャムデン! 今すぐバイデマギスたちを呼べ!!」
「は! かしこまりました!!」
王に命じられたキャムデンは、すぐに部屋を出て行き、しばらくして、三人の男を連れて戻ってきた。巨漢の男と、顔に道化師のようなペイントをした男と、ちょび髭のさえない男である。一見するとそうは見えないが、三人とも、イスカリオでは腕利きの騎士である。
「お呼びですか? お頭」
まるで山賊の一味であるかのような口調で、大男が言った。
「さっきアルスターからとんでもない知らせがあった」王は重苦しい口調で語る。「アルメキアでゼメキスがクーデターを起こし、成功したそうだ……」
「……え? と、言うことは……」
「ああ。お前たちの思っている通りだ」王は、頭を抱えたて黙り込んだ。
ごくり、と、息を飲むアルスター。事態は深刻だ。王は、腕利きの騎士を集め、これからどう行動するのだろう? 緊張が部屋を包む。
「……つまりな……」王が顔を上げた。「この賭けは……お前たちの勝ちだ!!」
王の言葉と共に、三人の騎士は一斉に歓声を上げた。
……はい? 賭け?
状況が理解できないアルスターをよそに、王はイリアに命じる。「おいイリア! 金を持って来い!!」
「はい、陛下」
イリアは静かに返事をすると、政務室の奥から大きな宝箱を三つ持ってきた。中には大量の金貨が入っていて、三人の騎士は、おお! と、声を上げた。
アルスターは、恐る恐る訊ねた。「……へ……陛下。これは何です? 賭けとは、一体何のことですか?」
「ああん? 賭けだよ賭け。ゼメキスがクーデターを起こし、成功するかどうか、コイツらと賭けてたんだ。くそう! ゼメキスめ! まさかクーデターを成功させるとはな!! おかげでこっちは、三千万ゴールドの大損だ!」
「陛下! このような時に賭け事など……三千万ですと!?」
「ああ? そうだ。コイツらみんな、大穴狙いでゼメキスに賭けたんだよ! 一人一千万、合計三千万の負けだ! チクショウ!!」
王はさらっと言ったが、三千万ゴールドという額は、イスカリオの民の平均年収の約十倍である。
「陛下! そのようなお金をどこから……まさか、また造幣局の者に命令して、勝手にお金を造らせたのではありませんでしょうね?」
「ああん? 造らせたら、なんだ? オレ様はこの国の王だぞ? 誰になにを命令しようが、オレ様の自由だろうが?」
「何度も申し上げておりますが、国で一年に作るお金の量は決まっているのです! それを超えてバンバン造ると、インフレと申しまして、国の物価が上昇し――ぐえっ!!」
カエルを踏み潰したような悲鳴。王のつま先が、アルスターのみぞおちに喰い込んでいた。
「ごちゃごちゃとうるせぇんだよ、てめぇは!! インフレだか何だか知らねぇが、このオレ様には関係ないんだよ!!」
激しくせき込みながら倒れるアルスター。ああ、こんな方が王で、これから我がイスカリオは大丈夫なのだろうか……。
イスカリオは、フォルセナ大陸の中でも最も異質な国である。国王ドリストは、自国の民からも他国の者からも『狂王』と呼ばれ、その身勝手で独善的なやり方で恐れられ、同時に呆れられていた。政治などには無関心で、毎日部下たちと遊びほうけており、今回のように王の権限を利用して独断でお金を造らせることなど、日常茶飯事である。イスカリオはいわゆる独裁国家であり、王の命令は絶対だ。逆らおうものなら、王の一言で首が飛ぶことになりかねない。政務補佐官のアルスターにとって(もっとも、国王曰く、アルスターの役職は『奴隷』であるが)、胃が痛い毎日が続いていた。
独裁国家と聞くとあまり良い印象を持たないかもしれないが、王が優秀な場合は、国がうまく運ぶことが多い。王が絶対的な権力を持っているので、国の方針が決まりやすいのだ。逆に、北のノルガルドのように、王に反抗する勢力があると、国の方針が決まらず、時として迷走することもある。独裁国家は、決して悪い面ばかりではない。
しかし、王が優秀でない独裁国家の未来は暗い。残念ながらこのイスカリオは後者だ。
一年前、このようなことがあった。
王宮の騎士が使う武具が古くなったので、会議を行い(独裁国家とは言え、会議くらいはある)、新たに剣や槍や斧などの武具を、百本ずつ補充することとなった。さっそくアルスターは計画書をまとめ、王に提出した。この国の最終的な決定権は王にあるため、どんな些細なことでも王に報告し、王自らが行わなければならないのだ。
半年後、王宮に、剣や槍などが、各一万本ずつ納品された。
