ブリガンダインGE/小説   作:ドラ麦茶

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第一〇〇話 カイ 聖王暦二一六年五月上 カーレオン/ハーヴェリー

 カーレオンの西にあるハーヴェリー城の私室にて、賢王カイはベッドに横になり目を閉じていた。妹メリオットに言わせれば昼寝をしている状態だが、これは、大陸一の知恵者と言われるカイが脳をフル回転させて考え事をしている状態である。

 

 昨年末、メリオットの友人で旅の絵描き騎士のミリアが、クラレンスという騎士を連れ帰った。他国と比べ騎士が不足しているカーレオンにとって貴重な戦力となる士官だったが、それ以上に、クラレンスがかつてアルメキア神官騎士団に属していたということが大きな収穫だった。アルメキア神官騎士団は、昨年二月のアルメキアのクーデターにおいて、ゼメキスの陣営に就いて戦った勢力のひとつである。謀略の(すべ)に長けていないゼメキスがどのようにして神官騎士団や魔術師団を味方に就けたのか――開戦以降、カイはこれをずっと疑問に思っていた。

 

 クラレンスの話によると、神官騎士団は初めゼメキス側に就くことに否定的だったが、パラドゥールという名の神官が、団長であるローコッドをはじめとする神官騎士たちを扇動したという。パラドゥールは、かつては将来を有望視された優秀な神官だったが、権力を欲し宮廷進出を狙っていたらしい。神に仕える身でありながら権力欲に憑りつかれた、というわけである。こういう人物はどこの国の宗教団体にも少なからずいるため、ありがちな話である。パラドゥールという男が全ての黒幕である可能性は極めて低い。カイが気になったのは、そもそも神官騎士団にクーデターの話を持ちかけたのは、ブロノイルという名の魔術師らしい、ということだった。

 

 ブロノイル――初めて聞く名だ。カイの頭には旧アルメキアやエストレガレス帝国をはじめとする全ての国に仕えている騎士のデータが入っているが、該当する人物はいない。無論、ルーンの加護を持ちながらも仕官しない者は多くいるので、大陸全員の騎士を把握しているわけではない。だが、名もなき在野の騎士がゼメキスのクーデターのお膳立てをしたとは到底思えなかった。このブロノイルという魔術師について調査する必要がありそうだ。

 

 ばたん! と勢いよく扉が開き、「あ、お兄ちゃん! やっぱり寝てる!」と、妹のメリオットが騒がしく入って来た。今日は朝から外出していて城内は静かだったのだが、それも終わりのようだ。

 

 やれやれ、と内心ため息をつきながら、ゆっくりと身を起こすカイ。「いつも言ってるだろ? これは寝てるんじゃなくて、考え事をしてるんだよ」

 

「いつも言ってるでしょ? そんな言い訳には騙されません。それより、今日の獲物、見て見て」

 

「獲物? ああ、今日は、月に一度の狩りの日だったね」

 

「もう! 妹の予定くらいちゃんと覚えておいてね」メリオットは頬を膨らませた。

 

 メリオットは、弓を扱う騎士である。その訓練の一環として、月に一度郊外の森などに出かけ、狩りをすることになっていた。無論、そのお転婆ぶりからそう見えないかもしれないが一応メリオットは王族なので、護衛の騎士を数人付けるようにしている。今日は、ナイトマスターのディナダンと拳闘士のシュストがお供したはずだ。

 

「失礼しますよ、陛下」と、ディナダンとシュストが入って来た。その手に、丸々と太ったウサギを持っていた。

 

「じゃーん! あたしが仕留めたんだよ? スゴイでしょ?」得意げな顔になるメリオット。

 

「これは見事なウサギだね。メリオットの弓の腕も、そこそこ上達したのかな?」

 

「そこそこってことはないでしょ? かなり上達してるわよ。このウサギ、こんな丸々太ってるのに、結構すばしっこかったんだから。しかも! このウサギ、ただのウサギじゃないんだよ? なんと、人間の言葉を喋るの!」

 

「え? ウサギが、言葉を喋るのかい?」

 

「そうなの! 『助けてくれたら、僕の宝物を差し上げます』って。あたしもびっくりしちゃった」

 