予定を大きく上回るどころの騒ぎではない数である。慌ててアルスターが武器商人に確認すると、確かにその数で注文を受けているとのことだった。どうやら、王がゼロの数を二つほど間違えて注文したらしい。一体どうやったらゼロを二つも間違えるのかは謎だが、武器商人も半年間必死の思いで武具を生産したのだろうから、今さらキャンセルする訳にもいかない。結果、予算を大幅にオーバーし、武器庫には大量の武具が溢れることとなった。
ちなみに、この時の支払いも、王が造幣局に命じて造らせたお金だ。何かあるたびに王はお金を勝手に作るので、アルスターの心配通り、イスカリオの物価はこの一年で二倍近く跳ね上がっている。
また、こんなこともあった。
これも一年ほど前の話ではあるが、王が突然、魔法を習いたいと言い始めたのだ。魔法とは、大地から溢れる『マナ』という特別な力を体内に蓄え、炎を燃やしたり、傷を癒したりする技術である。どちらかと言えば頭が良い人が習う技術であり、どちらかと言えば頭が良くない王が習うようなものではない。どう考えても王に魔法の才能があるとは思えなかったが、従わなければ死刑だ。そこで、自称宮廷魔術師(本来の役職はアルスターと同じく奴隷)のキャムデンが中心となって魔術師のチームが組まれ、王に魔法を教えた。しかし、予想通り王にその才能は無く、ごく簡単な魔法しか取得することができなかった。これに機嫌を悪くした王は、今後一年イスカリオで魔法を使うことを禁じる法を制定した。魔法は戦いに使われることが多いが、火をおこしたり傷を癒したりといったものは、人々の日々の生活にも浸透している。これらが禁じられ、人々は一年もの間、不自由な生活を強いられた。もちろん、この法律に文句を言おうものなら即死刑である。
このように、王の身勝手で独善的なやり方から、国の未来は極めて暗く、政務補佐官兼奴隷のアルスターは、頭と胃と全身が痛い日々を送っていた。
「……それで、ゼメキスがクーデターを成功させて、どうなった?」
騎士三人に賭けの負け金を払ったドリスト王は、事務机の上にどさりと腰を下ろし、腕を組んだ。
「……は、はい……ええと」アルスターはお腹を押さえながら立ち上がり、報告書をめくった。「アルメキア王ヘンギスト様は殺害されましたが、王太子のランス様はゼメキスの手を逃れ、城外に逃れた、とあります。現在は行方不明ですが、西へ向かったとの目撃情報もあります」
「西か。そうなると、パドストーに逃げ込むつもりだろうな」
「さすがでございます陛下! 見事な推理です!」王の言葉に、宮廷魔術師兼奴隷のキャムデンが揉み手をする。「パドストーは代々アルメキアに忠誠を誓っておりましたからな。コール王がランス王子を迎え入れれば、エストレガレスとパドストーとの全面戦争になるやもしれませぬぞ!」
「ふうむ。そうなると、北のノルガルドも、ここぞとばかりに挙兵するであろうな」
「いやはや、このキャムデン! 感服いたしました! 陛下のおっしゃる通りでございます! ノルガルドは、常に大陸南への侵攻を狙っており、現在王位に就いているヴェイナード王は、野心家で知られていますからな」
満面の笑顔で王をヨイショするキャムデン。キャムデンは、事あるごとに王に媚びへつらう男だ。見え透いたお世辞ばかりだが、王もまんざらでもない様子なので、困ったものである。
「これは、大陸全土を巻き込んだ大きな戦争になるな」王の顔が、新しい遊びを思いついた子供のような笑顔になる。「クックック……面白いことになって来たではないか」
いやな予感がするアルスター。「陛下……おもしろいこととは、どういう意味でしょうか?」
「大陸中の王が国を賭けて勝負するんだろ? こんなに面白いことがあるか? ん~?」
「陛下! 戦は賭け事ではありませんぞ!」
「似たようなもんだろうが! 楽しくなって来たぜ。おいアルスター! 全軍に招集をかけろ!」
「まさか陛下! こちらから攻め込むつもりなのですか!?」
「ああん? 当然だろ!! ケンカは先手必勝! 乗り遅れたら負けだ!」
「お待ちください! 戦争はケンカではありませぬ! 仕掛けるにしても、それなりの準備というものが必要です」
「たわけぇ!! 準備なんざ知るかぁ! オレ様にはこの『ルインサイス』があれば十分だぜ!!」
王は、机の下から二メートル近い長さの大鎌を取り出した。ドリスト愛用の武器で、敵の首をひとつ斬り落とすごとに斬れ味を増し、さらなる獲物を求め戦場をさ迷うようになる呪われた武器、と、王が設定しているだけのただの大鎌である。もっとも、この鎌を使った戦闘において、王はメチャクチャに強く、国の騎士が束になってもかなわないから恐ろしい。これは設定ではなく、本当の事である。
王は狭い部屋でぶんぶんと鎌を振り回した。「オレ様好みの時代になって来たではないかぁ。今こそ他国の三下騎士どもに、オレ様の強さ、見せつけてやるぜぇ!!」
「落ち着いてください! 陛下!」アルスターは首を刈られないように地べたに這いつくばる。「戦争は避けられぬかもしれませぬが、慎重に行動してください! 場合によっては、他国と同盟を結ぶことも必要です――ぐはぁ!」
地面に這いつくばっているアルスターを、王が踏みつけた。「てめぇは、このオレ様に、他国の王に頭を下げて一緒に戦ってくださいとお願いしろというのか!? ああん!? 他の国など知るか! オレ様は、オレ様の力だけで、大陸全土を手に入れてやるぜ!!」
「その通りでございます! 陛下!!」さっそくヨイショするキャムデン。「他国の王など陛下の足元にも及びません。皆、陛下の鎌捌きを見たら、震えあがって足元にひれ伏するでしょう」
本来ならばキャムデンはアルスターと一緒に王の暴走を止めなければならない立場なのだが、本人はそのことを理解していない。と、言うより、どうも王と一緒になって面白がっているフシがある。
「ようし! そうと決まれば、さっそく行くぜぇ!! まずは、どの国から攻めてやるか! ウデが鳴るぜぇ。なぁ! イリア」
「はい、陛下」
ノリノリの王に対し、極めて無感情な返事を返すイリア。この人も、王を止める気はない。と、言っても、キャムデンと違い面白がっているわけではなく、極めて王の命に忠実なのだ。
やはり、王の暴走を止めるのは自分しかいない! アルスターは決意と共に立ち上がる。
「陛下! お願いでございます! 戦をするのであれば、せめて準備を!!」
「ああん? 準備だと? まだそんなこと言ってるのか、貴様は!!」
「もちろんですとも! 陛下の強さは疑いませんが、戦争は、一人で行うものではありません。兵や兵糧を十分準備し、作戦を練り、勝てる見込みを高めてから行いましょう! 二ヶ月……いえ、一ヶ月の猶予をくだされば、このアルスター、必ず陛下に勝利を捧げるだけの準備をして見せます!!」
「何度も言わすんじゃねぇ! 準備なんざ、この俺様には必要ねぇ!!」
「その通りでございます! 陛下!!」相変わらず止める気の無いキャムデン。「作戦などというものは、弱い者の考えることでございます。陛下には、必要ございませんとも」
「当たり前だ! ようし。さっそく行くぜ~」
ドリストは、イリアを連れて部屋を出ようとした。
だが、その直前。
「ああ、陛下、少々お待ちを」
キャムデンが、何かを思い出したように、ぽん、っと、手を叩いた。
「ああん? 何だぁ?」キャムデンを睨む王。
「出撃は結構ですが、例のアレは、どういたしましょう?」
「んん? アレ?」
「ほら。アレですよ、アレ。一年ほど前に仰ったではありませんか。ええっと……」キャムデンは懐から手帳を取り出し、パラパラとめくった。「ああ、ありました。陛下がご提案されました、『第一回天下一超人魔界統一オリンピック武闘会トーナメント』です。こちらは、来週開催の予定ですぞ?」
「おお! アレか! すっかり忘れていたぜ!」
ずいぶんとセンスの無い大会名だが、確かに一年ほど前、陛下が言ったような気がする。いつもの気まぐれから出たことだとアルスターは思っていたが、まさか、ちゃんと準備が進んでいたとは。
キャムデンは手帳を見ながら言う。「優勝賞金一千万、参加するだけで五万ゴールドの賞金がございますからな。国の内外から、ウデに自信のある者が集っております。その数は、すでに十万人を超えたとか」
賞金が一千万で、参加だけで五万の賞金!? 耳を疑うアルスター。そんなに賞金を出せば当然人は集まるだろうが、よりによって十万人も!? と、いうことは、賞金総額は五十億を超えるではないか! そんなお金、一体どこから出すつもりだ。
アルスターの心配をよそに、王は満足そうに頷く。「そうかそうか。十万なら、まあまあ集まった方だな。んっふっふ~。この大会は、ずっと楽しみにしてたのだ。中止にするわけにはいかんなぁ」
「ふむ。では、来週の『第一回天下一超人魔界統一オリンピック武闘会トーナメント』には参加されるということで」キャムデンは手帳にさらさらとメモをし、さらにページをめくった。「ええっと……再来週には、『第五百四十八回全国美味いもの大食い選手権』も開催されますが、こちらはいかがいたしましょうか?」
「おおっと! そうだった! それは毎年の恒例行事だからな! 中止にするわけにはいかんぞ」
「はい。すでに大会で使用する予定の米や麦などの食糧が、合計四万トン集まっておりますからな」
四万トン!? そんなに集めて、一体誰が食べるんだ!?