「でも、仕留めたってことは、その取引には応じなかったわけだ」

 

「当たり前よ。まあ、宝物っていうのが何かは気になったけど、やっぱり、今晩のおかずには代えられないから」

 

「喋るウサギに対して、よく食欲が湧くもんだね」

 

「なんで? 喋っても喋らなくても、ウサギはウサギでしょ? 世の中は弱肉強食。食うか食われるかの世界に、情けは無用よ」

 

「やれやれ。頼もしいのか先が思いやられるのか、なんとも複雑な気分だね」

 

 そう言って、カイは苦笑いをした。

 

「さて――」と、メリオットはディナダンたちを振り返った。「今日の食事当番は、ディナダンとシュストだったよね? このウサギ、どう調理するの?」

 

「そうですなぁ」ディナダンは意地悪そうな笑みを浮かべた。「ちょうど、昨日収穫したキノコがたくさんありますので、キノコ料理にでもしましょう」

 

「あ! てめぇ!」と、シュストが声を上げる。「俺がキノコがニガテなの、知ってるだろ!?」

 

「なら、シュストの分は俺が全部食ってやろう」

 

「キタね~!」

 

 と、なんとも平和な会話がされている。

 

「君たちはこの国を守る騎士なんだから、もっと緊張感を持っていた方がいいんじゃないのかな?」カイは呆れ声で言った。

 

「これは失礼いたしました、陛下」と、ディナダン。「では、我らは防衛に専念しますので、今日の食事当番を代わっていただくということでよろしいでしょうか?」

 

「なぜそうなるのかな? 僕だって忙しいんだけどね。と、言うより、なぜこの国は騎士や王自ら料理をしないといけないんだろうね?」

 

「当然でしょ?」と、メリオットが腰に手を当てる。「掃除炊事洗濯、これらは不公平の無いよう、全部当番制。それがこの国の決まりだもん。たとえ王様でも、例外はありません」

 

「勝手にそんな決まりを作られても困るんだけどね……」

 

「でもまあ、お兄ちゃんの言うことも、判らなくはないかな。確かにこの国は、いまいち緊張感が無いよね」

 

 僕の計算では九九・四六パーセントの確率でメリオットが原因となってるけどね、という言葉は、何とか飲み込むカイ。

 

「考えてみたら、カーレオンって、恵まれてるよね」メリオットが言った。

 

「何がだい?」

 

「カーレオンって、国境が他国と接している城が、ハーヴェリーとスクエストしかないじゃない? スクエストの北の西アルメキアとは同盟を結んでるから、こっちからは攻められる心配が無い。このハーヴェリーさえ守ってればいいんだから、騎士不足のうちとしては、ありがたい限りでしょ?」

 

「守ってればいい、ってことはないんだけどね。なんとかして攻めることも考えないと」カイはまた苦笑いをした。

 

 もっとも、いまメリオットが言ったことは間違いではない。騎士不足が続くカーレオンにとって、一城を守ればよいというのは大きな利点だった。ハーヴェリーの守備さえ怠らなければ、兵力の増強に集中できる。だからこそ、騎士団長のディナダンや拳闘士のシュストなど有力な騎士も、メリオットの狩りのお供にすることができるわけだ。

 

 ドアがノックされ、「失礼します」と、宰相のボアルテが入室してきた。「陛下宛に、お手紙が届いております」

 

 ボアルテが差し出した封書を受け取る。裏を見ると、赤い鳥の羽根の刻印で封がされてあった。カイは表情を変えぬように注意し、封を開けた。幸い、メリオットが「見て見てボアルテ! 今日の獲物!」と狩りの話をし始め、ディナダンとシュストも話の輪に加わっており、誰もカイの方を見ていなかった。

 

「…………」

 

 手紙を読み終えたカイは。

 

「ディナダン。少し頼みたい仕事ができたから、お願いできるかな?」

 

「は? 頼みたい仕事、ですか?」カイの方を見たディナダンは首を傾けた。

 

「ああ。食事当番は、僕が代わるよ」

 

 メリオットが目を丸くする。「あれ? ものぐさなお兄ちゃんが自分から食事当番を代わるなんて、珍しいね」

 