王も怪訝そうな表情になった。「四万トンだぁ? アホかてめぇは? 誰がそんなに食うんだよ。四百キロの間違いだろ」
「しかし、一年前陛下の作成した発注書には、確かに、合計四万トンとなっておりましたぞ?」
キャムデンは懐から発注書の写しを取り出した。確かに、米や麦など、会わせて四万トンの注文となっており、しっかりと王のサインがある。
発注書の内容を確認した王だが、なんの悪びれた様子も無い。「……んん? そうか。なら、ちょいと数を間違えたんだな」
だから! どうやったら四百と四万を、その上キロとトンの単位を間違えるんだ!! それのどこがちょいとなんだ!!
「まあ、間違いは誰にでもありますからな。仕方ないでしょう」とキャムデン。「しかし、四万トンは少しばかり多いですな。どういたしましょう? 農家や米屋や麦屋も、この一年、生産に励み、あるいはよその国から買い付けたりして、必死に準備したんでしょうから、今さらキャンセルというワケにはいきませぬぞ?」
「フン。そんなモン、オレ様の知ったこっちゃねぇが……まあ、オレ様は食べ物を粗末にするヤツを許せん
それでは誰も参加しないではないだろうか? そうなると、大量の食糧だけが余ることになる。まあ、参加者があったところで、四万トンの食糧など、一日で食べつくせるものではない。どちらにしても、また無駄な出費が。
「では、『第五百四十八回全国美味いもの大食い選手権』にも参加されるということで」キャムデンは手帳にメモし、さらにページをめくった。「その次の週も、さらにその次の週も、陛下が楽しみにされていたイベントが控えておりますな。これは、戦争などしている場合ではございませんぞ?」
「ふうむ。なら、仕方ない。おいアルスター! 出撃は一旦中止だ! だが、一ヶ月後には必ず始めるから、それまでに、てめぇの言う準備とやらをしておけ!!」
お尻を蹴られ、アルスターは部屋から追い出された。
お尻をさすりながら引き上げるアルスター。やれやれ。出撃を思いとどまってくれたのは良かったが、戦争など始めて、本当にこの国は大丈夫なのだろうか。思わず陛下には「一ヶ月で準備をする」などと言ってしまったが、現実的に考えて、そんな短期間で十分な準備ができるはずもない。開戦するためには、兵はもちろん、武具、食糧、魔法に使用するマナなど、準備すべき物が沢山ある。幸い、現在国内のマナは非常に豊富だ。一年前に陛下が気まぐれに発令した魔法使用禁止令があったから、この一年、国内で魔法はほとんど使用されていないのだ。魔法に必要なマナは、石油やガスといった天然資源と同じで、蓄えておくことができるものなのだ。戦争ができるだけの十分な量があるだろう。次は兵の確保だが、今から志願兵を募ったところで、大した人数になるとは思えない。来週、なんとか武闘会とやらが開催され、十万人の強者が集まっているらしいから、そこで志願兵を集めてみるか。後は、兵が使う武具と、食糧の確保……やることは沢山だ。陛下も、よくこんな状態で戦争を始めようなどと言ったものだ。本来ならば、一年前には準備を始めておかなければならないだろう。ああ。本当に、陛下の気まぐれと無計画さには呆れる。