「そうかい? まあ、可愛い妹がせっかく仕留めてきた獲物だからね。今夜は、僕が腕によりをかけて料理するよ」

 

「ホント? やったぁ」

 

「じゃあ、僕は少しディナダンと打ち合わせをするから、みんなは、先に台所へ行っててくれるかな?」

 

「うん、判った。あ、でも、そんなこと言って、寝ちゃダメだよ?」

 

「判ってるよ」

 

 カイがそう言うと、メリオットとシュストとボアルテは部屋を出た。

 

「……それで、頼みたい仕事とは?」それまでの呑気な表情から一転、騎士団長の顔になるディナダン。ただ事ではないことに気が付いたようだ。さすがに察しがいい。

 

 カイも表情を引き締めた。「スクエストに行って、防衛部隊を編成してほしいんだ。水兵や飛行モンスターを中心にね」

 

「スクエスト、ですか?」不意を突かれた表情のディナダン。「水兵や飛行モンスターということは、北からの侵略に備える、ということですか?」

 

「そうなるね」

 

 スクエストは、カーレオンの北に広がるドローラス海峡に突き出た岬上に建つ城だ。南北への移動は海峡に浮かぶ小島を繋ぐ橋を渡るようになっている。ゆえに、北からの侵略に備えるには、水上での戦闘を想定した軍を編成する必要があるのだ。

 

「陛下は、西アルメキアが同盟を破棄すると……?」ディナダンの目が鋭くなる。

 

「いや、そういうわけじゃないよ」カイは、さっき受け取った封書を取り出した。「いま、エストレガレス帝国に関する情報が入ったんだ。皇帝ゼメキスが兵二十万を率い、トリアからオルトルートへ侵攻したらしい」

 

「兵二十万ですか……それは、大層な数ですね。西アルメキアの戦力では、太刀打ちできないのでは?」

 

「ああ。オルトルートは半日も持たなかったそうだよ」

 

「でしょうな。しかし、いまの帝国の兵力で、二十万は、少々集め過ぎでは? それでは、防衛に回す兵が足りぬでしょうに」

 

「そうなんだ。だから、帝国はカーナボンの城を放棄したらしい。現在は、トリア・ディルワース・カドベリー・リドニーの四城を、それぞれわずかな兵で守っているみたいなんだ。しかも、ゼメキスが落としたオルトルート城も防衛せず、そのまま全兵力で北西のエオルジアへ侵攻したそうだよ」

 

「……守りを捨てた、ということですね」

 

「だろうね。帝国は西アルメキア・イスカリオ・ノルガルドの三国から攻められ、かなり追い込まれていた。最後の賭けに出たんだろう」

 

「では、陛下は西アルメキアが帝国に滅ぼされるとお考えで?」

 

「ゼメキスが二十万の兵を率いて攻めれば、その可能性は否定できないね。もちろん、西アルメキアも黙ってやられるわけはないだろうから、防衛が手薄になった隙を突いて侵攻するだろう。どちらが勝つのかは、正直、僕にも判らないよ」

 

「そうですか……判りました。もし西アルメキアが滅びるようなことになれば一大事ですからな。早めに準備しておいた方がよろしいでしょう」

 

「お願いするよ。ハーヴェリーの守りは、僕たちだけで十分だから」

 

「では、さっそくスクエストへ向かいます」

 

 ディナダンは一礼して部屋を出ようとしたが。

 

 ドアノブに手を賭けたところで振り返った。「ちなみに……その情報は、誰から得たのです?」

 

「うん?」

 

「現在カーレオンは、帝国と国境を接していません。北のソールズベリー、西のザナス、両方とも、イスカリオの領地です。オルトルートやカーナボンの情報を持ち帰るためには、国境をふたつまたぐ必要があります。そのわりには、随分と早い情報のように思います。我々騎士団の方には、まだその情報は入っていませんからな」

 

 ディナダンは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。「その手紙の刻印の赤い鳥の羽根、どこかで見たような気もするんですがね」

 

 カイも不敵な笑みを返す。「僕は国王だよ? 部下の誰も知らない情報源のひとつくらい、持っているさ」

 

「そうでしたか。それはお見それしました。では、失礼します」

 

 ディナダンはもう一度礼をすると、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

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